宮澤賢治、風の世界

宮澤賢治の作品を彩る言葉と風を追って宮澤賢治の世界を訪ねよう。 賢治は風という言葉に何を託したか。風を描くためにどんな言葉を選んだか。 賢治は何を求めて風の中に身を置いたのだろう。 そこに少しでも近づきたくてページを埋めていく。
 
冬の風 「シグナルとシグナレス」から
      
賢治作品には冬の風が描かれることは少なく、童話では、「シグナルとシグナレス」、「ひかりの素足」、「水仙月の四日」など数点です。
「シグナルとシグナレス」は、冬の風の中の恋のお話です。
舞台はおそらく花巻駅付近、〈シグナル〉は東北本線の信号機で男性、〈シグナレス〉は支線の軽便鉄道の信号機で、シグナルを英語の女性名詞にならって変化させて、女性であることを表しています。
 
その間に本線のシグナル柱が、そっと西風にたのんでこう云いました。
『どうか気にかけないで下さい。こいつはもうまるで野蛮なんです礼式も何も知らないのです。実際私はいつでも困ってるんですよ。』
 軽便鉄道のシグナレスは、まるでどぎまぎしてうつむきながら低く、
『あら、そんなことございませんわ。』と云いましたが何分風下でしたから本線のシグナルまで聞えませんでした。
『許して下さるんですか、本統を云ったら、僕なんかあなたに怒られたら生きている甲斐もないんですからね、』
『あらあら、そんなこと。』軽便鉄道の木でつくったシグナレスは、まるで困ったというように肩をすぼめましたが、実はその少しうつむいた顔は、うれしさにぼっと白光を出していました。
『シグナレスさん、どうかまじめで聞いて下さい。僕あなたの為なら、次の十時の汽車が来る時腕を下げないで、じっと頑張り通してでも見せますよ』わずかばかりヒュウヒュウ云っていた風が、この時ぴたりとやみました。
『あら、そんな事いけませんわ。』
『勿論いけないですよ。汽車が来るとき、腕を下げないで頑張るなんて、そんなことあなたの為にも僕の為にもならないから僕はやりはしませんよ。けれどもそんなことでもしようと云うんです。僕あなたの位大事なものは世界中ないんです。どうか僕を愛して下さい』
 
シグナルはシグナレスに恋していますが、本線付きの電信柱(シグナルがついている柱)は、身分違いの恋として反対して邪魔しようとしています。
風は激しく吹き、その音に電線の音、電車の音も加わって声も届きにくなか、恋する思いは全篇に切々と記されていきます。
そのうち、風の止まった一瞬に思いを伝えあい、身振りだけで意思を通じ合うことも知ります。しかし、風で聞こえないはずの電信柱への悪口も、他の電信柱に聞かれて伝えられてしまい、それもできなくなってしまいました。二人は、地上を離れて天上に生きることを祈ります。祈りの言葉が悲しみを静かに深くします。
 
『あゝ、お星さま、遠くの青いお星さま。どうか私どもをとって下さい。ああなさけぶかいサンタマリヤ、まためぐみふかいジョウジスチブンソンさま、どうか私どものかなしい祈りを聞いて下さい。』
『えゝ。』
『さあ一緒に祈りませう。』
『えゝ。』
『あわれみふかいサンタマリヤ、すきと〔ほ〕るよるの底、つめたい雪の地面の上にかなしくいのるわたくしどもをみそなわせ、めぐみふかいジョウジスチブンソンさま、あなたのしもべのまたしもべ、をみそなわせ、ああ、サンタマリヤ。』
『あゝ。』
 
二人に同情した近くの倉庫の屋根が、呪文唱えさせると、二人だけの風のない静かな夜空のなかにいて、幸せを確かめ合うことができました。
 
実に不思議です。いつかシグナルとシグナレスとの二人はまっ黒な夜の中に肩をならべて立っていました。
『おや、どうしたんだろう。あたり一面まっ黒びろうどの夜だ』
『まあ、不思議ですわね、まっくらだわ』
『いいや、頭の上が星で一杯です。おや、なんという大きな強い星なんだろう、それに見たこともない空の模様ではありませんか、一体あの十三連なる青い星は前どこにあったのでしょう、こんな星は見たことも聞いたこともありませんね。僕たちぜんたいどこに来たんでしょうね』
『あら、空があんまり速くめぐりますわ』
『ええ、あああの大きな橙の星は地平線から今上ります。おや、地平線じゃない。水平線かしら。そうです。ここは夜の海の渚ですよ。』
『まあ奇麗だわね、あの波の青びかり。』
『ええ、あれは磯波の波がしらです、立派ですねえ、行って見ましょう。』
『まあ、ほんとうにお月さまのあかりのような水よ。』
『ね、水の底に赤いひとでがいますよ。銀色のなまこがいますよ。ゆっくりゆっくり、這ってますねえ。それからあのユラユラ青びかりの棘を動かしているのは、雲丹ですね。波が寄せて来ます。少し遠退きましょう、』
『ええ。』
『もう、何べん空がめぐったでしょう。大へん寒くなりました。海が何だか凍ったようですね。波はもううたなくなりました。』
『波がやんだせいでしょうかしら。何か音がしていますわ。』
『どんな音。』
『そら、夢の水車の軋りのような音。』
『ああそうだ。あの音だ。ピタゴラス派の天球運行の諧音です。』
『あら、何だかまわりがぼんやり青白くなって来ましたわ。』
『夜が明けるのでしょうか。いやはてな。おお立派だ。あなたの顔がはっきり見える。』
『あなたもよ。』
『ええ、とうとう、僕たち二人きりですね。』
『まあ、青じろい火が燃えてますわ。まあ地面も海も。けど熱くないわ。』
『ここは空ですよ。これは星の中の霧の火ですよ。僕たちのねがいが叶ったんです。ああ、さんたまりや。』
 
二人は夜空の見える地上で、二人同じ夢を見ていたのでした。二人の深い溜息で作品は終わっています。
 
この作品は、大正12(1923)年5月、「岩手毎日新聞」に11回連載された、数少ない生前発表作品です。
大正11(1922)11月に妹トシを亡くし、その後創作をしなかった賢治が4月に詩「東岩手火山」を書き、童話「やまなし」を「岩手毎日新聞」に発表しました。それに続くものとも言えるでしょうか。賢治はどんな思いで作品を書き、発表という手段を選んだのでしょうか。
シグナルは人間の都合で同じシグナルを発信し続けねばならず、それを変えることも移動することもできません。そこには土地に縛られる農民の姿を見ることもできます。(注1)
風は思いを伝えてもくれますが、妨害もします。ここでは風は現実の世界を表すのでしょうか。夢の世界では風はありませんでした。冬の風は、厳しいものとして賢治のなかにあったのかもしれません。
 
  • 天沢退二郎「解説」(『新修宮沢賢治全集第十三巻』 筑摩書房)
参考文献 信時哲郎「シグナルとシグナレス」(『宮沢賢治大事典』 勉誠出版)
 
 
 
 







11月の永野川
 
11月に入ると風が幾分冷たくなります。
滝沢ハム周辺の草むら、広葉樹の植え込みを、鳥は好きなようです。
初旬、今季初めてカシラダカ5羽を確認しました。草むらからは小さな声が沢山聞こますが姿を見せるのは稀です。
ホオジロの声はチチチッと3回繰り返すことが多く、なんとか分かりますが、カシラダカ、アオジ、シメなどそれぞれ特徴はあっても、フィールドでひとつだけきくと、分かりません。
植え込みでは、エナガ10羽、シジュウカラ4羽の群れ、ヤマガラ1羽、シメ1羽、カラ類は動きが早くなかなかゆっくり見ることが出来ません。鳥も身を守るのに必死です。
大岩橋上の河畔で今季初めてアオジ2羽を確認できました。緑の頭と褐色の羽の図鑑どおりの♂でした。こんなに特徴がつかめたのは初めてです。
下旬、滝沢ハム所有の広葉樹林で、ヤマガラ2羽、至近距離で図鑑の通りのずんぐりして愛らしい姿を見せてくれました。シジュウカラも4羽次々に現れては去っていきます。
大岩橋上のブッシュで、聞きなれないピーという声がしていると思ったら、一瞬7羽のウソが飛んで、反対側の樹林に入ってしまいました。大きさ、鳴き声、嘴の形、おぼろげに見えた色などからウソと確認しました。数年前も一度もここで見たことがありました。あるいは草むらや木々が伸びて餌場などが復活したのかもしれません。
川では、この頃キセキレイが2羽確認できています。バンの額盤が赤くなってきました。カルガモ、コガモは依然増えてきません。
運動公園や自宅にはツグミが来てますが、ここではまだ見えません。
もうじき本格的な冬です。たくさんの冬鳥が来てくれるよう祈っています。
 
鳥リスト
カイツブリ、バン、アオサギ、ダイサギ、コサギ、コガモ、カルガモ、ヒドリガモ、イソシギ、イカルチドリ、カワセミ、セグロセキレイ、キセキレイ、ハクセキレイ、ホオジロ、アオジ、カシラダカ、ヒヨドリ、モズ、カワラヒワ、シジュウカラ、ヤマガラ、エナガ、シメ、ウソ、コゲラ、ウグイス、ジョウビタキ、スズメ、キジバト、トビ、チョウゲンボウ、ハシボソカラス、ハシブトカラス、







風穂
     
その頃の風穂の野はらは、ほんとうに立派でした。青い萱や光る茨やけむりのやうな穂を出す草で一ぱい、それにあちこちには栗の木やはんの木の小さな林もありました。(「二人の役人」)
 
 〈風穂〉とはなんでしょうか。風に吹かれる草穂でしょうか。全作品中この一例しか使われませんが、心惹かれる言葉です。
私が最初に思い浮かべたのは、空地や土手に生えるイネ科の雑草カゼクサです。高さは五十〜八十センチほど、夏から秋にかけて、長さ三十センチ前後の円錐花序に密生する、細いまっすぐな枝、紫色を帯びた無数の小穂は、名前の印象もプラスされて透明感があり風を感じます。でも作品の風景はもっと大きいようです。
「沼森」には、〈……この草はな、こぬかぐさ。風に吹かれて穂を出し烟って実に憐れに見えるぢゃないか。〉という例があり、そこから考えると、牧草として移入されたイネ科ヌカボ属コヌカグサかもしれません。高さは一メートルあまり、長さ二十〜三十センチの花序に数節から二、三本の枝をつけ、その基部からやや密に小穂をつけ、そこに一個ずつの小花をつけます。
しかし、〈風穂〉という言葉は、コヌカグサの風のふかれる様というだけでなく、もっと大きな意味を感じます。
それは風、穂という語のイメージが重なり、風の感触、動き、やわらかな草穂の波、野原の広さ、草の香り、自然の持つ大きな力、それらが一体となってこの二字から浮かび上がります。賢治は風と自然との関わりをこの言葉ひとつで表しました。
 
この語はなぜか一例しかありませんが、〈草穂〉という語は、歌稿に七例、詩に十一例、童話に十三例、と多用されています。
「若い木霊」、 「タネリはたしかにいちにち噛んでいたやうだった」では、子供が結んで罠を作って遊ぶことが描かれ、「十力の金剛石」では、露におおわれて宝石となる野原が描かれる中、草穂は〈かがやく猫晴石〉になりますが、他作品ではすべて風とともに描かれます。
「ポラーノの広場」では、共同作業所を新しく始める章のタイトルが「風と草穂」です。広場へ向かう途中で、〈俄かに風が向うからどうっと吹いて来て、いちめんの暗い草穂は波だ〉ち、主人公たちの新しい世界へ出発の不安や期待を象徴して、草穂を吹く風は冷たく浸み透ります。
 
  嘉助はがっかりして、黒い道を又戻りはじめました。知らない草穂が静かにゆらぎ、少し強い風が来る時は、どこかで何かが合図をしてでも居るやうに、一面の草が、それ来たっとみなからだを伏せて避けました空が光ってキインキインと鳴っています。 (中略)
空が旗のやうにぱたぱた光って翻えり、火花がパチパチパチッと燃えました。嘉助はたうたう草の中に倒れてねむってしまいました。
 そんなことはみんなどこかの遠いできごとのやうでした。もう又三郎がすぐ眼の前に足を投げだしてだまって空を見あげているのです。いつかいつもの鼠いろの上着の上にガラスのマントを着ているのです。それから光るガラスの靴をはいているのです。(「風の又三郎」)
 
 野原で迷った嘉助は〈知らない草穂〉のなかでたおれ意識を失い、ガラスのマントをはおった風の又三郎を見ます。
 
そのとき私は大へんひどく疲れていてたしか風と草穂との底に倒れてゐたのだとおもいます。
 その秋風の昏倒の中で私は私の錫いろの影法師にずいぶん馬鹿ていねいな別れの挨拶をやっていました。 (中略)そして私は本統にもうその三人の天の子供らを見ませんでした。 却って私は草穂と風の中に白く倒れてゐる私のかたちをぼんやり思い出しました。(「インドラの網」)
 
〈風と草穂との底に〉倒れた主人公は遺跡に封じ込まれていた世界を見ることができます。
 
そして、ほんたうに、こんなオホーツク海のなぎさに座って乾いて飛んで来る砂やはまなすのいい匂を送って来る風のきれぎれのものがたりを聴いているとほんとうに不思議な気持がするのでした。それも風が私にはなしたのか私が風にはなしたのかあとはもうさっぱりわかりません。またそれらのはなしが金字の厚い何冊もの百科辞典にあるやうなしっかりしたつかまえどこのあるものかそれとも風や波といっしょに次から次と移って消えて行くものかそれも私にはわかりません。ただそこから風や草穂のいい性質があなたがたのこころにうつって見えるならどんなにうれしいかしれません。(「サガレンと八月」)
 
この作品で風は、〈私〉に物語を運んでくれたり話を聞いてくれたりします。〈風や草穂のいゝ性質があなたがたのこゝろにうつって見えますやうに〉には、賢治にとっての草穂がいかに好ましいものであったかを知ることが出来ます。
 
鹿のめぐりはだんだんゆるやかになり、みんなは交る交る、前肢を一本環の中の方へ出して、今にもかけ出して行きそうにしては、びっくりしたやうにまた引っ込めて、とっとっとっとっしずかに走るのでした。その足音は気もちよく野原の黒土の底の方までひびきました。それから鹿どもはまわるのをやめてみんな手拭のこちらの方に来て立ちました。
 嘉十はにわかに耳がきいんと鳴りました。そしてがたがたふるえました。鹿どもの風にゆれる草穂のやうな気もちが、波になって伝わって来たのでした。(「鹿踊りのはじまり」)
 
〈風にゆれる草穂のやうな気もち〉は、鹿の心が草穂のゆれとともに鹿を眺めている嘉十に伝わったことを表し、これを契機に嘉十は鹿の世界にはいりこみ、鹿の言葉が聞こえてきます。
 
 詩ではどうでしょうか。「春光呪阻」(『春と修羅』)では、〈……髪がくろくてながく/しんとくちをつぐむ/ただそれつきりのことだ/春は草穂に呆け/うつくしさは消えるぞ……〉と、草穂は〈呆け〉るものでマイナスイメージです。
「小岩井農場 第六綴」(『春と修羅』補遺)では〈草穂もぼしゃぼしゃしてゐるし、〉
、〈すがれの草穂かすかにさやぐ〉と特に〈草穂〉には感動はしていないように見えます。
一七九〔北いっぱいの星ぞらに〕一九二四、八、一七(「春と修羅第二集」)では、〈いちいちの草穂の影さへ落ちる/この清澄な昧爽ちかく〉、「一八一早池峰山巓 」一九二四、八、一七、(「春と修羅第二集」)では、〈南は青いはひ松のなだらや/草穂やいはかがみの花の間を/ちぎらすやうな冽たい風に/眼もうるうるして息吹きながら/踵を次いで攀ってくる〉美しい風景の一つです。 
「七四二圃道」一九二六、一〇、一〇、(春と修羅第三集)では、〈水霜が/みちの草穂にいっぱいで/車輪もきれいに洗はれた〉、「三原 第一部」では〈緑の草は絨たんになり/南面はひかる草穂なみ〉でも同様です。
 晩年の「文語詩未定稿」では、〔瘠せて青めるなが頬は〕に〈瘠せて青めるなが頬は/九月の雨に聖くして/一すじ遠きこのみちを/草穂のけぶりはてもなし〉、「恋」では〈草穂のかなた雲ひくき/ポプラの群にかこまれて/鐘塔白き秋の館/かしこにひとの四年居て/あるとき清くわらひける/そのこといとゞくるほしき〉の2例があります。いずれも草穂は遠く見遥かすものとして捉えられ、そこに多くの複雑な心情が隠されていると思います。
 こうみると、詩では、草穂は風に揺れる大きな風景としては描かれていないことが分かります。
 
 漢語の穂は穀類の実の出来るところという意味を持ちますが、古代日本文学の伝統では、隠れていたもの、隠していたもの、がホとして神意となって現われるという意味があります。
賢治の〈穂〉は後者に近く、日常性のなかに隠されている、本当のものに気づくとき、シンボリックに穂、とくに草穂が存在すると言われます。(注1) 
特に風にゆれ波立つ草穂には、揺れ動く心や、自然のあるべき好ましい状態という意味を持ち、童話では、それに加えて、異空間への入り口という意味が加わります。
賢治の描く草穂がこのように重要な意味を持ち、多用されたのは、風に揺れる草穂の風景は、波となって体全体を包み込み、草穂の世界に巻き込み異空間へと物語を展開させ、同時に心を揺らし、なにかの真実に気づかせるため、と言えるでしょう物語性よりも心象を明確に記そうとした詩では、風景としての草穂のみを描いているのでしょう。
岩手には種山ヶ原周辺、外山高原周辺、小岩井農場周辺など、多くの広大な草地がありました。そこに自然の法則や人々の営み、生まれいずる生命などを感じながら賢治は生きたのではないでしょうか。
〈風穂〉という語は偶然に賢治が作り出した語なのかもしれませんが、風と草穂を一語で表し、風に揺れる草穂の持つ重要な意味を持たせているのではないでしょうか。賢治の風と広い野原への想いをはっきりと表すことが出来るものだと思います。
 
注1:奥本淳恵「草穂考」(安田女子大学国語国文論集第三〇号)二〇〇〇、一  
参考:小林俊子『宮澤賢治 風を織る言葉』(勉誠出版 2003)
 

 








10月の永野川
10月の永野川

10月の初め、風は爽やかながらまだ少し暑い日が続きます。彼岸花があちこちで咲き、モズも盛んに高鳴きをしています。
カイツブリやバンが増え始めました。バンが嘴の5、6倍の大きなカエルをくわえて懸命に振り回していました。恐らくはウシガエルの小さいものと思います。カイツブリはまだ夏羽の換羽中でした。
滝沢ハムの調整池ではチュウサギ20、コサギ8、アオサギ1がそろって圧巻でした。近くの発着所の救命ヘリの音で、飛び立ったのはチュウサギだけだったのは興味深いことでした。
この頃、カワセミには毎回会うことが出来ます。よく見ると、まだ色の不鮮明な若鳥、♂2羽の親子連れ?などもいて楽しいことです。
上人橋で、西側の杉林から東側の錦着山に向かって、カケス23羽がフワフワと飛び立ちました。この杉林からはいつも声のみが聞こえ、見えたとしても1、2羽でしたから、本当に幸運でした。
ヒヨドリも数を増やし、20羽、30羽の群れで移動しています。

公園内の法面は刈られたまま伸びる気配がなく、冬、ここでたくさん観察できたオオジュリン、カシラダカ、アオジのことを考えると胸が痛みます。
以前、この公園の設計者にお会いした時、ここにある木の実やクズの蔓を使ってリースを作る計画だ、とおっしゃったことを思いだします。公園を作ったとき、なぜこの法面が残されていたかを公園管理者は考えてみてほしいと思います。

中旬、駐車場の桜の木に、久しぶり(2007年以降記録がありません。)にヤマガラ1羽、近くの木立でも2羽、確認しました。
滝沢ハム所有の広葉樹林にもコゲラ、ヤマガラ、シジュウカラの混群に会いました。
二杉橋上の水門に今季初めてコガモ確認、公園内の調整池にはこれも今季初めてヒドリガモもきました。秋です。
カルガモはいつもと比べて増え方が少ないようです。またスズメも以前のように100羽単位の群れは見なくなりました。

下旬になって、チュウサギはすでに渡ってしまったのか、滝沢ハムの調整池のサギもめっきり減りました。
大岩橋上の河畔で今季初めてシメを確認できました。声は少し前から聞こえていたようでしたが確認は初めてです。以前ここでは十数羽の群れを見たことがあり、探鳥会でもシメを楽しみに来る方もいらしたのですが、昨年はとうとう現れませんでした。
また林縁の木に、今季初めてエナガ12羽、シジュウカラ3羽、混じってにぎやかです。ヒヨドリがたくさん鳴いて、カワラヒワも群れ、トビも2羽悠然と空を舞います。毎年決まって来る鳥がきちんと来てくれること、ウォッチャーにとってこれが一番幸せなことです。


今季の永野川ビギナー探鳥会が始まります。
12月15日(土)集合9:00 永野川緑地公園西駐車場 パークハウス前
解散12:00
公園内を二時間くらいかけて歩きます。
見どころ ツグミ、カシラダカ、アオジ、シメ、ヒドリガモ、コガモなど冬鳥と、カワセミ、セキレイ類、サギ類など。
問い合せ 日本野鳥の会栃木事務局(0286−25−4051)まで



10月の鳥リスト(永野川二杉橋から大岩橋まで・赤津川、緑地公園から平和橋まで)

カワウ、カイツブリ、アオサギ、ダイサギ、チュウサギ、コサギ、カルガモ、コガモ、ヒドリガモ、バン、イソシギ、セグロセキレイ、ハクセキレイ、キセキレイ、シジュウカラ、ヤマガラ、エナガ、コゲラ、カワラヒワ、シメ、ムクドリ、スズメ、モズ、カワセミ、ヒバリ、ホオジロ、キジバト、ヒヨドリ、キジ、トビ、チョウゲンボウ、カケス、ハシボソカラス、ハシブトカラス、










盗賊紳士風した風と中世騎士風の道徳を運ぶ風
    盗賊紳士風した風と中世騎士風の道徳を運ぶ風

賢治の詩集「春と修羅第二集」、「春と修羅第二集補遺」には、〈風〉という語が、他の詩集と比べて突出して144例と、多用されています(注1)。
風が、賢治の中で大きな意味を持っていることは多くの方の論ずるところですが、精神性に加えて、修辞的にも大変興味深いものがあります。今回はそのなかで人物像を介して詩の背景を表現している面白い例をあげてみます。
 
  〔雪と飛白岩(ギャブロ)の峯の脚〕(春と修羅第二集補遺)
雪と飛白岩(ギャブロ)の峯の脚
二十日の月の錫のあかりに
澱んで赤い落水管と
ガラスづくりの発電室と
  ……また余水吐の青じろい滝……
黝い蝸牛水車で
早くも春の雷気を鳴らし
鞘翅発電機をもって
愴たる夜中の睡気を顫はせ
大トランスの六つから
三万ボルトのけいれんを
野原の方へ送りつけ
むら気多情の計器どもを
ぽかぽか監視してますと
いつか巨大な配電盤は
交通地図の模型と変じ
小さな汽車もかけ出して
海よりねむい耳もとに
やさしい声がはいってくる
おゝ恋人の全身は
玲瓏とした氷でできて
谷の氷柱を靴にはき
淵の薄氷をマントに着れば
胸にはひかるポタシュバルヴの心臓が
耿々としてうごいてゐる
やっぱりあなたは心臓を
三つももってゐたんですねと
技手がかなしくかこって云へば
佳人はりうと胸を張る
どうして三つか四つもなくて
脚本一つ書けませう
技手は思はず憤る
なにがいったい脚本です
あなたのむら気な教養と
愚にもつかない虚名のために
そこらの野原のこどもらが
小さな赤いもゝひきや
足袋ももたずにゐるのです
旧年末に家長らが
魚や薬の市へ来て
溜息しながら夕方まで
行ったり来たりするのです
さういふ犠牲に値する
巨匠はいったい何者ですか
さういふ犠牲に対立し得る
作品こそはどれなのですか
もし芸術といふものが
蒸し返したりごまかしたり
いつまでたってもいつまで経っても
やくざ卑怯の遁げ場所なら
そんなもなものこそ叩きつぶせ
云ひ過ぎたなと思ったときは
令嬢の全身は
いささかピサの斜塔のかたち
どうやらこれは重心が
脚より前へ出て来るやう
ねえご返事をききませう
なぜはなやかな機智でなり
突き刺すやうな冷笑なりで
ぴんと弾いて来ないんです
おゝ傾角の増大は
tの自乗に比例する
ぼくのいまがた云ったのは
ひるま雑誌で読んだんです
しっかりなさいと叫んだときは
ひとはあをあを昏倒して
ぢゃらんぱちゃんと壊れてしまふ
愴惶として眼をあけば
コンクリートのつめたい床で
工手は落した油缶をひろひ
窓のそとでは雪やさびしい蛇紋岩の峯の下
まっくろなフェロシリコンの工場から
赤い傘火花の雲が舞ひあがり、
一列の清冽な電燈は、
たゞ青じろい二十日の月の、
盗賊紳士風した風のなかです。

擬人化した発電所の巨大な建物へ、周囲の農村の貧しさへの憤りをぶつけるという幻想が描かれ、その幻想から目覚めたときの風景を吹く風です。
〈盗賊紳士〉には、モーリス・ルブランの作品に登場する盗賊アルセーヌ・ルパンが思い浮かびます。日本での本格的な翻訳は一九一八年(大正七)、保篠龍緒訳のアルセーヌ・ルパン叢書(金剛社刊)の『怪紳士』ですが、保篠龍緒の訳はすぐれていたので後まで題名は変わりませんでした。大正七年刊の再刊である『アルセーヌ・ルパン』(保篠龍緒訳、 講談社スーパー文庫 一九八七)搭載の「怪紳士」で見ると、ルパンの挑戦状に〈怪盗紳士、アルセーヌ・ルパン〉と記され、人物紹介では〈アルセーヌ・ルパン・侠盗〉です。
『アルセーヌ・ルパン叢書 813』(金剛社 一九一九)では、登場人物紹介には〈アルセーヌ・ルパン 強盗紳士!〉です。〈盗賊紳士〉という訳語が、本文中か、他の訳出本、にあったか、あるいは賢治の造語であるか断言はできませんが、アルセーヌ・ルパンのことを指すのは間違いないと思います。
紳士を装って、人に知られず社交界に紛れ込み、手際よく悪事をなすアルセーヌ・ルパンは、〈たゞ青じろい二十日の月〉を吹くひそやかな風の比喩であると同時に、周辺の村の事実を意に介せず動き続ける怪物のような発電所に象徴される現実社会の比喩ともなっています。〈盗賊紳士風した〉は、風の形容だけでなく、そこに描かれる風景すべての理不尽さを表そうとしているのではないでしょうか。
この詩の下書稿は、五〇八「発電所」一九二五、四、二(「春と修羅第二集」)の下書稿一で、「発電所」として定稿化されていくものとは別に発展しています。そこにすでにこの語は登場しますが「発電所」定稿では削除されます。
昭和七年以降の手入れと思われる、この〔雪と飛白岩の峯の脚〕の下書き稿二、さらにこの詩を散文詩として発展させた「詩への愛憎」(昭和八年三月発行の「詩人時代3−3」に発表 )にも、この語は残ります。晩年の詩を再編する意識のなかでも、この語は重要なものとして再認識された、ということでしょうか。

  四〇八〔寅吉山の北のなだらで〕 一九二五、一、二五、

寅吉山の北のなだらで
雪がまばゆいタングステンの盤になり
山稜の樹の昇羃列が
そこに華麗な像をうつし
またふもとでは
枝打ちされた緑褐色の松並が
弧線になってうかんでゐる

恍とした佇立のうちに
雲はばしゃばしゃ飛び
風は
中世騎士風の道徳をはこんでゐた

こちらは〈中世騎士風の道徳をはこんでゐた〉風です。
これは〈山稜の樹の昇羃列〉や〈枝打ちされた緑褐色の松並〉という整然とした風景から導かれるように思い浮かんだ語ではないでしょうか。同時に、その風景全体を暗喩するものもでもあります。

二例とも、盗賊紳士、中世騎士という、よく知られた意味のある語を使って風景を的確にとらえていますし、また洒落た遊び心もあって使ったのではないかと思います。

注1:小林俊子「風の修辞―「春と修羅第二集」・「春と修羅第二集補遺」において」(『宮澤賢治 絶唱 かなしみとさびしさ』(勉誠出版 2011)
〔雪と飛白岩(ギャブロ)の峯の脚〕(春と修羅第二集補遺)は、『新校本宮澤賢治全集 第三巻』(筑摩書房)、『ちくま文庫宮澤賢治全集第三巻』等、 四〇八〔寅吉山の北のなだらで〕 は『新校本宮澤賢治全集 第三巻』(筑摩書房)、『ちくま文庫宮澤賢治全集第一巻』等でご覧になれます。