風がうたひ雲が応じ波が鳴らすそのうたをたゞちにうたふスールダッタ
星がさうならうと思ひ陸地がさういふ形をとらうと覚悟する
あしたの世界に叶ふべきまことと〔〕美との模型をつくりやがては世界をこれにかなはしむる予言者、 設計者スールダッタ
若い詩人スールダッタは、〈誌賦の競いの会〉に詩を発表し、絶賛の中に優勝します。老詩人アルタは、この賛辞を送って、詩の世界から去っていきます。
スールダッタは、海辺にまどろんでいるとき、詩を発想したのですが、それがその下にある海の洞窟に閉じ込められた竜チャーナタのつぶやきを聞きそれを詩にして優勝したのだという噂が流れます。スールダッタは自らを悔い、竜チャーナタに侘びようと海辺に来ます。チャーナタは、アルタがスールダッタに与えた賛辞を聞き、答えます。
尊敬すべき詩人アルタに幸あれ、
スールダッタよ、あのうたこそはわたしのうたでひとしくおまへのうたである。いったいわたしはこの洞に居てうたったのであるか考へたのであるか。おまへはこの洞の上にゐてそれを聞いたのであるか考へたのであるか。おおスールダッタ。
そのときわたしは雲であり風であった、そしておまへも雲であり風であった。詩人アルタがもしそのときに冥想すれば恐らく同じいうたをうたったであらう。けれどもスールダッタよ。〔ア〕ルタの語とおまへの語はひとしくなくおまへの語とわたしの語はひとしくない韻も恐らくさうである。この故にこそあの歌こそはおまへのうたでまたわれわれの雲と風とを御する分のその精神のうたである。
それは、老詩人アルタ、スールダッタ、チャーナタそれぞれの詩は、表現こそ違っても、等しく雲と風をうたえば、そのことによってみな等しく雲や風になることができるのだ、ということでした。竜はスールダッタを讃えて、自分の大切な赤い宝珠を与えようとします。
さらに、自分の過去―千年の昔、風と雲とを自分のものとしたとき、力を試すそうと荒れて人々を不幸に陥れたために、竜王によって十万年の間洞窟に封じ込められ、陸と海の境を守ることを命じられ、日々罪を悔い竜王に感謝する日々であること―を明かします。
スールダッタは、その許しと壮大な竜の運命に感動し、母の死を見届ることができたら、海に入り〈大経〉を求めることを誓い、その時まで宝珠を竜に預けて去ります。竜は人間の理解を得た喜びを感じながら、また洞窟の水に沈んで懺悔の言葉を続けるのです。
この作品は、原稿末尾に一〇、八、二〇、と記述があり発想はこの時期と推定されますが、新校本全集では、草稿の用紙、字体などから原稿成立は大正11年以降、と推定しています。
大正10年1月、賢治は、信仰していた法華経の実践と将来の職業の模索のために突然上京します。そして国柱会(信奉する田中智学主宰の宗教団体)で奉仕活動を行う中で、上京中の親友保阪嘉内に入信をせまりますが、嘉内は応ぜず、二人の距離は離れてしまいます。また納得できる職業も得られず、国柱会の実態も賢治の理想とはかけ離れていたのではないでしょうか。そんな折、8月中旬、妹トシの病気の知らせを受けて帰郷します。
発想はこのような時期でした。このころ成立した作品は、「ひのきとひなげし」(推定大正10年ころ発想、最終手入れ推定昭和8年夏)、「連れて行かれたダァリア」(推定大正10年秋執筆)、「貝の火」(発想大正9年、現存稿成立大正10年)、「ペンネンネンネンネンネネムの伝記」(成立大正10年、あるいは11年)など、いずれも、何らかの成功を手にしたものが慢心によってそれを手放してしまうという物語です。そこには大正10年の上京中の深い傷を、自分の慢心のためと位置付けた賢治が感じられます。
「竜と詩人」でも、竜は雲と風を自由に操る力を得たのに海を荒し、竜王の怒りに触れて幽閉され、詩人も詩の王座につき周囲に絶賛されながら、盗作のうわさを流されます。
しかしこの作品に強く感じられるのは、その後の救いです。
詩人が詠った詩は、竜のものであると同時に詩人のものであるのということ、ひとしく雲と風になった二者が詠ったものということは、そこに介在する〈風〉、〈雲〉は存在そのものが詩であり、対峙すべき二者をも広く包み込むものであることを示します。そこには自然や宇宙への絶対の信頼を感じることができます。
これは発想から現存稿成立までに賢治が模索しながらたどり着いた結果かもしれません。
また、老詩人アルタがスールダッタに与えた賛辞、
あしたの世界に叶うべきまことと美との模型をつくりやがては世界をこれにかなわしむる予言者、 設計者スールダッタ
さらに、スールダッタが竜に送った言葉、
さらばその日まで竜よ珠を蔵せ。わたしは来れる日ごとにここに来てそらを見水を見雲をながめ新らしい世界の造営の方針をおまえと語り合おうと思う。
には、最も大切なものは未来に向ける眼である、という思いも込められています。
難解な物語ながら人の心をとらえるのは、その風と雲と空を詠みこんだスケールの大きさと、未来への眼差しではないでしょうか。
参考文献
伊藤真一郎「「龍と詩人」論」(『作品論 宮沢賢治』 双文社出版 1984)
小林俊子『宮沢賢治 風を織る言葉』(勉誠出版 2003)