日本の小学1年生の代表的な生活目標ですね。
さて、そのうちの何人が親友と呼ばれるようになるのか。
ところで、自分には「親友と呼べる友達がいない。」と
思ってしまうのには、理由があるようです。
というのも、人は、理想的で、鏡映的で、双子的な人を親友とみなすようで、
その3つの条件を同時に持っている友達は、かなり希少です。
ちょっとわかりずらいですね。言い換えます。
人は、父親的で、母親的で、自分によく似ている人を親友とみなすのですが、
そんな人を、この幼児化した日本社会で見つけるのはかなり困難です。
でも、父親的な人、母親的な人、自分と似た人を
それぞれ持つことはできるようなので、
友達が最低3人いれば、その人のニーズは満たされるわけです。
ということで、例えば4人グループで、
それぞれのメンバーががそれぞれのメンバーに対して、
自己対象を持っていれば、かなり安定的なカルテットになり、
お互いが成長へのらせん階段を登ることができるようになります。
だから、単純に友達が多いことが、何か誇れることでもないのです。
友達が少ないことを恥じるべきではなく、むしろ恥じるべきは、
だれかの友達として自分自身が振舞えないことだと思います。
であれば、友達が多すぎる人は、友達がいないのとほとんど同じです。
なぜなら、そんなに多くの人数に対して、友達であることは、
かなり困難だからです。
本当は、そんなに人に興味がないのでしょう。
本日は以上です。
ではまた。
|