宮澤賢治、風の世界

宮澤賢治の作品を彩る言葉と風を追って宮澤賢治の世界を訪ねよう。 賢治は風という言葉に何を託したか。風を描くためにどんな言葉を選んだか。 賢治は何を求めて風の中に身を置いたのだろう。 そこに少しでも近づきたくてページを埋めていく。
 
6月の永野川
 
3日
  ここ2、3日、真夏並みの暑さで、5時半ごろから歩きました。
上人橋あたりでホトトギスの声、今年初めてです。大きい声なので、見えない遠い所、近くの住宅団地の後ろの森、あるいは太平山に続く山で鳴いているのかもしれません。昨年と同様、帰りに二杉橋付近でも住宅を越えた遠いところで聞こえました。
  コジュケイも鳴き、森林や川や田あるこのあたりの鳥種の豊かさを感じます。
  ゴイサギが1羽、南の方へ飛びました。地上では滅多に見られませんが、この季節には飛ぶ姿を見ることができます。
  カワウが、1羽、2羽と続けて飛び、大岩橋付近で泳ぐ1羽も見えました。同一個体を見分けられないのですが、少なくとも4羽はいたようです。
  先日、カルガモの巣か、と思ったところは、芝生の刈り取りがあって何もありませんでした。ここは刈るべきところなので、巣を作ったカルガモが運が悪かったのでしょう。でもちょっと気を使ってくれても、とも思います。
  第五小体育館の対岸の低木の下で、カイツブリの浮巣をみつけました。まだ抱卵中ですが、無事ヒナの姿を見たいものです。
  カワセミの♀がホバリングして、ちょうど眼の高さくらいになり、面白い光景となりました。何度かホバリングして、姿を消しました。草むらに隠れて食べていたのか、諦めて飛びさったのか、見極められませんでした。
  ハシボソカラスが5羽、ゴルフ場の芝生で採餌中でした。この辺で群れることはあまり無いのですが、食べ物があれば集まるのでしょうか。アオサギも8羽、やはり朝早いご出勤です。
 
14日
  梅雨入り以来の雨が続き、ようやく探鳥となりました。
川の水量が想像以上に増えていて中州はほとんどありません。不安が的中して、カイツブリの浮巣は流されてしまっていました。
  上人橋付近で、またホトトギスの声を聞きました。
アオサギ4羽が、滝沢ハムの敷地内のヒマラヤスギのてっぺんに留りました。大きな個体が、群れて高い所に留ると、不思議な大きな図柄になりました。
  滝沢ハム近くの電線に、モズが4羽並んで留っていました。珍しい光景に思いましたが、あるいは巣立ちしたばかりの若鳥が混じっていたのかもしれません。もう少し観察するべきでした。
  セグロセキレイが囀るのを聞きました。
  公園で、写真目的の人に、カワセミはどこにいるのかと尋ねられました。ヤナギの大木あたりがポイントかも、と話しました。そこに必ず来る、というものでもなく、偶然の出会いを待つしかないことを、よく理解していないように見えました。一瞬でも出会えれば嬉しい探鳥と、良い映像を求める撮影は根本的に違っています。
  早朝でも、日差しはかなり強くなり逆光の位置ではほとんど見えないうえ、鳥も少なく、記録がないのも記録、といった感じでした。
 
26日
  梅雨の豪雨が久しぶりに早朝からあがり、雨にぬれたヨシの緑が輝いて見えました。雨が多くヨシを始め河原の植物の生育がよいようです。
  水量は多くても、水は澄んでいました。二杉橋からはいると、セグロセキレイ、カワラヒワ、ウグイス、ヒバリが囀ってにぎやかです。上空をゴイサギ1羽、舞いました。
  カワウが3か所で潜水したり飛んだり、アオサギ4羽、ダイサギ3羽等、群れも多く見られました。
  新井町の田んぼでワシタカ1羽、畔でゆっくり採食していました。カラスより少し小さく、頭から背、尾まで黒褐色で、白い眉班があり、脚は黄色でしたが、腹面も白くてほとんど模様は感じられませんでした。図鑑によれば、腹面の模様の薄いものもある、ということで、オオタカの♂としました。
  この時期、いつも子連れのハシボソカラスを見かけます。若鳥は2羽で、親に餌を貰っていました。もう1羽成鳥がいましたが、ペアで子育て?でしょうか。
  帰り際に公園内で、川面を掠めてカワセミ1羽飛びさりました。カメラを持たない私にはこれで十分です。
  イカルチドリも1羽、近かったのでアイリングを確かめることができました。
  意外な鳥にも会えて、充実した気分の探鳥でした。
 
鳥リスト
キジ、コジュケイ、カイツブリ、カワウ、ダイサギ、アオサギ、ゴイサギ、ホトトギス、カルガモ、キジバト、イカルチドリ、ヒバリ、ウグイス、セグロセキレイ、モズ、ホオジロ、カワラヒワ、シジュウカラ、スズメ、ムクドリ、カワセミ、ヒヨドリ、オオタカ、オナガ、ハシボソカラス、ハシブトカラス、ツバメ、イワツバメ

 







風の色、風の香り、風の味―「外山詩群」から― (二)
 前回は、「外山詩群」から「いま来た角に」を取り上げ、五感を通して感じられた風について考えてみました。ここでは、「外山詩群」全体を通して感じられる、賢治の感覚や想いを辿ってみたいと思います。
 
    六九〔どろの木の下から〕 一九二四、四、一九、
 
どろの木の下から
いきなり水をけたてゝ
月光のなかへはねあがったので
狐かと思ったら
例の原始の水きねだった
横に小さな小屋もある
粟か何かを搗くのだらう
水はたうたうと落ち
ぼそぼそ青い火を噴いて
きねはだんだん下りてゐる
水を落してまたはねあがる
きねといふより一つの舟だ
舟といふより一つのさじだ
ぼろぼろ青くまたやってゐる
どこかで鈴が鳴ってゐる
丘も峠もひっそりとして
そこらの草は
ねむさもやはらかさもすっかり鳥のこゝろもち
ひるなら羊歯のやはらかな芽や
桜草も咲いてゐたらう
みちの左の栗の林で囲まれた
蒼鉛いろの影の中に
鍵なりをした巨きな家が一軒黒く建ってゐる
鈴は睡った馬の胸に吊され
呼吸につれてふるえるのだ
きっと馬は足を折って
蓐草の上にかんばしく睡ってゐる
わたくしもまたねむりたい
どこかで鈴とおんなじに啼く鳥がある
たとへばそれは青くおぼろな保護色
向ふの丘の影の方でも啼いてゐる
それからいくつもの月夜の峯を越えた遠くでは
風のやうに峡流も鳴る
 
 一作目の詩です。
高原を歩き始めた賢治は、水車の〈水きね〉に新鮮な驚きを感じながらなぜか〈青〉を感じています。
 夜の静けさの中を、やわらかな草や、昼もなら見える桜草のことを考えながら森の中を歩き、〈鍵なりをした巨きな家〉―曲がり屋(住居と馬小屋とが合体してL字形になっている家屋)―の傍を通りかかり、そこに眠る馬の事を考えて安らぎます。
 幻のように聴いた鈴の音は、鳥の声だったのでしょうか。そしてそれも〈青くおぼろな保護色〉で包まれ、遠くで〈風のやうに峡流も鳴〉り、賢治の安らかな時が過ぎました。
 
    七三 有明  一九二四、四、二〇、
 
あけがたになり
風のモナドがひしめき
東もけむりだしたので
月は崇厳なパンの木の実にかはり
その香気もまたよく凍らされて
はなやかに錫いろのそらにかゝれば
白い横雲の上には
ほろびた古い山彙の像が
ねづみいろしてねむたくうかび
ふたたび老いた北上川は
それみづからの青くかすんだ野原のなかで
支流を納めてわづかにひかり
そこにゆふべの盛岡が
アークライトの点綴や
また町なみの氷燈の列
ふく郁としてねむってゐる
滅びる最后の極楽鳥が
尾羽をひろげて息づくやうに
かうかうとしてねむってゐる
それこそここらの林や森や
野原の草をつぎつぎに食べ
代りに砂糖や木綿を出した
やさしい化性の鳥であるが
   しかも変らぬ一つの愛を
   わたしはそこに誓はうとする
やぶうぐひすがしきりになき
のこりの雪があえかにひかる  
 
 三番目の詩です。
夜明けに近く、空の色も変化に富んでいます。眼下には昨日いた盛岡の街がいまだに眠ったように横たわっています。
 森の中で安らいだ身には、それは〈滅びる最后の極楽鳥〉にも見え、〈それこそここらの林や森や/野原の草をつぎつぎに食べ/代りに砂糖や木綿を出した/やさしい化性の鳥である〉と自然とは対極にある都市を思いますが、そこからは抜けられない自分を感じています。
 モナド(単子)は、ドイツの哲学者G.W.ライプニッツ(1646〜1716)の提唱した「モナド論」で、現実に存在するもの構成を分析した結果、それ以上分割できない実体を意味します。ギリシャ哲学におけるアトムとは異なって物質的な内容を持たず、徹底して精神的なものとして捉えられます。
 「モナド論」は、清沢満之が「西洋哲学史講義」(明治23〜26年  真宗大学(現大谷大学)での講義ノート)で既に紹介していて、仏教の思想、「草木国土悉皆成仏」(草も木も地上のものすべてに仏の心が宿る)に照らし合わせて解釈しているといいます(注1)。
 「草木国土悉皆成仏」は賢治の多くの作品、たとえば「十力の金剛石」などに色濃く投影される思想です。賢治がその文献に触れたという証明は出来ませんが、賢治は二つの思想の融合点を感じて一層傾倒していったのではないでしょうか。
 また賢治は科学者として、物質の分子式を見るように、空気も月光も風も、粒子、原子、分子、モナド等の集合体として感じたのではないかと思います。
 〈風のモナド〉は澄んだ空気の感触をモナドの集合体として捉えた表現です。
他の作品でも、空を表す〈銀のモナドのちらばる虚空〉( 同名詩 一九二七、五、九  「詩ノート」)、月光を表す〈銀のアトム〉(「風景とオルゴール」一九二三、九、一六・「風林」一九二三、六、三 『春と修羅』)、季節の空気を表す〈秋の分子をふくんだ風〉(〔澱ったひかりの澱の底〕「装景手記」)、などがあり、空の色を感触として捉えている場合もあります。
 〈月は崇厳なパンの木の実にかはり/その香気もまたよく凍らされて〉では、月の光にも匂いを感じています。
 
    七四〔東の雲ははやくも蜜のいろに燃え〕 一九二四、四、二〇、
 
東の雲ははやくも蜜のいろに燃え
丘はかれ草もまだらの雪も
あえかにうかびはじめまして
おぼろにつめたいあなたのよるは
もうこの山地のどの谷からも去らうとします
ひとばんわたくしがふりかヘりふりかヘり来れば
巻雲のなかやあるひはけぶる青ぞらを
しづかにわたってゐらせられ
また四更ともおぼしいころは
やゝにみだれた中ぞらの
二つの雲の炭素棒のあひだに
古びた黄金の弧光のやうに
ふしぎな御座を示されました
まことにあなたを仰ぐひとりひとりに
全くことなったかんがへをあたへ
まことにあなたのまどかな御座は
つめたい火口の数を示し
あなたの御座の運行は
公式にしたがってたがはぬを知って
しかもあなたが一つのかんばしい意志であり
われらに答へまたはたらきかける、
巨きなあやしい生物であること
そのことはいましわたくしの胸を
あやしくあらたに湧きたゝせます
あゝあかつき近くの雲が凍れば凍るほど
そこらが明るくなればなるほど
あらたにあなたがお吐きになる
エステルの香は雲にみちます
おゝ天子
あなたはいまにはかにくらくなられます  
 
 四番目の作品です。ここでは、月光にエステルの香りを感じる表現で、月の光への深い敬慕の心を一層強く感じさせます。
ある刺激に対して通常の感覚と同時に他の感覚を持つことを共感覚といいます。音に色を感じるような通常の五感だけでなく、感情や文字に色を感じる場合もあります。
 先月取り上げた、〈紫蘇のかほりの青じろい風〉をはじめとして、鳥の鳴き声を〈青い紐〉と捉えたり(「春谷仰臥」(一九二五、五、一一 「春と修羅第二集」)、猫の顔を〈にゃあとした〉と表現したり(「どんぐりと山猫」)、賢治は共感覚者だったことが知られています。
 さらに賢治の共感覚は、精神医学上では、世界に対して率直で親密な関係を持ちやすい「循環気質」であるためと言われます。それは自然から与えられるメッセージを知性や理性の働きではなく、感覚の純粋さによって認識することができ、空海の五大(地・水・火・風・空)、十界(地獄・餓鬼・畜生・阿修羅・人間・天上・声聞・縁覚・菩薩・仏)、六塵(色・声・香・味・触)という意識にも共通するものでした。(注2)
 さらに自然科学的知識、古典などから得られた知識に裏付けされ、詩という表現の過程を経て、読む者には、表現の新鮮さ、多彩さ、広さ、奥深さとなって伝わります。
  
    七五 北上山地の春  一九二四、四、二〇、
 
     1
雪沓とジュートの脚絆
白樺は焔をあげて
熱く酸っぱい樹液を噴けば
こどもはとんびの歌をうたって
狸の毛皮を収穫する
打製石斧のかたちした
柱の列は煤でひかり
高くけはしい屋根裏には
いま朝餐の青いけむりがいっぱいで
大迦藍のドーム(穹窿)のやうに
一本の光の棒が射してゐる
そのなまめいた光象の底
つめたい春のうまやでは
かれ草や雪の反照
明るい丘の風を恋ひ
馬が蹄をごとごと鳴らす
 
   2
浅黄と紺の羅沙を着て
やなぎは蜜の花を噴き
鳥はながれる丘丘を
馬はあやしく急いでゐる
息熱いアングロアラヴ
光って華奢なサラーブレッド
風の透明な楔形文字
ごつごつ暗いくるみの枝に来て鳴らし
またいぬがやや笹をゆすれば
 ふさふさ白い尾をひらめかす重挽馬
 あるひは巨きなとかげのやうに
 日を航海するハックニー
馬はつぎつぎあらはれて
泥灰岩の稜を噛む
おぼろな雪融の流れをのぼり
孔雀の石のそらの下
にぎやかな光の市場
種馬検査所へつれられて行く
 
   3
かぐはしい南の風は
かげらふと青い雲滃を載せて
なだらのくさをすべって行けば
かたくりの花もその葉の斑も燃える
黒い廐肥の籠をになって
黄や橙のかつぎによそひ
いちれつみんなはのぼってくる
 
みんなはかぐはしい丘のいたゞき近く
黄金のゴールを梢につけた
大きな栗の陰影に来て
その消え残りの銀の雪から
燃える頬やうなじをひやす
 
しかもわたくしは
このかゞやかな石竹いろの時候を
第何ばん目の辛酸の春に数へたらいゝか
 
 最後の作品です。
 月の光に満ちた夜が明けました。ここは岩手県種畜場の近くです。岩手県種畜場は、盛岡市玉山区藪川にあり、現在は岩手県農業研究センター畜産研究所外山畜産研究室となりました。入り口には今も「岩手県種畜場」の古い木製の看板が残っています。
朝日を浴びて元気な子どもたち、朝餐の煙、馬達の動き、と活力に満ちた現実が描かれます。
 種馬検査の日、馬はカラフルな羅紗の布で飾られ、昨夜とは全く違う〈孔雀石〉の色をした空の下、ヤナギの芽吹きや鳥の動きにも飾られて、太陽の光を泳ぐように、出かけます。先回も書いたとおり、種馬検査合格は農民の願いです。
風は〈楔形文字〉のように吹いています。
 楔形文字は、メソポタミア文化のなかで3000年にわたって使用された、字画のそれぞれが楔の形をした文字です。文字が一面に書かれた状態で風の感触を表現したか、あるいは枝の鳴る音を、文字の鋭角的な様子で表したのか、いずれにしろ、ここでも、二つの感覚が関係しています。
 〈かぐはしい〉風はカタクリを吹き、村の人たちの汗も冷やします。でも賢治に残ったのは〈このかゞやかな石竹いろの時候を/第何ばん目の辛酸の春に数へたらいゝか〉という苦悩でした。
 〈石竹いろ〉は桃色や赤と同様、性的なものの象徴としても見ることができます。
関登久也『賢治随聞』(角川選書31 1970)、「賢治の横顔・禁欲」の章に、〈賢治三十歳前後のことだと思います。……(中略)……どちらにおいでになったのですか、ときくと岩手郡の外山牧場へ行って来ました。昨日の夕方出かけて行って、一晩中牧場を歩き、いま帰ったところです。性欲の苦しみはなみたいていではありませんね。といって別れました。……(後略…)…〉とあります。日時などの確証はなく、あくまで身近にいた人(賢治の姪の夫で親交があった)の思い出として書かれたものですが、裏付けとなるかもしれません。
 でも、私が詩から強く感じるのは、満月の光や、森の中の香りの新鮮な刺激、村人たちの生き生きとした動きに高揚する心です。
 身の内の衝動をそこまで昇華して表現しても、なお書かねばならなかった〈辛酸〉の文字には心が痛みます。


 1峰島旭雄「明治期における西洋哲学の受容と展開 2」(1968 早稲田大学)
  「西洋哲学史講義」は『清沢満之全集第五巻』(岩波書店)に収録
 2福島章「宮沢賢治の感覚」(『現代思想4−8』 青土社 1976、8) 
 
  •  
  •  
  •  
  •  
  •  







5月の永野川と永野川緑地公園ビギナー探鳥会

    17日永野川緑地公園ビギナー探鳥会報告

  晴天で風もなく暖かでした。
8日に確認したオオヨシキリは姿を見せず、カワセミは川岸の木の向こう側を飛び去ってよく見えませんでした。
  カルガモのペア、他に5羽の群れが見えました。
カルガモは1日に1個ずつ卵をうみ、生み終わってから抱卵を始めるということで、現在のんびりと泳いでいるペアはその途中なのだということです。全くお恥ずかしい話ですが、鳥類がすべてニワトリと同様に毎日一個ずつ卵を産む、ということを、この年齢になるまで知りませんでした。
カルガモの雄と雌には、かなりはっきりした違いがあることも教えていただきました。上・下尾筒の色の違いのほかに、羽の縁取りがはっきりしているのが♀、ということでこれなら遠くから見ても識別できます。また課題が一つ増えました。
  中洲のコチドリを望遠鏡で捉えていただきました。黄色のアイリングが可愛さを倍増させます。このあたりで今の時期にコチドリはいないと思い、普段注意していなかったことを恥ずかしく思いました。近くにイカルチドリもいて、皆さん、識別できたと思います。
ワスレナグサと思っていたものが、キュウリグサだったこと、空き地などで見かけるオレンジ色のヒナゲシは栽培種ではなく、ナガミヒナゲシという外来種であること、花が小さくピンクに近いアザミはキツネアザミといい、オニアザミ、ノアザミはもっと花が大きく美しいということも教えていただきました。
  オニグルミは雌雄別樹ではなく、雄花と雌花の咲く時期が違うので別の木に見えるとのことで、そのために受粉しにくくなるのを防いで、何本も近くに生えるとのこと、確かに実り始めた雌花の脇に、咲き残った雄花がついていました。
  アブラナ科植物を食草とするカメムシの一種、ハナムグリ、名前のわからないメタリックブルーの甲虫、テントウムシの幼虫など、それぞれがびっくりするほど美しく命を主張しているようです。
公園の川の中央に20p以上はありそうな大きな黒いウシガエル、成長した姿を初めて見ました。以前アオサギに咥えられたのを見た時は、アオサギの口にはあまり、普段見掛けるカエルよりはかなり大きい、といった程度でした。
  近くではコロコロと言う感じの声は、シュレーゲルアオガエルとのこと、こんなに身近にいるとは思っていませんでした。
土手の木のうろには何匹ものアマガエルがいて、子どもたちは大喜びでした。
  小学校低学年、幼稚園くらいのお子さんが数名参加し、最後まできちんと虫や鳥やカエルを熱心に見ていたのは頼もしい限りです。
鳥の種類は少なかったのですが、植物や昆虫のことを知り、自分の力の程を思い知った日でした。
 
ビギナー探鳥会の鳥リスト
キジ、ダイサギ、アオサギ、カルガモ、コチドリ、イカルチドリ、キジバト、カワセミ、ヒバリ、ハクセキレイ、ウグイス、ホオジロ、カワラヒワ、ムクドリ、ハシボソカラス、ハシブトカラス
 
8日
  暖かくなりました。
  いくらか雲が出て風も少し強い日でした。上人橋から歩き始めると、ウグイスが2か所で囀り、ホオジロの囀りも続きました。カイツブリもペアが多く、繁殖声をあげていました。
ツバメが多く、公園を次々に下ってきます。雨が近く低空を飛ぶので、数多く観察できるのでしょう。
  公園のヨシがいくらか伸び、アレチウリが枯れて落ち、ヤナギも葉を茂らせ、きれいになりました。オオヨシキリが元気に囀ります。この状況を保ってほしいとおもいます。今年はまだ土手の刈り取りが始まらないようです。
桑の大木が葉の出る以前に一斉に房状の花をつけていました。これは桑ではなかったのか、いつも実をたくさん付ける桑は葉がきれいに出揃い、控えめな花をつけています。ニセアカシアもほころび始め可憐です。もう少しすると甘い匂いでいっぱいになるでしょう。
  赤津川の合流点近くで、尾が細く長く、オオタカではない、いくらか小さい猛禽1羽、羽影からチョウゲンボウと思われます。
大岩橋上流で、カルガモに交じってマガモ♂が、二杉橋上流で、コガモのペア一組が残っていました。
  鳥種は少なかったのですがオオヨシキリを迎えることができ嬉しい探鳥でした。
 
18日
  昨日の探鳥会と同様好天でした。ノバラが咲き始めています。
昨日オオヨシキリの声が聞こえた上人橋上流ではほとんど鳥の声も姿も見られず、どこかでウグイス、ホオジロが囀りました。
  合流点近くで、アイリングは確認できませんが、おそらくイカルチドリが、鳴きながら旋回して、砂礫の上に止りました。もしかして営巣かもしれません。
  時々キジが顔を出します。
  赤津川の岸に、おそらくノアザミと思える、濃い紫の大きな花がみえました。キツネアザミとは全く違い、幼少のころ見たのはこちらだったと思います。
  イタチがスズメに追われた格好で道を横ぎりました。本当はスズメを狙っているところに私が来たので、逃げたのかもしれませんが。
公園で、昨日見たとき、カワセミが川の反対側を通り過ぎたので、そこで少しゆっくりしてみましたが、会えませんでした。もしかしてサンコウチョウ?というものも、こちら側に隠れたので待ってみたが、鳥影も見えませんでした。
  除草剤をまいたらしく、園路の周辺が幅1mくらい枯れ、芝生の中のタンポポやツメクサなども枯れていました。昨年、公園担当者に話を聞いたときは、もう来年は撒きません、と公言したのに。散歩する人の話では、鳥がいなくなった、といいます。オオヨシキリがいなくなったのもそのせいかもしれません。
  除草剤は地中に残留し、鳥だけでなく人間にとっても有害です。幼い子供も地面に触れる、このような公けの場所で、一切の注意喚起の立て札もなく、暴挙と言わざるをえません。どんな効果を狙っているのでしょうか。イネ科の植物は影響がないのか、ツバナの穂が美しく風になびいていました。
全体鳥が少なかったうえに、除草剤のかかった風景が心に重い日でした。
 
27日
  雨が上がったばかりで、風が少しあり、時々黒い雲が覆い、落ち着きません。
  上人橋上流で、ツバメが13羽、保育園舎から飛び出しました。どこかに巣があるのかもしれません。近ごろ珍しい数です。
合流点近くで、ミドリガメが2匹、大きくて不気味な姿を見せていました。ここでは年一くらい見かけますが増えてはいないようです。駆除しているのでしょうか。
  新井町付近では田植えがほとんど終わっていますが、ヒバリは相変わらず多いようです。もう子育ては終わっているのでしょうか。
緑地公園の北側のヨシ原で、オオヨシキリの声が聞こえ、少し安心しました。
  今年度はまだ草刈りを始めていないので、イヌムギが一斉に穂を出しています。除草剤を散布した跡が目立ちます。芝用の除草剤ではこのような枯れ色は付かないので、何のためにどんな薬品を使ったのでしょうか。注意喚起とともに明示すべきです。
  大岩橋近くの山林からハシブトカラスが14羽飛び立ちました。近ごろは珍しい光景です。ハシボソガラスは1羽ずつ時折、という感じです。
ビギナー探鳥会の時のように川の北側からカワセミが飛来して、川を少し下って、枯れ枝にとまりました。川の向こうに何があるのでしょうか。
手入れされた芝生の中央に、カルガモが2羽うずくまっているのを遠くで見つけました。もしかしたら抱卵中かもしれません。近くまで行きたい気持ちをおさえ、もし抱卵中なら無事で育つことを祈りながら帰ってきました。(でもまた行きたい……。)
  滝沢ハムの森のエゴの木がたくさん白い花をつけました。また秋には、ここにヤマガラやたくさんの鳥たちが来ますように。
 
鳥リスト
キジ、カルガモ、コガモ、マガモ、キジバト、カイツブリ、カワウ、イカルチドリ、アオサギ、ダイサギ、チョウゲンボウ、トビ、カワセミ、コゲラ、モズ、オナガ、ハシボソカラス、ハシブトカラス、ツバメ、ヒバリ、ヒヨドリ、ウグイス、オオヨシキリ、ムクドリ、スズメ、ハクセキレイ、セグロセキレイ、カワラヒワ、ホオジロ
 
付記
  今年は幸運にも日光や矢板で、たくさんのキビタキやオオルリを見ることができました。たしかに美しい鳥たちでしたが、私にとってはやはりお客様か、スターという感じです。
  永野川で草むらの中にやっと見つけたオオヨシキリやウグイスは、なぜかいとおしく、いわば友だちか家族のようで、いないと不安になります。
日光にもたびたび訪れて、オオルリも普通に見るようになれば、そこにもたくさんの友だちや家族が増えて行くのでしょうか。
  今年の日光植物園は、初心者の私でもゆっくりと迎えてくれて、自力でオオルリやサンショウクイを見つけることが出来ました。これからはできればここもフィールドにしたい、と同時に永野川に来る鳥たちも、もっとよく知りたいと思います。

 







 風の色、風の香り、風の味―「外山詩群」から― (一)
 
 
〔一七一〕 〔いま来た角に〕 一九二四、四、一九、
 
いま来た角に
二本の白楊が立ってゐる
雄花の紐をひっそり垂れて
青い氷雲にうかんでゐる
そのくらがりの遠くの町で
床屋の鏡がたゞ青ざめて静まるころ
芝居の小屋が塵を沈めて落ちつくころ
帽子の影がさういふふうだ
シャープ鉛筆 月印
紫蘇のかほりの青じろい風
がれ草が変にくらくて
水銀いろの小流れは
蒔絵のやうに走ってゐるし
そのいちいちの曲り目には
藪もぼんやりけむってゐる
一梃の銀の手斧が
水のなかだかまぶたのなかだか
ひどくひかってゆれてゐる
太吉がひるま
この小流れのどこかの角で
まゆみの藪を截ってゐて
帰りにこゝへ落したのだらう
なんでもそらのまんなかが
がらんと白く荒さんでゐて
風がおかしく酸っぱいのだ……
風……とそんなにまがりくねった桂の木
低原の雲も青ざめて
ふしぎな縞になってゐる……し
すももが熟して落ちるやうに
おれも鉛筆をぽろっと落し
だまって風に溶けてしまはう
このうゐきゃうのかほりがそれだ
 
風……骨、青さ、
どこかで鈴が鳴ってゐる
どれぐらゐいま睡ったらう
青い星がひとつきれいにすきとほって
雲はまるで蝋で鋳たやうになってゐるし
落葉はみんな落した鳥の尾羽に見え
おれはまさしくどろの木の葉のやうにふるへる
 
  この作品の背景は、盛岡の北東に拡がる外山高原と言われます。山田線の区界駅からも到達できるのですが、まだこの時はここまで開通していません。賢治は盛岡駅か厨川駅まで列車で行き、そこから徒歩で旧小本街道を歩きました。旧小本街道は、外山高原の辺りでは、現在よりも標高の高い所を通っていました。
  賢治はなぜ外山に向かったのでしょう。
外山には御料牧場があり、高等農林獣医科の実習地だった関係から、農芸化学科だった賢治も度々訪れ、1915年には短歌を残しています(注)。
  また滝沢村にあった岩手県種畜場が1923年にここに移ります。種畜場は品種改良のセンターでもあり、賢治はそこで学ぶためによく通っていました。
また種畜場では農家の持ち馬の種馬検査が行われ、そこで優良馬の子孫を残す資格を得られれば飼い主の農家は将来を保証されたことになる、希望の象徴の場所でもあったのです。
  この時の歩行で、「外山詩群」とも呼ばれる次の5篇の詩を残しています。
 
六九 〔どろの木の下から〕一九二四、四、一九
〔一七一〕〔いま来た角に〕一九二四、四、一九
七三 有明 一九二四、四、二〇
七四〔東の雲ははやくも蜜のいろに燃え〕
七五 北上山地の春一九二四、四、二〇
 
  これらの作品群には、自然に包まれて光や風を体感したことが多数表現されています。この作品は、2番目で、独特な風の感じ方が描かれます。
 夜になったことを自分の影で感じるころ―月が出始めたころ―、風は〈紫蘇のかほり〉で、〈青じろい〉のです。実際に植物があってのことかもしれませんが、月の光でほのかに照らされた植物の動きに風を感じているのではないでしょうか。
  〈シャープ鉛筆 月印〉は何を意味するのでしょう。賢治が歩行の際、鉛筆と手帳を携帯していたことはよく知られています。
  〈シャープ鉛筆〉をシャープペンシルと仮定すると、次の事実に行きあたります。
1915年、早川金属工業(現在のシャープ)が早川式繰出鉛筆を発明し特許をとり1916年には「エバー・レディー・シャープ・ペンシル」と改名し、〈シャープペンシル〉の名前はここから生まれましたが、〈月印〉だったかは不明です。
  ドイツのステッドラー社は、1662年鉛筆を発明したフリードリッヒ・ステッドラーに始まり、1895年、三日月のマークを商標として登録していますが、日本に進出したのは1926年、シャープペンシルを展開したの1937年、この時点では存在しません。輸入品を手に入れることができれば可能性があります。
  〈シャープ鉛筆〉という銘柄は調べた限りでは見つかりませんでした。
思い浮ぶのは、コーリン鉛筆の商標、三角形の三日月です。この会社は1916年設立ですが、シャープペンシルは製造していません。
  20行後には〈鉛筆をぽろっとおとして〉の記述があるので、〈シャープ鉛筆〉はシャープペンシルではなく、鉛筆の形容かもしれません。であれ  ば、一番可能性があるのはコーリン鉛筆の月印です。
  ちなみにこの日1924年4月19日は満月でした。賢治は、月の光に一瞬自分の持っている鉛筆の商標を思い出し、ちょっと愉快な気分になったのかもしれません。
月の光は藪の中をぼんやりと映し出し、小川が蒔絵の図柄のようです。雲が多い  空はすさんで見え、〈風も酸っぱい〉のです。〈酸っぱい風〉は「疲労」(春と修羅第三集)では、疲れた体に吹く暑い季節の風に使われます。これは賢治のある屈折した思いを味として表現したのだと言えます。その想いは〈風……とそんなに曲がりくねった桂の木〉にも反映されています。
  張りつめて歩いていた気持ちが緩むように眠気が襲います。その想いは〈黙って風に溶けてしまはう〉と記します。賢治は風に包まれたひとときの安らぎをこの言葉で表したのだと思います。
  この詩は下書稿三まではタイトルが「水源手記」で、眠気に襲われる様をコサック兵の足音にして表現します。
 
 …コサック…
 …コサック…兵…
 …コサック…兵…が  
      …兵…が…駐屯…
        …が…駐屯…する…
            …駐屯…する…  (下書稿一)
 
  文字の配列を見ただけでも次第に襲ってくる眠気が感じられ、新鮮な表現ですがこの部分は定稿に残りませんでした。        
  〈うゐきゃう〉はセリ科ウイキョウ属の多年草で、香草フェンネルの和名です。平安時代に渡来し、江戸時代から長野、岩手、富山県で多く栽培されました。若い葉、種子には芳香があり、薬効は芳香、健胃作用です。
自生するものではありませんので、賢治の記憶にあった香りが浮かんだのでしょう。
  目覚めた賢治は〈風……骨、青さ〉と綴ります。空は澄んで星が一つ、心には鈴の音が聞こえます。体の芯まで沁みる澄んだ空気を風に託しています。
  この作品で、賢治は風を視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触角、と五感のすべてで捉えて表現し、そこに自分が存在することの喜びを表しているようです。
  作品群には、賢治の心を追うように、多彩な風があらわれます。次回も続けて他の作品の中の風を追ってみようと思います。
 
注 歌稿A・B 大正四年四月より
 231かゞやける/かれ草丘のふもとにて/うまやのなかのうすしめりかな
 232ゆがみうつり/馬のひとみにうるむかも/五月の丘にひらくる戸口
 
参考
池上雄三『宮沢賢治 心象スケッチを読む』(雄山角 1991)
小林俊子「「ポラーノの広場」の競馬場」(『宮沢賢治 絶唱 かなしみとさびしさ』(勉誠出版 2011)
小林俊子『宮沢賢治風を織る言葉』(勉誠出版 2003)
Wikipedia「 シャープペンシル」・「コーリン鉛筆」・「ステッドラー」
こよみのページ 「月齢カレンダー」
 
 

 







4月の永野川と5月のビギナー探鳥会のお知らせ
永野川緑地公園ビギナー探鳥会
日時 5月17日(土) AM9:00集合  12:00解散
集合 永野川緑地公園西駐車場
担当 日本野鳥の会栃木事業企画委員会
 
カワセミ、セキレイ、サギの仲間、キジ、ヒバリ、ツバメ、オオタカ・トビなどの猛禽、運がよければ渡りの途中のコムクドリ、渡ってきたばかりのオオヨシキリに出会えます。
この季節、ホオジロ、カワラヒワの囀りなども聞いてみましょう。
安全な公園で、初心者の方からベテランさんまで楽しめます。
 
5日
よく晴れましたが、風が強くまだ冷たく感じられました。
上人橋から土手に入ると、ツバメが1羽ずつ次々と下ったり上ったり、イワツバメも混じっています。先月、初認を見逃してしまったので、急に増えているのに驚きます。
赤津川でモズがトカゲをくわえて枝に飛び移ったので、はやにえを作るのか、と見ていたら、そのまま飛び去ってしまいました。秋に作ることが多く、枝に固定したものは、食べ残し、冬に備えて備蓄、等いろいろ説があるようです。
ヒバリも一気に増え新井町の田んぼでは2羽で争うように飛ぶ姿も見えました。
久しぶりに赤津川でカワセミも2羽、魚をくわえる姿も見えました。
公園内で、こちらも久しぶりに2羽で飛ぶシメに会いました。
ヒドリガモは6羽になり、二杉橋付近でマガモの♂1羽、カルガモに交じっていました。時折姿を見せる1羽のマガモには、どういう意味があるのでしょうか。
鳥は風に乗り、あるいは逆らって、光の中に遊んでいるように見えました。実際は懸命に生きているのですが。
 
15日
気温も上昇中、風もなく穏やかでした。
栃木工業高校のポプラ属の大木が、やわらかい葉が伸び始め、ひも状の花がたくさんつきました。何年もここを通っているのに、この情景を見るのは初めてです。
公園内の土手の桜の木の枝を、タヒバリが横に伝いながら移動して行きました。今季初めての出会いです。以前は芝生などでたくさん見られましたが、樹上でのこの行動は初めてです。
図鑑の枝の伝いかたがビンズイとそっくりですが、どちらかというと褐色が強かった気がします。声もよく確認できず、探鳥会や赤津川上流ではビンズイも記録されているので不安でした。バードリサーチで見せていただいた写真と比べると、やはり褐色が強くタヒバリに近かったようです。もう一度見れば確認できるのですが、今季はもう無理かもしれません。
ヒヨドリが30羽、14羽、6羽、と群れをなして飛びました。群れて鳴いていても姿が見えないと感じませんが、眼の前で群れて飛んでいると、やはり季節が変わるのか、と思います。
ヒバリが5か所、ウグイスも4か所で囀り、ホオジロが木の頂上で上手に囀っていました。バンの額板がはっきりと赤くなり、カルガモのペアが目立ちました。
鳥種は少なかったのですが、ゆったりとした気分で季節の変化を感じながら歩くことができました。
 
27日
暖かくなりました。
まだヨシは芽吹いたばかりで、枯れ草色が目立ちます。
公園の池のカモはすっかりいなくなりました。
川をツバメが登ったり降りたりしていますが、時折という感じで、今月始めのような賑わいはありません。また十年前にはぶつかりあうほどいた気がするのですが。
児童公園沿いの桜の並木に見かけない鳥が見えました。一瞬でしたが、コムクドリの白い顔と赤い斑が見え、次に茶色系で黒い模様の入った羽を持つ多分♀がツグミと交差して飛び立ち、大きさはほとんど同じでした。
昨年の5月中旬の探鳥会で確認されているので、これからまた出会うこともあるでしょうか、あるいは通過しただけでしょうか。
以前のタヒバリと同様、もう一度確認出来れば……、と思います。探鳥の日を増やしたくなりました。
モズが餌を与えている場面に会いましたがお相手はヒナではないようです。モズも求愛行動として行うのでしょうか。
今日はキジが川沿いの道路上に4回も現れ、じっと動かなかったりして、何を意味するのか、これも不思議でした。
今月は、いろいろ疑問が生まれました。少し勉強しなくては。
 
昨年、除草剤の撒かれた土手の法面、河川敷には、ヒメオドリコソウ、キュウリグサが一面に花をつけていて、ハナウドやカンゾウも芽吹いていますが、少ないようでした。この状態でまた刈り取られるのでしょうか。
年度末に公園の維持管理課に生物多様性、自然保護の考えを公園の管理にも入れて方針を立ててくれるよう、やっとできた賛同者の方と2名の連名で要望は出しました。できれば横のつながりを持って成果が出れば、と思って、環境課(生物多様性の保全)、商工観光課(観光資源としての公園)、学校教育課(教育現場に生きる公園)にも同時に出しました。受理はされましたがどこまで届いているか不明です。
うずま公園のヤドリギについて、商工観光課での話では、文学作品との関連を書いた表示板を出してほしい、という意見がすでに出ているということでした。この時の「市民間の対立する意見をことさらあおることなく、ヤドリギなどは密かに見ていてほしい」という話は、行政の理念のなさと事なかれ主義を象徴していると思います。
永野川緑地公園にも鳥の説明があれば、という希望も出始めています。それができれば、少しずつ周囲の考えも変わって行くのでしょうか。
大岩橋下の川辺に、オドリコソウの群落が今年もあって、花をつけ始めました。ここはどうか残りますように。
今季初めて、上人橋付近でコジュケイの声が聞こえました。今年も変わらず季節がめぐって同じ生物に会え、環境はよりよくなっていますように。
 
鳥リスト
キジ、コジュケイ、カルガモ、コガモ、ヒドリガモ、マガモ、カイツブリ、キジバト、カワウ、ダイサギ、アオサギ、バン、イカルチドリ、イソシギ、トビ、オオタカ、カワセミ、モズ、ハシブトカラス、ツバメ、イワツバメ、ヒバリ、ヒヨドリ、ウグイス、エナガ、ムクドリ、コムクドリ、ツグミ、スズメ、セグロセキレイ、ハクセキレイ、タヒバリ、カワラヒワ、シメ、ホオジロ、