宮澤賢治、風の世界

宮澤賢治の作品を彩る言葉と風を追って宮澤賢治の世界を訪ねよう。 賢治は風という言葉に何を託したか。風を描くためにどんな言葉を選んだか。 賢治は何を求めて風の中に身を置いたのだろう。 そこに少しでも近づきたくてページを埋めていく。
 
風―1922年5月 (4) 「小岩井農場」―歩行と幻想  ・(5)1922年5月の風
 一九二二、五、二一、の日付を持つ「小岩井農場」は、パート一〜パート九(パート五、六、八を除く)まで、計591行の長詩です。パート五、六は草稿のみ残りますが、パート八はタイトルも実体もありません。
 「真空溶媒」と異なり、〈わたくし〉が〈小岩井農場〉を歩行しているのは確かです。歩行しながら、描き出される風景の底深く、作者の人間への想いがあるように思われます(注1)。そんななかで風はどのように描かれるでしょうか。
 〈風〉の文字で表現されているのは、パート一に1例、パート四に1例、パート七に2例で、詩の量に比して少ないと思われます。
まず1例ずつ考察していきます。
 
1、パート一
 
……前略
山ではふしぎに風がふいてゐる
嫩葉がさまざまにひるがへる
ずうつと遠くのくらいところでは
鶯もごろごろ啼いてゐる
その透明な群青のうぐひすが
 (ほんたうの鶯の方はドイツ読本の
  ハンスがうぐひすでないよと云つた)
馬車はずんずん遠くなる
大きくゆれるしはねあがる
紳士もかろくはねあがる
このひとはもうよほど世間をわたり
いまは青ぐろいふちのやうなとこへ
すましてこしかけてゐるひとなのだ
そしてずんずん遠くなる
はたけの馬は二ひき
ひとはふたりで赤い
雲に濾された日光のために
いよいよあかく灼けてゐる
冬にきたときとはまるでべつだ
みんなすつかり変つてゐる
変つたとはいへそれは雪が往き
雲が展けてつちが呼吸し
幹や芽のなかに燐光や樹液がながれ
あをじろい春になつただけだ
それよりもこんなせわしい心象の明滅をつらね
すみやかなすみやかな万法流転のなかに
小岩井のきれいな野はらや牧場の標本が
いかにも確かに継起するといふことが
どんなに新鮮な奇蹟だらう
ほんたうにこのみちをこの前行くときは
空気がひどく稠密で
つめたくそしてあかる過ぎた
今日は七つ森はいちめんの枯草
松木がおかしな緑褐に
丘のうしろとふもとに生えて
大へん陰欝にふるびて見える
 
 詩では、〈わたくし〉が、橋場線小岩井駅で汽車を降りて、鞍掛山をめざして小岩井農場を歩き眼にする風景や心象が断片的に次々に描かれながら繋がっていきます。
  パート一では、いっしょに列車を降りた人たちの行く方向や、知り合いに似た人の乗って行った馬車のことを気にかけながら〈歩測〉の時のように早足で進みます。〈こここそ畑になつてゐる〉は賢治の望みが農耕地等の自然にあったのを感じさせます。
  そこから目を転じた山は穏やかな〈ひわいろ〉で、そこだけ風が吹いて若葉は揺れ、心地よい風景です。でも、また去って行った馬車が気になります。
  賢治は「屈折率」(一九二二、一、六、)を残しています。それに呼応して、〈わたくし〉は、冬ここへきたときの思い出のうえに、今、この同じ場所で動きだした春の息吹を深く享受して、続いて行く〈小岩井のきれいな野はらや牧場〉に心休めています。〈風〉の言葉はないのですが、風を感じる心躍る表現です。それは季節を動かしているものに風を感じるからかもしれません。
  そこからまた歩行は続いて行きますが、風は一瞬の目の移動や心の高揚によって、現実にも心の中にも吹いて、作者の心の安らぎを感じさせ 表現上でも転換点となっています。
 
2、パート四
 
……前略……
あのときはきらきらする雪の移動のなかを
ひとはあぶなつかしいセレナーデを口笛に吹き
往つたりきたりなんべんしたかわからない
   (四列の茶いろな落葉松)
けれどもあの調子はづれのセレナーデが
風やときどきぱつとたつ雪と
どんなによくつりあつてゐたことか
それは雪の日のアイスクリームとおなし
 (もつともそれなら暖炉もまつ赤だらうし
  muscoviteも少しそつぽに灼けるだらうし
  おれたちには見られないぜい沢だ)
                ……中略
  ここでも、〈わたくし〉は、冬来た時を思い出しています。風はその思い出の中に吹いて、雪を吹きあげている馬車や、〈ひと〉の口笛のセレナーデのメロディと〈よくつりあって〉、それは〈雪の日のアイスクリームとおなし〉素敵な贅沢でした。でも暖炉のそばのアイスクリームとは違うと〈おれ〉は思っています。ここで主体の表現がなぜか〈おれ〉に変わっています。ちなみにmuscoviteは白雲母で、耐熱材としてストーブの覗き窓に使われます。
 
……中略……
春のヴアンダイクブラウン
きれいにはたけは耕耘された
雲はけふも白金と白金黒
そのまばゆい明暗のなかで
ひばりはしきりに啼いてゐる
  (雲の讃歌と日の軋り)
それから眼をまたあげるなら
灰いろなもの走るもの蛇に似たもの 雉子だ
亜鉛鍍金の雉子なのだ
あんまり長い尾をひいてうららかに過ぎれば
もう一疋が飛びおりる
山鳥ではない
 (山鳥ですか? 山で? 夏に?)
あるくのははやい 流れてゐる
オレンヂいろの日光のなかを
雉子はするするながれてゐる
啼いてゐる
それが雉子の声だ
いま見はらかす耕地のはづれ
向ふの青草の高みに四五本乱れて
なんといふ気まぐれなさくらだらう
みんなさくらの幽霊だ
内面はしだれやなぎで
鴇いろの花をつけてゐる
  (空でひとむらの海綿白金がちぎれる)
それらかゞやく氷片の懸吊をふみ
青らむ天のうつろのなかへ
かたなのやうにつきすすみ
すべて水いろの哀愁を焚き
さびしい反照の偏光を截れ
いま日を横ぎる黒雲は
侏羅や白堊のまつくらな森林のなか
爬虫がけはしく歯を鳴らして飛ぶ
その氾濫の水けむりからのぼつたのだ
たれも見てゐないその地質時代の林の底を
水は濁つてどんどんながれた
いまこそおれはさびしくない
たつたひとりで生きて行く
こんなきままなたましひと
たれがいつしよに行けやうか
大びらにまつすぐに進んで
それでいけないといふのなら
田舎ふうのダブルカラなど引き裂いてしまへ
それからさきがあんまり青黒くなつてきたら……
そんなさきまでかんがへないでいい
ちからいつぱい口笛を吹け
口笛をふけ 陽の錯綜
たよりもない光波のふるひ
すきとほるものが一列わたくしのあとからくる
ひかり かすれ またうたふやうに小さな胸を張り
またほのぼのとかゞやいてわらふ
みんなすあしのこどもらだ
ちらちら瓔珞もゆれてゐるし
めいめい遠くのうたのひとくさりづつ
緑金寂静のほのほをたもち
これらはあるひは天の鼓手、緊那羅のこどもら
 (五本の透明なさくらの木は
  青々とかげらふをあげる)
わたくしは白い雑嚢をぶらぶらさげて
きままな林務官のやうに
五月のきんいろの外光のなかで
口笛をふき歩調をふんでわるいだらうか
たのしい太陽系の春だ
みんなはしつたりうたつたり
はねあがつたりするがいい
  (コロナは八十三万二百……)
あの四月の実習のはじめの日
液肥をはこぶいちにちいつぱい
光炎菩薩太陽マヂツクの歌が鳴つた
  (コロナは八十三万四百……)
ああ陽光のマヂツクよ
ひとつのせきをこえるとき
ひとりがかつぎ棒をわたせば
それは太陽のマヂツクにより
磁石のやうにもひとりの手に吸ひついた
  (コロナは七十七万五千……)
どのこどもかが笛を吹いてゐる
それはわたくしにきこえない
けれどもたしかにふいてゐる
  (ぜんたい笛といふものは
   きまぐれなひよろひよろの酋長だ)
 
みちがぐんぐんうしろから湧き
過ぎて来た方へたたんで行く
むら気な四本の桜も
記憶のやうにとほざかる
たのしい地球の気圏の春だ
みんなうたつたりはしつたり
はねあがつたりするがいい
 
  周辺の現実の溢れる春の風景は、まばゆく白金、金に輝く雲、〈雲の讃歌と日の軋り〉を歌うヒバリやオレンジ色の日光の中流れるキジの出現に、くらめきながら桜並木に至ります。サクラは〈幽霊〉です。日の光を遮る黒雲には〈侏羅や白堊のまつくらな森林のなか/爬虫がけはしく歯を鳴らして飛ぶ〉風景を見ます。幻想の始まりです。その中で、煩悶を振り切るように、〈一人で歩いて行く〉という信念がに至ります。透明な子どもたちの群れの幻想、さらに高揚した心は、農学校の実習で聞こえた〈太陽マジック〉のうた(コロナは八十三万二百……)を聞きます。サクラは〈記憶の中に遠ざかり〉幻想も消え、やっとたのしい地球の春を、体の内から感じるのです。  〈風〉の代わりにあふれるものは光と幻想でした。
 
3、パート七
 
……前略……
シヤツポをとれ(黒い羅沙もぬれ)
このひとはもう五十ぐらゐだ
 (ちよつとお訊ぎ申しあんす
  盛岡行ぎ汽車なん時だべす)
 (三時だたべが)
ずゐぶん悲しい顔のひとだ
博物館の能面にも出てゐるし
どこかに鷹のきもちもある
うしろのつめたく白い空では
ほんたうの鷹がぶうぶう風を截る
雨をおとすその雲母摺りの雲の下
はたけに置かれた二台のくるま
このひとはもう行かうとする
白い種子は燕麦なのだ
  (燕麦播ぎすか)
  (あんいま向でやつてら)
この爺さんはなにか向ふを畏れてゐる
ひじやうに恐ろしくひどいことが
そつちにあるとおもつてゐる
そこには馬のつかない厩肥車と
けわしく翔ける鼠いろの雲ばかり
こはがつてゐるのは
やつぱりあの蒼鉛の労働なのか
  (こやし入れだのすか
   堆肥ど過燐酸どすか)
  (あんさうす)
  (ずゐぶん気持のいゝ処だもな)
  (ふう)
この人はわたくしとはなすのを
なにか大へんはばかつてゐる
……中略……
 
  パート七では、雨の中、人間と直接にコンタクトを取る〈わたくし〉がいます。他のパートでは見られないことです。
  まず農夫をみかけ、列車の時間を聞きます。〈ずゐぶん悲しい顔〉で、〈博物館の能面にも出てゐるし/どこかに鷹のきもちもある〉農夫に、近寄りがたさと同時に尊敬の念も抱いています。〈どこかに鷹のきもちもある〉から繋げて、風の表現〈うしろのつめたく白い空では/ほんたうの鷹がぶうぶう風を截る〉が出てきます。
  人との関わりに少しためらいを感じている〈わたくし〉の一瞬の安らぎのようにある自然描写です。農夫と話を続けながら、やはりそこに〈蒼鉛の労働〉を感じずにはいあられません。
  幻視かと思われる〈くろい外套の男〉や、〈Miss Robin〉と名付けた若い娘たち、彼女らをからかう〈セシルローズ型〉の〈石臼のやうに〉笑う若い農夫も描かれます。〈セシルローズ〉はJ・セシル・ローズ(1853〜1902)で、イギリスの政治家で、南アフリカの政治と経済を一手に握り、ケープ植民市の首相にまでなった、どちらかと言えば征服者で恰幅の良い写真が残っています。 少し人間的な気持ちを取り戻した作者、そんな中、二つ目の風の表現も鳥に関わります。
 
遠くのそらではそのぼとしぎどもが
大きく口をあいてビール瓶のやうに鳴り
灰いろの咽喉の粘膜に風をあて
めざましく雨を飛んでゐる
 
  鳥が体に風を入れて〈ビール瓶のやうに鳴り〉る光景は、ヒバリにも使われています。賢治が鳥の鳴き声にも上空にある風も感じとっていたことがわかります。
  〈ぼとしぎ〉・〈ぶとしぎ〉は標準和名オオジシギで、繁殖期のこの季節、上空をはばたきながら大声で鳴く習性があります。鳴きながら降下する時の羽音も〈ザザザザ……〉と大きく、こちらも風の音と言ってもよいものです。ぼとしぎは〈自由射手は銀のそら/ぼとしぎどもは鳴らす鳴らす〉と書かれるように、その後も空を飛び続けていました。
  〈雨でかへつて燃える〉火に不思議な前向きな力も感じながら、初めて寒さを感じる作者でした。
  地上の世界を少し近寄りがたく見ながら、空を見て、風を感じ歩いて行く〈わたくし〉がいます。
 
 「小岩井農場」はその長さ、下書稿、手入れ稿の多さ、多くの謎を含んで難解で、先行研究も多数あります。パート五、六の削除、パート八の欠落、また小岩井農場の耕耘部作業日誌などからも明らかになった、実際に歩行した日と日付の相違も、作品成立のための虚構を感じさせます。
  歩行しながら、心象や風景をモンタージュの手法で組み上げていき、幻想の世界にまで至るのですが、パート五、六では同僚堀籠との葛藤が主に書かれて〈心象スケッチ〉という意識が一気に下がってしまっていることが、同僚とのことを公表するためらいに加えて、発表が憚られたことの理由としてあげられます。
  またパート七の現実世界からパート九の幻想世界への変化は、パート八の欠落によって、不可解さを増します。
  風は、実際に吹いているのはパート一の1例のみで、あとは、言葉の繋がりの中から生まれた表現です。〈風〉は、組み立てられたモンタージュから少し外れて、断片をつなぐ役割を果たしていると言えないでしょうか。
  また〈風〉という語が使われず、組み立てられた風景の中に隠れているものもありそうです。今後の課題としたいと思います。
 
(5)1922年5月の風

  5月10日日付の「 雲の信号」、12日日付の「風景」では、風は風景の中で主体を包み、よい風景の一つとして爽やかさそのものとして描かれます。
  5月17日の日付の「おきなぐさ」、「かはばた」、では、上空から地上へ、また地上から上空へと意味を持って吹きぬける風で、雲の変化をも表し、ひと声や子どもたちの声を感じさせます。
  5月18日日付の「真空溶媒」では幻想から戻った意識のなかで、風は屈折して〈ジグザグ〉に吹き雲の描写となります。また幻想のなかでは心がすさむような〈ひどい風〉です。
  そして5月21日日付の「小岩井農場」では、断片が組み立てられていく詩の中で、心象や風景というよりは、一つの言葉として使われている傾向があります。
  賢治の詩には日付があるので、つい〈心の記録〉的な捉え方をしてしまいますが、そればかりでなく、表現上の技法としても変化していったのかもしれません。これも今後の課題です。
  詩の主体は、〈おれ〉、〈わたくし〉とさまざま表され、必ずしも作者賢治〉とはいえませんが、まぎれもなく賢治のひとつの時代―青春―があると思います。青春―平板で時には悪意にも聞こえるこの言葉ですが、賢治の詩の中の〈風〉は変化していく青春そのものを表しているような気がします。
 
注1 
拙稿「宮沢賢治の直喩T 『春と修羅』、「小岩井農場」を中心に―人間への思い―」
(個人ブログ「宮沢賢治 風の世界」2014、11、15)

参考文献
島村輝「小岩井農場」(『宮沢賢治大事典』(渡部芳紀編 勉誠出版 2007)
頓野綾子「小岩井農場」(『国文学解釈と鑑賞65−2』 至文堂 2000)

 
 
 







永野川2015年6月中旬
15日
 気温が高くなってきましたが、自転車で風を切ると心地よい程度の暑さです。上人橋から入りました。
 赤津川新井町付近では、ヒバリが何カ所かで囀っていました。一羽が休耕田に下りたので、双眼鏡で追っていると、何かをくわえて飛び立ち、となりの休耕田に下りました。そのあたりに巣があるのでしょう。昨日の集まりで、ヒバリが巣の傍には下りない、という通説のことを話して結局結論が出ませんでしたが、遠くから見守るのが一番でしょう。
 一つの橋でイワツバメが4羽程出入りしていました。以前ここで多数見かけたので、今後注意していきたいと思います。ただ民家の近くなので、あまりゆっくりとした観察はできません。
 公園の北側、滝沢ハムの草むら近くで、至近距離でホトトギスの声を聞きました。そういえば20分前くらいに、少し離れた場所で、ホトトギスの小さな声を聴いので、もっと遠いところかと思っていました。探したのですが確認できず、おそらく近くに休んでいた散歩の人が動き出した時点で飛び立ったようで、声が聞こえなくなりました。
 その20分くらい後、公園の南側の芝生の、桑の木やハリエンジュの大木に所で、さっきより近く声を聞ききました。息を止めて、じっと探してみましたが確認できず、飛び立った様子もなく、声は聞こえなくなりました。
 その10分後二杉橋付近では、もう太平山方面からの遠い声となりました。また、この前聞いた大岩橋の上流では今日は聞こえませんでした。
以前、バードリサーにお聞きした時、この範囲では一羽が移動しているのだ、ということでした。動きの速さと範囲の広さを実感しました。遭遇したのは幸運でした。
 公園の中央のハリエンジュの大木にコゲラ2羽、すぐ北の方へ飛んだのですが、2羽いっしょのコゲラを見るのは珍しことです。
 滝沢ハムの雑木林に、ハシブトカラスの幼鳥が3羽いて、眼の前の木の枝に飛び移ってきました。攻撃する意図ではなく全く無防備に人間に近づく感じです。まだ幼いからか、それとも私が無害だと思ったのでしょうか。
 オオヨシキリは、前回聞いた赤津川河畔では聞こえませんでしたが、大岩橋と大砂橋の中間点くらいのヨシ原で、わずかですが聞こえました。周囲はホオジロの囀りがとても賑やかでした。やはりここは人から遠い、鳥の棲みやすい河川敷なのでしょうか。
 今日も鳥種は少なかったのですが、鳥たちの営みの一端を見た気がして、またホトトギスが公園内にも来ることを実感でき、楽しい時間でした。
 
鳥リスト
キジ、カルガモ、カワウ、アオサギ、ダイサギ、コゲラ3、ホトトギス、ハシボソカラス、ハシブトカラス、ヒバリ、ツバメ、イワツバメ、ヒヨドリ、ウグイス、オオヨシキリ、スズメ、セグロセキレイ、ハクセキレイ、カワラヒワ、ホオジロ

 
 







風―1922年5月 (3)  農場―幻想のなかで―
          
融銅はまだ眩めかず
白いハロウも燃えたたず
地平線ばかり明るくなつたり陰つたり
はんぶん溶けたり澱んだり
しきりにさつきからゆれてゐる
おれは新らしくてパリパリの
銀杏なみきをくぐつてゆく
その一本の水平なえだに
りつぱな硝子のわかものが
もうたいてい三角にかはつて
そらをすきとほしてぶらさがつてゐる
けれどもこれはもちろん
そんなにふしぎなことでもない
おれはやつぱり口笛をふいて
大またにあるいてゆくだけだ
いてふの葉ならみんな青い
冴えかへつてふるえてゐる
いまやそこらはalcohol瓶のなかのけしき
白い輝雲のあちこちが切れて
あの永久の海蒼がのぞきでてゐる
それから新鮮なそらの海鼠の匂
ところがおれはあんまりステツキをふりすぎた
こんなににはかに木がなくなつて
眩ゆい芝生がいつぱいいつぱいにひらけるのは
さうとも 銀杏並樹なら
もう二哩もうしろになり
野の緑青の縞のなかで
あさの練兵をやつてゐる
うらうら湧きあがる昧爽のよろこび
氷ひばりも啼いてゐる
そのすきとほつたきれいななみは
そらのぜんたいにさへ
かなりの影きやうをあたへるのだ
すなはち雲がだんだんあをい虚空に融けて
たうたういまは
ころころまるめられたパラフヰンの団子になつて
ぽつかりぽつかりしづかにうかぶ 
……
  5月18日の日付を持つ、「真空溶媒」は、248行の長詩で、副題(Eine Phantasie im Morgen)が表すように、幻想という設定の風景です。背景は農場ではないかと思います。詩の冒頭から、明けはじめた空を〈融銅はまだ眩めかず/白いハロウも燃えたたず〉と否定形で表現されるので、一瞬ネガティブな雰囲気になります。
 でも〈おれ〉は、芽生えたばかりのイチョウ並木を心地よく歩いて行きます。〈いてふの葉ならみんな青い/冴えかへつてふるえてゐ〉て、青さは心を澄ませてくれるようです。
 賢治は電信柱の列を好みました。それは、『注文の多い料理店』の広告チラシには〈深い椈の森や、風や影、肉之草や、不思議な都会、ベーリング市迄続々電柱の列、それはあやしくも楽しい国土である〉が示すように、広い世界や未来へのつながりを感じさせるものだったのでしょう。童話「月夜の電信柱」も創られました。同様に並木、雲の列、人の列、等含めて、『春と修羅』同補遺で14例、「春と修羅第二集」、同補遺で10例あり、ほとんどが好意的な描き方をしています。〈あさの練兵をやつてゐる〉イチョウ並木には、整然とした美しさ、その先に続く、果てなく拡がって行く空間に心が躍ったのかもしれません。
 透明感を増す風景の中で、ヒバリも〈氷ヒバリ〉になります。風は〈すきとほつたきれいななみ〉となって、〈そらのぜんたいにさへ〉ています。
風が雲を〈ころころまるめられたパラフヰンの団子にして動かし、地平線がゆれると、幻想の風景に入って行きます。
 
……
むかふを鼻のあかい灰いろの紳士が
うまぐらゐあるまつ白な犬をつれて
あるいてゐることはじつに明らかだ
(やあ こんにちは)
(いや いゝおてんきですな)
(どちらへ ごさんぽですか
  なるほど ふんふん ときにさくじつ
  ゾンネンタールが没くなつたさうですが
  おききでしたか)
 (いゝえ ちつとも
  ゾンネンタールと はてな)
 (りんごが中つたのださうです)
 (りんご、ああ、なるほど
  それはあすこにみえるりんごでせう)
はるかに湛へる花紺青の地面から
その金いろの苹果の樹が
もくりもくりと延びだしてゐる
 (金皮のまゝたべたのです)
 (そいつはおきのどくでした
  はやく王水をのませたらよかつたでせう)
 (王水、口をわつてですか
  ふんふん、なるほど)
 (いや王水はいけません
  やつぱりいけません
  死ぬよりしかたなかつたでせう
  うんめいですな
  せつりですな
  あなたとはご親類ででもいらつしやいますか)
 (えゝえゝ もうごくごく遠いしんるいで)
いつたいなにをふざけてゐるのだ
みろ、その馬ぐらゐあつた白犬が
はるかのはるかのむかふへ遁げてしまつて
いまではやつと南京鼠のくらゐにしか見えない
 (あ、わたくしの犬がにげました)
 (追ひかけてもだめでせう)
 (いや、あれは高価いのです
  おさへなくてはなりません
  さよなら)
苹果の樹がむやみにふえた
おまけにのびた
おれなどは石炭紀の鱗木のしたの
ただいつぴきの蟻でしかない
犬も紳士もよくはしつたもんだ
東のそらが苹果林のあしなみに
いつぱい琥珀をはつてゐる
そこからかすかな苦扁桃の匂がくる
すつかり荒さんだひるまになつた
どうだこの天頂の遠いこと
このものすごいそらのふち
愉快な雲雀もたうに吸ひこまれてしまつた
かあいさうにその無窮遠の
つめたい板の間にへたばつて
瘠せた肩をぷるぷるしてるにちがひない
もう冗談ではなくなつた
画かきどものすさまじい幽霊が
すばやくそこらをはせぬけるし
雲はみんなリチウムの紅い焔をあげる
それからけわしいひかりのゆきき
くさはみな褐藻類にかはられた……
 
 最初の人物―〈鼻のあかい灰いろの紳士〉が〈うまぐらゐあるまつ白な犬をつれて〉登場です。
 ここで〈おれ〉はそれを〈じつに明らかだ〉と、現実であると確認しようとしていますが広がるのは幻想の世界です。
 〈ゾンネンタール(太陽の谷)氏〉の死を巡って、劇薬の王水を医薬品として飲ませるなど、不気味な不可解な世界が広がりますが、紳士は犬を追って去ります。
 周辺が巨大になり〈おれ〉は一匹の蟻になったような錯覚に落ちて、天頂は遠くなり、ヒバリは吸い込まれて、〈画かきどものすさまじい幽霊〉が出現、〈雲はみんなリチウムの紅い焔をあげ〉ています。
 
……
こここそわびしい雲の焼け野原
風のヂグザグや黄いろの渦
そらがせわしくひるがへる
なんといふとげとげしたさびしさだ
 (どうなさいました 牧師さん)
あんまりせいが高すぎるよ
 (ご病気ですか
  たいへんお顔いろがわるいやうです)
 (いやありがたう
  べつだんどうもありません
  あなたはどなたですか)
 (わたくしは保安掛りです)
いやに四かくな背嚢だ
そのなかに苦味丁幾や硼酸や
いろいろはいつてゐるんだな
 (さうですか
  今日なんかおつとめも大へんでせう)
 (ありがたう
  いま途中で行き倒れがありましてな)
 (どんなひとですか)
 (りつぱな紳士です)
 (はなのあかいひとでせう)
 (さうです)
 (犬はつかまつてゐましたか)
 (臨終にさういつてゐましたがね
  犬はもう十五哩もむかふでせう
  じつにいゝ犬でした)
 (ではあのひとはもう死にましたか)
 (いゝえ露がおりればなほります
  まあちよつと黄いろな時間だけの仮死 ですな
……
 

 
  幻想から立ちかえった現実の中で描かれる風は、「おきなぐさ」などの場合と同様、雲の形容ですが、夜明けの光に照らされる雲を描きながら、〈わびしく〉、〈ヂグザグ〉に、また〈渦〉まいて、すっきりとは吹きません。
  次の瞬間、新しい幻想が始まって、〈おれ〉は〈保安掛り〉を名乗るものから〈牧師さん〉と呼ばれています。 
 
……
ううひどい風だ まゐつちまふ
まつたくひどいかぜだ
たほれてしまひさうだ
沙漠でくされた駝鳥の卵
たしかに硫化水素ははいつてゐるし
ほかに無水亜硫酸
つまりこれはそらからの瓦斯の気流に二つある
しやうとつして渦になつて硫黄華ができる
    気流に二つあつて硫黄華ができる
        気流に二つあつて硫黄華ができる
 (しつかりなさい しつかり
  もしもし しつかりなさい
  たうたう参つしてしまつたな
  たしかにまゐつた
  そんならひとつお時計をちやうだいしますかな)
おれのかくしに手を入れるのは
なにがいつたい保安掛りだ
必要がない どなつてやらうか
         どなつてやらうか
            どなつてやらうか
               どなつ……
水が落ちてゐる
ありがたい有難い神はほめられよ 雨だ
悪い瓦斯はみんな溶けろ
 (しつかりなさい しつかり
  もう大丈夫です)
何が大丈夫だ おれははね起きる
 (だまれ きさま
  黄いろな時間の追剥め
  飄然たるテナルデイ軍曹だ
  きさま
  あんまりひとをばかにするな
  保安掛りとはなんだ きさま)
いゝ気味だ ひどくしよげてしまつた
ちゞまつてしまつたちいさくなつてしまつた
ひからびてしまつた
四角な背嚢ばかりのこり
たゞ一かけの泥炭になつた
ざまを見ろじつに醜い泥炭なのだぞ
背嚢なんかなにを入れてあるのだ
保安掛り、じつにかあいさうです
カムチヤツカの蟹の缶詰と
陸稲の種子がひとふくろ
ぬれた大きな靴が片つ方
それと赤鼻紳士の金鎖
……
 
 ここでまた、現実の〈ううひどい風だ まゐつちまふ〉という強風に〈おれ〉は〈保安掛〉の怪しさに気づきます。〈黄いろな時間の追剥め/ 飄然たるテナルデイ軍曹だ〉という追求に、〈保安掛〉は〈泥炭〉のかけらとなってしまいます。
 〈テナルデイ軍曹〉は、ユーゴ「レ・ミゼラブル」に登場する、元軍曹で戦場の戦死者から盗んだものを元手に宿屋を開き、少女コゼットを酷使するテナルディエを表しています。作者ユーゴから〈最も救われぬ悪党〉と評される人物です。
 「レ・ミゼラブル」は、黒岩涙香による翻案が『噫無情』(ジー・ミゼラブル ああむじゃう)の題で、1902年(明治35年)10月8日から1903年(明治36年)8月22日まで『萬朝報』に連載されたのち、すぐ刊行され広まりました。また、1918年〜1919年、豊島与志雄の訳で新潮社から『レ・ミゼラブル』」として刊行されました。
 ただし、『噫無情』は翻案ですから、登場人物は日本名で漢字表記され、ジャン・バル・ジャンは〈戎瓦戎〉、少女コゼットは〈小雪〉、テナルディエは〈手鳴田〉です。賢治の表記は〈テナルデイ〉なので、おそらく豊島与志雄の訳のものに触れたのだろうと思います。
そのコソ泥のイメージは、行方不明の赤鼻紳士の持ちものを隠し持つ保安掛にぴったりです。ここでも風は場面の転換点となります。
 
……
どうでもいゝ 実にいゝ空気だ
ほんたうに液体のやうな空気だ
 (ウーイ 神はほめられよ
  みちからのたたふべきかな
  ウーイ いゝ空気だ)
そらの澄明 すべてのごみはみな洗はれて
ひかりはすこしもとまらない
だからあんなにまつくらだ
太陽がくらくらまはつてゐるにもかゝはらず
おれは数しれぬほしのまたたきを見る
ことにもしろいマヂエラン星雲
草はみな葉緑素を恢復し
葡萄糖を含む月光液は
もうよろこびの脈さへうつ
泥炭がなにかぶつぶつ言つてゐる
 (もしもし 牧師さん
  あの馳せ出した雲をごらんなさい
  まるで天の競馬のサラアブレツドです)
 (うん きれいだな
  雲だ 競馬だ
  天のサラアブレツドだ 雲だ)
あらゆる変幻の色彩を示し
……もうおそい ほめるひまなどない
虹彩はあはく変化はゆるやか
いまは一むらの軽い湯気になり
零下二千度の真空溶媒のなかに
すつととられて消えてしまふ
それどこでない おれのステツキは
いつたいどこへ行つたのだ
上着もいつかなくなつてゐる
チヨツキはたつたいま消えて行つた
恐るべくかなしむべき真空溶媒は
こんどはおれに働きだした
まるで熊の胃袋のなかだ
それでもどうせ質量不変の定律だから
べつにどうにもなつてゐない
といつたところでおれといふ
この明らかな牧師の意識から
ぐんぐんものが消えて行くとは情ない
……
 
 意識から強引に〈保安掛〉を消し去ると、空気は〈液体のやう〉―冷たく澄んで重い感じでしょうか―、太陽の真下で見える〈マジェラン星雲〉、〈天の競馬のサラブレット〉の雲、〈零下二千度の真空溶媒〉という幻想が始まり、〈おれ〉のステッキやチョッキも奪われています。〈質量不変の定律〉、という意識を持ちながら幻想に勝つことができません。
 
……
(いやあ 奇遇ですな)
 (おお 赤鼻紳士
  たうたう犬がおつかまりでしたな)
 (ありがたう しかるに
  あなたは一体どうなすつたのです)
 (上着をなくして大へん寒いのです)
 (なるほど はてな
  あなたの上着はそれでせう)
 (どれですか)
 (あなたが着ておいでになるその上着)
 (なるほど ははあ
  真空のちよつとした奇術ですな)
 (えゝ さうですとも
  ところがどうもおかしい
  それはわたしの金鎖ですがね)
 (えゝどうせその泥炭の保安掛りの作用です)
 (ははあ 泥炭のちよつとした奇術ですな)
 (さうですとも
  犬があんまりくしやみをしますが大丈夫ですか)
 (なあにいつものことです)
 (大きなもんですな)
 (これは北極犬です)
 (馬の代りには使へないんですか)
 (使へますとも どうです
  お召しなさいませんか)
 (どうもありがたう
  そんなら拝借しますかな)
 (さあどうぞ)
おれはたしかに
その北極犬のせなかにまたがり
犬神のやうに東へ歩き出す
まばゆい緑のしばくさだ
おれたちの影は青い沙漠旅行
そしてそこはさつきの銀杏の並樹
こんな華奢な水平な枝に
硝子のりつぱなわかものが
すつかり三角になつてぶらさがる
 
 そこに最初に出現した赤鼻の紳士が登場します。〈おれ〉は紳士から犬を借り受け、犬の背中にまたがって犬神のように東へ向かいます。
目覚めた場所は、〈さっきの〉、若いイチョウの並木でした。ここはどこでしょうか。〈おれ〉は、結局同じ場所にいて、幻想(ファンタジー)の歩行をしていたのです。
 〈犬神〉は、「サガレンと八月」、「タネリはたしかにいちにち噛んでゐたやうだった」にも登場します。「サガレンと八月」では、カラフト北方アムール川下流域に住む少数民族ギリヤークの伝説に登場する神で、子どもをさらって海の底につれていきチョウザメの下男にします。「タネリはたしかにいちにち噛んでゐたやうだった」では森の奥に子どもを誘いこむ怖いものです。二作とも禁忌を犯した子供への罰として登場します。 西日本に広く伝わる「犬神」のように憑きものとしての性格はありません。この作品でも、ギリヤーク伝説に関心を持っていた賢治が、幻想の中で寓話の小道具のひとつとして使ったのではないかと思います。
 
 この作品の舞台は「おきなぐさ」、「かはばた」とは違って、ある程度人手の加わった農場だと思います。
 農場の先進的経営には傾倒した賢治ですが、そこには必然的に人間が存在し、ある種の葛藤も感じていたのかもしれません。農場で賢治を幻想に導くものは、〈人間〉だったのではないでしょうか。
 〈赤鼻の紳士〉のモデルに会い、あるいは思い起こし、連想は進み、自らを卑小化して蟻となってしまいます。
 一瞬の、現実としての風が生む雲の風景―ジグザグに吹き焼け野原の雲―は、また新たな保安掛の連想を呼びます。これも農場にいそうな人物設定です。さらに、そこから→追剥→泥炭という穏やかでない連想を生みます。
 その後の幻想は、爽やかな周囲の風景のはずが、冷たく重い〈真空溶媒〉の中、チョッキやステッキを奪われる、という、マイナス方向です。
 紳士や保安掛の意味するもの探すのは重要だと思います。でもその現実よりも、そこから生まれた幻想のなかを駆け抜けるように続いていく詩は、周辺の冷たく澄んだ空気の様子の描写とともに、その時代の賢治の心ではないでしょうか。
 風は現実のものとして吹き、雲を描写し、また幻想の転換のために使われています。
 「小岩井農場」にも、賢治の様々な人間への思いが綴られていました(注1)。次章で検討したいと思います。
 
注1 
 拙稿「宮沢賢治の直喩T 『春と修羅』、「小岩井農場」を中心に
   ―人間への思い―」(個人ブログ「宮沢賢治 風の世界」
   2014、11、15)
 
参考 
 伊藤雅子「イーハトーブを荘厳する電柱の列」(『賢治研究48』 
 宮沢賢治研究会 1988、10)
 黒岩周六(涙香)訳『噫無情』第二十版 (扶桑堂 大正七年)
  豊島与志雄訳『レ・ミゼラブル』新潮社1918-19 
                 現在は岩波文庫所収 全4巻 
 天沢退二郎「真空溶媒」論序説「国文学解釈と鑑賞68−9」03,9

 
 
 







永野川2015年6月上旬
7日
  初夏の気持ちよい気温と日差しに恵まれて出かけました。
 上人橋からはいります。
 浚渫工事は、ほぼ終了なのか、かなり広いヨシ原、中州が埋められて、平坦な盛土となりました。流れも広くなり確かにきれいになりました。でもこの後どうするのでしょうか。また雑草が生えて、削る、という繰り返しでしょうか。目的を考えて―例えば、ヨシ原を育成する、芝生にする、野草・昆虫の生育場所にする……など、今から計画を立てれば無駄な仕事は省けると思います。
 田植えが進み、上人橋付近でもヒバリ、ホオジロの声や、シュレーゲルアオガエルの声も聞こえます。
 合流点と泉橋との間の川辺のススキ(ここにはヨシはありません。)から、今季初、オオヨシキリの声が聞こえました。まだおずおずとした感じで途切れがちでした。少し上流の栃木陶器瓦前の川辺でも、聞こえました。
いずれも昨年とは違う場所です。公園内のヨシ原ではまだ聞こえませんでした。かつて、うるさいほど鳴いていたことを思い出します。場所が増えることは嬉しいのですが、ただ移動しているだけのようで、確実にオオヨシキリの数は減っています。
 大岩橋から上流の大砂橋までを往復してみました。た。公園とは違って、自然が残っている感じですが、植生されたアジサイや梅なども所々にあります。
 ヨシ原にはオオヨシキリの声はありませんでした。中洲があまりないので、セキレイ類、シギ・チドリ類なども見られませんでした。
 ただ、山林と田とソバ畑等が連なっているので、季節が回ればまた違った鳥が現れるかもしれません。いつも聞くホトトギスの声が近くで聞こえ、コジュケイも鳴きました。なぜか鳥の声が大きく響きます。
 でも、やはり公園内の鳥種の多さにはかなわないかもしれません。なぜ公園にこだわるか、と言えば、やはり、安全で身近なところに豊富な鳥や生物がいることだと思います。やはりきちんと考えていかなければ、とあらためて思いました。
 公園土手の法面と大岩橋下の草むらは、刈り取られました。今の時期は仕方ないことかもしれませんが、この一回にしてほしいと思います。よりよい再生を待つしかありません。
 第五小付近で、イカルチドリ、見る方向を変えてゆっくり見ましたが、コチドリのようなアイリングは見られませんでした。
 カルガモが、あちこちで単独で見られました。子育ては終わったのでしょうか。親子に見えるハシボソカラスの3羽連れがいて、こちらはまだ育児中のようでした。
 
鳥リスト
キジ、コジュケイ、カルガモ、アオサギ、ダイサギ、ホトトギス、イカルチドリ、ハシボソカラス、ハシブトカラス、ヒバリ、ツバメ、ウグイス、オオヨシキリ、スズメ、セグロセキレイ、カワラヒワ、ホオジロ

 
 
 







永野川2015年5月下旬
26日
心地よい初夏の空気です。
二杉橋上流では、この時期ほとんど水の流れありません。
ツバメが1羽、2羽、イカルチドリらしいピキッという感じの声、ダイサギが1羽悠然と歩いているだけでした。
今日もホトトギスの声が聞こえます。太平山方面からのようです。
カワラヒワが2羽、珍しく川を渡って飛びました。ペアでしょうか。
赤津川との合流点近くの川岸で、ホオジロより少し細めで、頭部の色が少し白っぽく灰色にみえる鳥を3羽見つけました。図鑑で見るとシラガホオジロにそっくりですが、この場所、この時期にいるはずがないので、ホオジロの幼羽かと思います。
赤津川で、久しぶりにカイツブリの繁殖声を聞きました。姿は見えませんでしたが、もう少ししたら浮巣が見られるかもしれません。
コガモが1羽、川岸の草むらから出てきて一瞬見えなくなりました。渡らなかったのでしょうか。
 
今日は、大岩橋から南側の岸を少し遡ってみました。針葉樹林―植生されたスギ林―、広葉樹林―栽培している栗林―があり、シジュウカラの声がよく響きました。川にはかなり広いヨシ原がありました。もしかしたら、ここにもヨシキリが来るかもしれません。公園と違ってゆっくり見ていられる場所ではないかもしれませんが、ここをフィールドに加えてみようかと思います。
公園内の川にカルガモのペアがひっそりとしていました。もうヒナがどこかにいるのでしょうか。
公園の調整池の排水溝に、石と見まがうウシガエル、かなり大きく、方向を変えるくらいで、ほとんど動きませんでした。
公園全体、草刈りの真っ盛りです。まだ法面は刈られていないのですが、時間の問題かもしれません。合流点近くの浚渫工事は止まること知らずという感じで、このごろ無力感の方が大きく、〈あまり目にしたくない〉と思う日が続きそうです。
 
鳥リスト
キジ、カルガモ、コガモ、カイツブリ、キジバト、アオサギ、ダイサギ、ホトトギス、イカルチドリ、コゲラ、ハシボソカラス、ハシブトカラス、ヒバリ、ツバメ、ウグイス、スズメ、セグロセキレイ、ハクセキレイ、ホオジロ