宮澤賢治、風の世界

宮澤賢治の作品を彩る言葉と風を追って宮澤賢治の世界を訪ねよう。 賢治は風という言葉に何を託したか。風を描くためにどんな言葉を選んだか。 賢治は何を求めて風の中に身を置いたのだろう。 そこに少しでも近づきたくてページを埋めていく。
 
永野川2018年7月中旬

17日

:30出発、先日より、幾分過ごしやすい朝です。

大岩橋付近の山林から、ワシタカだと思われる聞き慣れないピョーと言う感じの声を聞きました。ヒヨドリよりも規則的で、声の大きさはヒヨドリほどと思われ、大きさも多分同じくらいなのかと思います。語尾がピョピョピョピョと変化する感じでした。

帰って鳴き声図鑑を聞き、他の図鑑で文字で書いた鳴き声を見て、ツミと確信できました。今年、庭で確認したとき大きさもヒヨドリくらいでした。鳴いている姿が見えればいいのですが、山林への入り口もよく分りません。バードリサーチのお話では、今雛の巣立ちの時期で鳴き声も盛んに聞こえるとのことでした。どちらかというと親鳥の苦労を思ってしまいます。

二杉橋では、昨夜の雨で少し水かさが増して、カルガモが12羽泳いでいました。カルガモは多く、公園の中の11羽の親子をはじめ、もう親子の大きさがほとんど同じくらいになった10羽前後の群れが赤津川の田、その他で見られ計53羽になりました。

ウグイスほとんどが囀りで、8カ所で聞こえました。

ツバメは、帰り際の7時過ぎに増えだして、赤津川で10羽の群れ、イワツバメも3羽混じっていて、計24羽になりました。

睦橋近く、水中で羽を干すカワウが1羽見られましたが、1、2分で泳ぎ出しました。以前見たものは、川を往復してくる間1時間ほどそのままのものもいました。

池のカイツブリは巣立ちしてどこかに移動したようで全く見えませんでした。赤津川で別の1羽がいましたが、岸の茂みの中に1羽潜んでいるようで、あるいは、繁殖を始めるかも知れません。

全体に川の中州に草がたくさん茂ってきました。何か鳥に会えそうな気がしますが、よく見えないと言う部分もあります。

先週のハグロトンボに続いて、今季初めて、アキアカネのオレンジ色タイプか、と思うものがみえました。地域としてはもっと赤いものが見えるのかも知れないのですが、あまり知識が無くはっきりしません。

もう少し頑張って暑さを乗り切り、秋を待ちたい気分です。でも夏の鳥にももっと会っておきたいですね。

 

鳥リスト

キジ、カルガモ、カイツブリ、キジバト、カワウ、ダイサギ、アオサギ、ツミ、モズ、ハシボソカラス、ハシブトカラス、ツバメ、イワツバメ,ヒヨドリ、ウグイス、ムクドリ、スズメ、セグロセキレイ、ハクセキレイ、ホオジロ 

 








永野川2018年7月上旬

10日

5:30ころ家を出ましたが既に蒸し暑くなっていました。

今日はカルガモ情報です。

公園の川で、ヒナ9羽を連れたペアに会いました。もう体長は親の4分の3ほどになっていましたが、綺麗に隊列を組んで進んでいきます。永野川でもあまり大きさの違わない5羽の群れ、赤津川でもヒナ3羽つれたペア、2羽連れたペアなど、今年はみな順調に育っているようでうれしいことです。総数33羽になりました。

カイツブリは、池では繁殖声が聞こえましたが、姿は見えませんでした。池の浮き草が取り払われ、もしまた繁殖するようであれば、見やすくなるかも知れません。赤津川の合流点の少し上でも単独の個体を見つけました。

二杉橋の電線にキジバトが3羽、ここではちょっと珍しい光景です。

ツバメ、多分ヒナと思われるものが5羽、第五小近くの電線に留まっていました。そろそろヒナが巣立ち始めたのでしょうか。

二杉橋付近のウグイスがいつもと違って、警戒声を繰り返しているもの目立ちました。もうそろそろ繁殖を終えているのでしょうか。

しばらく見えなかったセグロセキレイが二杉橋から上人橋までに4羽、赤津川で3羽、公園でも1羽、ハクセキレイも2羽、と増えてきました。雨があまりひどくなく水位も上がっていないためかもしれません。

赤津川の田ではほとんど田植えが終わりましたが、ヒバリは相変わらず鳴き続け、水耕の終わった田に、イカルチドリが3羽、セグロセキレイと共に、餌を採っていました。

ホオジロはあちこちで囀って、声だけのものも含めて8羽になりました。

上人橋付近で、久々にカワウ1羽水中にいました。

ダイサギが1羽、公園の川にいて、嘴を確かめようと近づく度に少しずつ逃げられ、果たせませんでしたが、顔の感じとしてダイサギと思います。

大岩橋付近で、ハシボソカラスが2、3羽ずつ群れていました。滝沢ハム付近では巣立った幼鳥と見られるものが4羽、この辺はハシボソカラスの生息域のようです。

赤津川ではアマガエル以外の蛙の声が聞こえました。少しネットで聞いてみるとトノサマガエル、トウキョウダルマガエルに似ていました。

公園ではアブラゼミに加えてミンミンゼミが鳴いていたのには驚きました。今年はニイニイゼミも聞かずに過ぎたようです。

ヤブカンゾウは半ばを過ぎましたが、公園の土手の法面にたくさん咲いていました。

葛の蔓も目立ってきました。クズは有害とも言えますが、在来種であり、花も美しく蔓も利用できます。ヨシも綺麗に伸びてきました。

 

鳥リスト

キジ、カルガモ、カイツブリ、キジバト、カワウ、ダイサギ、アオサギ、イカルチドリ、モズ、ハシボソカラス、ハシブトカラス、ヒバリ、ツバメ、ヒヨドリ、ウグイス、ムクドリ、スズメ、セグロセキレイ、ハクセキレイ、カワラヒワ、ホオジロ 








短歌に吹く風―文学の始め―(五) 輝く風、雨空の風――ドイツトウヒとサクラ――
  「大正六年四月」の括りは、短歌数も多く、自然詠で風とともに光を詠みこんだものになっています。風を詠う短歌はここでも樹木を詠みこんでいます。
 
一、ドイツトウヒ
 
461わがうるはしき/ドイツたうひよ(かゞやきのそらに鳴る風/なれにもきたれ)
461a462わがうるはしき/ドイツたうひは/とり行きて/ケンタウル祭の聖木とせん
 
 〈ドイツたうひ〉は、マツ科トウヒ属針葉樹オウシュウトウヒの別名ドイツトウヒです。ヨーロッパ原産の針葉樹で、日本には明治時代の中頃移入されました。50メートルにも達する高木で、円錐形の樹形が美しく公園や庭園に植えられ、クリスマスツリーにも使われます。
 高等農林学校創設当時から、本館周辺は、外国産のトウヒ類やモミ類を主体にした常緑針葉樹に包まれた景観を目指していました。賢治は在学中、その発達していく円錐形を見ていたと思われます。
 〈わがうるはしき〉という形容は、修辞としては平板で大仰なのかも知れませんが、賢治の樹木への想いを強く感じます。その大仰さを受け入れるのが〈(かゞやきのそらに鳴る風/なれにもきたれ)〉という語句で、大切なものに、自分の感じる最も素晴らしい〈風〉を送りたいと言う気持ちが溢れています。
 さらに〈ケンタウル祭の聖木とせん〉とその想いは膨らんでいきます。
 
 「ケンタウル祭」といえば思い浮かぶのは、1924(大正13)年成立の「銀河鉄道の夜」初期形第一次稿から最終形までに登場する、カンパネルラとジョバンニが銀河の旅の途中で見た風景です。
 
「ケンタウル露をふらせ。」いきなりいままで睡ってゐたジョバンニのとなりの男の子が向ふの窓を見ながら叫んでゐました。
あゝそこにはクリスマストリイのやうにまっ青な唐檜(たうひ)かもみの木がたってその中にはたくさんのたくさんの豆電燈がまるで千の螢(ほたる)で も集ったやうについてゐました。 「あゝ、さうだ、今夜ケンタウル祭だねえ。」 「あゝ、こゝはケンタウルの村だよ。」カムパネルラがすぐ云ひました。
 
また、初期形第三次稿から書き加えられる地上での場面で、子どもたちが繰り広げる七夕を思わせる行事〈ケンタウル祭〉の描写には
 
「ケンタウルス、露をふらせ」と叫んで走ったり、青いマグネシヤの花火を燃したりして、楽しさうに……
 
が登場します。ここでのみ〈ケンタウルス〉の語が使われます。〈ケンタウル祭〉はケンタウルス座の祭で、星座の人物、ケンタウルスが露を降らせると言う設定を感じます。
 
 この語の初出は、この大正六年の短歌です。賢治がこの「祭」を創造したのは何故だったのでしょう。「「銀河鉄道の夜」を発想した時期に書いたものか」(注1)という説もあり、発想の時期を特定できれば、それは納得できる理由となります。
 〈ケンタウル〉は上半身が人間で下半身が馬という、ギリシャ神話に登場するケンタウルス族の姿を表した星座から取っていると思われます。宇宙情報センターHPによれば、この星座を日本で観測できるのは、5月〜8月の約4ヵ月間で、見頃は春、6月上旬に20時に正中するとのことです。
 花巻では、8時頃に南あるいは南西、銀河が地平線で南に流れる北上川と交差する所に、上半身の部分だけが現れ、賢治がその頃の祭の名前として選んだのではないかと言われます。(注2)
 また仏教の教えでは、仏教が流布する以前の古代インド鬼神、戦闘神、音楽神、動物神などが、釈尊に教化された、八種の天部、天,竜,夜叉乾闥婆 (けんだつば) ,阿修羅迦楼羅 (かるら) ,緊那羅 (きんなら) ,摩ご羅伽 (まごらか) があり、ケンタウルスと同じ半人半獣の「緊那羅」「緊那羅(きん なら)」(梵名:kimunara)、乾闥婆(けんだつ ば)」(梵名:ガンダルヴァgandharva、迦楼羅 (かるら) garudaも存在します。また、「ケンタウルス座」が位置する方位には,仏教の護法善神である「閻魔天」や「羅刹天」 がいて,それぞれ「聖」なる水牛や獅子に乗り,そ の姿はキメラの怪人に似ているとする説もあります。(注2)。
 天体と仏教の世界と両方に知識のあった賢治が、〈聖なる〉存在として意識して、自らの「祭」としたのでしょうか。賢治が誰かと「ケンタウルス祭」を祝ったという事実が見つかれば面白いのですが、管見した限りではありませんでした。
 一方、ギリシャ神話では、星座の馬人の名はフォーローといい、仲間がヘラクレスの放った毒矢に射られた時、それを助けようとして誤ってその矢で自分を刺し命を落としました。大神ゼウスはフォーローを悼んで星座としたのがケンタウルス座だといいます。この話を賢治が知っていたら、大正6年の段階でも感激したかも知れませんし、人のために命を落とす、という、「銀河鉄道の夜」の発想に関係するかも知れません。
 星座には関係なくギリシャ神話の半人半馬の怪物ケンタウロスのドイツ語読みケンタウルスを、祭の名に用いたものであるとする説もあります。盛岡高等農林学校で馬の飼育管理とドイツ語を学び、また馬産県岩手に育って馬への関心の強かった賢治が、馬を祝福することで春の農耕の始まりに豊饒を祈るドイツにもある風習を学び、さらに人間の上半身と馬体の下半身をもつケンタウルを、理性と本能的欲望との葛藤に悩む自分になぞらえ、若い男性としての高揚感をケンタウル祭と表したとします(注2) 。ただ、筆者の私感ですが、賢治が理性と本能的欲望との葛藤を感じたとすれば、もっと否定的な感情となると思われ、この歌にあるような高揚感に至ったかと言うとそれは疑問です。
 賢治がキメラ――ギリシャ神話に登場する頭がライオン、胴体が山羊、尾が蛇、という神――転じて複数の遺伝情報を持つ細胞からなる個体、さらに二つの性状を具有する個体―に関心があった事は、その後の詩などにも明らかです。「犬」(『春と修羅』)、〔はつれて軋る手袋と〕(「春と修羅第二集」)では、含まれる二つのものの葛藤を描いていますが、この短歌で感じるのは、爽やかな感情で、もっと外面的な明るさ、輝き、そして、ある種の「聖性」です。その意味では、「銀河鉄道の夜」の場面と、昼と夜の違いだけであまり変わらない気がします。
 〈聖木〉は、既にあったクリスマスツリーの概念と同じものだと思います。モミやトウヒなどがクリスマスと関係してくるのは、カソリック教会がゲルマン人にキリスト教を布教するために,樫などの樹木を崇拝するゲルマンの土着信仰を利用して、キリスト教の「祭」の中に「唐檜」や「もみ」を「クリスマスツリー」として取り入れたことによるといいます(注2)。
 この短歌で一番賢治が言いたかったのは、実際に目にした、風の中に堂々と揺れる緑のドイツトウヒへの感動で、それを表そうとした言葉が〈聖木〉だったのではないでしょうか。それを心の中で作り上げていた「ケンタウル祭」のための樹木としたのだと思います。
 
二、サクラ
 
472花さける/さくらのえだの雨ぞらに/ゆらぐはもとしまれにあらねど。
473さくらばな/日詰の駅のさくらばな/風に高鳴り/こゝろみだれぬ。   
473a474焼杭の柵にならびて/あまぞらを/風に高鳴る/さくらばななり
473b474あまぞらの風に/高鳴るさくらばな/ならびて黒き/焼杭の棚
473c474あまぞらの風に高鳴り/さくらばな/あやしくひとの/胸をどよもす  
474さくらばな/あやしからずやたゞにその/枝風になりてかくもみだるは
  
 日詰駅は、紫波郡志波町北日詰字八反田、東北本線、石鳥谷駅と紫波中央駅との間にあり、1890年開業、1908年国有化、2004年盛岡駅管理の業務委託駅となっています。
 史料はありませんが賢治の片恋の相手とされる女性―賢治が中学卒業時入院していた岩手病院の看護婦―の出身地が日詰でした。その説に基づいて2010年、駅前に「さくらばな/日詰の駅のさくらばな/風に高鳴り/こゝろみだれぬ。」の歌碑が建立されました。
 日詰駅舎は1975年ころまで開業当時のものだったそうです。現在の駅前には桜はありませんが、歌碑の建立時の岩手日報の記事によると、駅前在住の方のお話として、60年くらい前には、ホーム沿いにきれいな桜並木があったとのことです。
 
賢治の短歌に、その恋が現れるのは、「大正三年四月」の括りの三首です。
 
92 まことかの鸚鵡のごとく息かすかに/看護婦たちはねむりけるかな
112 すこやかに/うるはしきひとよ/病みはてゝ/わが目 黄いろに狐ならずや
175 君がかた/見んとて立ちぬこの高地/雲のたちまひ(まま) 雨とならしを
 
 175の背景は、花巻市の胡四王神社の高みから、日詰方面を展望したものと思われます。さらに晩年制作の文語詩「丘」(文語詩未定稿)には
 
森の上のこの神楽殿
いそがしくのぼりて立てば
かくこうはめぐりてどよみ
松の風頬を吹くなり
 
野をはるに北をのぞめば
紫波の城の二本の杉
かゞやきて黄ばめるものは
そが上に麦熟すらし
 
さらにまた夏雲の下、
青々と山なみははせ、
従ひて野は澱めども
かのまちはつひに見えざり
 
うらゝかに野を過ぎり行く
かの雲の影ともなりて
きみがべにありなんものを
 
さもわれののがれてあれば
うすくらき古着の店に
ひとり居て祖父や怒らん
いざ走せてこととふべきに
 
うちどよみまた鳥啼けば
いよいよに君ぞ恋しき
野はさらに雲の影して
松の風日に鳴るものを 
 
とあり、大正三年の短歌と同様の想いが明確に表現されています。
 
 その女性の縁の駅ということで試みに日詰駅を降りてみた、と仮定しても、駅ではサクラが咲き風に乱されていました。〈ゆらぐはもとしまれにあらねど〉には、それに当惑する賢治の姿が感じられます。大正三年の短歌のようなひたむきさは感じられません。風はサクラの風景をさらに複雑にするものでした。 
 その後、賢治が描くサクラから感じられるのは、七八〔向ふも春のお勤めなので〕(「春と修羅第二集」)の〈蛙の卵のやうだ〉という感情と、〔或る農学生の日誌〕に見られるような、月並みなサクラ賛歌への反発でした。また「土神ときつね」の〈樺の木〉は東北ではサクラを意味します。賢治にとってサクラは性を意識させられる存在でもありました。また桜色、石竹色も性のシンボルとして使われました(注4)。
 この短歌群と関連が感じられる、「風桜」(文語詩稿五十篇)にも、風雨に揺らぐサクラの風景の中に、様々な性を意識した言葉が組み込まれています。
 
風にとぎるゝ雨脚や、     みだらにかける雲のにぶ。
 
まくろき枝もうねりつゝ、   さくらの花のすさまじき。
 
あたふた黄ばみ雨を縫ふ、   もずのかしらのまどけきを。
 
いよよにどよみなみだちて、  ひかり青らむ花の梢。
 
 賢治を誘惑する存在となった雨雲(注5)、〈すさまじき〉と表現されるサクラ、繁殖行動を感じさせる鳥の動き、短歌では漠然としていた思いを集約し、一つの時代を詠った文語詩となったのだと思います。
 
 三年経てば、片恋の想いは心の中で膨らみ、また変形していて、もはや雨空に鳴るサクラのように〈あやしく〉、〈胸をどよもす〉という漠としたものになってしまったのかも知れません。あるいは、この女性とは全く関わりのない感情で詠まれたものかも知れません。
 ここで〈焼杭〉と取り合わせた歌が二首あります。腐食防止に木材を焼いたものと思います。駅周辺に線路侵入を防ぐために杭が並んで打たれ、サクラが植えられている風景は、よく目にするところです。
 何故、焼杭の印象が強かったのでしょうか。あるいは、その黒さが花の色の中に突出して感じられたのかも知れません。「風桜」にも、〈まくろき枝もうねりつゝ、さくらの花のすさまじき。〉と、風景の中の「黒」が印象的です。サクラを動かしている「何か」なのか、あるいはサクラを支えている黒なのか、いずれにしても賢治の心の中の揺れるサクラに拮抗している色と存在なのかも知れません。また考えてみたいと思います。
 

1「読書会リポート」(『賢治研究129』 宮沢賢治研究会 2016、7)
2石井竹夫「宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』に登場する聖なる植物(中編)」
(『帝京平成大学薬学部人植関係学誌 資料・報告』 2014)
3米地文夫「宮沢賢治が創った「ケンタウル祭」の由来と意義ー短歌や「銀河  
     鉄道の夜」とドイツ語・ドイツ文化との関わりをめぐって」(岩手  
     県立大学総合政策学会編『総合政策 』2009、12 )
4大塚常樹「桃色の花の記号論」(『宮沢賢治 心象の記号論』 朝文社  
     1999)
5「一〇七二県技師の雲に対するステートメント」(「春と修羅第三集」)、〔その恐ろしい黒雲が〕(「疾中」)など

参考文献
 信時哲郎「36風桜」(『宮沢賢治「文語詩稿五十篇」評釈』 朝文社   
     2010)
 小林俊子「風桜」(宮沢賢治研究会編『宮沢賢治 文語詩の森 第三集』 柏 
     プラーノ 2002)
             
 







永野川2018年6月下旬

 大変よく晴れて、6:00でもすでに涼しくはありませんでした。

まずカイツブリ情報です。浮巣は全くなくなっていて、隣の池に、親鳥のペアとヒナ2羽が泳いでいるのが見つかりました。一週間の間にヒナが2羽減ってしまったのです。巣の跡が全くないのも不思議でしたが、「バードリサーチ」さん、「宇都宮で野鳥を楽しもう」さんにお尋ねすると、巣立ちすると、巣の補修もしなくなるので、自然に流れて消滅するとのことでした。思えば巣にいるとき、親鳥がしきりに水草を咥えてきていたのも、補修のためだったのですね。教えていただいたおかげで、何者かに狙われたのか、と疑心暗鬼にならずにすんでよかったと思います。

 

二杉橋付近で、カワラヒワが囀っていました。公園でも地鳴きが聞こえました。そろそろ戻ってくるのでしょうか。

二杉橋から高橋までの間はウグイスの声が途切れることなく聞こえました。公園、大岩橋でもきこえました。

睦橋下で、カルガモが2羽の子連れ、以前見た群れだとすると、6羽は育たなかったことになります。あるいは他の群れかもしれませんが。

ホオジロがあちこちで囀り6羽となりました。公園のワンド跡のヨシ原に一瞬ホオジロに似た小ぶりの鳥が見えましたが、確認できないままに消えてしまいました。あるいは幼鳥かもしれませんが、模様が細かいような気もします。アオジやカシラダカに似ていますが、この時季ここで見られるのは何でしょうか。

公園の川の中央より少し上で、何回かカワセミの声が聞こえ、半信半疑で見ると、1羽が川を下っていきました。

燕は12羽と少なかったのですが、イワツバメを4羽確認できました。

ムクドリ、スズメが5、6羽の群れであちこち飛びました。

公園の川を下っていく白いサギ、今日は嘴の先の黒を見つけたので、チュウサギ、としました。

雨があったので水量は多くなっていましたが、水がとても澄んでいて、大きなものから小さなものまで、魚が時々水面に模様を作っていきます。

今年はヨシの生育がよいようです。昨年は一昨年の台風の対策として土手の草を刈り取った結果、生育しなかったのかも知れません。

ヤブカンゾウが蕾を付け始めました。土手の法面にもあったはずですが、他の雑草が茂り、目につきませんでした。法面の対策、どうなっているのか、「樹木や自生している植物を刈らないで」という声が誤解されてしまっていたら大変だと思いますが、公園課の方針が分りませんのでなんともいえません。いずれにしても、もう元には戻れないと思います。

 

鳥リスト

キジ、カルガモ、カイツブリ、キジバト、カワウ、アオサギ、チュウサギ、モズ、ハシハボソカラス、ヒバリ、カワセミ、コゲラ、ツバメ、イワツバメ、ヒヨドリ、ウグイス、ムクドリ、スズメ、セグロセキレイ、カワラヒワ、ホオジロ 

 








永野川2018年6月中旬

19日

やっとカイツブリのヒナを確認しました。17日の早朝行ってみたときは、巣の上に親鳥が座って、とても膨らんでいました。おそらく気温が低かったので、羽の下に抱えていたのでしょう。少し待ったのですが動かないので諦めて帰りました。

今日午後、行ってみると、浮巣の上に卵が一つ見えるのみでした。またも失敗か、と気落ちしたまま、試しに反対側の池に行ってみました。

そこには何と時々潜水する2羽と、小さな影が4つ見えました。急いで近づいてみると、親鳥2羽、ヒナ4羽が、泳ぎ回っていました。もうかなり大きくなっていて、自由に泳いだり、親鳥を追ったりしていました。赤い大きな嘴が見えましたが、顔の斑紋はよく見えませんでした。

ところが、急いで近くに住む友人に知らせに行って、20分くらいで戻ってみると、池には影も形もありません。午後の光は明るく、池には小魚がたくさん泳いでいるのに初めて気づきました。鳥たちがよく集まるにも、理由があったのです。

がっかりする友人と、もう一度浮巣を見に行くと、浮巣の上にヒナが4羽乗っていて、親たちは潜水しながら、魚を捕ってはヒナに与えていました。

こちらの池は、浮き草に覆われて水面もほとんどなく、親鳥は浮き草の下を潜水してかなり遠くで顔を出したりして、休む暇もありません。ヒナが巣から降りても巣の周辺にしかない水を泳ぐばかりです。

先ほどの、泳ぎ回っていた姿が浮かび、親鳥はヒナをつれて、綺麗な池に遊びに行ったのだろうかと思いました。二つの池は水路でつながっていますが、浮き草で満ちている池を小さなヒナたちはどうやって移動したのでしょう。

友人を誘ったおかげで、図らずもカイツブリの生活?を感じられました。何か人間にも似て――人間に当てはめてはいけないのですが――、温かい気持ちになりました。

いつもは通らない桜並木で、鳴きながら移動するコゲラ2羽を至近距離で見ることが出来たのもラッキーでした。

 

17日

6:00 

今日はここしか時間がないのと、明日から天気予報が下り坂なのとで、早朝探鳥を試みました。気温が低いのに加えて日差しなく寒い日でした。

カイツブリのヒナが孵っていると情報をいただいたので行ってみましたが、おそらく体の下に抱え込んでいるようで見えず、親鳥が大きく膨らんでいました。少し待ったのですが変化がなく、またの機会を待つことになりました。

公園の川で、カルガモのヒナ8羽をつれたペアを発見、ヒナは親鳥の4分の1ほどに大きくなっていました。いつ生まれたでしょう。いつも何かを見落としている気がします。

 

永野川のカワセミはもう見えませんでした。ムクドリが第五小付近で5羽、川から岸へ繰り返し往復していました。

空に大きな鳥影が見え、もしかしてコウノトリ?と思いましたがアオサギでした。大岩橋の付近の山林のかなり高いところにアオサギが2羽停まっているのが見えました。バードリサーチにお聞きしたところ、繁殖に関係のない鳥が、繁殖地を離れてネグラとしているのかも知れない、とのことでした。アオサギが10羽、ダイサギも5羽、ほとんどが上空を飛んでいる状態でしたが、サギ類が多かったと思います。

曇りのせいか、ツバメが多く、上人橋付近で10羽ほどの群れ、公園の中も多く、合わせて31羽となりました。イワツバメも2羽確認しました。

セグロセキレイの幼鳥が目立ちました。滝沢ハム近くの水耕田で虫を探す3羽、公園の川でも幼鳥でした。

日差しが無くあまり視界が効きませんでしたが、今季初カルガモの親子を見られてラッキーでした。近くカイツブリを訪ねてみたいと思います。

 

鳥リスト

キジ、カルガモ、カイツブリ、キジバト、アオサギ、ダイサギ、イカルチドリ、コチドリ、モズ、ハシハボソカラス、ハシブトカラス、ヒバリ、ツバメ、ヒヨドリ、ウグイス、ムクドリ、スズメ、セグロセキレイ、ハクセキレイ、ホオジロ