ミニクーパーとプラモ奮戦記

昭和38年生まれ、60過ぎて、お孫さんも誕生!晴れて爺さんとなりましたが、精神的には、まだまだガキでございます。 愛車のミニクーパーは67年式、これまた高齢車です。趣味のプラモは、これまた止められない沼に浸かっております。 日々、車に趣味に奮戦してる記録です。
 
2025/02/02 23:03:04|プラモデル PROTAR
1/9Vespa125F.5 それなりに進んでますが、

ベスパの組み立て、前回の続きってわけで、メッキパーツを仕上げてみたり、フレームの細部塗装に入ったりと、時間が掛る割には地味ーな工作なわけ。
前回メッキを剥がしたパーツだけど、バリがあったり、かなり厚かったりで、良一つずパーツを好みの形に加工してみたり。
小物のパーツは塗装した後で、フレームに接着するわけで、仮組も忘れちゃいけないのだ。
ただねぇ、フレームのオレンジ塗膜は予想以上に硬化しちゃってて、仮組段階で穴を広げたりすると、パリって剥がれちゃったりする。いやー、塗装した後の放置した時間が長すぎたって反省ですよ。
小物のパーツ、アルミ色とメッキ調の色に分けまして、塗装するのです。
銀塗装は、塗装した後の塗膜も弱いので、クリアーを軽ーく吹いてみたのだ。
いやー、今回は時間のわりに進みも少ないし、0.5ってとこですね(笑)
1.フレームのパーツは、接着する前に細部の塗装をするのです。
「こういう所は、マスキングして慎重に」ってその通りでして、細切りマステでマスキングしてから、筆塗りするのだ。いやはや、時間掛かってます。
2.ほとんどの小物パーツは、数oって感じて小さいのです。一つずつ塗装棒に咥えて塗装するのです。塗装は、下地に黒、それから銀塗装して、クリアーでコートしました。これまた、乾燥待ちの時間が掛りそう。
 







2025/01/20 21:49:55|日記
寒さ和らぎ
正月に乗り回したミニですが、この時期は始動するのも一仕事でして、
冷えたまま、エンジン始動なんて考えてると、アッと言う間にバットテリー空っぽ!になりますから。
車庫の日の当たる所まで(手で)押しましてと。小一時間日干ししてから、始動するわけです。正月にポイントの調整しましたし、思ったよりは早く始動できました。折角ですし、10分程暖気しまして、隣町のドラッグストアまで走ってきたのです。
 
 







2025/01/19 22:27:29|プラモデル PROTAR
1/9Vespa125F ボディパーツの磨きとか 

ベスパ独特のスタイルって言うのかな、去年塗装したフレームパーツの磨きをするのだ。気が付いたら2カ月以上も経ってましたね(反省)
塗膜の乾燥が進んだのは良いけど、変形とかしてないと良いなって。
クリアーコートを磨くんだけど、今回は中研ぎしてあるし、1500番で均してから、2000番、ここ最近は3000番で磨いちゃうのだ。塗膜はかなり薄いけど、乾燥が進んでるし磨きやすい。ベスパのフレームって、緩い曲面で磨きやすいし、作業は楽しく進む。まぁ、失敗無しで進むって事も無く、小さく下地が見えちゃった所もあるんですが、筆のタッチアップで済みました。
ただねぇ、ココで問題がありましてと、フレームにエンジンとかFサスとか組み込んでたら、ちょっとズレてたり。これ、製作途中の仮組不足かなと。工作の時間が長くなったり、途中休止したりも良くなかったみたいです(泣)
まぁ、じっくりとパーツ合わせを調整しましてと。いやー、完成が遠くなっていきますね。
ホディにゾロゾロと着く細かなパーツは、殆どメッキされてるんだけど、このメッキも良くなくて。全部まとめてメッキを剥がしてみたのです。ただねぇ、年代物のメッキだし上手く剥がれなかったりも。
ちなみにメッキされてるパーツだけど、実車の場合メッキされてるのはライトにメーターくらいで、後はアルミ地だったりするし。この辺は塗装で変化出来たら良いねと。
画像も少ないのに、妙に働いた気がしますよ。
1.フレームパーツは、2カ月以上も乾燥させたから、ペーパー磨きは楽ちんでした。クレオスのクリアーは、乾燥が進むと、かなり塗膜が薄くなるのが良いですね。
2.メッキされたパーツは、細かなパーツはランナーに付いたままでメッキを剥がしました。中途半端にメッキが残ってしまいました。
各パーツで、メッキをすべて剥がしてから、銀とアルミ肌の塗装になります。
 







2025/01/19 22:04:02|酒のツマミになるプラモ
MMドイツ戦車兵セットの話

タミヤの戦車兵セットを初めて買ったのは小1の頃だったか。田舎に住んでた僕は、プラモデルを買うとなると、文具屋さんか駄菓子(貸本)屋くらいで、デパートに行く事なんて滅多に無かったわけ。
小さな駄菓子屋だから、新しいプラモが仕入れられると直ぐに評判になるくらい。「戦車兵セット」の事も学校で知ったわけだ。「戦車に入ってる兵隊が、バラで売ってる」「戦車は買えないけど、兵隊なら買える」とか話題になる。
当時の僕は、リアル(造形の)な人形に興味津々でして、当然「戦車兵セット」も欲しくなったわけ。
戦車兵セットは白い箱が印象的で3体入り。太いゲートは爪切りで切ったと思うけど。「これが、戦車のプラモに入ってる人形だなぁ」とか思ったりして。
ただ、その時に不思議に思ったのは、座っている戦車兵が入っていたこと。この兵隊は、何処に置くんだろうって。
中学生になった頃、戦車兵セットは4体セットになっていたわけ。僕は、懐かしい気持ちもあって戦車兵セットを買っている。中学生の頃だと、各戦車兵のフィギュアが「どの戦車に付属してるか」と言う事も分かるようになっていたけど。座ったポーズの戦車兵だけは、不思議なままだった。
ただ4体入りの戦車兵セットにはドラム缶がオマケに入っていた。これ、箱絵にも描かれていなくて、文字だけ。このドラム缶なら「立てても、転がしても」座ったポーズの戦車兵が置けたのだ。もちろん、取説にも書かれてはいないけど。
1.初期の戦車兵セットは3体入り。白くて薄い箱は、MMフィギュアの印みたいに感じていた。MM50周年で再販された時、プレートの文字が消されていたり、少し残念だった気がする。
2.4体入りになった戦車兵セット、箱絵は一体イラストを追加しただけ。ランナー配置を見ても、3体入りとは別の金型みたい。
MM独特の箱裏の解説は初版と変わらない物だった。
 
 







2025/01/18 22:33:03|プラモデル雑感
私的なプラモ20世紀

さてさて、こんな雑誌を買ってみたのだ「20世紀モデラーズ」ですと、20
世紀なんて25年も前の話だけど、懐かしいと言うより、新たな発見もしたり。今回は私的なプラモ20世紀の話を書いてみようかと。
僕が本格的にプラモを作り始めたのは中学の頃、MMの兵隊に塗装をしたのが始まりだったか。兵隊セットを買ってきては組み立てて塗装をしていた。
当然だけど、タミヤのカタログは品名から値段から全て丸暗記するくらい読んでいた。
中二の時にヒロさんと同じクラスになって、彼の影響もあって更にプラモ好きは加速した。模型誌を借りて読んだり、「汚し塗装」とかも覚えたり。
MM好きは高校生でも変わらずだけど、プロターのプラモに夢中になったのも同じ頃。大学生になって、下宿生活をするようになって、プラモの趣向は車にバイク物に変わっていき、MMに興味を示す事は無くなったけど、スケール物プラモ好きは変わらないままだった。
プラモ好きな自分は、念願のタミヤに入ることになる、入社したのは86年で、新製品は、スケール物は車とバイク中心で、MMは無し、イタレリ商品を輸入したり、その年はRC生誕10周年とかでタムテック(死滅)が出たり、レーサー4駆が発売したり。僕は企画室勤務となり、RC要員になった。RC雑誌のやCM用のサンプル作成したり、週末はイベントに明け暮れて、僕の実質の上司はT屋教授で模型の楽しみ方を根本から教わった気がした。タミヤを離れる頃には残念な事だけど、僕のプラモ趣味は終わりを迎えてしまったわけ。
僕が、プラモ趣味を再開したのは21世紀になってからで、今の家に住むようになってからの事、車好きな事もあって幾つかプラモの車を作り始めたわけ。塗料を買いに行った模型店で、たまたまMMコーナーを見てしまったわけ、空白の10数年の間もMMは増え続けていた、反面MTは絶版だったりで「継続は力なり」そんな言葉を思ったくらい。
そんなわけで、僕としてはプラモ趣味から離れてしまった15年間くらいのMM
プラモの歴史は興味津々なわけだ。だだ品名だけを並べるだけじゃなくて、当時のモデラーさんの心境とかも知りたいねと。
今年は2025年、プラモ趣味が続けられるし、プラモ界も活気あるのは嬉しい事だし。さて、ぼちぼち作り始めないとね。
1.今月のAM誌は、タイトルだけで買っちゃいましたね。自分の知らなかったMMの歴史の参考書って感じです。
2.自分のプラモ趣味のルーツと言えば、タミヤニュースにカタログですね。
3.これは、実家から持ち帰った、ミリタリー物のプラモデル。ホルヒのセットは、去年最後に持ち帰った物。

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