宮澤賢治、風の世界

宮澤賢治の作品を彩る言葉と風を追って宮澤賢治の世界を訪ねよう。 賢治は風という言葉に何を託したか。風を描くためにどんな言葉を選んだか。 賢治は何を求めて風の中に身を置いたのだろう。 そこに少しでも近づきたくてページを埋めていく。
 
永野川2016年3月下旬
25日
 昨日あたりから気温が下がり始め、最高気温が10度とのことです。日差しのあるところでも肌寒く風の冷たさが身にしみます。
 まずツバメ情報です。二杉橋から入ってすぐ、突然ツバメが3羽上空に舞いました。今季初です。毎日来ているわけではないので初認にできないのが辛いところです。その後公園のなかでも2羽確認しました。
 二杉橋付近は、カルガモが2羽、2羽、3羽、ヒドリガモが2羽、コガモが6羽、とカモが集まっていました。少し登ったところでコガモ7羽、5羽の大きめの群れに会いました。
 ウグイスが橋の近くの草むらと、少し遡ったところで囀っています。まだたどたどしい感じです。
 草むらでアオジが鳴き、カワラヒワが1、2羽ずつ電線に止まっていました。もう群れはいないようです。
 錦着山裏の田のヒバリの囀りは、今日は1羽程度の感じです。その後、赤津川沿いのいつもの田でも両岸で囀りましたが、こちらも1羽くらいの声です。
 赤津川新井町の電線で、モズがヒバリの鳴きまねをしていました。特定の声を聞きおぼえるのでしょうか。
 栃木陶器瓦付近の民家の塀の上にキジが1羽、民家から出て来たようです。少し先では路上に佇むキジがいました。私が近づいたので、田んぼに消えて行きました。なぜか今日は人の近くにキジがいます。
 栃木陶器瓦の前の岸の草むらでバン1羽、少し先でも1羽、こちらは少し額板が色づき始めています。最近見た完全に赤くなった個体はいませんでした。
 泉川町の田んぼで、尾に飾り羽があり、黄色い嘴の先が少し黒いダイサギ大の個体を見つけました。図鑑では「チュウサギ冬羽から夏羽に換羽中」に似ているのですが、バードリサーチのお話では時期的に早いそうです。その後、見た大岩橋上の河川敷の2羽は、飾り羽が無く嘴も黄色いでした。
 滝沢ハムのクヌギ林でイカルのような声がして、まさか?という思いでしたが、少し待つと、イカルが眼前に現れました。次々に飛来して5羽になりました。ここで見るのは初めて、この近くでは、10年ほど前、合流点近くの川岸の木の枝に10羽くらいの群れを見て以来です。
 イカルは、鳥を見始めたころ、旅行先の京都、大覚寺で、図鑑通りの10数羽の群れを眼前で見た時以来、憧れの鳥です。バードリサーチのお話では、今年は飛来数が多かった由、それで永野川にも来てくれたのでしょう。やはり永野川はよい探鳥地だと思います。
 大岩橋上の北側の岸のブッシュを出入りしていたアオジが2羽見えました。
 大岩橋近くの山林で、今季初コジュケイの声を聞きました。寒いのに……、となぜか思いました。
 公園のなかの河川敷にイカルチドリ1羽とセグロセキレイ一羽。すぐ近く2か所で災害の復旧工事をやっているのに、中州が残っているのでやってきているようです。でも早く工事が終わることを祈ります。鳥たちに必要な場所なのですから。
 調整池ではヒドリガモは11羽、カルガモ3羽でした。
 東の池のホテイアオイは少し片づけ始めたようで水面が3分の一ほど出ていました。アオサギが、ずっと水面をみつめていて一瞬魚を取りましたが、眼を放した間に呑み込んでしまい、また水面をみつめていました。カワセミが1度取ればしばらくはお休み、ということを思い出し、体が大きいせいか、大食なのかと考えました。
 上人橋から下って行くと、ジョウビタキが1羽、名残のように見えました。ツグミはあちこちで7羽見られ、まだシメも残っていますが、ツバメも来て、季節ももうじき変わっていくようです。最後にイカルまで見られ、今年もよい冬鳥シーズンでした。

 なお、栃木市街地、うずま公園のヒレンジャクは、今年は見逃してしまったようです。
 
鳥リスト
キジ、コジュケイ、カルガモ、ヒドリガモ、コガモ、アオサギ、ダイサギ、バン、イカルチドリ、モズ、ハシボソカラス、ハシブトカラス、ヒバリ、ツバメ、ヒヨドリ、ウグイス、ジョウビタキ、ツグミ、スズメ、セグロセキレイ、ハクセキレイ、カワラヒワ、シメ、イカル、ホオジロ、アオジ、

 
 







永野川2016年3月中旬
18日
 急に気温が高くなりました。薄日ですが暖かい日です。
 上人橋から入ると、サクラ保育園付近でカワラヒワの囀りが聞こえ、川岸の草むらでホオジロ2羽が飛び立ちました。
錦着山北の田んぼで、ヒバリの囀りが2か所で聞こえました。その後、赤津川新井町のいつものあたり、川の両岸で、少なくとも4羽以上の囀りが聞こえました。
 泉橋の少し手前で、セキレイの鳴き声がし、期待もせずに見たのですが、一瞬、黄色をのぞかせてキセキレイ2羽が遡っていきました。
最上流の橋から 下ってくると、バン1羽、既に額板が赤くなりました。少し下った栃木陶器瓦の近くの1羽はまだ変わっていません。あるいは幼鳥でしょうか。
 カイツブリも1羽、キジの声がどこかで聞こえ、一瞬、チイーと鳴き声がしてカワセミが下っていきました。
 少し下った川岸の草むらが一瞬動き、ホオジロ大、でもホオジロとは違う少し薄目の色の鳥がいました。確かめようとした瞬間隠れてしまいましたが、ここ何回か、オオジュリンらしい声のみ聞いたことがあるので、今季最初で最後のオオジュリンではないかと思います。確か昨年もそんな出会いであったような気がします。
 その後アオジも1羽、顔を見せました。この場所は、昨年度まではもっと草むらが繁っていて、数年前はオオジュリン5,6羽の群れも見えたところです。やはり、他と比べればよい環境なのかもしれません。
 モズが電線でセグロセキレイそっくりの鳴きまねをしていました。いつもは可愛らしいが名前のわからない声でしたが、今日は少しの間、確かにセキレイでした。
 モズは、大岩橋上の河川敷林では、餌を食べさせている2羽を見かけました。もらっている方が少し小さく色も薄めだったことしか、確認できませんでした。バードリサーチにお尋ねすると、与えていた方が♂ならば、求愛行動、♀ならば時期的に少し早いけれどヒナへの給餌とのことでした。いつも肝心なところの確認が出来ず残念です。
 大岩橋の北側の河川敷林でシメが枝で鳴いていました。。近くにも2羽いたようです、少し色合いが違うので、確かに違う個体だと思います。♂♀の違いだったのかもしれません。今後見る機会があったら、気をつけたいと思います。課題が一つできました。
 ここではウグイスが地鳴きしていました。その後永野川を下って、第五小付近では今季初の囀りを聞きました。
大岩橋の山林の林縁でシジュウカラ、コゲラの声のみ聞きました。
 調整池ではヒドリガモは減って13羽のみ、今日は他の所にも見えませんでした。ホテイアオイが腐ってきたない池の、少し見えて来た水面にカルガモ、アオサギが1羽ずつ、何か哀れです。鳥はやはり水を求めているのでしょう。
 上人橋から永野川を下っていくと、イソシギが2羽、遡って来て1羽が中洲に、1羽はそのまま消えました。
 コガモが7羽、二杉橋少し上には17羽、あとは2羽、3羽ずつでした。渡りを前にカップルも増えているのかもしれません。今日はカルガモよりも多く全部で44羽でした。カワウが飛び、ダイサギがいて、ここも鳥たちの多いところです。
 広葉樹が芽吹き始め、ミズキの黄色も目立ちます。咲き終わりの梅が強く香り、河津桜はもう散ってしまいました。カワラヒワの群れはいなくなりました。一週間しかたっていないのに、生物の季節の変化は早いですね。
河川工事が始まっていますが、何かゆっくりしているように見えます。早く終了させて、鳥の自由に飛べる場所になってほしいと思います。
 
鳥リスト
キジ、カルガモ、ヒドリガモ、コガモ、カイツブリ、カワウ、アオサギ、ダイサギ、バン、、イソシギ、トビ、カワセミ、コゲラ、モズ、ハシボソカラス、ハシブトカラス、シジュウカラ、ヒバリ、ヒヨドリ、ツグミ、スズメ、セグロセキレイ、キセキレイ、カワラヒワ、シメ、ホオジロ、オオジュリン、アオジ
 

 







永野川2016年3月上旬
10日

  体調や天候の悪さが重なって、上旬ぎりぎりになってしまいました。
気温がまたグーンと下がってしまいましたが、風もなかったので、結構たくさんの鳥たちに出会いました。
 二杉橋から入ると、排水口で、この場所で珍しくヒドリガモが4羽採餌中、下でカイツブリが1羽、潜水を繰り返していました。
 少し登った中州付近で、カワウ2羽、アオサギ1羽、コガモ2羽、カルガモ4羽、セグロセキレイ2羽、豊富な鳥種の集まりでした。すぐ上流で、岸の補修工事が始まっているですが、ここは安全なことを確認しているのでしょうか。岸辺の草むらで、キジが頭だけ覗かせていました。
 高橋付近の両岸の草むらで、ウグイスが鳴いていました。まだ地鳴きです。市街地のうずま公園では昨日囀りが聞こえたのですが。
 上人橋付近で、今季初ホオジロの囀りが聞こえました。まだたどたどしく比較的小さな声でした。土手の草むらで、アオジ4羽、声と姿を確認できました。アオジのこれだけの数を見られるのは
嬉しいことです。声の主の分からない声にもおそらくアオジが混じっているのでしょう。そのほか、赤津川岸、大岩橋の岸、河川敷でも1羽ずつ、計7羽となりました。
 サクラ保育園のサクラの木にシメ1羽、独特の声をどうやら聞き分けられるようになりました。そのほか、新井町で1羽、公園内で4羽、今日はたくさん会えました。
 合流点の河川敷で、イカルチドリの鳴き声がしました。
 赤津川、新井町の田、以前と同じ場所で、ここ2,3回聞こえなかったヒバリの囀りが両岸で聞こえました。気温とは関係ないのでしょうか。
 栃木陶器瓦の少し上の東岸の田に、カワラヒワ50羽+が降りていました。遠かったのですが、ちらっと見える羽の黄色がきれいです。
 そのほかほぼ同じ時間に対岸で29羽、15分後公園で40羽と61羽、30分後に工業高校のポプラに57羽確認できました。61羽と57羽は、場所も近く、同じ群れかどうかが気にかかりますが、その他の少数の群れを含めて全部で247羽となりました。
 バードリサーチのお話では、冬鳥の亜種オオカワラヒワが北に帰る前兆かもしれないということでした。カワラヒワとの区別は私にはできませんが、大きな移動の時期に出会えて幸せでした。
 陶器瓦の上下でバンが1羽ずつ、まだ額板は変化していませんが、成鳥に近づいている気がします。イソシギが下っていきました。
 川岸でカシラダカ1羽、その後、滝沢ハムの草むらでカシラダカ3羽、今日はここが最高でした。大岩橋上の山林の林縁で、シジュウカラ1羽、エナガ2羽、シジュウカラはその後公園でも2羽
確認できました。
 公園の調整池のヒドリガモ44羽、二杉橋とあわせて48羽となりました。
 上人橋から永野川西岸を下って行く途中、オナガの11羽の群れに会いました。ここでは珍しいことです。
 二杉橋付近に来てコガモ16羽確認できました。
 ホオジロの今季初の囀りのほか、セグロセキレイ、ヒバリも囀り、川津桜も6分咲きとなりました。曇り空で、期待していなかったのですが、鳥種も数も多く充実した鳥見となりました。
 
鳥リスト

キジ、カルガモ、ヒドリガモ、コガモ、カイツブリ、カワウ、アオサギ、ダイサギ、バン、イカルチドリ、イソシギ、トビ、モズ、ハシボソカラス、ハシブトカラス、オナガ、シジュウカラ、ヒバリ、ヒヨドリ、エナガ、ムクドリ、ツグミ、スズメ、セグロセキレイ、ハクセキレイ、カワラヒワ、シメ、ホオジロ、アオジ、カシラダカ

 
 







「四一九 奏鳴的説明」 一九二五、二、一五、―光と風のソナタ―
 
雲もぎらぎらにちぢれ
木が還照のなかから生えたつとき
翻へったり砕けたり或は全い空明を示したり
吹雪はかがやく流沙のごとくに
地平はるかに移り行きます
それはあやしい火にさへなって
ひとびとの視官を眩惑いたします
或は燃えあがるボヘミヤの玻璃
すさまじき光と風との奏鳴者
そも氷片にまた趨光の性あるか
はた天球の極を索むる泳動か
そらのフラスコ、
四万アールの散乱質は
旋る日脚に従って
地平はるかに遷り行きます
その風の脚
まばゆくまぶしい光のなかを
スキップといふかたちをなして
一の黒影こなたへ来れば
いまや日は乱雲に落ち
そのヘりは烈しい鏡を示します
                (「春と修羅第二集」)
 
  冷たい吹雪の風景ですが、ここには光があふれています。
 定稿では削られますが、下書稿(一)、「盛岡中学校校友会雑誌」第41号(1927年編集)発表形では、詩の冒頭は、
 
  これは吹雪が映したる
  硼砂の嵐Rap Nor(湖)の幻燈でございます
  まばゆい流沙の蜃気楼でございます。
この地方では吹雪はこんなに甘くあたたかくて
恋人のやうにみんなの胸を切なくします

 
があり、吹雪のなかに、Rap Nor(湖)や流沙への賢治の憧れが反映され、吹雪への感情が肯定的になっているのが感じられます。
 流沙は、中国、西北地区、タクラマカン砂漠の辺りです。崑崙山脈北麓を通ってパミールを越えて行くシルクロードの要衝の地でした。
 〈Rap Nor(湖)〉と賢治が記したものは、中央アジア、タリム盆地のタクラマカン砂漠北東部に存在したロプノール湖で、タリム川の流入によってできた湖が、強い日差しによって、蒸発するか、地中に浸透するかして、塩分が蓄積して塩湖となりました。堆積や浸食によって、タリム川の流路が大きく変動し、湖の位置が南北に移動するので「さまよえる湖」と言われてきて、1921年に復活しました。 
 ここを含む「西域」は一般には中国本土から西方諸国をさし、現在では一般には中国新疆ウイグル自治区域を指しますが、政治的、思想的、または時代によっても変わります。賢治の解釈は、はっきりしませんが、仏教発祥の地、及び仏教伝来の道を広く西域と捉えていたと思われます。
 この地方への関心が強かったことは、西域を感じさせる場所が、「雁の童子」、「インドラの網」、〔学者アラムハラドの見た着物〕」など多数の童話の背景となり、多くの童話や詩で西域に関する用語が見られることでもわかります。
 賢治の西域に関する情報源で、唯一書名が明らかなものは、S.ヘディン『トランス・ヒマラヤ』(全3巻)で、「装景手記手帳」に、〈trans Himalayaの高原の住民たち〉、〈Hedinも空想して〉の語句が見えます。ヘディンの1906年〜1908年、第三回目のチベット探検の記録で、スウェーデン語版から、英訳とドイツ語訳が出版され、賢治がどちらかに触れていた可能性があります。
 また、西本願寺大谷光瑞を中心とした西域調査隊により、1902年から1914年の間に3回西域の探検が行われました。この情報は新聞、雑誌にも紹介され、旅行記なども出て、賢治が触れていた可能性はあります。
 1915年、この成果として690余種を収めた図録『西域考古図譜』が大日本国學社から発行されました。賢治の西域に関する表現が視覚的なのは、この図版にも触れていた可能性を示します。
 また賢治が15才の時から何度か仏教講話を受けた島地大等が、その1902年の第一次探検隊に参加していて、その関わりのなかで情報を得ていたことも考えられます。
 もうひとつ、1901年〜1906年、O.スタインも西域に入り、ロプノール地方の首都で、ミーランの廃墟の壁画を発見し、『カセイ砂漠の廃墟』(ロンドン 1912)を表しました。「雁の童子」を始め賢治の童話に多出する壁画や、登場者たちは、この書の図版からの発想とも見られます。ただ、いずれも具体的な繋がりは解明できていません。                                
 
 この詩と同一日付の詩が3篇あります。短いので、以下に記します。
 
   四一〇 車中  一九二五、二、一五
ばしゃばしゃした狸の毛を耳にはめ
黒いしゃっぽもきちんとかぶり
まなこにうつろの影をうかべ
   ……肥った妻と雪の鳥……
凛として
ここらの水底の窓ぎわに腰かけてゐる
ひとりの鉄道工夫である
   ……風が水より稠密で
     水と氷は互に遷る
     稲沼原の二月ころ……
なめらかででこぼこの窓硝子は
しろく澱んだ雪ぞらと
ひょろ長い松とをうつす
 
  四一一 未来圏からの影 一九二五、二、一五、
吹雪はひどいし
けふもすさまじい落磐
  ……どうしてあんなにひっきりなし
    凍った汽笛を鳴らすのか……
影や恐ろしいけむりのなかから
蒼ざめてひとがよろよろあらはれる
それは氷の未来圏からなげられた
戦慄すべきおれの影だ
  
四一五 〔暮れちかい 吹雪の底の店さきに〕一九二五、二、一五、
暮れちかい
吹雪の底の店さきに
萌黄いろしたきれいな頸を
すなほに伸ばして吊り下げられる
小さないちはの家鴨の子
   ……屠者はおもむろに呪し
     鮫の黒肉はわびしく凍る……
風の擦過の向ふでは
にせ巡礼の鈴の音
  
 「四一〇 車中」 では、車窓の淡々とした風景の中の日常を、「四一一 未来圏からの影 」では、落盤の続く路線の電車で自身の未来の不安の幻影を、四一五 〔暮れちかい 吹雪の底の店さきに〕では、吹雪に埋もれる食料品店のつるされる家鴨の子、凍った鮫肉、のわびしさや、〈にせ巡礼〉への腹だたしさ、憐みと、3篇とも、風のなかに沈み込むように暗く、どうしようもない風景と日常を描いています。
 
 なぜ、この作品は、冷たくつらい吹雪をこのように明るく表現できたか、それは日差しが回復したせいでしょうか。気象条件の変化が賢治にとってどんなに重要だったかが感じられます。
 
吹雪はかがやく流沙のごとくに

 流沙は水に流れる砂を意味しますが、その比喩には、西域、流沙へのあこがれも含まれています。そこに太陽光が注がれることによって、
 
それはあやしい火にさへなって
ひとびとの視官を眩惑いたします
或は燃えあがるボヘミヤの玻璃
 
と、また違った表情となります。
 
そも氷片にまた趨光の性あるか
はた天球の極を索むる泳動か
そらのフラスコ、
四万アールの散乱質は
旋る日脚に従って
地平はるかに遷り行きます
 
 吹雪は風にのって、あらゆる方向に広く高く輝き動きます。〈ぎらぎらの雲〉、〈流沙〉、〈ボヘミヤの玻璃〉、〈フラスコ〉、〈四万アールの散乱質〉……。そこには何とたくさんの輝きや形を表す言葉が刻まれていることでしょう。
 趨光性は、生物が光の刺激に反応して移動することですが、あたかもそう思えるほどに、氷片―吹雪―は、自在に光のなかを駆け巡っているのです。
 〈地平はるかに遷り行〉くのは、〈風の脚〉です。〈風の脚〉は、1223年ころ成立の『海道記』(作者未詳)にすでに見える言葉で、風が地上の草木を靡かせて吹き過ぎることを、人の脚に喩えた視覚的表現です。さらに〈スキップ〉という人の動きを表す言葉を重ね、その軽やかさを捉えています。その動きは雲を動かし、太陽は隠れて淵のみが怪しく輝きます。これも賢治の好きな光景です。

 ここに音は一切描かれません。〈奏鳴〉するものは光と輝きと風、生まれたのは躍動する風景でした。
 光―それは、輝きを生み、ボヘミアガラスの色彩や、西域という地理的な遠さ、広さ、シルクロードの時代という時間的な遠さにまで想像を飛ばします。
 風は、そこに流れを生み、大地の果て、そして宇宙まで続く世界を感じさせます。
 それは私が述べるまでもなく、詩の言葉そのままに、〈すさまじき光と風との奏鳴者〉なのです。賢治のモチーフ―光と風―を、この詩ほど強く感じたことはありません。
 加えて、風景に究極の理想だった仏教に繋がる西域を感じた賢治の感動が、この光と風の表現を可能にしたのではないでしょうか。
 
参考文献
金子民雄『宮沢賢治と西域思想』(中公文庫 1994 初出 白水社 1988)

 







永野川2016年2月下旬
 
27日
 日差しは強くなってきましたが、ここ2、3日、底冷えのする日が続きます。
 二杉橋の西岸から遡りました。反対側から見るとかなり印象が違い、寒さのせいもあって鳥影が少なく、ツグミ、セグロセキレイが、ちらほらする程度です。
 少し登った河川敷でイカルチドリが2羽、岸の低木でジョウビタキ1羽の姿をとらえました。
 公園のサクラ並木で、小鳥の声が聞こえ、鳥種が分からず探しているとモズでした。しばらくするといつものモズの声に変わりました。
 調整池のヒドリガモ26羽、旅立ちまでここにいるのでしょうか。
 公園のなかの川岸で、一瞬、セキレイに混じって茶色系の鳥が見えました。大きさ、声はセキレイとよく似ていました。茶色の印象が強く恐らくタヒバリではないかと思いますが、声をはっきり確認できませんでした。ここのサクラの枝を渡るビンズイを見たことがあり、またバードリサーチのお話では河川敷にも確認しているとのことで、この環境だと両方ともいる、ということでしょうか。もう一度見ることができたら、声、色の確認をしたいと思います。
 倒れかかっていたヤナギの大木は芽吹き始めました。このままそっとしておいてくれたら、木の下は水鳥たちの隠れ場となり、枝にはカワセミの採餌場となるでしょう。今日もヤナギの近くにカイツブリが一羽、少し小さめですが夏羽になっていました。
 ワンドのヤナギの低木は根こそぎ倒れていました。あるいは手を加えて抜き倒したのかもしれません。砂利に覆われて草むらの復活は望めないかもしれません。
 河川敷にハクセキレイ2羽、ハリエンジュのてっぺんにホオジロ一羽確認できました。
 大岩橋上の河川敷林に、エナガ5羽、シジュウカラ3羽、にぎやかに飛びかい、人間から見ると楽しそうです。
 大岩橋から上流を見るとキセキレイが一羽、ここでの確認は初めてなので、嬉しいことでした。同じ場所から見た河川敷林に、嘴を花粉で黄色くしたヒヨドリ一羽、別の鳥かと思うほど鮮やかでした。
 大岩橋上の北側の岸の林にシメが一羽。少し軋る様に鳴いて飛びさりました。
 ブッシュにウグイスの声がして覗くと光がよく入っていて、姿を見ることができました。
 滝沢ハムのクヌギ林でコゲラ1羽、シジュウカラ3羽、調整池にダイサギ1羽。
 赤津川、新井町に入ったあたりで、バンが1羽、コガモ2羽。
東側の田に、ケリ5羽、鳴き声も無く動きも少なかったのですが、順光だったので確認できました。
 休耕田の草むら近くで、またカワラヒワの20羽+、30羽+の群れ、飛び立ちを繰り返し、壮観でした。
 上人橋東岸の川岸の草むらに、カシラダカ2羽、それから過眼線が黄色を帯びた、カシラダカとは違うものが1羽、ミヤマホオジロ♀かもしれないのですが、はっきり確認できず、悔しい思いをしました。
 上人橋から、東岸を下って来ると高橋付近でコガモ7羽、第五小近くで16羽。今季これで最高なのでしょうか。カルガモもめっきり減りました。
 川津桜も莟の形をして来て一輪ほど開き、菜の花やニホンタンポポが咲きはじめました。冷たい風のなか、季節は移ってゆきます。
 咋年の台風の被害の復旧工事がいよいよ始まるようです。しばらくは鳥が減るかもしれません。自然を含めた復旧であってほしいと思います。
 
鳥リスト
カルガモ、ヒドリガモ、コガモ、カイツブリ、ダイサギ、バン、ケリ、イカルチドリ、コゲラ、モズ、ハシボソカラス、ハシブトカラス、シジュウカラ、ヒヨドリ、エナガ、ツグミ、ジョウビタキ、スズメ、セグロセキレイ、ハクセキレイ、タヒバリ、カワラヒワ、シメ、ホオジロ、アオジ、カシラダカ