以前、このブログで 私のスピリチュアル体験談を紹介することにしたと宣言しましたが いまだに、ひとつも投稿していません。
もう忘れたと思いますが、思い出すのはいつも忘れた頃ですね。
ということで初回の投稿をします。
はじめは「テレパシー会話」です。
時は、私が生まれて間もない50年も昔のお話です。
2人の赤ちゃんが保育器に入れられ、隣同士となりました。 一人は私で、もう一人は私が生まれた翌日に誕生しました。
ところで、胎児はテレパシーを使えます。 生まれてまもなくの私たちもテレパシーを使えました。
大体、そこでの話題は、なんになるために生まれてきたのか、ということ。 隣の赤ん坊は「弁護士になる」と言っていました。
ところが、中学卒業も間近に控えた秋ごろに、少し会話することができ 「薬剤師になる」と言っていました。
私はとっさに、「弁護士になるんだよね。」と聞き返したのですが どうやら、薬剤師になるべく大学を卒業し、薬剤師になりました。 ほどなく結婚もしたようです。
なるほど、人生の目的は変えられるのか、と私は了解していました。 ところが、まだまだこの話には続きがあるのです。
医者をしている義父に医者にならなかったことを責められた。 それが、面白くなかったらしい。
そのため、義父を見返すために、弁護士を目指したそうです。
法科大学院へ通って、新司法試験を受験し、 なんとか合格を勝ち取ったそうです。
現在は、薬剤師資格を持つ弁護士として、稀有な存在となっています。
以上の話は細かいところは違うかもしれませんが、実話です。
この話から得られることとは?
やはり人生の目的というか、生まれる前に決めてきたことは 実現するように促されるのだと言うこと。
義父のふるまいは一見理不尽ですが、 神様の目から見たら、人生の目的を達するには必要な配役にすぎません。
嫌な人物に執拗に攻められることも、 人生の壁が理不尽に立ちはだかるのも すべては神様の配慮なのかもしれません。
このように受け止めて、ご自身の人生を省みることも時には必要ですね。
本当は、この地球にこの時代になにをすることを目的に自分は訪れたのか?
決めてきたことはすっかり忘れているのですが、思い出すしかありません。
やはり、すっかり忘れたことに思い出すようです。
本日はこれまで。 ではまた。 |