宮澤賢治、風の世界

宮澤賢治の作品を彩る言葉と風を追って宮澤賢治の世界を訪ねよう。 賢治は風という言葉に何を託したか。風を描くためにどんな言葉を選んだか。 賢治は何を求めて風の中に身を置いたのだろう。 そこに少しでも近づきたくてページを埋めていく。
 
永野川2015年4月中旬、永野川ビギナー探鳥会のお知らせ
 
永野川ビギナー探鳥会
日時 5月2日(土) 9時集合 12時解散
集合 栃木市岩出町 永野川緑地公園西駐車場
初心者向け 双眼鏡の貸し出しあり
セキレイやカワセミなど河川の鳥 運がよければ渡りの途中のコムクドリなど。
 
16日
 今週も先週と同じように荒天で、雨が二日、雷雨と突風と続き、やっと晴れました。先週も同じような状況で雪の後でしたが、鳥が多かったのに、今日は少なめでした。
 二杉橋から入ると、ツバメは1羽ずつひらりと舞って来て、合流点近くまで行っても3羽でした。
 ウグイスは元気で、第五小付近で2か所で鳴きました。その後も元気で公園内、大岩橋上、など5か所で囀っていました。
 第五小体育館付近の川の中州で、カワウが羽をひろげ乾かす姿が見られました。
 カルガモは、もう繁殖期なのか、2羽でいるものが多く見かけられました。
 セッカが今季初めて、新井町付近で鳴き声を確認でき、ヒバリも3か所で囀ってにぎやかでした。
 ヒヨドリが22羽の群れで、幾分小さめな声で鳴きながら上空を通り過ぎて東北の方向に進んでいきました。移動しているのでしょうか。
 大岩橋近くの民家で、エナガとシジュウカラ、ここは山続きの広い敷地と屋敷林のある家なので、多分たくさんの鳥がくるのでしょう。私有地なので覗くことは出来ず残念です。
 カワラヒワも、もう群れではなく1羽、2羽ずつ、これもペアなのでしょうか。囀りではなくピルピル、という感じで、やっと息取れるほどの小さな声でした。
 公園の工業高校近くの芝生で、ツグミが6羽、点状にいながら、でも何かまとまっている感じです。こちらももう渡って行くのでしょうか。公園の調整池のヒドリガモは3羽になりました。
 セッカやペアを組んだ鳥、渡りの準備の鳥に、鳥の季節の移ろいを感じ、ツクシやキュウリグサを見つけ、芽生え始めた広葉樹、5分咲きの八重桜、なども楽しみました。
渡りの途中のコムクドリやムシクイ等を見つけること、これからの目標です。
 
鳥リスト
キジ、カルガモ、コガモ、マガモ、ヒドリガモ、キジバト、ダイサギ、バン、モズ、オナガ、ハシボソカラス、ハシブトカラス、シジュウカラ、ヒバリ、ツバメ、カワウ、ヒヨドリ、ツグミ、スズメ、ウグイス、エナガ、セッカ、ムクドリ、セグロセキレイ、カワラヒワ、ホオジロ

 







永野川2015年4月上旬
 
9日
 2、3日降り続いた雨、昨日の雪と続いた悪天候が、どうにか上がりましたが、気温は3月初旬なみで、ダウンコートで丁度よい日でした。
この寒さで、鳥たちはどうしているのか、気になりました。でも、二杉橋から遡ると、ツバメが川面をひっきりなしに飛び、ウグイスはしきりに鳴き、川の西側の森林あたりからコジュケイの声がしました。鳥の季節は後戻りできないようです。
 ツバメはなるたけ重複しないよう、一か所に飛ぶツバメを数えて進みました。二杉橋近くでは、10羽ほど、イワツバメも3羽混じっていました。
 睦橋手前の民家の道路わきの屋敷林で、カケスが2羽、見え隠れしながら飛びました。こんな近くで見られたのは初めてです。いつものゲーゲーという声のほかに、別の細い鳴き声も聞こえた気がします。
 新井町では、キジがあちこちで鳴き、廃工場付近の草むらでは、道路近くに♀が潜んでいて、枯れ草が勢いをなくしていたためによく見えました。
 川岸の草むらで、チッチ、という声が盛んにします。二杉橋付近でも聞こえていました。帰って「鳴き声図鑑」で確かめましたが、アオジか、カシラダカか、区別がつきません。このあたりにいるのはアオジの方が多いし、季節的にもアオジの確率は高いとは思います。アオジの姿と声はいっしょに確認したことがあり、その時の声よりもカシラダカに近いような気もするのですが、寒さのせいか一向に現れず確認できません。これはカウントしないことにしました。
 合流点付近の桑の木に、スズメに混じってシメ1羽、その他の場所では見かけませんでした。
 大岩橋上の川岸でダイサギ1羽、すっかり嘴が黒くなり、嘴の下の緑もはっきり見えました。ここでもウグイスが大きな声で囀りました。
 モズもあちこちで狩りをしていました。川岸から下に飛ぶ姿を見ることができ、羽の縁の模様が図鑑で見るように、きれいに見えました。これも初めてです。
 児童遊園近くの芝生で、ツグミが3羽。今日はそのほか1羽しか見ませんでした。
 調整池のヒドリガモは東に6羽、西に30羽、この前より減りましたが、まだ渡り切ってはいないようです。合流点近くでマガモも2羽、公園内の川にはコガモが珍しく25羽の群れを作っていました。
 公園で自転車がパンクして、永野川の西岸を廻らずに帰ることになりました。
 残念でしたが、公園内のヤナギの低木のてっぺんで、ホオジロが絵のような姿で囀り、元気なウグイスや、45羽にのぼるツバメ、初めてのイワツバメに会いました。まだ残るカモや、間近でみるカケスなど、入れ替わる二つの季節も感じられて、楽しい探鳥でした。
ソメイヨシノは散りはじめ、通路は桜色でした。花びらの一つ一つがとても大きく美しいことも知りました。
 
鳥リスト
キジ、コジュケイ、カルガモ、コガモ、マガモ、ヒドリガモ、キジバト、アオサギ、ダイサギ、バン、イカルチドリ、イソシギ、モズ、カケス、ハシボソカラス、ハシブトカラス、ヒバリ、ツバメ、イワツバメ、カワウ、ヒヨドリ、ツグミ、スズメ、ウグイス、ムクドリ、ハクセキレイ、セグロセキレイ、カワラヒワ、シメ、ホオジロ

 
 







「おきなぐさ」―風をみつめる花たち―
 
うずのしゅげを知ってゐますか。
 うずのしゅげは、植物学ではおきなぐさと呼ばれますがおきなぐさという名は何だかあのやさしい若い花をあらわさないやうにおもひます。
 そんならうずのしゅげとは何のことかと云はれても私にはわかったやうな亦わからないやうな気がします。
 それはたとへ私どもの方でねこやなぎの花芽をべむべろと云ひますがそのべむべろが何のことかわかったやうなわからないやうな気がするのと全くおなじです。とにかくべむべろという語のひゞきの中にあの柳の花芽の銀びろうどのこゝろもち、なめらかな春のはじめの光の工合が実にはっきり出てゐるように、うずのしゅげといふときはあの毛莨科のおきなぐさの黒朱子の花びら、青じろいやはり銀びらうどの刻みのある葉、それから6月のつやつや光る冠毛がみなはっきりと眼にうかびます。
まっ赤なアネモネの花の従兄、きみかげさうやかたくりの花のともだち、このうずのし
げの花をきらひなものはありません。ごらんなさい。この花は黒朱子ででもこしらえた変り型のコップのやうに見えますが、その黒いのはたとへば葡萄酒が黒く見えると同じです。この花の下を終始往ったり来たりする蟻に私はたづねます。
「おまえはうずのしゅげはすきかい、きらいかい。」
 蟻は活撥に答へます。
「大すきです。誰だってあの人をきらひなものはありません。」
「けれどもあの花はまっ黒だよ。」
「いゝえ、黒く見えるときもそれはあります。けれどもまるで燃えあがってまっ赤な時もあります。」
「はてな、お前たちの眼にはそんな工合に見えるのかい。」
「いいえ、お日さまの光の降る時なら誰にだってまっ赤に見えるだろうと思ひます。」
「さうさう。もうわかったよ。お前たちはいつでも花をすかして見るのだから。」
「そしてあの葉や茎だって立派でせう。やわらかな銀の糸が植えてあるやうでせう。私たちの仲間では誰かが病気にかかったときはあの糸をほんのすこうし貰って来てしづかにからだをさすってやります。」
「さうかい。それで、結局、お前たちはうずのしゅげは大すきなんだらう。」
「さうです。」
「よろしい。さよなら。気をつけておいで。」
 この通りです。
又向ふの、黒いひのきの森の中のあき地に山男が居ます。山男はお日さまに向いて倒れた木に腰掛けて何か鳥を引き裂いて喰べやうとしてゐるらしいのですがなぜあの黝んだ黄金の眼玉を地面にぢっと向けてゐるのでせう。鳥を喰べることさへ忘れたやうです。
あれは空地のかれ草の中に一本のうずのしゅげが花をつけ風にかすかにゆれてゐるのを見てゐるからです。

 
  オキナグサは現在の分類ではキンポウゲ科オキナグサ属で、4、5月に花茎に暗赤紫色の直径3cmほどの花一つが下向きに咲き、後に上向きになります。葉や花茎、花の外側も白い毛におおわれています。花後の種子には白い長い綿毛がつき飛散します。それがオキナ(翁)グサと呼ばれる由縁です。また近年、乱獲などによって、絶滅危惧II類(VU)に指定されています。
 このお話は、まず〈私〉がオキナグサをどんなに好きで、また素晴らしいかという思いで始まります。見ようによっては黒く見え、もしかして嫌われているのではないかと心配して、〈私〉はまず蟻に聞いて確かめます。  
 そして、ふと向こうを見ると、山男までが、獲物を食べるのも忘れてじっと風に揺れる花をみつめているではありませんか。山男は「祭の晩」、「紫紺染めについて」など、賢治の作品によく登場し、粗野な者、未開人、というよりはむしろ、純朴で、現在の社会から追われた気の毒なもの、という感覚で捉えられています。ここでは、鳥の生肉を食べる、という行為と並べてオキナグサの花にみとれる姿が描かれ、オキナグサの素晴らしさと、山男の純粋さを同時に描きます。
この後、〈私〉は、前年に体験した、オキナグサの花の2カ月間のことを語ります。
 

私は去年の丁度今ごろの風のすきとほったある日のひるまを思い出します。
それは小岩井農場の南、あのゆるやかな七つ森のいちばん西のはずれの西がわでした。かれ草の中に二本のうずのしゅげがもうその黒いやわらかな花をつけてゐました。
 まばゆい白い雲が小さな小さなきれになって砕けてみだれて空をいっぱい東の方へどんどんどんどん飛びました。
 お日さまは何べんも雲にかくされて銀の鏡のやうに白く光ったり又かゞやいて大きな宝石のやうに蒼ぞらの淵にかかったりしました。
 山脈の雪はまっ白に燃え、眼の前の野原は黄いろや茶の縞になってあちこち堀り起された畑は鳶いろの四角なきれをあてたやうに見えたりしました。
 おきなぐさはその変幻の光の奇術の中で夢よりもしづかに話しました。
「ねえ、雲が又お日さんにかかるよ。そら向ふの畑がもう陰になった。」
走って来る、早いねえ、もうから松も暗くなった。もう越えた。」
「来た、来た。おゝくらい。急にあたりが青くしんとなった。
「うん、だけどもう雲が半分お日さんの下をくぐってしまったよ。すぐ明るくなるんだよ。」
もう出る。そら、あゝ明るくなった。」
「だめだい。又来るよ、そら、ね、もう向ふのポプラの木が黒くなったらう。
「うん。まるでまわり燈籠のやうだねえ。」
「おい、ごらん。山の雪の上でも雲のかげが滑ってるよ。あすこ。そら。こゝよりも動きやうが遅いねえ。」
「もう下りて来る。あゝこんどは早い早い、まるで落ちて来るやうだ。もうふもとまで来ちゃった。おや、どこへ行ったんだらう、見えなくなってしまった。」
「不思議だねえ、雲なんてどこから出て来るんだらう。ねえ、西のそらは青じろくて光ってよく晴れてるだらう。そして風がどんどん空を吹いてるだらう。それだのにいつまでたっても雲がなくならないじゃないか。」
「いいや、あすこから雲が湧いて来るんだよ。そら、あすこに小さな小さな雲きれが出たらう。きっと大きくなるよ。」
「ああ、ほんとうにさうだね、大きくなったねえ。もう兎ぐらゐある。」
「どんどんかけて来る。早い早い、大きくなった、白熊のやうだ。」
「又お日さんへかゝかる。暗くなるぜ、奇麗だねえ。ああ奇麗。雲のへりがまるで虹で飾ったやうだ。」
 西の方の遠くの空でさっきまで一生けん命啼いてゐたひばりがこの時風に流されて羽を変にかしげながら二人のそばに降りて来たのでした。
「今日は、風があっていけませんね。」
「おや、ひばりさん、いらっしゃい。今日なんか高いとこは風が強いでせうね。」
「ええ、ひどい風ですよ。大きく口をあくと風が僕のからだをまるで麦酒瓶のやうにボウと鳴らして行く位ですからね。わめくも歌ふも容易のこっちゃありませんよ。」
「さうでせうね。だけどここから見ているとほんたうに風はおもしろさうですよ。僕たちも一ぺん飛んで見たいなあ。」 
「飛べるどこぢゃない。もう二ヶ月お待ちなさい。いやでも飛ばなくちゃなりません。」
 
 花をつけたオキナグサたちは、無邪気に空を見上げて、雲の流れを追っています。そこに展開されるのは、雲が空一面に砕けて輝き、太陽を隠したりしながら、一層複雑な輝きを見せ、野原も、それにつれて色鮮やかに変化しながら輝く風景です。
雲の動きが風の働きによるものであることは語られませんが、この雲の連続した描写は、風の動きを描いたものです。おきなぐさたちは〈見ているとほんとうに風はおもしろそう〉といいます。風を見ているのです。そのことによって、オキナグサの咲く高原の広さ、見上げた上空の深さ、広さが伝わって来て、心躍る文章です。
そこにやってきたヒバリは、上空の風のつよさ―風が体をビール瓶のように鳴らしていく―と話し、〈僕たちも一ぺん飛んで見たいなあ。〉というおきなぐさに、〈いやでも飛ばなくちゃなりません。〉と、ちょっと保護者のように、2カ月後の種子の旅立ちを予感させます。
まだその時は、おきなぐさは種子となって風に飛ばされていくことを知りません。

 
それから二ヶ月めでした。私は御明神へ行く途中もう一ぺんそこへ寄ったのでした。
 丘はすっかり緑でほたるかずらの花が子供の青い瞳のやう、小岩井の野原には牧草や燕麦がきんきん光って居りました。風はもう南から吹いて居ました。
 春の二つのうずのしゅげの花はすっかりふさふさした銀毛の房にかわっていました。野原のポプラの錫いろの葉をちらちらひるがへしふもとの草が青い黄金のかゞやきをあげますとその二つのうずのしゅげの銀毛の房はぷるぷるふるえて今にも飛び立ちさうでした。
 そしてひばりがひくく丘の上を飛んでやって来たのでした。
「今日は。いいお天気です。どうです。もう飛ぶばかりでせう。」
「ええ、もう僕たち遠いとこへ行きますよ。どの風が僕たちを連れて行くかさっきから見てゐるんです。」
「どうです。飛んで行くのはいやですか。」
「なんともありません。僕たちの仕事はもう済んだんです。」
「恐かありませんか。」
「いいえ、飛んだってどこへ行ったって野はらはお日さんのひかりで一杯ですよ。僕たちばらばらにならうたってどこかのたまり水の上に落ちやうたってお日さんちゃんと見ていらっしゃるんですよ。」
「そうです、そうです。なんにもこわいことはありません。僕だってもういつまでこの野原に居るかわかりません。もし来年も居るやうだったら来年は僕はここへ巣をつくりますよ。」
「ええ、ありがとう。ああ、僕まるで息がせいせいする。きっと今度の風だ。ひばりさん、さよなら。」
「僕も、ひばりさん、さよなら。」
「ぢゃ、さよなら、お大事においでなさい。」
 奇麗なすきとほった風がやって参りました。まず向うのポプラをひるがへし、青の燕麦に波をたてそれから丘にのぼって来ました。
 うずのしゅげは光ってまるで踊るやうにふらふらして叫びました。
「さよなら、ひばりさん、さよなら、みなさん。お日さん、ありがたうございました。」
 そして丁度星が砕けて散るときのやうにからだがばらばらになって一本ずつの銀毛はまっしろに光り、羽虫のやうに北の方へ飛んで行きました。そしてひばりは鉄砲玉のやうに空へとびあがって鋭いみぢかい歌をほんの一寸歌ったのでした。
 私は考へます。なぜひばりはうずのしゅげの銀毛の飛んで行った北の方へ飛ばなかったか、まっすぐに空の方へ飛んだか。
 それはたしかに二つのうずのしゅげのたましいが天の方へ行ったからです。そしてもう追いつけなくなったときひばりはあのみじかい別れの歌を贈ったのだらうと思います。そんなら天上へ行った二つの小さなたましいはどうなったか、私はそれは二つの小さな変光星になったと思ひます。なぜなら変光星はあるときは黒くて天文台からも見えずあるときは蟻が云ったやうに赤く光って見えるからです。
 
2カ月後、〈私〉はまたそこを訪れます。季節が変わって風は南から吹きました。
オキナグサは銀色の綿毛をつけて、もう風によって飛ぶことをよくわかっていました。そして、ひばりの、〈「恐かありませんか」〉と言う問いにオキナグサは、義務を果たした安心と、いつも変わることのない、太陽の恵みを語ります。そして〈丁度星が砕けて散るときのようにからだがばらばらになって一本ずつの銀毛はまっしろに光り、羽虫のように北の方へ飛んで行き〉ました。
 
 〈私〉は、種子の飛散を、オキナグサの生の終り、として捉え、その魂が昇天して、変光星になったとしています。
筆者がずっと疑問に感じていたのは、種子の飛散は、次世代へのつながりのためであり、むしろ新しい命の誕生ではないか、ということでした。
 でもここでは、種子は水平方向に飛ぶおきなぐさとしての再生が描かれず、変光星として垂直方向に転生してしまいます。
 同じように種子の飛散を描いた「いちゃうの実」では、子どもの新しい旅立ちとしても捉えることができます。
 
 「おきなぐさ」の制作年代は、その使用原稿用紙から1924年以前、また「永訣の朝」との類似表現から1922年の妹トシの死以降、「青森挽歌」(1923)に共通する意識、安定した表現などから1923年ころと、推定されます。
 賢治は、妹トシの死後の行方を追い続け、「青森挽歌」(『春と修羅』)では、〈大循環の風よりもさはやかにのぼって行った/わたくしはその跡さへたづねることができる/……/(おいおい あの顔いろは少し青かったよ)/黙ってゐろ/おれのいもうとの死顔が/まつ青だろうがくろからうが/きさまにどう斯う云はれるか/あいつはどこに堕やうと/もう無上道に属してゐる〉と、トシの上方への飛翔と、転生の強い願いをいだいていたのです。
 
 その時、〈丁度星が砕けて散るときのようにからだがばらばらになって〉、〈一本ずつの銀毛はまっしろに光り、羽虫のように北の方へ飛んで行〉ったオキナグサの種子の姿は、妹が死後も美しく飛翔してほしいという願いと重なり、種子の飛散を、転生して天に昇って行く魂として描いたのでしょう。オキナグサが時に黒く見えながら、太陽によって赤く美しく透きとおって見えるということも救いとなって、〈変光星〉の記述となったのではないでしょうか。
 
 ここで、風は何故たくさん描かれたのでしょうか。
オキナグサの花が太陽の光を受け、無邪気に雲の動きを語る時、風はその生の世界を描きます。そして、その飛散―転生―も風なくしては成り立たないのです。全体を通してみれば、生と死、二つの世界を包み込む大きな存在として賢治は風を描いています。
 「よだかの星」のよだかの死も、星への転生として描かれながら、それは死という概念から抜けだすことはできません。なぜなら、それは自然の摂理によるものではないので、そこからは再生を読みとることはできないのです。
 「おきなぐさ」は種子の飛散という自然の法則を描き、そのまばゆい美しさは、賢治の心をうばい、妹への想いを重ねて転生の物語とされたのですが、絶え間なく描かれる風によって、明るく澄明な自然の物語としても読むことが出来るのだと思います。筆者が再生の物語と感じるのも、そのためでしょうか。
 
参考文献
池川敬司 『「おきなぐさ」考 』(『作品論 宮沢賢治』 双文社出版 1984)
崔明淑  『「おきなぐさ」その「転生」が意味するもの』 (『国文学解釈と鑑賞』61−11 至文堂 1996)
鈴木健司 『「おきなぐさ」 「よだかの星」との比較から』(『国文学解釈と鑑賞』71−9 至文堂2006年9月)

 







永野川2015年3月
27日

 まず、ツバメ情報。25日に今季初めてのツバメを片柳町の自宅上空で確認しましたが、公園のなかでも今季初めてのツバメ1羽確認できました。また二杉橋付近で3羽確認しました。昨年は4月5日の記録が残っています。ちなみに2013年は、3月13日の記録あります。タイミングの問題もあって、飛来時期の早い、遅いは断定できない気がしますが。
 
 11時半ころ、出先から廻って、インターの一つ下の橋から下りました。手前の田で、キジが一羽悠然と歩いていました。橋の下をバンが一羽、ツグミが一羽。ここから始めると、なぜか鳥がたくさん目立つような気がします。
 少し下ったところで、コガモが8羽、川岸に蹲っていました。まだ寒いのかもしれません。
 上空をワシタカ一羽、下面が白く、カラスより少し小さめ、扇状の尾羽、チョウゲンボウではない形、おそらくオオタカと思われます。
 泉橋の少し上、いつもの所でヒバリが囀りました。その後、二杉橋の近くに少し田畑が残っているところでも囀りを聴きました。
 少しの間、聞き覚えある鳴き声が続き、何かと迷っていると、カワセミが1羽、川を下っていきました。公園の川の北側にいる時も、やはり同じ声を聞き、こんな川の無い所で?と思っていると、公園を横切って、川岸のヤナギの大木に留りました。川ではまた、魚を取るでしょうか。カワセミを待っている人は、会うことが出来るでしょうか。
 合流点近くから、川を見下ろすと、ダイサギ1羽、もう嘴が黒ずみ始めていました。夏の準備です。公園の調整池にいたダイサギの嘴は、もっと黒くなっていました。
 ヒヨドリが寒椿の花びらを咥えて飛んでいきます。
 林の中で、セグロセキレイのような声が聞こえて、こんなところにいるのか不思議な気がして、見るとモズでした。
 滝沢ハムの広葉樹林で、シメが鳴きながら飛びかって、10羽もいました。ここに集まっているらしく、他の所では見られませんでした。渡りの前の集結でしょうか。やはり季節は替っています。淋しい気もします。コゲラの声もしました。
 ハリエンジュの、アカゲラの巣穴?は、二つのうち、一つは枝の落ちた痕でした。一つは確かに掘った跡に見えました。もちろんアカゲラには会えませんでしたが。
 大岩橋近くの民家にエナガが7羽、ゆっくり見たかったのですが、民家に双眼鏡は向けられず、犬も吠えたのであきらめました。シジュウカラも2羽。ウグイスも囀ります。
 調整池のヒドリガモは60羽になりました。こちらも旅立ちでしょうか。
 公園内では、セグロセキレイ、キセキレイ、セグロセキレイがさかんに囀り、芝生にツグミ数羽走っていました。
 永野川の河川敷には、もうマガモの群れはいなくなりました。
 五小付近の中洲で、見慣れない鳥が盛んに川を突いていました。長い嘴、あまりシギ類の体験はありませんが、このあたりで今までに見られたのはタシギのみです。今日確認できたのは、尾羽の先が黄色かったこと、腹部は白かったことくらいで、過眼線や羽の模様までは把握できませんでした。尾羽の黄色いシギは、図鑑には3種類ありましたが、〈よく見られる〉ランクのものはタシギだけなので、おそらくタシギだと思います。会う機会の少ない鳥は、確認できるまでが大変です。
 廻り方を変えると、また見えるものも変わってくるようです。正午の日差しは、公園の南から北を見るのには、とても有効でした。シメの群れやタシギにも会えて、よい探鳥となりました。
 
鳥リスト
キジ、カルガモ、コガモ、ヒドリガモ、キジバト、アオサギ、ダイサギ、バン、イカルチドリ、タシギ、オオタカ、コゲラ、モズ、カワセミ、ハシボソカラス、ハシブトカラス、ヒバリ、シジュウカラ、ヒヨドリ、ツグミ、ジョウビタキ、スズメ、ウグイス、エナガ、ムクドリ、ハクセキレイ、セグロセキレイ、キセキレイ、カワラヒワ、シメ、ホオジロ
 

 







永野川2015年3月中旬
21日
 上人橋から遡りました。
 合流点近くの河川敷でマガモ♂のみ6羽とカルガモ4羽、以前は13羽ほどまとまっていましたが、マガモは分散しているようです。
川岸の草むらから、シメ3羽、田の方へ飛びました。いつもは見かけないところです。
 泉橋上でヒバリが囀り、少し遡ったところでもう一声、姿は見えませんでした。
 カワセミが1羽、川をスピードをあげて遡って下っていきました。このごろ珍しい出会いです。早さのせいか何か小さく遠いものに見えました。
 新井町で、バン1羽、少し下ってジョウビタキ、ホオジロ、ツグミなど、今日は元気です。
 瓦廃工場近くの草むらで、キジ♂2羽、たがいに声をかけているように鳴きました。♂同士だから、そういう意味はないのかもしれませんが。
 滝沢ハムの草むらでウグイス、はっきりした声の地鳴きでした。
 何か小鳥の囀りか、と思って探すと、公園の中心の低木でモズが鳴きまね中でした。あの烈しい声を出す喉でどうやってあんな可愛い声を出すのでしょうか。そしてどんな理由で?
 公園の南の民家の屋敷林で、一声鳴いて、何とカケスが2羽顔を見せました。しばらく留まっていてくれたので、これも久しぶりにゆっくり見ることができました。
 調整池のヒドリガモは、なんと52羽に増えていました。市街地の公園にも多数来ています。この傾向は、山間地の他の珍しいカモにもあるそうです。何の影響なのでしょうか。
 公園内の川におそらく幼鳥のイカルチドリが一羽、ダイサギ2羽、セグロセキレイ1羽、キセキレイ一羽。今日はセキレイ類が少なめです。
公園の芝生にツグミが3羽、高橋下の岸の草むらでホオジロが4羽、鳥たちの動きが活発です。
 第五小付近の川岸の草むらのウグイス、今日は堂々と、そして上手に囀りました。
 公園の河津桜は8分咲き、紅白の梅、ミズキ、マンサクの黄色も揃って花の季節となりました。
 除草剤を撒いた土手の法面には、オオイヌノフグリは遅れて少し咲きましたが、ヒメオドリコソウはまったく無くなりました。それが無いからどうなのだ、と言われそうですが、やはりひとつの環境への影響だと思います。田の畔には、まだまだ日本タンポポが残って鮮やかな色を見せているのです。大切にしたい土地なのです。
 そして、もうひとつ大きな発見、秋にアカゲラが姿を見せていたハリエンジュの大木に、直径5,6cmの穴が二つありました。少し木くずが周囲に見えている気がして、まだできたばかりなのではないかと思います。もしかしてこれは巣穴?営巣?と、あやふやな知識で疑問は膨らみます。アカゲラの姿もありませんが、期待1%でも、また来てみましょう。もしそうだとすれば、ここは一層大切な場所です。
 風もなく、まぶしい程のひかりもなく、でも明るく、平穏な時間の中に、アカゲラの巣穴?やカケスを見つけ、豊かな探鳥となりました。
 
鳥リスト
キジ、カルガモ、コガモ、マガモ、ヒドリガモ、カイツブリ、キジバト、アオサギ、ダイサギ、バン、イカルチドリ、モズ、カワセミ、ハシボソカラス、ハシブトカラス、カケス、ヒバリ、シジュウカラ、ヒヨドリ、ツグミ、ジョウビタキ、スズメ、ウグイス、ハクセキレイ、セグロセキレイ、キセキレイ、カワラヒワ、シメ、ホオジロ
 
P.S
 バードリサーチにお聞きしたところ、穴は営巣用ではなく夜寝るためのものか、というお話でした。ということは、このあたりでもアカゲラがまた見られるということでしょうか。楽しみが増えました。