一九六 〔かぜがくれば〕 〔一九二四、〕九、一〇、
かぜがくれば
ひとはダイナモになり
……白い上着がぶりぶりふるふ……
木はみな青いラムプをつるし
雲は尾をひいてはせちがひ
山はひとつのカメレオンで
藍青やかなしみや
いろいろの色素粒が
そこにせはしく出没する (「春と修羅第二集」)
九月は、高気圧と低気圧が交互に日本付近を通過し、低気圧による雨によって塵などが洗いながされた後にくる高気圧は、澄んだ晴天と風をもたらします。
風は人の衣服にも潜り込み、人間全体がダイナモ(発電機)になったようにふるえます。雲は風に乗って交錯します。それは明暗となって、山の色を瞬時に変えていき、山は巨大なカメレオンのようです。
また風は木々の葉もひるがえし、山はモザイクのように光と色の粒子が点滅します。
藍青は、あるいは〈藍靛〉(らんてん・らんじょう)を意味するかもしれません。『日本国語大辞典』(小学館)によれば、藍から作った染料、インディゴの古名です。
色名インディゴは『色の手帖』(尚学図書編 小学館 1986)によれば〈暗い青〉です。〈藍色〉が〈くすんだ青〉と記され、それよりもわずかに黒ずんでいます。
賢治の悲しみは、〈(かなしみは青々ふかく)〉(「春と修羅」)をはじめとして、〈青〉と関連して表現される例は多く見受けられます。
九月、澄明さを増す空の下、風と一体になって立ちつくすとき、〈かなしみ〉も、一つの色となって、色鮮やかな風景の中に溶け込むのです。
ほぼ一年後、賢治が作ったのが次の詩です。
「三七七 九月」 一九二五、九、七、
キャベジとケールの校圃(はたけ)を抜けて
アカシヤの青い火のとこを通り
燕の群が鰯みたいに飛びちがふのにおどろいて
風に帽子をぎしゃんとやられ
あわてゝ東の山地の縞をふりかへり
どてを向ふへ跳びおりて
試験の稲にたゞずめば
ばったが飛んでばったが跳んで
もう水いろの乳熟すぎ
テープを出してこの半旬の伸びをとれば
稲の脚からがさがさ青い紡錘形を穂先まで
四尺三寸三分を手帳がぱたぱた云ひ
書いてしまへば
あとは
Fox tail grassの緑金の穂と
何でももうぐらぐらゆれるすすきだい
……西の山では雨もふれば
ぼうと濁った陽もそゝぐ……
それから風がまた吹くと
白いシャツもダイナモになるぞ
……高いとこでは風のフラッシュ
燕がみんな灰になるぞ……
北は丘越す電線や
汽笛のcork screwかね
Fortuny式の照明かね
……そらをうつした潦(みづたまり)……
誰か二鍾をかんかん鳴らす
二階の廊下を生徒の走る音もする
けふはキャベジの中耕をやる
鍬が一梃こわれてゐた (「春と修羅第二集」)
(カッコ内の平仮名は原文のルビ)
季節は同じ、風が吹き、人がダイナモになることも共通していますが、背景が農学校の畑となり、多くの事実が書き込まれます。
賢治は稲の生育状況を見回っています。
〈乳熟期〉は、出穂後2週間程度、籾を潰すと白い乳液の出る時期で、このときひどい残暑に見舞われると玄米の質が低下すると言われます。
〈……高いとこでは風のフラッシュ/ 燕がみんな灰になるぞ……〉を見れば、この時も暑く、賢治は米のでき具合を心配し始めていたのでしょう。
北は丘越す電線や
汽笛のcork screwかね
Fortuny式の照明かね
〈cork screw〉は、らせん状の、コルク栓抜き、らせん飛行などの意味がありますが、〈汽笛のcork screw〉とは何でしょうか。らせん飛行のように広がっていく汽笛の音、あるいは拡がる暑さでしょうか。
〈Fortuny式の照明〉は、明治40(1907)年、イタリアの服飾デザイナー Mariano Fortuny(1871-1949)がデザインしたランプで、大きな傘型シェードとその中心にあるクロームメッキされたリフレクターで、グレアを取り除きながら光を柔らかく反射し拡散するもので、現在も販売されているといいます。
照明器具としては光の拡散はすぐれたものですが、暑さを憂いている賢治がその語を用ちいたのは、照りつける太陽への恨みだったのでしょうか。
もうひとつ、この詩だけにみられる風の表現、〈ぎしゃん〉は賢治の 造語のオノマトペです。
賢治のオノマトペの造り方は独特のものがあり、これはいくつかの既成語の語感や音感を一つの語に凝縮させているものです(注)。
私たちは、〈ぎしゃん〉から、〈ぐしゃっ〉、〈がしゃん〉にまでイメージを広げます。さらに〈ぐしゃん〉を〈ぎしゃん〉とすることで、鋭角的なイメージが加わり、帽子がただ潰されるのではなく、折りたたまれるように潰されたことをイメージすることができます。
さらにいえば〈ぎしゃん〉はなにか心に突き刺さるような鋭さがあり、帽子が飛びそうになったという、小さなことにまでナイーブになっている賢治を感じてしまいます。
それでも最終章には、午後の授業や、壊れた鍬という現実が淡々と描かれます。賢治はこの時はすでに、農学校をやめる決意をしています。多くの憂いを胸にしまって、現実を歩こうという意思なのかもしれません。
最初の詩を作った時、賢治は、まだ村の決定的な旱害に接していません。風は賢治を包んで、鮮やかな風景を作っています。〈かなしみ〉さえその風景の中に溶けています。
二つ目の詩で風は、深く現実を映して賢治の前にあったと言えるのかもしれません。
注
滝浦真人「宮沢賢治のオノマトペ 語彙・用例集(詩歌篇)―補論・〈見立て〉られたオノマトペ(『共立女子短期大学文科 紀要第三十九号 』1996)
参考
「浮世絵の中に流れる風」(ブログ 「宮沢賢治 風の世界」2012、7)
『宮沢賢治絶唱 かなしみとさびしさ』(勉誠出版 2011)