息子から、ますむらひろし『銀河鉄道の夜』 四次稿編 (全4巻 発行 有限会社風呂猫 )の既刊1巻から3巻までをプレゼントされた。
コミック好きで、このところ飼い猫に夢中の息子は、谷中の「ギャラリー猫町」、「ますむらひろし『銀河鉄道の夜』第三巻 ラフスケッチ展」に出かけたらしい。
扉裏に、私宛のますむら氏自筆のイラストがある。自分ではとても買えないものである。
私のますむらひろしとの関わりは深くはなく、まず1985年の、アニメ「銀河鉄道の夜」である。宮沢賢治作品の映像化や絵画化などは、自分のイメージが壊されそうで避けてきたが、猫ならばそれはないと思い、自身が猫好きだったことも手伝って、小学生の息子と見に行った。
画面の色彩が美しく猫は可愛く、西欧風の背景は、なるほどこんなものかな、と思った。息子には、あまり自分の賢治への想いは強制したくないと思っていたので、のんびり楽しもう、と言った。
その後、何かの機会に、ますむらひろしのコミックを見たとき、映像とかけ離れていて失望した。私は映像化されたものを見ただけであって、ますむらひろしの本質を知っていたわけではなかった。
知り得た限りで、ますむらひろしの賢治関係の出版物を追って見る。
1972 「猫の事務所」に登場する「かまねこ」のイメージに惹かれ
書いた、「霧にむせぶ夜」で「手塚治虫賞」第二位となり漫画家
デビュー
1982 賢治作品を「猫をキャラクターにして漫画化」の企画
1983 3冊本 「KENJI by CATS」 出版(朝日ソノラマ?)
1985 劇場用アニメ「銀河鉄道の夜」公開100万人を動員する作
品となる。
1991 1冊本『KENJI by CATS ますむら版 宮沢賢治童話集』 朝日ソノラマ 765ページ内容「銀河鉄道の夜」(初期形)ブロカニロ博士篇、「雪渡り」、「十力の金剛石」、「猫の事務所」、「風の又三郎」、「どんぐりと山猫」、「グスコーブドリの伝記」、「銀河鉄道の夜」(第四次稿)
1998 『イーハトーブ乱入記 』(ちくま新書)
2014〜 『赤旗』日曜版に短編童話を連載。作品は「やまなし」「虔十公園林」「オツベルと象」「ひかりの素足」。
2015 上記作品は3冊本でミキハウスから単行本3冊として発行される。
2020、1〜『赤旗』日曜版で「銀河鉄道の夜」第四次稿、連載始まる
2020、10 『銀河鉄道の夜 new version四次稿編』第一巻 風呂猫
初出「しんぶん赤旗」日曜版2019年12月29日・2020年1月5日合併号〜2020年6月28日
2021、5 第二巻(初出「しんぶん赤旗」日曜版2020年6月28日〜2020年12月20
日
2023、5 第三巻(初出「しんぶん赤旗」日曜版 2022年7月3日〜2022年12月20日
私が手にしたのは、息子にプレゼントされた、1991刊の一冊本『KENJI by CATS ますむら版 宮沢賢治童話集』の古本、次も息子のプレゼントのこの豪華4冊本である。
少し詳しく知りたいと思い、「なぜ、ますむらひろしは宮沢賢治の名作『銀河鉄道の夜』を幾度も猫で描くのか」(https://brutus.jp )を拾い読みした。
ますむらひろしが、賢治に最初に愛着を感じたのが「猫の事務所」の「かまねこ」(竈猫・かまどねこ)だったことを知り、勝手ながら我が意を得たり、と思った。
賢治作品には、美しい言葉や風景、面白いストーリーがあるが、いつも底に流れているのは、疎外感ではないかと思う。私はそこに惹かれ賢治にのめり込んだのだが、なかなか共感してくれる人には会えなかった。
農学校時代も凶作の時に描いた詩では、どうしようもない自然の前に無力な自分を歌い、農民のために身を投じた農村の生活の詩では、周囲から理解されていないことの悲しみを歌う。
私の一番好きな「ポラーノの広場」でも最後には協同組合の仕事に参加出来ず都会の新聞社の輪転機の片隅に働く姿がある。
「銀河鉄道の夜」は人との永遠の別れがテーマだが、底にジョバンニの抱える周囲からの疎外感がなければ、作品はもっと軽いものになっているのではないだろうか。
この本で、一番惹かれたのは、ジョバンニの眼の悲しさである。今までになかったくらい悲しい。そして瞳には少女漫画のように星が描かれている。もちろん猫風に。以前の版では、むしろカンパネルラの眼に感じられたが、こちらでは、ジョバンニのほうが、カンパネルラとの永遠の別れを予感しているような悲しさだ。そして半開きの口元も悲しい。
この物語の空には星がない、というのも初めて知った。夕焼け後空は星のない桔梗色という。星も煌めいていない空、それは吸い込まれるように悲しいものだろう。
この三作の表紙の色の青にも惹かれた。これは鋼青と黒を基調にしているのではないだろうか。「鋼青」は賢治の作品の度々登場する賢治の色である。「銀河鉄道の夜」の、「六、銀河ステーション」にもある。
それはだんだんはっきりして、たうとうりんとうごかないやうになり、濃い鋼青のそらの野原にたちました
さらに「インドラの網」でも、
それは空気の中に何かしらそらぞらしい硝子の分子のやうなものが浮かんで来たのでもわかりましたが第一東の九つの小さな青い星で囲まれたそらの泉水のやうなものが大へん光が弱くなりそこの空は早くも鋼青から天河石の板に変わってゐたいたことから実ににあきらかだったのです。その冷たい桔梗色の底光りする空間を一人の天が翔けてゐるのを私は見ました。
と変わりゆく空の一瞬を捉えている。
特に、深い印象を与えるのは、「銀河鉄道の夜」の原点とも言える、亡き妹トシを求める詩「風林」(『春と修羅』)である。
……
とし子とし子
野原へ来れば
また風の中に立てば
きっとおまへをおもひだす
おまへはその巨きな木星のうへに居るのか
鋼青壮麗のそらのむかふ
(ああけれどもそのどこか知れないも空間で
光の紐やオーケストラがほんたうにあるのか
……
そのほか「谷」(『春と修羅』)では、「硝子様(やう)鋼青のことばをつかつて」、「東岩手火山」(『春と修羅』)では、「さうだ、オリオンの右肩から/ほんたうに鋼青の壮麗が/ふるえて私にやつて来る」、「空明と傷痍」一九二四、二、一七、(「春と修羅第二集」)では、「……ところがおれの右掌(て)の傷は/鋼青いろの等寒線に/わくわくわくわく囲まれてゐる……」、〔北いっぱいの星ぞらに〕一九二四、八、一七(「春と修羅第二集」)では「東銀河の聯邦の/ダイアモンドのトラストが/かくして置いた宝石を/みんないちどにあの鋼青の銀河の水に/ぶちまけたとでもいったふう」と、冷たい夜空の形容や比喩的な形容に使われている。そしてまた賢治ファンにとっても好きな色なのだ。
もうひとつ、この改稿で変わったものには、皆が座る列車の座席がある。モデルとなった岩手軽便鉄道は狭軌のため、座席はボックスではなく、ロングシートだったことが分かり、描き直されている。第二巻の跋文にはそれによって解ける謎のことや、また列車の音も賢治の記したように「ごとごと」であることも記される。
この三冊が、胸に重く響くのは、賢治の作品を愛して、長い時間をかけて細かく読み解き、ご自分でも猫も愛し、600頁もの大作に書き上げた、ますむらひろしの心だと思う