ミニクーパーとプラモ奮戦記

好きな車に、趣味の事。 昭和38年生まれの男の遊びの日記です。
 
2026/08/16 21:16:17|日記
ミニのタイヤを見て、思い出した事。ちょっとマニアックな話だけど。

そうそう、SP4を履いたミニを見てて、思い出したんだけど。
昔のミニって、フロントタイヤが食み出してたって事、70年代になって、タイヤが食み出してると車検が通らなくなって、フロントにリップ上のフェンダーを着けた時期もあり。その後は、黒いプラ製のオーバーフェンダーが前後に着けられてた。
ちなみに古いミニだと、フェンダー部分にプラ製のモールが着けられていた。モールは車のグレードによって、スタンダードとデラックスの2種類が存在していた。ミニ号はスタンダードのモールを着けてる。
ちょっと難しい話になるけど、ミニのフロントはトーアウトが基本で(世界中でもトーアウトの市販車ってミニくらい)トーアウトの車は、コーナリングがクイックだと言われる。
ついでに書けば、ミニのリアはトーインに設定されてる。ちなみに、左右でトレッドが異なってる。トーインは直進性に優れると言う。
ミニを設計したAイシゴニスさんって、車のサスペンションの権化だったとか、ミニって車は小さいだけじゃなくて、サスペンションも面白い車なのだ。
 







2026/08/16 18:33:26|日記
ところでSP4は、どうだったの?

ミニ号のタイヤを交換して、しばらく経ちました。今年は、そこまで暑くもなくて、ミニに乗る機会も多かったんで、僕としては初めてのダンロップタイヤについて書いてみようかと。まず断っておくと、タイヤの感想だからってグリップとかの話は無いんです。
正直言うと、タイヤ交換して一週間ほどは「何の変化も無し、以前のBSに比べると大人しくなった」気がしてたんです。ダンロップのSP4って、見た目が良いだけなのかなとか(失礼)
夏休とかで、ミニに少し長く乗る機会がありまして、気づいたのは「タイヤの音がしないなぁ」って。今までのBSだと、スピード上げるとギャーンって鳴ってた気がしたのに。そっか、良いタイヤってのは「静かなのかなぁ」と気づいたわけです。
ついでに言えば、洗車してて気づいたんだけど、磨いてるとボディがボヨヨンって簡単に揺れるんです。これ、分かります、タイヤが柔らかいって事なんです。別に空気圧とか関係なくて。そう言えばSP4は(タイヤ)サイドが妙に張り出してたなぁって。そう言えば、走行中も前ほどガタガタしなくなってたし。
うーん、自分はミニのタイヤって事で、評価する基準を間違っていたのかなぁって。乗ってて「静かに感じる」とか「振動が減った」気がするのは、タイヤの性能なんだろうから。やれやれ、60過ぎて、30年近くミニに乗ってて、今更に気が付いたんだから。けどまぁ、それも新品だからかも。(笑)
「ところでSP4は、どうだったの?」って質問だけど、もう少し、ミニに乗って報告しようかなって思います。ククッ。
1.先月交換したダンロップP4です。
新品タイヤに着いてる「ヒゲ」は、ニッパーでプチプチと切っておきました。タイヤ内側の「ヒゲ」はどうやって切るのかな?
 







2026/08/16 0:07:50|プラモデル雑感
プラモの記憶「Back to teensH」二つ星のT34/76

さてさて「Back to teens」って事になると、やっぱりタミヤMMの話が多くなる、今回もMMの話だけど、単品じゃないんです。
MMシリーズに夢中になり始めた頃の話、吉祥寺にあった模型店に行くと、店頭に紐で縛ったタミヤの戦車プラモがありまして、値段が〇万円の値札が付いてて、それが「絶版品で価値がある物」だと友人に教えてもらったわけ。
その時のプラモはSU100で、たしかに自分の持ってる1976年のカタログには載っていなかった。ただタミヤのカタログにはT34/76なる戦車がありまして、ちょい興味が沸いたわけです。それは1942年と1943年型なんて名称が付いてて、ドイツ戦車ばっかり見てた自分には特異な形に見えたわけです。
ちなみに、T34/76のプラモって盛り沢山なのに700円で、ドイツの戦車より安かったのも不思議でした。その時に買ったのは1943年型、理由としては「人形が3体着いてるから」と1942年型の箱絵の「白い冬塗装」が戦車なのに「白い」のはカッコ悪く見えたんですねえ。
タミヤT34/76プラモって何しろ「箱がパンパン」な印象。何しろ後付けパーツ満載の「お楽しみランナー」が一枚入ってる。人形のポーズも決まってるし。前後のフェンダーの使用感はタミヤ戦車でも珍しい表現。
続いてT34の兄弟車のSU85を入手、さらには新製品のSU122も入手した頃には露戦車が好きになってて「冬の「白塗装」にもチャレンジしている。
ちなみに、タミヤのT34/76戦車のキットは、元々は走行物のMTシリーズで設計されている。車体は電池収納の為に「若干大きい」し、走行性能を上げるためか前車軸は金属シャフトで、無限軌道の張り調整機構が付いている。ついでに言えば、強度確保のためかプラも厚め。ただし当時のタミヤらしく、精密感もあるしディテールも細かい。
自分の場合20代30代の頃、プラモに無関心だった時期もあるんだけど、2000年頃に発売された「タミヤ全仕事」なる本でMMにT34/85が発売されていた事を知る。
キットを求めてMr.ク〇フトに行った記憶がある。30代後半にプラモ趣味を再開した頃に、秋葉のレオ〇ルドで、SU85にSU122を入手、その頃に走行物の1942年型も入手している。
そして、SU100が復刻された、動力メカもゴムキャタピラも入って無いけど、当時の金型で成形されたのだ。今から半世紀も前に、吉祥寺の模型店で見た「絶版品」と同じものを手に入れたのだ。
​​​​​​最後の仕上げって事でも無いけど、中学生の頃に入手した1943年型のキットを、アマ〇ンで入手、キットはフィリピン製になってたけど。
ここまで書いちゃうと、一台作ってるよねぇ。なんて思われそうだけど、何一つ作って無いのだ(笑)もうねぇ、キットの箱を開けるだけで「腹いっぱい」になっちゃうんだから。
1.タミヤT34/76のキット、1943年型は、シリーズ唯一の鉄転輪仕様、イケメン過ぎる戦車兵が2体入って、ミッキーマウス砲塔に並んでいるのです。
1942年型はMT仕様、T34シリーズでは唯一の走行物。走行メカが入るので「お楽しみランナー」は入らないのです。
2.タミヤでは露戦車の自走砲は襲撃砲と呼ぶんですが。SU85は実車同様SU122と同じ車体上部パーツなのです。この2種類の戦車のバランスの違いが面白いと思うのです。年式の違いに合わせて、戦車兵の服装も変えてあるんです。
3.T34/76でも風変わりなフォルモチカ砲塔仕様もあるんです。ドイツ製のプレス機械で生産されたロシアの戦車ってだけで笑えます。
T34/85は何回も限定販売されてますね(笑)このキットを入手してから、一気にT34シリーズを集め始めた気がしますねぇ。
4.SU100かつての絶版物の金型を使った「復刻版」元のキットが走行物と言う事で、パーツ数は舐め、車体は一体成型が目立ちます。キャタピラは現行品が流用されていますが、長さも幅も怪しいんでしょうね(笑)
値段を上げるためなのか、汚し塗料が入ってます。
ここ最近のタミヤって、昔作ってたモデルのリニューアルが多いでしょ、T34シリーズも、そのうちに出るのかなぁって。







2026/08/15 23:21:03|プラモデル雑感
プラモの記憶「Back to teensG」あえて言うなら「呪いの書」

先日のプラモ買い出しツアーで、45年前のHJ誌を入手してきた。自分にとっては記憶に残る雑誌だったわけ。当時のホビー界と言えば、ガンダムプラモが大ブーム、毎月のように新製品が発売されて、模型店にはガンダムプラモを求めて列が出来ていた時代。当時のB社広告で、ガンダム商品の品不足について「お詫び」が書かれていたり。今時みたいに転売ヤーなんて、フザケタ野郎はいなくて、皆純粋にMSが作りたかったモデラーや少年だったわけ。
当時のHJ誌は、親会社のPホビーの扱う輸入プラモや、ゲームの記事などが多かった。ガンダムプラモの記事はB社の発売ペースには合わず、かなり遅れて載ってた記憶がある。
81年6月号の話だけど、フィギュアの特集とは言え、メタル物やらスクラッチ品の記事が先行する、相変わらずの読者無視ぶり。そんな中、田舎に住んでた自分でも入手できたのが、ガンダム1/20キャラコレだったわけ。ぶっちゃけ、キャラコレなら「並ばずに苦労しないで買えた」わけ。
6月号の記事は、キャラコレをガンダムフィギュアと称して作成、作るのは時の人山卓さんでして、この記事の中で、アムロ君のポーズを変えて服装を替えたフィギュアを作っていたのだ。自分は、この記事に感化されて、キャラコレを買って来て「真似た物」を作った。当時の自分は高校生、プラモのフィギュアの塗装や改造ならMMで幾つも作ってたわけで、1/20サイズは、MMよりも大きめだし、スリムな体系なのでポーズ変えに、服装変えも楽だったのだ。
ちなみに、キャラコレは1体百円!で、幾つも買えた。
自分は、思いつくままにキャラコレを改造し続けた、その大半は地元デパートのショーケースに展示してもらった。肝心のガンダムの方は、テレビの再放送が続き、映画も公開されていた。
自分の期待とは裏腹にもキャラコレは伸び悩んでいたようで、全10種類で終了、売場からもジリジリと減っていったのです。うーん、ザビ家一門も、ランバにハモンさん、ドレンも欲しいし、連邦側だってミライさんにスレッガー、オスカーにマーカー、カイさんにはミハルも欲しかったぞーって。
今でも、当時のキャコレ一式が保管されている。これは「大人になって、もっと上手くなったら作ろう」って思っていたわけだ。
それか、何年も後のこと、50代後半の頃に、その昔を懐かしんで、キャラコレを作った。高校生の頃はタミヤアクリルで塗ってたけど、今はラッカー系で塗った。作りながら思ったのは「思ってたより、顔小さいなぁって」50過ぎても、プラモの腕は上がらなかったようだと(笑)
1.HJ81年6月号、この当時のHJはミリタリーやフィギュアの特集が多かった気がしますが、数年後にはガンダムやアニメ物プラモの記事が多くなり過ぎで、自分は購読を止たのです。
2.特集記事、この当時のモデラーさんって文章も上手い人が多い気がします。作例も個性が強いと言うか。
3.我が家にあるキャラコレ。先行して6種類。その後に4種類発売された。ちなみに男女比は5:5だった。当時物なので、証紙が貼ってあります。
4.50代にして作ったガルマ様とイセリナ嬢。この組み合わせはガンダムで最強と思うのです。ガルマ様は無改造、イセリナ嬢は腕の長さを延長してポーズを着けました。台座まで含めて、全てラッカー塗りで仕上げました。
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2026/08/14 21:48:46|日記
お盆は献血!

まぁ、自分の場合は「献血は盆に正月、連休中」ってなるわけでして、今年も盆が来れば献血に行くのである。最近は、予約も出来るから気楽なもんだし。
さて、献血に行くんだけど「雨」だったのだ。雨となる、乗り降りも気楽なミニで行く事になりました。ミニはタイヤ交換もしたし雨の日でも快適に走るのです。
近場の献血センターに行くんだけど、休み中って事もあって、親父率が高いような、そう言ってる自分は爺いですけど。
問診では「心電図を取ったのは何月?」なんて聞かれるんだけど「年に4回は取ってるかなぁ」なんて返事しちゃったり。不健康なくせに、それなりに健康意識は高いぞってフリはしてる(笑)
今回も、ポイントが貯まったって事で、グッズを頂くんだけど、家に帰ると、同じ物だったりして、こう言う物をダブって持ってる自分に呆れたり。こっちの意識は限りなく低いのでした、ククッ。

 
 
 







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