宮澤賢治、風の世界

宮澤賢治の作品を彩る言葉と風を追って宮澤賢治の世界を訪ねよう。 賢治は風という言葉に何を託したか。風を描くためにどんな言葉を選んだか。 賢治は何を求めて風の中に身を置いたのだろう。 そこに少しでも近づきたくてページを埋めていく。
 
永野川2020年7月上旬
7日 8:00〜10:00 曇26℃
 昨夜から雨が続き、5:00にはまだはっきりせず、8:00に出かけました。五小西側の道は幸い工事はしていませんでした。水量が増えていて、川にはほとんど鳥は見えず、ウグイスが1、2カ所で鳴いていました。ツバメが4羽飛び、睦橋手前からセグロセキレイ4羽、ハクセキレイ2羽が川面をすれすれに飛んでいました。
 セグロセキレイは幼鳥と成鳥が連れ立った感じでたくさん見られ、全部で15羽となりました。
 カイツブリがまた営巣を初めていました。今度は抱卵している形でしたが、成鳥は1羽しか見えませんでした。岸にいたウシガエルが、足音で2、3匹一斉に水に飛びこみました。
 赤津川の栃木陶器瓦店付近の電線にオナガが7羽、川を越えて飛び移ってきました。ここでは全く見ないということではないのですが、あまり記憶がありません。
  大岩橋近くの山林で、ワシタカの声を聞きました。ノスリに近いのですが、やはり、この辺りには、今でも渡らないでいるものがいるのでしょうか。
 ダイサギもアオサギも、上空を移動しているものしか見えません。
 
 ヤブカンゾウが公園の土手の法面のかなり広い範囲で咲きました。
写真を撮っていたら、散歩中の方が声をかけて下さいました。以前他のところを散歩していたのですが、自然の豊かさに惹かれて、ここにしているというお話です。キジが少なくなったことや、カワセミを見たことなど盛り上がりました。探鳥会で周辺の公園に行きましたが、ここが一番鳥種も多く、手近に見られます。たくさんの人にもっと知ってほしいと思います。
 
 今年も、滝沢ハム周辺サクラで、ニイニイゼミが鳴き始めました。
 
 上旬のうちに、もう一度廻りたかったのですが、連日の雨で断念しました。記録はここまでです。降り続く雨で、工事半ばの川岸が心配です。
 
コジュケイ:大岩橋付近でかなり大きな声が聞こえ、2羽にカウントしました。
カルガモ:二杉橋〜上人橋までに、水に浮くもの1羽、上空2羽、公園で上空1羽、大岩橋付近の河川敷に3羽、計7羽。
カワウ:二杉橋の少し上で、水が多いせいか、カワウが水に浸かって泳いでいました。
カイツブリ:抱卵中。成鳥は1羽のみ。
キジバト: 合流点付近で電線に1羽。
アオサギ:二杉橋上空を1羽、南へ、公園上空を1羽北へ。計2羽。
ダイサギ: 合流点近く上空を南へ。1羽のみ。
ノスリ:大岩橋付近山林から声が聞こえました。
カワセミ: 合流点で、川上から川下へ一瞬鳴いて下って行きました。今日の最後のご褒美です。
ハシボソカラス・ハシブトカラス:時々姿が見える。目立つほどではありません。
オナガ: 赤津川栃木陶器河原付近で7羽。
ヒバリ: 鳴かなくなりました。
ツバメ:二杉橋か〜上人橋まで4羽、公園で5羽、4羽、滝沢ハム付近で5羽、7羽、計25羽、曇っていたせいか低い位置にたくさん降りていました。
イワツバメ:見えませんでした。
ヒヨドリ:目立った群れは見えませんでした。
ウグイス:二杉〜睦橋までに2羽、大岩橋付近で2羽、計4羽。
スズメ:あまり目立ちませんでした。
ハクセキレイ: 睦橋付近で2羽。
セグロセキレイ:上人橋まで、成鳥2羽、幼鳥2羽、公園で成鳥5羽、幼鳥5羽、大岩橋付近で成鳥1羽、幼鳥1羽、赤津川で幼鳥1羽、計15羽。
シジュウカラ:二杉橋付近で1羽。
ホオジロ:二杉橋から上人橋までに、2羽、1羽、合流点で1羽、計4羽。
 
 
 
 
 







永野川2020年6月下旬
26日 9:30〜11:30 曇 21℃
 朝、雨模様だったので9:30まで様子をみて、涼しかったので出かけました。幸い第五小西の道路は工事をしていませんでしたので、いつものコースを歩くことが出来ました。
 赤津川で、年に1度位見る、胸の黄色いカルガモが3羽、普通のカルガモ3羽と一緒にいました。いつもその1度限りで、あとはどこに行っているのでしょう。
 依然として川の水量が多いので、サギ類は上空を飛んでいるのみでした。
 公園の土手の法面にヤブカンゾウが花芽を出していました。少し小さいと思えるのは、1度刈り取られた後、また生えてきたのかも知れません。このままいけば、次の刈り取りの前に花を見ることが出来そうです。キツネノカミソリの開花の時期と刈り取りが重ならないことを祈ります。
 
キジ:合流点で1羽、赤津川の水田のペアで計3羽。ペアは緑の水田の中に向き合うように並んでいて、写真になる構図でした。
カルガモ:二杉橋から上人橋間で、2、3、2、3、2、合流点で2、赤津川で4、3、計21羽になりました。胸の黄色いもの3羽は普通のカルガモと一緒にいました。
カワウ:合流点で1羽、ここは少ないですが水辺の鳥が降りている場所があります。赤津川上空を1羽が舞って、計2羽でした。
カイツブリ:巣のあとも残っておらず、カイツブリもいませんでした。
アオサギ:赤津川上空で1羽が南へ舞っていきました。
ダイサギ:二杉橋〜上人橋上空で1羽。
ゴイサギ: 公園上空2羽。この辺からどこのコロニーまで行くのでしょうか。
ホトトギス:聞こえなくなりました。
イカルチドリ:合流点で、1羽が河川敷を通り過ぎていきました。
トビ:大岩橋付近で上空に1羽舞っていました。
コゲラ:公園のサクラ並木で1羽、声のみでしたが。
ハシボソカラス・ハシブトカラス:時々姿が見える。目立つほどではない。
ヒバリ:赤津川で2カ所、だんだん場所が少なくなって行きます。
ツバメ:二杉橋から上人橋までに2羽、公園で11羽、大岩橋付近で2羽、赤津川で5羽、計20羽、曇っていて、低空を飛んでいるせいか多く見られました。イワツバメはこの頃見えません。
ヒヨドリ:今日は目立った群れはいませんでした。
ウグイス:二杉橋〜睦橋までに2カ所,合流点付近で1カ所,公園で1カ所、計4カ所で聞こえました。
スズメ:あまり目立ちませんでした。
セグロセキレイ:公園で幼鳥2羽、赤津川で2羽、計4羽 、思ったより少ない日でした。
シジュウカラ: 滝沢ハムのクヌギ林で1羽。
ホオジロ:二杉橋から上人橋までに3羽、公園の草地で2羽、大岩橋河川敷林で2羽,計7羽、まだまだ囀りが続いています。
ガビチョウ:聞こえなくなりました。
 
29日 曇から晴 24℃
錦着山 5:30〜6:00
コゲラ、ツバメ、スズメ、ハシボソカラス、ヒヨドリ
 葉が益々茂って、鳥が見えにくくなりました。エゴ、ヒヨドリジョウゴ、その他名前も知らない木が青い実を付けていました。これを目当てに鳥たちが来てくれる冬が楽しみです。
 
赤津川から永野川 6:00〜8:00
 合流点の南側の川岸で、オオヨシキリが囀っていました。確かにヨシが茂っていて、人が近づけない場所です。先月下旬以来で嬉しいことでした。それにしても、もう少しヨシ原が守られてれば、移動することなく安住の地で、繁殖できたのに、と思います。
 大岩橋付近の山林から、ハト大の鳥が北へ向かって飛び出しました。尾が細く長く、白っぽく、猛禽のようで、大きさからハイタカだと思います。
 その後、オオタカが1羽、山林から河川敷林のほうへ飛んでいきました。ここではサシバやノスリも見られます。ここは、生物界の頂点、猛禽も住む、優良な環境なのかも知れません。今年は、まだサシバに会えません。大木のてっぺんで、朝日を浴びて見事に鳴き続ける鳥がいて、よく見たのですが、ヒヨドリでした。
 林の明るい面に、ムクドリ大で一瞬黒地に白が目立つ鳥が2羽、出入りしていました。何か珍しい鳥?と思ったが、この辺りに今棲息するのは、ムクドリしかいないので、ムクドリとしました。日光は鳥を立派に見せます。
 滝沢ハムのクヌギ林のクヌギの大木が、昨夜の風雨で倒れて、歩道まで塞いでいました。いつも鳥たちの集まる場所ですが、コゲラに会うことの多いここの木は虫が食っているのも多いのかも知れません。
 この辺は野良猫の多いところです。横たわった幹の上に、まだ小さい猫が3匹、間を空けて並んで座っていたのは、不思議な光景でした。(なぜ並んでいるのか?親猫は?)
 
 公園で除草剤をまく作業員に会いました。児童遊園一体に広告板を出していて、今までより広範囲になった気がします。以前は公園の端の一部で、それでも遊園地と隣接しているので、問題提起はしたのですが、行政は「除草剤は安全です。」としか云いません。
 行政がいう「安全」はなにを基準とするのか。というか、行政は何の基準も持たず、ほとんど業者丸投げなのではないでしょうか。少なくとも薬剤を行政が決め、広告板に薬剤名を明記すべきではないかと思います。
 
キジ:合流点で1羽、公園で1羽。
カルガモ:公園で7羽、二杉橋から上人橋間で、3羽計10羽。
カワウ:合流点で1羽。
カイツブリ:清掃されたように綺麗になっていて、カイツブリもいませんでした。
アオサギ: 合流点付近で上空を1羽
ホトトギス:聞こえなくなりました。今夏はもう終りでしょうか。
イカルチドリ:睦橋下河川敷で1羽。
トビ:大岩橋付近で上空に1羽。
ハイタカ:大岩橋付近で上空に1羽。
オオタカ:大岩橋付近で上空に1羽。
コゲラ:合流点近くのサクラで1羽。
ハシボソカラス・ハシブトカラス:時々姿が見えますが、目立つほどではありません。
ヒバリ:赤津川で2カ所
ツバメ:合流点付近で3、赤津川で6羽計9羽、先回に比べると数が減っています。イワツバメもいませんでした。
ヒヨドリ:今日は目立った群れはいませんでした。
ウグイス:二杉〜睦橋までに3カ所、大岩橋付近で一カ所、計4カ所です。
オオヨシキリ:合流点近く川岸のヨシから声が聞こえました。この前聞いた場所からは50メートルほど離れている対岸で、人は近づきにくいところです。
ムクドリ: 大岩橋付近山林で2羽、綺麗に見えました。
スズメ:あまり目立ちませんでした。
セグロセキレイ:公園で幼鳥2、赤津川で2羽、計4羽
カワラヒワ:大岩橋河川敷林で2羽、囀りではない声でした。
ホオジロ:二杉橋から上人橋までのあいだに2羽、大岩橋河川敷林で3羽、計5羽。
ガビチョウ:聞こえなくなりました。
 
 







永野川2020年6月中旬
15日 5:30〜7:30 曇から晴 23℃
  昨日からの雨が上がったばかりで曇、大平山はすっかり霧で包まれていました。
  二杉橋から入ると、川の水が増え、中州がなくなっていました。ダイサギが上空を舞っていったほか、ウグイスが先回より少し声が少なくなっていました。
 第五小の校庭の西側、川に接するところのサクラにオナガが2羽。ここはどちらかというと、住宅地というより山野に近いのか疑問でしたが、バードリサーチのお話では、すれすれで住宅地ということになりました。
 トピックスはイカルチドリ。
睦橋付近には少し中州が出来ていて、コチドリかイカルチドリか判別が出来ないのですが、4羽が飛翔を繰返していて、反対方向からも2羽が飛来しました。 少し歩いて振り向くと、道路に1羽が歩いていました。顔の線がはっきりしていなくて幼鳥のようで、動きもたどたどしくて不安になりました。さらに上空を住宅地の方に向かって3羽が飛んでいきました。こんなに広範囲で移動し、また多数のイカルチドリは初めてでした。重複して数えているかも知れませんが、10羽になりました。
 カイツブリは前いたはずの場所には、水草の上にウシガエルが顔を出していました。そこからかなり離れてところで水草を集めた巣のそばで1羽がしきりに草を集めていました。営巣準備中のようですが、何らかの理由で場所を変えざるをえなかったのでしょうか。
 
キジ:二杉橋付近1羽、赤津川で1羽。計2羽。
コジュケイ:久しぶりで、大岩橋付近の山林から声が聞こえました。また姿を見せてくれるといいと思います。
カルガモ:合流点に1羽、公園の上空5羽、赤津川で2、2、2、計12羽。
カワウ:合流点で1羽、中州に降りていました。
キジバト:睦橋手前で、中州から岸の木に飛び移っていきました。
アオサギ:公園の上空を2回、南に飛んで行きました。
ダイサギ:二杉橋付近の上空を1羽、南に飛んで行きました。
ホトトギス:前回に続いて、公園南方から聞こえました。
モズ:大岩橋付近の田で電線に留まっていて、地面を目指して降りるのを繰返しているもの1羽、山林に飛び去ったものが1羽計2羽でした。
ハシボソカラス・ハシブトカラス:時々姿が見えますが、目立つほどではありません。
ヒバリ:錦着山の田で1羽、なぜか公園の草地で1羽、赤津川の定位置で2カ所、公園も以前はヒバリがいてもおかしくないところでした。
ツバメ:二杉橋から上人橋までに8羽、公園で20羽,赤津川で2羽、計30羽となりました。低空を飛ぶ数が多かったのでカウントしやすかったのでしょうか。
イワツバメ:見えませんでした。
ヒヨドリ:目立った群れはいませんでした。
ウグイス:二杉橋で2、睦橋までに3,公園草地で2,合流点付近で1,大岩橋河川敷林で1、計8カ所。
ムクドリ:二杉橋付近で4羽。
スズメ:あまり目立ちませんでした。
セグロセキレイ:二杉橋から上人橋まで8羽、公園で2羽、大岩橋付近で1羽、計11羽。数も多く動きも活発でした。
カワラヒワ:大岩橋河川敷林で、2羽が囀っていました。
シジュウカラ:公園の滝沢ハム側の庭木に1羽のみでした。
ホオジロ:二杉橋から上人橋のあいだで3羽囀り、先回と同じ上人橋下の河川敷で1羽が草のてっぺんで囀っていました。ここは縄張り、というか定位置のようです。
ガビチョウ:上人橋付近の山林から声が聞こえました。
 
6月20日 快晴 21℃
 
錦着山 5:30〜6:00 
シジュウカラの声が2カ所で聞こえました。その他、ツバメが2羽、ウグイス1羽、スズメ5羽で、ハシブトカラスが3羽、目立ちました。
 
赤津川、永野川 6:00〜8:00
 カイツブリは、巣材を集めた部分は残っていましたが、大きくなっていなくて、鳥の姿はありませんでした。何かあって巣を放棄したのかも知れません。繁殖は難しいようです。
 水辺の鳥は、中州や浅瀬が少なくて上空を移動する姿が多いこの頃です。
 この回り方だと、時間のせいか、セキレイ類がほとんど見られないのが不思議です。
 
キジ:大岩橋河川敷林1羽、赤津川で1羽。計2羽。
カルガモ:赤津川で3、3、1、計7羽。まだヒナを見つけられません。
カワウ:定位置の合流点で1羽、赤津川上空を1羽南に向かっていました。
アオサギ:赤津川上空、二杉橋〜上人橋上空で1羽、計2羽。
ダイサギ:公園上空、二杉橋〜上人橋上空、計2羽。
ホトトギス:前回に続いて、公園南方から聞こえましたが、少し声が近づいた気もします。今年は4回続けて声を聞くことが出来ました。
トビ:公園上空で1羽。
カワセミ:合流点上の林に、1羽が川から 飛び移ってきました。幾分色が不鮮明で幼鳥なのかも知れません。ずっと後ろ向きだったので、顔の感じまで確かめられませんでした。
コゲラ: 滝沢ハムクヌギ林で1羽、葉が茂ってきて姿が見えません。
モズ:大岩橋付近の田で幼鳥1羽、電線に、少し離れたところに成鳥1羽、暫くいて2羽とも山林に消えていきました。近かったので鋭くない過眼線や嘴の様子などから1羽が幼鳥なのは確認出来ました。先回も同じ場所で2羽いたのだが、幼鳥かどうかは確認出来ませんでした。
ハシボソカラス・ハシブトカラス:時々姿が見える。目立つほどではありません。
ヒバリ:錦着山の田で1、赤津川で2カ所、定位置です。
ツバメ:二杉橋から上人橋までに2羽、赤津川で3、7、6羽、合流点で1羽、計18羽。
イワツバメ:見えませんでした。
ウグイス:二杉〜睦橋までに2カ所、合流点付近で一カ所、公園の川岸で1カ所。
ムクドリ:赤津川で5羽。
ハクセキレイ:大岩橋付近で1羽のみ、セグロセキレイはみえません。
カワラヒワ:大岩橋付近で囀り1羽。
ホオジロ:二杉橋から上人橋の間で2、公園の草地で1、大岩橋河川敷林で1、計4羽、全て囀りです。
ガビチョウ:上人橋付近の山林で声が聞こえました。錦着山から移ってきたのかもしれません。
 
付記
21日
 紫陽花を見るために大平山大中寺に行きました。
ここはやはり、鳥が多いですね。少し滞在していただけです、シジュウカラ、ヤマガラ、メジロ、コゲラ、ホトトギス、ガビチョウ、ほとんど声のみの確認ですが、探鳥地として選ばれた場所だけあります。少し奥に行けば、サンコウチョウの声も聞こえたかも知れません。
 
 







永野川2020年6月上旬
5日 5:30〜7:30 薄曇 28℃
 今回から早朝探鳥に踏み切りました。出たときは曇っていて大平山はすっぽり霧に覆われていました。二杉橋〜睦橋では工事をしているわけではなく、工事車両が出入りするための立ち入り禁止です。9:00からということで5:30ころ行ってみました。
 工事はしていませんが、両岸の藪、草、低木が刈り払われていました。いくらか残っていたヨシもなくなり、今夏、鳥はどうなるか、と立ち止まってしまいました。 西岸からも川が見えるかも知れないのですが、水辺の鳥しか期待出来ないのではないでしょうか。 
 藪がなくなったのですが、ウグイスの声が定位置3カ所から聞こえ、いつもより賑やかでした。上人橋までの間で3カ所、公園、大岩橋、滝沢ハム、と9カ所になりました。
 カルガモが4羽水中に集まっていました。
 トピックスは、ホトトギス、公園の南の方角から、今季初のホトトギスを聞きました。例年より遠く、声も小さく感じました。
 トチノキ、ユリノキが実を付け、桑の実がたくさん路上に落ちていました。川岸の木々がたくさん実を付けていて、桑だったことを再発見しました。廃工場の近くに卯の花が咲き、匂いは感じませんでしたが、「夏は来ぬ」を思い出し、初夏を感じました。
 赤津川の川岸で、たくさんのモンシロチョウが羽化していました。ここでは前も1度この光景を見ました。1羽で見ると綺麗と思いながら、たくさんいると、蛾の集まりに見えてしまい、自分の身勝手さを恥じます。
 
キジ:睦橋手前の道端に1羽、大岩橋河川敷林から1羽の声、計2羽。
カルガモ:上人橋までの間に7羽、公園の上空を2羽、川で2羽、合流点付近で4羽、赤津川で5羽、計16羽、増えてきて、動きも活発なようです。まだヒナは見えません。
カイツブリ:営巣を期待していたのですが、見えませんでした。
アオサギ:上人橋〜睦橋の間で、上空を1羽ずつ2羽、公園で1羽、合流点付近で3羽、いずれも上空を移動していました。
ダイサギ:上人橋付近でで、上空を1羽。早朝は移動の時刻でしょうか。
ゴイサギ:赤津川で上空を南に移動していました。ここでは地上で見ることは滅多にありません。
イカルチドリ:睦橋近くの中州で歩き回ってピッピッピと鳴く1羽、飛ぶ1羽を見ました。過眼線、アイリングを確認出来なかったので、声が2種類ですが、2羽ともイカルチドリにカウントしました。
コゲラ:滝沢ハムのサクラ並木で1羽。姿は見えません。
ハシボソカラス・ハシブトカラス:時々姿が見えますが、目立つほどではありません。
ヒバリ:曇っていると出てこないのか、帰り際に日が出てきてから、赤津川の2カ所で囀っていました。
ツバメ:二杉橋から上人橋までに1羽、公園で4羽、滝沢ハム付近で2羽、合流点で2羽、赤津川で7羽、計17羽、多く見られました。こちらも日が出て来てから多くなりました。
イワツバメ:赤津川陶器瓦店付近で3羽のみでした。
ヒヨドリ:今日は目立った群れはいませんでした。
ムクドリ:公園で8羽、赤津川で11羽。計19、賑やかでした。
スズメ:あまり目立ちませんでした。
セグロセキレイ:二杉橋から上人橋まで、2羽ずつ3回、公園で1羽2回、計8羽でした。
ホオジロ:二杉橋から上人橋まで草もあまりないのですが、地鳴きの声が2回聞こえました。上人橋下の河川敷で1羽が草のてっぺんで囀っていました。公園でも2カ所、大岩橋の河川敷林でも2カ所で囀り、計7羽になりました。
ガビチョウ:川の周辺では見つからなかったのですが、錦着山の下を通ったらかなり賑やかな声が下まで聞こえてきました。
 
10日
錦着山 5:30〜6:00 晴 28℃
緑が茂り、鳥の姿を確認しにくくなりました。ツバメは3羽のみ、シジュウカラの声が2カ所で聞こえ、ヒヨドリが1羽横切りました。
ガビチョウが、1羽だと思うのですが、先回よりかなり大きな声で鳴いていました。
 
赤津川、永野川
錦着山北側の田で、歩いていたキジ1羽が羽音を響かせていました。
カイツブリが営巣を始めていました。今年もただ、新しい命の誕生と成育を望みます。
ホトトギスの声は、少し遠くなりましたが、公園の南方向から聞こえていました。
二杉橋から上流へ岸が草や低木の刈り取りは、だんだん広がっているようで、はやく工事が終了し、自然が戻ってくることを待ちます。
 
キジ:錦着山裏の田と、大岩橋の河川敷林で1羽ずつ2羽。
カルガモ:合流点に5羽、赤津川で上空羽3羽、計8羽。
カワウ:合流点で2羽、1羽が、羽を乾燥するためかかなり長い間広げていました。
キジバト:公園で1羽。
アオサギ:池の上空を1羽、移動していました。
ゴイサギ:合流点付近で2回、上空を移動する姿を見ました。
イカルチドリ:合流点付近の中州で、2回声が聞こえました。
トビ:公園上空で1羽。
ハシボソカラス・ハシブトカラス:時々姿が見えますが、目立つほどではありません。
ヒバリ:錦着山の北側の田で1カ所、赤津川で4カ所、定位置です。
ツバメ:合流点付近で8羽、公園で1羽、計9羽です。
イワツバメ:赤津川陶器瓦店付近で計7羽、全員に会えたような気になります。
ウグイス:上人橋付近で2カ所、合流点付近で2カ所、大岩橋河川敷林で1カ所、時間が少し遅いせいか、刈り取りが進んだせいか、少なくなりました。
ムクドリ:赤津川で7羽。合流点付近2羽。
スズメ:あまり目立ちませんでした。
セグロセキレイ:合流点付近で4羽のみ、二杉橋から上人橋の間には見えませんでした。
ホオジロ:先回と同じ上人橋下の河川敷で1羽が草のてっぺんで囀っていました。二杉橋から上人橋まで2羽の地鳴きのみでした。
 
付記
6月9日
我が家の庭木から外の電線に向かって、ウグイスが警戒声で鳴きながら飛び移りました。
まさに「谷渡り」、このネーミングはある意味真実だったのでしょうか。
 
 







種山ヶ原の風たち T
 種山ヶ原(たねやまがはら)は、奥州市気仙郡住田町遠野市にまたがる物見山(種山)を頂点とした標高600-870メートルに位置した高原地帯です。北上高地の南西部の東西11キロメートル、南北20キロメートルに及ぶ平原状の山で、物見山・大森山・立石などを総称して別名「種山高原」とも呼ばれています。宮沢賢治は、大正6年盛岡高等農林学校時代、地質調査のため初めて訪れて以来、何度となく歩き、童話「風の又三郎」や戯曲「種山ヶ原の夜」、その他多くの詩や短歌を残しています。
 
 
 〔朝日が青く〕(第二集補遺)
 
朝日が青く
ひかりはひどい銅なので
この尾根みちの樹の影は
みんな右手の谷の霧
寒天質なよどみのなかに
おぼろに黒く射込まれる
  ……その灰いろの霧の底で
    鳥がたくさんないてゐる……
まっ赤なあざみの花がある
樹をもるわづかなひかりに咲いて
巨きなカカリヤの花とも見える
そんなに赤いあざみの花
  ……この尾根みちにのぼってから
    まだ十分にもならないのに
    靴もづぼんも露でいっぱい
    流れを渉ったやうになった……
軍馬補充部の六原支部が
来年度から廃止になれば
〔約三字空白〕産馬組合が
払ひ下げるか借りるかして
それを継承するのだけれども
組合長の高清は
きれいに分けた白髪を
片手でそっとなでながら
ひとつ無償でねがひたい
われわれ産馬家といふものは
政策上から奨励されて
間にも合はないこの事業を
三十年もやってきた
さうしてそれをやったものは
みんな貧乏してゐると
さういふことを陳情する
  ……また山鳥のプロペラー……
もういまごろはちゃんと起きて
こっちが面白はんぶんに
山を調べに出ることを
手にとるやうに見すかしながら
何十年の借金で
根こそげすっかり洗ひつくし
教会のホールのやうになった
がらんと巨きな室のなかで
しづかにお茶をのんでゐる
  ……谷にゐるのは山鳥でない
    かなり大きな鳥だけれども
    行ったりきたりしてゐるところ
    それが到底山鳥でない……
はげしい栗の花のにほひ
送って来たのは西の風だ
谷の霧からまっ青なそらへ
岬のやうに泛んでゐる
向ふの尾根のところどころ
月光いろの梢がそれだ
そのいちいちの粟のやうな花から
風にとかされ無数の紐や波になって
ここらの尾根を通るのだらう
 
  ……この谷そこの霧のなかに
    三軒かある小さな部落……
東は青い山地の縞が
しづかに風を醸造する 
 
  「種山ヶ原」を詠んだ作品には、風が詠みこまれていることが多いのですが、この詩には風の表現が3カ所あり、また大変感覚的なので取り上げてみました。
 背景は種山ヶ原ですが、発想日付がありません。『新校本宮沢賢治全集第三巻 校異篇』によると〔朝日が青く〕は次のような推敲課程をへて成立しています。

「三六八 種山ヶ原 一九二五、七、一九、」(「春と修羅第二集」)の下書稿(一)はパート一から四までおおよそ170行に及ぶ長詩です。それぞれのパートがそれぞれの内容を中心にした独立して詩篇となります。推敲課程は次の通りです。
パート一→「種山ヶ原」定稿→改作「朝日が青く」春と修羅第二集補遺)
パート二→パート三→「〔行きすぎる雲の影から〕」(春と修羅第二集補遺)
パート三→パート二→「若き耕地技手のIrisに対するレシタティヴ」(春と修羅第二集補遺)
パート四→「種山ヶ原三」→〔おれは今まで〕(春と修羅第二集補遺)
関連作品〔高原の空線もなだらに暗く〕 (口語詩稿)
 
「種山ヶ原定稿」はパート一から成立して、それを改作したものが〔朝日が青く〕(第二集補遺)です。
 ここで一つの疑問は、詩中の「軍馬補充部の六原支部が/来年度から廃止になれば」です。
 「陸軍軍馬補充部」は、陸軍の外局の一つで軍馬の供給、育成および購買、軍馬資源の調査を管掌しました。岩手県水沢地方は1872(明治5)年から軍馬を供給したとの記録があり、1898(明治31)年に胆沢郡相去村(現金ケ崎町六原)に軍馬補充部六原支部が設置されました。日露戦争大勝により盛んとなりました。その後、軍備縮小の時代となり、1924年ころから廃止の噂が流れましたが、結局1925(大正14)10月で廃止になったということで、「種山ヶ原」発想の3ヶ月後には廃止になったことになります。
 1925年7月19日の発想段階で、賢治が来年度の廃止かと思っていたのかも知れませんが、一瞬この詩句はどうしても1924年のものに感じられてしまいます。賢治はこのころ花巻農学校の教師で、少し季節は違いますが、1924年4月29日、生徒を引率して軍馬補充部六原支部方面に遠足に行ったと言われています。(注1)
 一つの仮定は、賢治が、種山の産馬組合の事情を書き込むために、パート一から〔朝日が青く〕を独立させたとき、1924年に訪れた六原支部に関することを書き込んだとも推定されます。そこから〔高原の空線もなだらに暗く〕(口語詩稿)に発展した、ということでしょうか。(注2)
 軍馬補充部六原支部の統括下には種山出張所があり、種山の放牧場―藤沢放牧地、上野放牧地、高坪放牧地、大文字放牧地、姥石放牧地、菜種沢放牧地、小牧沢放牧地、鷹巣放牧地の各放牧地(名称は大正2年陸地測量地図5万分の1による)はその管轄下にありました。物見山を頂点として、周辺の放牧地が全て含まれ、賢治の詩に登場する種山ヶ原はほとんどが入っていました。賢治にとって風景と同様に、そこに生活する馬産農家の生活も身近なものだったと思います。
 「高清」は多くの詩に登場します。実在の人というよりも、複数のモデルから虚構化された農村の指導的立場にある人物であろうといわれています(注3)。
 関連詩〔高原の空線もなだらに暗く〕 (口語詩稿)にも「高清」が登場します。この詩では高原の夕景のなかに、馬の動きや世話をする人びとを中心に描き、「高清」については、〈……そこに四疋の二才駒 /あの高清の命の綱も /首を垂れたり尾をふったり /やっぱりじっと立ってゐる /蛾はほのじろく艸をとび /あちこちこわれた鉄索のやぐらや /谷いっぱいの青いけむり/この県道のたそがれに / あゝ心象の高清は /しづかな磁製の感じにかはる〉で終わっています。古くからの家業を守りながら、時代の波の中で没落せざるを得ず、でも誇りを保って静かに対峙している像を「しづかな磁製の感じ」に象徴させています。
 もう一つ、文語詩「開墾地落上」(文語詩稿一百篇)では、下書稿にある「村会議員」「高清」から見て、乾杯の音頭を取るような有力者となっています。
 
 1925年7月19日の種山ヶ原行きのコースは、同日日付「鉱泉とネクタイ」では夜明け前の星空が描かれていることから、前夜、岩手軽便鉄道の宇洞(現鱒沢)駅で降り、小友(現遠野市小友)を経て長野(小友長野地区)あたりで野宿したと推定されます。同じ日付で岩手軽便鉄道の最終列車に乗車した記述がある「岩手軽便鉄道七月(ジャズ)」があり、その日の最終便で花巻に戻ったと推定されます。
 「種山ヶ原」パート三の発展形、「若き耕地課技手のIrisに対するレシタティヴ」から推定すると、この日の目的は測量班と共に、測量の手伝いだったようです。
 
 種山ヶ原の状景を感じながら詩を追ってみます。
谷は深い霧に包まれ、朝日は青く煙っているのでしょう。樹木の影も鳥の声も皆霧の底に沈んでいます。「種山ヶ原」定稿に描かれる紫のアイリスは描かれず、「巨きなカカリヤの花とも見える」と形容されるほど赤い薊の花が描かれます。
 カカリアはキク科エミリア属の熱帯アジア原産の園芸種で、赤、オレンジ、黄色などがあり、どちらかというとオレンジがかった赤です。書簡228昭和2年4月9日冨手一宛の、「花巻温泉南斜花壇所要種苗表」にも記載があります。
 下書稿一には「センターレア モシャタとも/見え/あるひはバーバンク氏の高弟によって/新につくられた大きなカカリア」という記述も見られます。「バーバンク氏」はアメリカの園芸家ルーサー・バーバンク(1849〜1926)で、大正4年8月14日書簡9高橋秀松宛には、自分のことをバアバンクス ブラザアと称する位親近感を持っていたようです。なおセンターレア モシャタは宿根矢車菊です。
 「種山ヶ原」パート一下書稿には「あざみの花はここではみんな桃いろだ/花青系(アントケアン)は一つの立派な指示薬だから/その赤いのは細胞液の酸性により」とあり、土性に関心を持ち熟知していた賢治が、土性が酸性であることを感じ取っていたことがわかります。
 
 その後、軍馬補充部六原支部の廃止のことが物語られます。軍の奨励による軍馬の供給は農家にとって実りはなく、借金を重ねて家の中には家財道具などがなくなっています。だから廃止になったら放牧場などを無償で払い下げてほしいという陳情を考えている、冷静に幾分したたかに事態を見つめている組合長、高清を、「静かにお茶をのんでいる」という言葉に象徴させます。
 霧に煙っている谷には、ヤマドリ似た鳥がプロペラのように羽音を響かせていますが、なぜかここで、こだわってヤマドリを否定しています。
 
 強烈な栗の花の匂いが風に運ばれてきました。「谷の霧からまっ青なそらへ/岬のやうに泛んでゐる/広い高原の遙か向こうの尾根の辺り」には、栗の群落が月光色の花を付けているのが見えます。
栗のにおいを、「そのいちいちの粟のやうな花から/風にとかされ無数の紐や波になって/ここらの尾根を通るのだらう」と、まず香りを感じ、それを発する小さな花を感じ、さらに一つ一つ花から発する香りを感じ取り、さらに一つ一つを運ぶ風を「無数の紐や波」と表現します。香り―栗の花―風の連想の中で、香りは風に乗って、「紐」という形あるものとして捉えられているのです。賢治は共感覚者で多くの共感覚表現が見られ、鳥の声の流れ(音)を「紐」(形)と表現しています(注4)。
 栗の花を「粟(あわ)のやうな」と一つ一つ捉え、また「かげらふ」を「いくすじもの紐」と表すのは、〔朝日が青く〕定稿のみです。
 視線は東の方角の山に向けられます。東にははるかかなたの山が見え青くきれいな縞模様はこちらの霧とは別世界でそこで「風は醸造され」て、またこちらに戻ってくるのかもと思います。  
 この東の山地に目を向けるのは、〔朝日が青く〕のみで「種山ヶ原」下書稿一にも定稿にもありません。さらに「風を醸造する」と風の表現になるのは〔朝日が青く〕定稿で初めてです。風が吹き去るだけでなく、新しく生まれ、循環していくことを、はっきりと言いたかったのかも知れません。栗の花の香りのない、そのままの風が生まれてくることを願っているのかも知れません。
 
 「この谷の霧のなかに三件かある小さな部落」、これは種山ヶ原に馬を放牧している農家でしょうか。かつて訪れた立石で、切り立った崖のはるか下で、そのような集落を発見したことがあります。「風の又三郎」で、馬を放牧している家族が住んでいたような……。切り立った崖は、少年が遭難しかけた場所なのか、地理感覚も現地踏査も少ない私には確信が持てず自分だけの思いとなっていましたが、私の想像を裏付けする記述を伊藤光弥氏の著作(注5)に見つけました。以下に記します。
 種山西麓、江刺側には「荒廃裸地」が多く、上閉伊郡の上野放牧地まで馬を預けなければならなかったと推定されます。大正2年陸地測量地図によると物見山から西の立石に至る郡境の稜線沿いには数カ所の散岩の記号があります。江刺郡地質調査に参加した賢治が江刺郡井手村から出した、書簡39大正6年9月2日保阪嘉内宛ハガキには丸坊主の山と数本の赤松、「かなしめるうま」という注釈の付いた馬の絵が描かれ、まさに「荒廃裸地」の姿です。
 上の原(上野放牧地 大正2年陸地測量地図による名称)に行って迷った嘉助は、底なしの谷や野馬、物見岩をみたりする可能性があります。嘉助の家は山本(奥州市江刺米里山本)にあったと仮定すれば、盛街道から井手にも出られ、谷二つ越えて木細工小学校にも通えたことになります。
 
 〔朝日が青く〕を発想したとき、「種山ヶ原」の自然の中で、繰り広げられる、馬産農家のことがよぎったのでしょうか。
 種山の酸性土壌のこと、荒廃裸地のこと、そこに生きる馬たち、人びと、取り巻く風……。その状景を振り返ったとき、一層の愛着を込めて丁寧に風を描き直したのかも知れません。
 私は垣間見たに過ぎませんが、種山ヶ原には、自然そのものの美しさと風があります。賢治が描きだす風景を、これからも少しずつ綴っていきたいと思います。
 
注1「196陸軍軍馬補充部六原支部」 
  brog goone.jpsuzukikeimori「宮沢賢治の里より」2009年9月
 2杉浦静「心象スケッチ「種山ヶ原」(一九二五、七、一九)から(〈高清〉連作へ―軍馬補充部六原支部廃止の余波――(『国語と国文学』令和2年5月特集号第九巻十七号 1158号 2020年5月 東京大学国語国文学会)において、この点について詳細があり、「軍馬補充部六原支部廃止の報道から、心象スケッチ「種山ヶ原」および高清連作は始動したといってもよい」とある。
3信時哲郎『宮沢賢治「文語詩稿一百篇」評釈』 和泉書院 2019
4「春谷暁臥」(春と修羅第二集)
「……羯阿迦(ぎゃあぎあ)居る居る鳥が立派に居るぞ/羯阿迦(ぎゃあぎあ)まさにゆふべとちがった鳥だ/羯阿迦(ぎゃあぎあ)鳥とは青い紐である……」
5伊藤光弥『森からの手紙』 洋々社 2004



テキストは『新校本宮沢賢治全集第三巻』に拠る。