宮澤賢治、風の世界

宮澤賢治の作品を彩る言葉と風を追って宮澤賢治の世界を訪ねよう。 賢治は風という言葉に何を託したか。風を描くためにどんな言葉を選んだか。 賢治は何を求めて風の中に身を置いたのだろう。 そこに少しでも近づきたくてページを埋めていく。
 
永野川2015年10上旬
8日
 よいお天気でしたが、台風の影響で西風が時々強く吹き、鳥の姿はあまり見えません。
 二杉橋から入りました。河川工事は土嚢を積んでひとまず終了したようです。
 睦橋の少し下、イソシギが、腹部が水に触れるくらいの浅瀬を歩いて餌を取っていました。私にはちょっと珍しい光景です。
 イカルチドリが2羽、鳴きながら飛び、セグロセキレイ2羽、ハクセキレイ1羽が飛びました。
 少し登ったところでカルガモ2羽、4羽と続きます。
 高橋際の民家でヒヨドリの声、久しぶりでした。
 上人橋付近でコサギが2羽、コサギもこのところ戻って来ている感じです。
 保育園のサクラにスズメ4羽、その後も、民家などで4羽の群れ2回、単独で1羽。稲に群がるスズメはいませんでした。
 新井町で、カイツブリの幼鳥、まだいくらか顔に白い模様が残っていました。
 額板が赤くなったバン1羽、もうじき季節が変わります。
 合流点付近でツバメが6羽、越冬するのか?一瞬思いました。
 公園に入って、またツバメ3羽に会い、そのうち10羽くらいの群れが来て、よく見るとイワツバメでした。それが、みるみる増えて40羽ほど、公園の空いっぱいになり、10数分後に戻った時もまだ飛び続けていました。公園は、群れる鳥の観察には好適なことを実感しました。広い空いっぱいに拡がる鳥をゆっくり見ることが出来るからです。これだけ多いと、渡りの機会を逃したとは考えにくくなります。バードリサーチのお話では今年最後の渡りではないか、ということでした。
 大岩橋上の河川敷林で、シジュウカラとエナガの声らしいものが聞こえ、待つこと数分、林の奥から、まずシジュウカラが5羽、続いてエナガが4羽見えるところに出てきてくれました。今季初です。破壊された自然の回復は遅いのですが、鳥たちは順調に戻っていてくれているようで、嬉しいひとときでした。
 
鳥リスト
カルガモ、カイツブリ、ダイサギ、コサギ、バン、イカルチドリ、イソシギ、モズ、ハシボソカラス、ハシブトカラス、シジュウカラ、ツバメ、イワツバメ、ヒヨドリ、エナガ、スズメ、セグロセキレイ、ハクセキレイ

 
 







永野川2015年9月下旬
28日
 彼岸も過ぎ、秋らしい澄んだ風が吹きます。
二杉橋から入ると、水は澄んで来ていて、ヨシやススキはいくらか緑が見え始めました。
 川は工事が始まっている個所が多く、鳥の姿は見えません。第五小のサクラにスズメが1羽、スズメは1羽でも貴重という感じします。
 泉橋下の河川敷にカルガモが7羽。これも貴重な感じです。
 モズは電線で高鳴き3例、こちらは元気です。
 合流点の河川敷でカルガモ14羽、今日はサギの姿はありませんでした。
 泉橋上で、カイツブリ1羽。イソシギが2羽争うように飛んで行きました。
 車を避けるために入った次の橋で、一瞬飛んだものが見えて、双眼鏡に入れるとカワセミでした。。青い部分は見えませんでしたが、30秒ほど岸の木の枝に留って飛び去りました。
 少し登った新井町の田で、アオサギ2羽、ダイサギ2羽、稲刈りの済んだ田を歩いて食餌しているようでした。
 反対側の岸を下ると、カルガモ8羽、と今季初バンが1羽。一瞬ツバメが1羽飛びすぎました。渡りを逃したのでしょうか、公園の中でも2羽風に乗 っていました。
 大岩橋近くの森で、今季初、カケスの声がしました。いつか姿の見える日が来ることを祈ります。
 公園の中ではセグロセキレイ3羽とハクセキレイ2羽、少ないのですが、秋の始まりでしょうか。
 調整池のホテイアオイは予想通り池の全面を覆ってしまいました。ここに鳥が来るでしょうか。
 戻ってきた二杉橋では橋脚の下にカルガモが32羽、こんな集団は今季初めてです。渡り鳥ではないのですが、やはりシーズンのはじまり、という気がします。
 スズメはやはり少なくて目に見えたのは5羽のみでした。
 
鳥リスト
キジ、カルガモ、カイツブリ、アオサギ、ダイサギ、バン、モズ、カケス、ハシボソカラス、ハシブトカラス、ツバメ、スズメ、セグロセキレイ、ハクセキレイ
 
後記
 30日午後、友人と赤津川岸を散歩しました。
スズメが戻ってきました。20羽ほどの群れで、残っている草むらと、収穫前の稲田に集まっていました。
その後数羽の群れを何回か見かけました。
今後、どうなるか気になるところです。

 
 
 







今年のイーハトーブ 2015年9月22日、23日
 この写真は、9月23日、花巻駅前のホテルの六階から見た日の出です。この2日間、本当によく晴れ、花巻周辺の稲も順調に育って、稲穂色の鮮やかな風景が広がっていました。賢治の夢見た豊かな収穫の風景です。今年の旅は、リサーチの出来ないまま、行きたいという思いで駆けまわったイーハトーブでした。
 
 22日、最寄駅から一番早く盛岡につく列車を選びましたが、9時52分になっていました。
 岡村民夫先生のご論考『「ポラーノの広場」の競馬場 賢治郊外学のために』、浜垣誠司先生のブログ「レオーノキューストが住んでいたあたり」で、旧黄金競馬場の詳しい情報を得ました。「ポラーノの広場」は私の一番好きな童話ですので、この機会に是非とも訪ねたいと思いました
 もう一つ、地図上では比較的近くみえる、賢治が参禅したという報恩寺、下宿した教浄寺、願教寺など、北山周辺もいきたいところでした。かつては雑木林の中に点在していたという寺院群です。
 「東京ノート」(五年生)に〈丘、ツルゲーネフ〉、「文語詩篇ノート」に〈北山、丘、米内〉のメモがあります。それを知ったとき、若いころツルゲーネフに夢中だった私としては、自分と賢治と共通のものがあった!!と思いこみ、いつかは訪ねて見たいと思っていました。
 
 事前の調査では、二つの場所を結ぶバス路線は無いようでした。観光案内所ならば複数のバス会社の路線が分かるかと思ったのですが、結局、2か所を結ぶ路線はなく、10分後に高松神社方面に行くバスに乗りました。
 バスは、岩手大学や体育館など文化施設をいくつも通り過ぎていきました。
 旧黄金競馬場跡地は、高松神社付近の八幡神社とその裾野に拡がる住宅地です。高松神社は道際ですぐわかりましたが、付近の人に尋ねても八幡神社は分かりませんでした。事前に見た地図を思い浮かべて、反対側の少し小高い丘と木立の見える場所へ行ってみました。
 麓に、「御大典記念」と刻まれた石鳥居がありましたが、「八幡神社」の名前はありませんでした。
 少し登ってみると、どうも人家の中に入って行くような気がして、上まではいけませんでした。
 丘の周囲を巡っている道には、岡村先生のご論考の中にあった、アカシアの大木や、桜の木があり、南側、下方には、広い住宅地が広がっていました。
 確かに「ポラーノの広場」の〈北に山をしょって〉いる場所、〈植物園にこしらえ直す〉という未来に向かって変革が可能な場所を確信できました。
 夜、岡村先生のお話を聞くことができました。この鳥居は通りぬけ可能で、登れば「馬魂碑」(1907年建立)や「黄金競馬場の碑」(1904年建立)があったということでした。神社に近い立地は、神事として始まった競馬を証明することもできます。
 賢治の高農時代には、まだ移転の計画はありませんでしたが、競馬は全盛で、当時の富裕層のレジャーとして明るいものだったのでしょう。変更の計画を知ったのは晩年だったのですが、その広い面積は、有意義な変更を感じさせる希望の場所となり、レオーノ・キューストのまだ明るい自由な暮らしの場所として、選ばれたのだと思います。
 
 高松の池は、野鳥の生息地、飛来地でもあるので、以前から憧れていました。神社から二つバス停を戻ったところで、ここはすぐにわかりました。実はここにタクシーの乗り場があれば、次の目的地に行けるかもしれない、という目算もありましたが、駐車場には数台の車があるのみでした。
折角来たので、もうここでのんびりしようと覚悟を決め昼食を取りました。
 ハクチョウは飛来しておらず、カルガモがあちこちに数羽ずつ浮いていました。突然池の中央に大きめの鳥が飛びました。双眼鏡に入れるとカイツブリの仲間でした。大きさから多分カンムリカイツブリではないかと思います。私の周辺では日常的には見られないものです。ふつうにこれがいる、というここの環境は素晴らしいと思いました。カンムリカイツブリはずっと池の中央を潜水したり泳いだりしていました。
 後日、野鳥の会の方にお話したら、この時期のカンムリカイツブリは、珍しいとのことでした。不安になってネットで検索してみると、盛岡の複数のブログで、カンムリカイツブリの記事がありました。偶然、それも短い時間に見ることが出来たのは幸運でした。
 
 花巻に戻ると、まだ講演までには1時間半以上あったので、とにかく真照寺まで車で行ってお参りしました。
 静寂の中に供花の鮮やかさと線香の香りは、賢治の想いと、その後に過ぎて来た時間とが一つになった空間を感じさせました。
 帰りは、花巻農学校跡の碑や、風の又三郎群像を訪ねて、ぎんどろ公園を歩きました。ギンドロの木は、また背たけを伸ばし高い高いところで、風に鳴っていました。幹と葉裏の銀色が豊かな日差しのなかで静かに輝きました。
 
23日
 今回の旅のもう一つの目的は、「二十六夜」の舞台、獅子鼻に行くことでした。これも事前リサーチが出来ず、花巻駅の観光案内所でもはっきりせず、桜地人館で尋ねるようにとのことでした。この時点で時間の配分が分からなかったので、先日の懇親会の時にお話しした方に誘われて、ひとまずイーハトーブ館の研究発表会へ向かいました。
 イーハトーブ館から花巻へ戻ってくるバスは13時過ぎで、それからでは獅子鼻を探すのは無理のようでした。申し訳ないのですが思い切って途中で失礼して、南斜花壇を抜けてリニューアルした賢治記念館へ行きました。星空やその他、体験できる設備などが充実していました。ここもゆっくりすれば発見がありそうですが、取り急ぎ、タクシーで賢治碑に向かいました。
 まず桜地人館でお聞きすると、北上川を下って、銀河南大橋と花巻南大橋を越えた場所で、徒歩では難しいとのこと、タクシーを呼んで下さるとのこと、また「雨ニモマケズ」詩碑の丘からの展望の方が実感できる、ということでした。
 「雨ニモマケズ」詩碑の丘は、賢治祭以外の日に行くと、ほとんど人はいなくて、風が流れ、賢治の孤独が伝わってくる感じが好きです。
 展望の解説図に従ってみると、確かにかなり離れた場所に、川に突き出た黒い林が見えます。
 以前、賢治自耕の地から少し川岸を下ったことがあるので行ってみましたが、今回、川岸は草が生い茂り入ることが出来ず、獅子鼻を近くから見ることはできませんでした。かなり暑くなってきたので、タクシーを呼んでいた だくことにしました。
 運転手さんもよくわからなかったのですが、地人館で教えていただいた、橋を二つ越えた所、と伝えると、ためらいながら行ってくださいました。そして、船着き場がある写真を見たことがあることを伝えると、今度はすぐ着けました。
 林は、耕作地から細長く続いてさらに岸辺に突き出ていました。でも岸から中に入ることはできないようでした。車から出ることも忘れて、ただ辿りつけた喜びばかりでいっぱいでした。写真を取るのも忘れていました。
船着き場がひっそりとあって、対岸の林も静かに広がっていて、本当なら少しでも降りて歩くべきでしたが、こういう時になると恐くなります。やはり誰かと来るべきだったかも……。少し様子が分かったので、誰かを誘う自信もできました。
 でも「獅子鼻」が確実になったのは、そこに来た運転手さんと顔見知りの地元の舟の愛好家に確認して後でした。地元の狭い範囲の人しか知らない名前のようです。
 ここから、イギリス海岸まで手漕ぎの舟をだすことができるとのこと、隠れた名所のようでした。戻る時気づきましたが、「フクロウの森」という小さな手製の看板もあり、いずれ観光化されるのかもしれないと思います。うまくいけば、アクセスも楽になり、賢治の世界を歩けるかもしれません。間違った方向に行かないことを祈ります。
 
 お昼も食べていなかったので、運転手さんにマルカンデパートに行ってもらいました。一度〈箸で食べるソフトクリーム〉を食べて見たかったのです。
マルカンデパートは6階建ての繁盛しているお店でした。六階は、懐かしい〈デパートの食堂〉で、もう13時は回っていたのに混雑していて、おまけにソフトクリームは30分待ちとのことでした。なぜか気が急いていて諦めて街へ出ました。地図を頼りに、鳥谷崎神社を廻って、気になっていた『春と修羅』印刷所跡の照井菓子店で経木まんじゅうを買い、駅にたどり着くことができました。
 
 ひどく不安の中で駆け回り、あちこちで時間のロスがありましたが、行きたい所へは行けました。いつの日か又来る時は、自信を持って友人を案内することが出来るでしょう。
 賢治祭周辺の旅は、賢治への想いの旅であると同時に、いつも新しい世界への挑戦です。
 
参考文献
岡村民夫『「ポラーノの広場」の競馬場 賢治郊外学のために』
(『賢治学 第二輯』岩手大学宮沢賢治センター 2015年6月)
浜垣誠司「レオーノキューストが住んでいたあたり」 
(同氏HP「宮沢賢治の詩の世界」2015年3月)
小林俊子「ポラーノの広場の競馬場」
(『宮澤賢治 絶唱 かなしみとさびしさ』 勉誠出版 2011)

 







永野川2015年9月中旬
15日
  好天なので、まだ前回から4日しかたっていないのですが出かけました。
 上人橋上の中州にコサギ3羽、チュウサギ11羽、合流点の中州にコサギ7羽が見えました。ここは流れの変化などによって、サギ類に適した場所になったのかもしれません。
 保育園のサクラに、スズメくらいの大きさで鳴き声がチッチと鳴く鳥2羽、双眼鏡に入れる
とホオジロの幼鳥でした。赤津川岸にも幼鳥が2羽、危うい感じの飛び方をしていました。
 モズが電信柱で高鳴き風に鳴いています。今日は5例のモズがすべて高鳴き状態でした。
 合流点付近でオオタカ1羽上空に舞い、空の色とともに秋を感じました。
 新井町の休耕田にチュウサギ8羽、これもこの季節の風景です。
 キジの若鳥がなにか迷ったように道路を歩いて、民家のかなり高い塀を飛び越えて庭に入って行きました。岸辺の草が無くなり、行き場を失ったのかもしれません。
 先回は気付かなかったのですが、合流点の上、泉橋の下にあった、ズミに似た花の咲く大木が、倒れていました。どうも岸が崩れたためらしく、土嚢で応急処置がされて、木は伐採されていました。この木は、ここの岸辺に、かつては数本の大木がありましたが、皆伐採されて、この木だけが残っていたのですが、これですべてなくなりました。
 赤津川の土手のヨシもなぎ倒され、枯れた状態に見えました。この冬は枯れ草の茂みはなくなってしまうのでしょうか。来季の復活はあるのでしょうか。
 崩落している大砂橋の近くは避け、反対側を少しのぼったところで引き返し、また公園のなかは通行止めの処置がとられたので入れず、土手の上だけを通りました。ヤナギの大木はいくらか起き上がったようです。ワンドのヤナギも少しずつ立ちあがってたが、どう処置されるでしょうか。
 公園の調整池にピッピッピという声が聞こえ、一瞬カイツブリ3羽の潜った跡の水輪が見えました。少したって、親鳥と、まだ顔の白い模様があり黄色い大きなくちばしのヒナが1羽出て来ましたが、ずっと声は出し続けていたので見ていると、10mくらい離れた所で、もう1羽のヒナが出て来ました。2羽は鳴きながら、1羽のヒナに近づいて行きましたが合流はせず、1羽は少し離れたままで、もとの場所に戻って行きました。ピッピッピという声は、ヒナを呼んでいる声でしょうか、警戒の声でしょうか、カイツブリのコミュニケーションが垣間見えて、面白い場面でした。
 上人橋から二杉橋までの間では、ダイサギが2か所に佇み、毛づくろいをしていました。
スズメの姿が極端に少なくなっています。草むらが無くなったせいでしょうか。
 少し日常が戻ってきた感のある永野川、また見守って行きたいと思います。
 
鳥リスト
キジ、カルガモ、カイツブリ、キジバト、カワウ、オオタカ、トビ、アオサギ、ダイサギ、チュウサギ、コサギ、モズ、ハシボソカラス、ハシブトカラス、ツバメ、スズメ、セグロセキレイ、ホオジロ
 
付記
19日に赤津川の栃木インターに通じる平和橋を通って初めて気づいたのですが、一つ下の橋が、中央から折れて落ちていました。私の観察範囲の一つ上の橋です。
小さな河川も場所や条件によって被害が大きくなることを実感させられました。

 
 
 







永野川2015年9月上旬
11日
  6日の午後からぐずついていて、遂に9日、10日の台風となり、上旬中観察に行けませんでした。台風の爪痕を想像して、恐る恐る出かけました。
  二杉橋から入ると、まだ濁流が川幅いっぱいに流れ、両岸も土手の少し下まで水が流れた跡があり、殆どの草木、篠などはなぎ倒され、家庭菜園も見事に流されていました。
 かろうじて残った岸のスペースに、カルガモが7羽、4羽、2羽、8羽と張りつくようにしていました。
 合流点は少し河川敷が残り、ダイサギ6、チュウサギ4、コサギ2が群れていて、少し安心しました。
 赤津川沿いの田は、冠水することなく、セッカの鳴き声が聞こえました。
 新井町で、電線とテレビのアンテナでモズが、高鳴きと思える声で鳴いていました。そろそろそんなシーズンでしょうか。
 近頃みかけなかったトビが1羽、空を舞っていました。
 大砂橋から下って来る途中、道幅50cmほど残して陥没した箇所があり、やっとの思いで通り抜けました。
 その下流の河川敷のパークゴルフ場は一変していました。確か、もっと芝生が広かったはずなのに砂利が大幅に乗り上げ、コンクリートの護岸とも歩道ともつかない物が打ち寄せられていました。
 公園に入ると、想像以上の変わり様でした。
 土手下の歩道の部分だけが、なぜか部分的に陥没して、やはり、どこかの護岸が流れついていました。
 そして公園のシンボル(と私が思っていた)大好きなヤナギの大木が倒れ、川半分を覆ってしまっていました。枝には季節ごとに鳥が来て、木陰は水浴びの場でもありました。カワセミのスポットとして時々カメラマンが訪れていました。
 その上、鳥の棲息場として何とか守ってほしいと思っていたワンド跡の低木が、殆どなぎ倒され、ヨシも倒れていました。アレチウリなど雑草は流されてしまったらしく、何ともすっきりして、ここがあの場所か、と疑いたくなるほどでした。
 これを機に、都市公園化が一気に進みそうです。むしろ、このまま放置してもらって、ヨシなどが、自然に残っていけばよいのではないでしょうか。 
 公園の芝生の半ばくらいまで濁流が迫ったらしく流木が流れ着いています。ここを公園とするのには危険を感じます。
 濁流と瓦礫の中にアオサギ1羽頑張っているように見えました。
 なぜか、いつも少ない、ハシボソカラス、ハシブトカラス合わせて40羽以上も群れていました。もしかして動物の死骸を求めているのでしょうか。先ほどのトビも同様かもしれません。
 公園に先行してまず人の生活圏が整備されていくでしょう。公園がどうなるか、全く先が見えませんが、鳥たちが、うまく棲み家を得てくれることを祈るばかりです。
 
鳥リスト
カルガモ、アオサギ、ダイサギ、チュウサギ、コサギ、トビ、モズ、セッカ、ハシボソカラス、ハシブトカラス、ツバメ、スズメ、セグロセキレイ