宮澤賢治、風の世界

宮澤賢治の作品を彩る言葉と風を追って宮澤賢治の世界を訪ねよう。 賢治は風という言葉に何を託したか。風を描くためにどんな言葉を選んだか。 賢治は何を求めて風の中に身を置いたのだろう。 そこに少しでも近づきたくてページを埋めていく。
 
永野川2022年4月中旬
17日 9:00〜11:00 晴 15℃
 
  風がほとんどなく探鳥日和です。
 今日のトピックスはイカルです。
 公園の川の対岸の桑の木に動きがあり、なんとかカワラヒワを3羽見つけた後、同じ木に少し大きな鳥影が3羽動きました。双眼鏡にいれると、嘴が黄色、イカルでした。もういないと思い、今年は会えないと思い込んでいたので、とても嬉しいことでした。こちら側で、嘴を叩くような音がしていて、そこから対岸に飛び移ったのは分かっていたのですが、カワラヒワだったかと思いました。ゆっくり見ていたのがよかったようです。これは鳥見の秘策かもしれません。いつまでも見ていたかったのですが、先へ移りました。その後、囀りが聞こえてきました。
 次に行った滝沢ハムの林で、シメも3羽元気に鳴いていて、これも嬉しいことでした。
 ツバメが増えてきました。これもトピックスです。上人橋から1羽、2羽と見え、公園では特に多く最終的には27羽となりました。
 
 今日は工事がお休みです。二杉橋の近くの流入孔がもとの状態に戻っていて、セグロセキレイが1羽歩いていました。上人橋までのあいだにもう1羽囀りが聞こえました。
 公園の東池にカルガモ3羽、ヒドリガモ3羽、カモも少なくなりました。
 カイツブリのペアが見えました。ここで営巣できるよう、祈るばかりです。
 公園の中洲の川原でホオジロが1羽、対岸でも1羽、鳴き声はきこえませんでした。
 大岩橋付近の田で、キジを1羽久しぶりで見ました。繁殖期の綺麗な赤い肉腫が目立ちました。河川敷林でも1羽鳴き声がしました。
 ウグイスの囀りも聞こえました。
 大岩橋の上流でダイサギが1羽。このところ、よくここで見かけます。
いつもは見ない皆川側の川岸からカワセミが鳴いて飛びました。次からは、ここで川岸に近づいて見ようかと思います。
 滝沢ハムの池にはコガモが5羽、カルガモ1羽のみでした。
合流点でイカルチドリの鳴き声がしました。今日は工事が休みですが、ここはまだまだ工事続きなのですが、少し残った砂地がよいのかも知れません。
 赤津川では、セグロセキレイ1羽、1羽、カルガモ3羽、1羽、ツバメが4羽、ヒバリの声は聞こえませんでした。
 鳥種は少なかったのですが、なぜか満ち足りた気分でした。イカルやシメ、ツバメのせいかもしれません。。
 八重桜は満開で、真実、華やかな花です。御衣黄は、薄い緑色に咲いていました。少し元気がないかな、と思うのは、ピンクになるま満開時がやはり一番華やかなのでしょうか。
 ご近所の方が、西の土手にも2本あった、と教えてくれました。たしかに昔、不思議な色の桜がたくさんあったような記憶があります。木は大切なものです。事情はともあれ木を切るときは、一歩止まって考えてほしいものだと思います。
 
キジ: 大岩橋付近、田に1羽、河川敷に1羽。
カイツブリ: 公園東調整池で2羽。
カルガモ:公園東池で3羽、赤津川3羽、1、滝沢ハム池1羽、計19羽。
コガモ:滝沢ハム池で5羽。
ヒドリガモ:公園東池3羽。
キジバト:公園で1羽。
ダイサギ:大岩橋付近1羽。
イカルチドリ: 合流点付近で1羽。
モズ: 公園で1羽。
カワセミ: 大岩橋皆川より岸で1羽。
スズメ:特に目立った群れはなかった。
ムクドリ:赤津川岸の樹木で4羽。
ハシボソカラス:特に目立った群れはなかった。
ハシブトカラス:特に目立った群れはなかった。
ツバメ: 二杉橋〜上人橋、2羽、1、公園4羽、1羽、1羽、3羽、1羽、1羽、1羽、4羽、1羽、1羽、2羽、赤津川4羽、計27羽。
ヒヨドリ:特に目立った群れはなかった。
ウグイス: 大岩橋河川敷林で囀り1羽。
セグロセキレイ:二杉橋〜上人橋1羽、1羽、赤津川で1羽、1羽、計4羽。。
カワラヒワ: 永野川、公園対岸クワの大木で3羽。
ホオジロ:公園川岸の樹木で1羽、公園中洲1羽、計2羽。
イカル: 公園対岸の桑の木で3羽。
シメ: 滝沢ハム、クヌギ林で3羽。
 







永野川2022年4上旬
9日 晴 20℃
 
錦着山 9:30〜10:00
  久しぶりで錦着山に登りました。
 サクラが半分ほど散って、全身に花吹雪を浴びました。
 ヒヨドリがとても勢いよく鳴いて跳び回り、15羽が群れとなって飛んで行きました。小規模ながら、渡りかも知れません。
 メジロが盛んに囀っていたのですが、1羽のみ確認することが出来ました。
シジュウカラも2カ所で鳴いて、コゲラも1羽鳴いていました。
 北側の大木でシメが1羽、太い声でツピと鳴いていました。多分、公園にはもういなくなってと思います。
 林の鳥に慣れないせいか、なかなか確認出来ず、残念です。でも鳥の声に囲まれてさくらの花びらを浴びるのは、とてもよい気分でした。
 
永野川赤津川10:00〜12:00
 赤津川から入ると、泉橋の下流でカワウが潜水したりしていました。水がそれだけ増えているということでしょうか。アオサギがかなり大きな姿で水中に立ちつくしていました。
 ヒバリが次の橋を越えたあたりから4カ所で囀っていました。また陶器瓦店の上流でも一カ所聞こえ、今年はヒバリが元気です。10日前に来たときには気づかなかった麦が緑を増していました。
 コガモが陶器瓦店の一つ下の水域で3羽、6羽、2羽、いました。6羽と2羽は♂♀でした。コガモはこの時季にカップルを決めて北で繁殖するそうなので、もうすぐ渡ると言うことでしょうか。
 カルガモは2羽、6羽のみ、バン、カイツブリは見えませんでした。巣になりそうだと思った水中の植物には変化がありません。浮巣でないとダメなのでしょうか。
 合流点手前でツバメが1羽ずつ2羽とびました。今年はツバメが増えてこない気がします。時季は来ていると思うのですが。
 合流点付近でセグロセキレイが、滝沢ハム池では上空をダイサギが飛びました。
 池には、コガモが3羽いるのみでした。
 キジバトが1羽、広葉樹の並木の下を飛んで消えました。
 ワンドの北側では、今日は水量が多かったのですが、鳥影はありませんでした。
 大岩橋の皆川側で見ていると、イカルチドリの声がしました。確認出来なかったので、橋の上に行ってみました。しかし声のみで、探しているうち、少し小さめの鳥が水際を歩いているのが見えました。双眼鏡に入れると、キセキレイでした。水浴びしたのか、黄色が鮮やかで、今年は稀にしか会えなかったので、今日のトピックスとしたいところです。
 ウグイス、今日は地鳴きでした。
 河川敷林ではホオジロの囀りが賑やかで3カ所で聞こえました。公園の川の対岸の樹木でも1羽、これははっきり確認出来ました。
 大岩橋上流でダイサギが2羽で水面すれすれに飛んでいるのが河川敷を越えて見えました。1羽は変わっていませんでしたが、もう1羽の嘴は黒くなって、目の周辺が緑がかって繁殖色になっていました。もう1羽別な個体が上空を飛んでいきました。
 公園内のハリエンジュの大木で、ツグミ1羽、見つけました。まだ会うことが出来て嬉しい事でした。周辺にムクドリが4羽いましたが、ツグミは1羽のみでした。最後にツグミの声が聞こえて確実なものになりました。
 公園の池では、ヒドリガモは15羽になっていましたカカルガモは11羽、 減っていますが、ここはやはりカモたちの池です。
 カイツブリの繁殖声が聞こえました。またここで雛に会えるでしょうか。
 永野川を下ると、睦橋付近でダイサギ1羽、セグロセキレイ1羽、工事車両のすぐそばでした。水のある場所を求めているのでしょう。
 最後に第五小手前で、小鳥が7羽通鳴きながら通り過ぎました。鳴き声はたしかにカワラヒワ、岸の樹木に留まってくれて、鮮やかな黄色い模様が見え確認しました。工事現場にもいる鳥が愛おしく見えました。
 
 ほとんどのソメイヨシノは散り始め、紅しだれは盛り、八重桜、御衣黄はまだ蕾です。サクラは、ツバキなど他の花に比べ散り際も美しい風景を見せてくれます。でもそれを人に例えてはいけないと思います。人が散るときは、血も流れ、痛みも悲しみも広がるのです。決して自分では例えることのないようにしたい、花吹雪の中で思います。
 
カイツブリ: 公園調整池で繁殖声。
カルガモ:公園東池で11羽、赤津川2羽、6羽、計19羽。
コガモ:滝沢ハム池3羽、赤津川で3羽、6羽、2羽、滝沢ハム池で3羽、計14羽。
ヒドリガモ:公園東池15羽。
カワウ: 赤津川合流点付近で1羽。
キジバト: 滝沢ハム林で1羽。
アオサギ:赤津川合流点付近1羽、公園1羽、系2羽。
ダイサギ:滝沢ハム上空を1羽、大岩橋付近上空を1羽、水面近くを飛ぶ、婚姻色の出た1羽ともう1羽、計4羽。
イカルチドリ: 大岩橋付近川縁で1羽。
コゲラ: 滝沢ハムクヌギ林で1羽、大岩橋河川敷林で1羽、計2羽。
スズメ:特に目立った群れはなかった。
ムクドリ:公園ハリエンジュの木で4羽。
ハシボソカラス:特に目立った群れはいなかった。
ハシブトカラス:特に目立った群れはいなかった。
ヒバリ: 赤津川岸の田で5カ所囀り
ツバメ: 赤津川合流点付近1羽、1羽、計2羽。
ヒヨドリ:特に目立つ群れはなかった。
ウグイス: 大岩橋河川敷林で地鳴き1羽。
セグロセキレイ:永野川睦橋付近で1羽、赤津川合流点付近で1羽、計2羽。
キセキレイ:大岩橋上流川岸で1羽。
カワラヒワ: 永野川、第五小近く川岸で7羽。
ツグミ: 公園ハリエンジュの大木で1羽。
ホオジロ:公園川岸の樹木で1羽、大岩橋河川敷林で2羽、2羽、計4羽。
 
 
 







「若い木霊」―風と光と春のときめき
……
丘の窪みや皺に、一きれ二きれの消え残りの雪が、まっしろにかゞやいて居ります。
木霊はそらを見ました。そのすきとほるまっさおの空で、かすかにかすかにふるえてゐるものがありました。
「ふん。日の光がぷるぷるやってやがる。いや、日の光だけでもないぞ。風だ。いや、風だけでもないな。何かかう小さなすきとほる蜂のやうなやつかな。ひばりの声のやうなもんかな。いや、さうでもないぞ。をかしいな、おれの胸までどきどき云ひやがる。……
 
 木霊(こだま)は、樹木にやどる精霊で、日本だけでなく諸民族に言い伝えられていて、山中を自在に駆け回り、樹木を切り倒そうとすると祟るなどと言われています。
 すでに『古事記』には「ククノチノカミ」の名で木の神としての記述があり、『和名類聚抄』には「古多万」と記されています。また山や谷に音が反射して遅れて聞こえる現象「山彦」も、この精霊のすることと考えられていました。鳥山石燕『画図百鬼夜行 前篇 陰』(1776)では、年老いた男女として描かれているほか、『源氏物語』では「鬼か神か狐か木魂か」という記述があり、その当時から妖怪に近いもの、不思議な力を持つもの、という観念があったようですが、賢治が描く木霊は若く、どちらかというと子供の雰囲気を持った木の精です。背景の春になったばかりの野山に相応しい形として、この生まれたばかりの「木霊」を設定したのでしょうか。
 木霊は森の中を駆け回り、風や日光の動きを見つけてはしゃぎます。風の中で揺れている日光を見て、そこに蜂の羽音、ヒバリの声、という音を感じます。これは純粋な子供のみが風に感じ取れる共感覚だと思います。なぜか胸がときめいています。
 
……
若い木霊はずんずん草をわたって行きました。
丘のかげに六本の柏の木が立ってゐました。風が来ましたのでその去年の枯れ葉はザラザラ鳴りました。
 若い木霊はそっちへ行って高く叫びました。
「おゝい。まだねてるのかい。もう春だぞ、出て来いよ。おい。ねばうだなあ、おゝい。」
風がやみましたので柏の木はすっかり静まってカサっとも云ひませんでした。若い木霊はその幹に一本ずつすきとほる大きな耳をつけて木の中の音を聞きましたがどの樹もしんとして居りました。……
 
  木霊は、次に風に鳴る柏の枯れ葉に出会います。柏の木は新しい芽が出るまでは枯葉を落としません。風によって鳴る柏の木は、風が止んだので、何も応えてくれません。
 木霊は「すきとおる大きな耳」を持っていることが書かれます。その耳で樹木の中の音を聞くのですが、風という外部のもの拠って鳴るだけで、この木にはまだ春は来ていないようです。
 
……
そして又ふらふらと歩き出しました。丘はだんだん下って行って小さな窪地になりました。そこはまっ黒な土があたゝかにしめり湯気はふくふく春のよろこびを吐いてゐました。
一疋の蟇がそこをのそのそ這って居りました。若い木霊はギクッとして立ち止まりました。
 それは早くもその蟇の語を聞いたからです。
「鴾の火だ。鴾の火だ。もう空だって碧くはないんだ。
 桃色のペラペラの寒天でできているんだ。いい天気だ。
 ぽかぽかするなあ。」
若い木霊の胸はどきどきして息はその底で火でも燃えてゐるように熱くはあはあするのでした。木霊はそっと窪地をはなれました。次の丘には栗の木があちこちかがやくやどり木のまりをつけて立ってゐました。……
 
  次の窪地で地面はもう春でした。その湿り気のある土の上に「蟇」が現れ、暗示的な言葉を吐き、木霊はなぜか恐くなり逃げ出します。
 
 ……
「ふん。お前のやうな小さなやつがおれについて歩けると思ふのかい。ふん。さよならっ。」
 やどり木は黄金色のべそをかいて青いそらをまぶしさうに見ながら
「さよなら。」と答えました。                                    
若い木霊は思はず「アハアハハハ」とわらひました。その声はあをぞらの滑らかな石までひゞいて行きましたが又それが波になって戻って来たとき木霊はドキッとしていきなり堅く胸を押さえました。……
 
 次にはヤドリギをつけた栗の木のところにやってきます。ここでもまだ栗の木は眠っていました。一緒にいきたいというヤドリギをからかいます。小さな子供同士の無邪気な会話が愉快です。でもその後に響く自分の声のエコーには、次に来る世界を予測させるような見えない不安があります。
……
その窪地はふくふくした苔に覆はれ、所々やさしいかたくりの花が咲いてゐました。若い木だまにはそのうすむらさきの立派な花はふらふらうすぐろくひらめくだけではっきり見えませんでした。却ってそのつやつやした緑色の葉の上に次々せはしくあらわれて又消えて行く紫色のあやしい文字を読みました。
「はるだ、はるだ、はるの日がきた、」字は一つづつ生きて息をついて、消えてはあらはれ、あらはれては又消えました。
「そらでも、つちでも、くさのうへでもいちめんいちめん、もゝいろの火がもえてゐる。」
若い木霊ははげしく鳴る胸を弾けさせまいと堅く堅く押へながら急いで又歩き出しました。
……
 
 次の窪地では、カタクリの花が咲いていました。葉には紫色の文字が現れては消えるのを繰り返していました。木霊は何故か胸が高まり急いでその場を離れます。
 
 賢治は作品中に度々カタクリを描きます。「山男の四月」、「おきなぐさ」では、花についてのみですが、他の作品では、カタクリの葉の模様に字を読み取り、そこには賢治の心象が隠されています。
 
外山の四月をあなたは見なかったでせう。
ゆるやかな丘の起伏を境界線の落葉松の褐色の紐がどこまでも縫ひ、黒い腐植のしめった低地にはかたくりの花がいっぱいに咲きその葉にはあやしい斑が明滅し空いっぱいにすがるらの羽音大きな蟇がつるんだまゝのそのそとあるく。すこしの残雪は春信の版画のやうにかゞやき、そらはかゞやき丘はかゞやき、やどりぎのみはかゞやき、午前十時ころまでは馬はみなうまやのなかにゐます。……
 
 これは、書簡162 (1920(大正)9年4月)、盛岡高等農林の同級生、保阪嘉内あての書簡です。嘉内の入営生活をいたわる文の後に綴られます。カタクリの葉についての最も早い記述で、「若い木霊」の風景そのままです。
 
……かぐはしい南の風は
   かげらふと青い雲滃を載せて
   なだらのくさをすべって行けば
   かたくりの花もその葉の斑も燃える……
 
 賢治は外山高原を愛し、頻繁に歩き、外山詩群といわれる一連の詩を残しています。その中の「七五 北上山地の春」一九二四、四、二〇(「春と修羅第二集」)関連作品ではカタクリについての部分は共通していて、花と同時に葉の模様にも言及しています。  
……木霊はまっすぐに降りて行きました。太陽は今越えて来た丘のきらきらの枯草の向ふにかゝりそのなゝめなひかりを受けて早くも一本の桜草が咲いてゐました。若い木霊はからだをかゞめてよく見ました。まことにそれは蛙のことばの鴾の火のやうにひかってゆらいで見えたからです。桜草はその靱やかな緑色の軸をしづかにゆすりながらひとの聞いてゐるのも知らないで斯うひとりごとを云ってゐました。
「お日さんは丘の髪毛の向ふの方へ沈んで行ってまたのぼる。
 そして沈んでまたのぼる。空はもうすっかり鴾の火になった。
 さあ、鴾の火になってしまった。」
 若い木霊は胸がまるで裂けるばかりに高く鳴り出しましたのでびっくりして誰かに聞かれまいかとあたりを見まわしました。その息は鍛冶場のふいごのやう、そしてあんまり熱くて吐いても吐いても吐き切れないのでした。
 その時向ふの丘の上を一疋のとりがお日さまの光をさえぎって飛んで行きました。そして一寸からだをひるがへしましたのではねうらが桃色にひらめいて或いはほんたうの火がそこに燃えてゐるのかと思はれました。若い木霊の胸は酒精で一ぱいのやうになりました。そして高く叫びました。「お前はといふ鳥かい。」……
 
……若い木霊はそれを追ひました。あちこち桜草の花がちらばってゐました。そして鳥は向うの碧いそらをめがけてまるで矢のように飛びそれから急に石ころのように落ちました。そこには桜草がいちめん咲いてその中から桃色のかげらふのやうな火がゆらゆらゆらゆら燃えてのぼって居りました。そのほのほはすきとほってあかるくほんたうに呑みたいくらゐでした。
 若い木霊はしばらくそのまわりをぐるぐる走ってゐましたがたうとう
「ホウ、行くぞ。」と叫んでそのほのほの中に飛び込みました。
「そして思わず眼をこすりました。そこは全くさっき蟇がつぶやいたやうな景色でした。ペラペラの桃色の寒天で空が張られまっ青な柔らかな草がいちめんでその処々にあやしい赤や白のぶちぶちの大きな花が咲いてゐました。その向うは暗い木立で怒鳴りや叫びががやがや聞えて参ります。その黒い木をこの若い木霊は見たことも聞いたこともありませんでした。木霊はどきどきする胸を押えてそこらを見まわしましたが鳥はもうどこへ行ったか見えませんでした。……
 
 木霊はトキに「鴾の火」を求め、トキを追っていくと桜草の咲いている野原につきました。しかしそこは、妖しい世界に変わりトキの姿も見えません。黒い森の中からは大きな黒い木霊が迫ってきました。
 木霊が更に進んでいくと 桜草が咲いていてここにも桃色の世界がありました。胸が高まります。そして、本当にトキが現れます。
 
 「」、「桃色」、「桜草」は、賢治にとって特別なものでした。 
 鴇(トキ)はペリカン属トキ科、全長約77センチ、学名「ニッポニア・ニッポン」、特別天然記念物、国際保護鳥、絶滅危惧種TA類です。江戸時代までは普通に棲息していましたが、明治25年には既に保護鳥になっていました。昭和2年刊の内田清之助他著『動物圖鑑』(北隆館)では、「我国ニテハ維新前迄ハ各地ニ多ク棲息セシモ、現時ハ全ク其跡ヲ止ズ」とあり、賢治の時代には既に「滅びの鳥」だったのです。
 昭和56年野生種絶滅、平成15年に絶滅しました。佐渡島で中国種を使って人工繁殖を行った結果、平成20年放鳥開始、現在では自然繁殖も見られるようになりました。
 トキの羽は、白色で翼の下面や風切り羽が黄みがかった優しいピンクです。トキ色はその羽由来の色名で薄い紫味の赤です(注1)。『万葉集』では、「一二・二九七〇」「桃花鴇(つきそめ)の淺らの衣淺赤に思いて妹に逢はむものかも〈作者不詳〉」が見られます。
 「トキ色」という語も江戸時代には普通に使われていて、若向きの和服の色として欠かせなかった反面、肌襦袢などにも使われ、少し性的な意味も感じさせたのではないでしょうか。
 賢治が卒業した盛岡高等農林学校の後身、岩手大学の農業教育資料館には現在トキの剥製標本がありますが、賢治の時代、どこかで目にしていたのでしょうか。仮に何らかの理由で剥製を目にしていても、ここに描かれるトキは、やはり自然の中で希少種に遭遇し、太陽の下に煌めく羽のトキ色を目の当たりにした驚きの感情があると思います。
 賢治作品では トキは「魔界」の出現と結びつく化け鳥として捉えられています(注2)。この作品では、「鴇」の後をついて行くと「ペラペラのもゝ色の火がもえ」「ペラペラの桃色の寒天で空が張られ」ています。
 〔桃いろの〕(詩ノート)、その文語詩化された「田園迷信」下書稿一には、「桃の花」、「ピンクの春」とからませて「化の鳥」が登場し、商工業の発展によって駆逐される農林業が暗示されます。桃色の羽を持ち、別名「桃花鳥」とも呼ばれたトキを示すと考えてもいいと言います。
 「蒼穹への嫉妬」では明け方の空の「鴇いろ」が夜の星を消していくことを「滅びの鳥」の提喩として使っているとし、「若い木霊」では、まだ若い木霊の意識下にある性意識を誘発する鳥、として描くといいます(注2)。
 さらに賢治作品で「ももいろ」は、性を象徴する色です(注3)。特に「石竹いろ」は、「小岩井農場」(『春と修羅』)で性的なものの象徴として「石竹いろのはなのかけら」とサクラを表現しています。さらに「七五 北上山地の春」一九二四、四、二〇(「春と修羅第二集」)関連作品では「しかもわたくしは このかゞやかな石竹いろの時候を 第何ばん目の辛酸の春に数へたらいゝか 」、「三三六 春谷暁臥」一九二五、五、一一(「春と修羅第二集」関連作品では、鳥の生殖行動を「石竹いろ」と表し、「夜通しぶうぶう鳴らした鳥が/いま一ぴきも居ないのは/やっぱりどうも石竹いろの原因らしい/……それに佐一もさうらしい」があります。佐一は少し年下の友人、森佐一で、むしろ苦しみとしての性衝動が綴られます。
 時を経て「一〇八六 ダリア品評会席上」一九二七、八,十六(詩ノート)では、「西暦一千九百二十七年に於る/当イーハトーボ地方の夏は/この世紀に入ってから曾って見ないほどの/恐ろしい石竹いろと湿潤さとを示しました/為に当地方での主作物 oryza sativa/ 稲、あの青い槍の穂は/ 常年に比し既に四割も徒長を来し」と、徒長を促す否定的なものとして捉えています。
 ……
若い木霊は帰らうとしました。その時森の中からまっ青な顔の大きな木霊が赤い瑪瑙のやうな眼玉をきょろきょろさせてだんだんこっちへやって参りました。若い木霊は逃げて逃げて逃げました。
 風のやうに光のやうに逃げました。そして丁度前の栗の木の下に来ました。お日さまはまだまだ明るくかれ草は光りました。
 栗の木の梢からやどり木が鋭く笑って叫びました。
「ウワーイ。鴾にだまされた。ウワーイ。鴾にだまされた。」
「何云ってるんだい。小っこ(ぴゃっこ)。ふん。おい、栗の木。起きろい。もう春だぞ。」
 若い木霊は顔のほてるのをごまかして栗の木の幹にそのすきとほる大きな耳をあてました。
 栗の木の幹はしいんとして何の音もありません。
「ふん、まだ、少し早いんだ。やっぱり草が青くならないとな。おい。小こ(ぴゃっこ)、さよなら。」若い木霊は大分西に行った太陽にひらりと一ぺんひらめいてそれからまっすぐに自分の木の方にかけ戻りました。
「さよなら。」とずうっとうしろで黄金色のやどり木のまりが云ってゐました。
 
 小さな木霊は逃げました。「逃げて逃げて逃げました。」は、「逃げて」という言葉の繰り返しによって木霊の恐怖感、焦り、「風のやうに光のように逃げました。」は、風を使った直喩で早さも表します。
 ここでも「栗の木の下」に来ると普通の世界に戻ります。胸の鼓動をごまかし、ヤドリギと、また小さな子供らしいやりとり「ウワーイ。鴾にだまされた。ウワーイ。鴾にだまされた。」、「何云ってるんだい。小っこ(ぴゃっこ)。ふん。おい、栗の木。起きろい。もう春だぞ。」で気を取り直し、太陽に煌めきながら自分の木に戻ります。木霊は目に見えぬものですが、透明で太陽の光に煌めくという視覚的な捉え方がされています。
 「若い木霊」の先駆形は、「若い研ぎ師」の第一章です。第二章は「研ぎ師と園丁」に発展、さらに「チュウリップの幻術」に発展します。そこでは研ぎ師―鏡研ぎ―が覘く鏡の世界へと発展し、そこに絡む、園丁との世界が描き出されます。
 「若い木霊」ではその鏡の世界には立ち入らず、―鴇の火―異界を垣間見て引き返す木霊を描きます。同様に見てはいけないものに遭遇した作品として、「タネリはたしかにいちいち噛んでゐたやうだった」があります。そこでは、異界を見る前に逃げ帰ります。さらに「サガレンと八月」では禁を犯して見てしまい、異界に入り込んだ悲劇が描かれます。
 「タネリはたしかにいちいち噛んでゐたやうだった」では子供の暮しのひとこまを描き、「サガレンと八月」では、北方の厳しい自然の中での人間の無力を描いたと思います。賢治が一つの題材から作品の目的に応じて様々な描き方をいていることが分かります。
 この作品では、早春の気配が溢れる美しい風景の中、まだ本当に春にならないもどかしさを描き、同時に、春という季節の中に生じてくる胸の高まりを、まだ若く成長過程にある木霊の中に生まれた性的なときめきとそれに対する戸惑いを一つの異界として捉え描き出します。しかし「木霊」という目に見えないものが、風や光の中を駆け回る、という設定は、物語の進展をやさしく暖かくしていると思います。
 そこでは風も光や揺らめきや色を持って、心のときめきを象徴し、重要な役割を担っています。風が人に与える身体的、心理的など様々な影響が科学的にも証明されていますが(注4)
ここではあくまで、賢治が描く世界だけを取り上げました。
 

1、尚学図書・言語研究所編『色の手帖』小学館 1986
2、大塚常樹著『宮沢賢治 心象の記号論』 朝文社 1999 
164p魔界のイコノロジー、五章 誘惑する桃色―滅びる化け鳥=「鴇」
3、同書229p桃色の花の記号論 二章 石竹の花 ピンクの記号論
4、R.ワトソン著、木幡和枝訳『風の博物誌』 河出書房新社 1986
 
参考文献 
『国文学 解釈と教材の研究 48−3 臨時増刊 宮沢賢治の全童話を読む 』  學燈社 2003
190p鈴木健司〔若い木霊〕・191p〔若い研ぎ師〕・126p〔研ぎ師と園丁〕・116p「チュウリップの幻術」・110p「タネリは確かに噛んでいたやうだった」
80p奥山文幸「サガレンと八月」 
 
テキストは『新校本宮澤賢治全集』に拠り、引用文中の振仮名は原則として省略しました。
 
 







永野川2022年3月下旬
28日 晴 13℃ 9:30〜11:30
 二杉橋から上人橋までは、工事車がたくさん動いていて、おまけに護岸工事が8割方終わっているので、鳥の居場所もない感じです。それでも、睦橋付近ではイカルチドリ1羽、セグロセキレイ1羽がいて、上空をムクドリ4羽が通過しました。
 公園の東池には全く鳥がいませんでした。西池には、ヒドリガモ51羽、まだ渡っていないようです。あとはカルガモ5羽、池の奥手にアオサギ1羽じっとしていました。
 公園では、春休みで川遊びの人が多く、鳥は少なめでした。でも少し待つと、川の対岸でカワセミの声、確かに2羽分聞こえてきました。中洲の草むらのためか姿は見えませんでした。
 対岸の木に鳥影が動き、シメでした。2羽いました。もう会えないと思っていたので喜びもひとしおです。
 土手の木から、川縁の草むらへ一瞬茶色の鳥が動きました。なんとか追跡できて、ホオジロ♂でしが、地鳴きでした。
 上空をカルガモ2羽が羽を軋らせて飛んでいきました。またアオサギも2羽、上空を上流に向かっていきました。
 大岩橋付近ではジョウビタキ1羽のみでした。
 滝沢ハム付近サクラ並木でコゲラ1羽、池にはコガモ2羽、カルガモ2羽のみでした。
 ワンド跡を対岸からみていたら、ツバメが2羽、下流から上流に翻っていきました。
 赤津川に入るとカワウが1羽、水しぶきを上げて飛んで行きました。何かと争っていたようですが、確認出来ませんでした。
 ヒバリは4カ所で囀っていました。
 ツバメも1羽飛んでいました。今年はまだ、単体か2羽で飛ぶものしか見ていません。
 川中でダイサギが1羽、嘴が黒くなりかけていて、また薄いですが婚姻色が出ていて、きつい感じに見えました。
 木の枝にカワラヒワが2羽、黄色い模様が綺麗に見えました。
 陶器瓦店の近くで、カイツブリが潜水していました。
 少し下った、水中に草の根が張っている上で、バンがじっと根元を見つめていました。もしかしたら営巣か、と思いましたが、この辺には、このところ1羽しかいません。
 カルガモも4羽、2羽、14羽、8羽といました。ここには人家にも近いエリアですが、意外と鳥が多いところです。
 川岸でモズ1羽、まだ幼鳥のようでした。
 
 風があっても、流石に春なので人間は心地よかったのですが、鳥種は少なくなりました。
 前の観察から10日ほど空けたら、鳥の地図が変わってしまった気がします。ソメイヨシノも5分咲きになっていて、すっかり春に取り残された気分です。ヒメオドリコソウが咲き始め、広葉樹の芽吹きが始まりました。
 
バン: 陶器瓦店付近で1羽。
カイツブリ: 赤津川陶器瓦店近くで1羽。
カルガモ:公園西池で5羽、公園で2羽、滝沢ハム池で4羽、赤津川で2羽、 
 4羽、8羽、14羽、計39羽。
コガモ:滝沢ハム池2羽。
ヒドリガモ:公園西池51羽。
カワウ: 赤津川合流点付近で1羽。
アオサギ:公園西池1羽、公園上空2羽、滝沢ハム池で1羽、計4羽。
ダイサギ:赤津川で1羽。
イカルチドリ: 永野川睦橋付近1羽。
モズ: 赤津川岸の樹木で1羽。
カワセミ:公園川の対岸の樹木に2羽(声)
コゲラ: 滝沢ハムクヌギ林で1羽。
スズメ:特に目立った群れはなかった。
ムクドリ:永野川睦は詩付近上空4羽。
ハシボソカラス:特に目立った群れはなかった、
ハシブトカラス:特に目立った群れはなかった、
ヒバリ: 赤津川岸の田で4カ所囀り
ツバメ: 公園ワンド上空を2羽。赤津川で1羽。
ヒヨドリ:目立った群れはなかった。
セグロセキレイ:赤津川で1羽、永野川二杉橋から上人橋まで1羽,計2羽。
カワラヒワ: 赤津川岸の樹木に2羽。
ジョウビタキ:大岩橋河川敷林1羽。
ホオジロ:公園川岸の草むらで1羽。
シメ: 公園川の対岸の樹木に2羽。
 







永野川2022年3月中旬

17日 9:30〜11:30 晴 15℃
 
この5,6日の間の気温よりは低いのですが、暖かでした。
 今日は唐突に春が来ました。ウグイスとツバメです。大岩橋河川敷林ではウグイスが囀っていました。更に少し行くと、公園の川辺でツバメ1羽が鳴きながら上空を通り過ぎました。嬉しさの反面、なんだか春に先を越されたようでした。
 
 赤津川から入ると、合流点の堰にカルガモ2羽、ここもこの前から鳥の居場所になりました。
 さらにコガモ4、2羽、カワラヒワ1羽、ムクドリが4羽、岸の樹上に見えました。
 赤津川を昇って行くと上空をコサギが移動していました。低めだったので脚の黄色を確認しました。
 田ではヒバリが3カ所で聞こえていました。
 陶器瓦店の上流でカワセミが2羽が絡んでいる感じで、そこから上下に分かれて飛んでいきました。カイツブリの繁殖声が聞こえました。皆春の兆しです。
 合流点の岸でホオジロ1羽飛び出しました。その後動きがあってアオジ♂が確認出来、その後♀が続いて公園のなかに飛んで行きました。アオジはその後、大岩橋の皆川寄り橋詰めの草むらでも1羽発見できました。
 滝沢ハムのクヌギ林でコゲラの声、奥の生け垣でシメが1羽、その後行った大岩橋河川敷林でも1羽、もう見られないと思っていたので、嬉しさいっぱいでした。
 こんな春の兆しの中で、ウグイスの囀りを聞き、さらにツバメに会ってしまいました!
 公園の東池にカルガモが36羽、全部で55羽となりました。西池にはヒドリガモ55羽、東池に4羽、まだたくさんいて残っていてくれました。オカヨシガモはいなくなっていました。
 上人橋上にダイサギ1羽、少し工事が終わりかかっているところです。永野川に入ってからはホオジロが民家の樹木で囀っていたほか、セグロセキレイが1羽、工事の間を縫うように歩いていました。
 この前咲き始めていた、ナズナが大きく白い花を伸ばし、オオイヌノフグリが一面に咲きました。紅梅に続いて白梅も咲き始めました。
 去ってしまった鳥、残っていてくれる鳥、新しく来る鳥、それぞれに心が揺れ、今日は春に追い付いていけない感じがしました。
 
カイツブリ: 赤津川陶器瓦店近くで繁殖声。
カルガモ:公園東池で36羽、赤津川2羽、2羽、5羽、10羽、計55羽。
コガモ:赤津川で4羽、2羽、5羽、1羽、滝沢ハム池3羽、計15羽。
ヒドリガモ:公園西池55羽。東池4羽、計59羽。
カワウ: 合流点で1羽、滝沢ハム池1羽、計2羽。
キジバト: 永野川高橋付近岸で2羽。
アオサギ:赤津川で1羽。
ダイサギ:赤津川で1羽、永野川上人橋付近で1羽、計2羽。
コサギ: 赤津川上空を1羽。
イカルチドリ:公園川の中洲に1羽。
モズ: 公園川対岸の樹木で1羽。
カワセミ: 赤津川、瓦店上の水域で2羽。
コゲラ: 滝沢ハムクヌギ林で1羽。
スズメ:特に目立った群れはなかった。
ムクドリ:合流点の樹木で4羽。
ハシボソカラス:特に目立った群れはなかった。
ハシブトカラス:特に目立った群れはなかった。
ヒバリ: 赤津川岸の田で3カ所囀り
ツバメ: 公園の川の上空を1羽。
ヒヨドリ: 数は増えているが目立った群れはなかった。
ウグイス: 大岩橋河川敷林で1羽囀り。
ハクセキレイ:公園で1羽。
セグロセキレイ:赤津川で2羽、永野川二杉橋から上人橋前1羽,計2羽。。
ホオジロ:永野川上人橋〜二杉橋まで1羽囀り、合流点で1羽、計2羽。
アオジ: 合流点岸の草むら2羽、大岩橋皆川寄り橋詰めで1羽、計3羽。
シメ: 滝沢ハム林で1羽、大岩橋河川敷林1羽、計2羽。