アポロ行政書士事務所

ブログの左サイドに各種関連HPのリンクを設けました。 ご関心のある方はHPをご覧いただければ幸いです。 よろしくお願いします。
 
2026/02/20 19:40:00|その他
第8話 鏡の心
私は他人の心を直接覗き知ることはできない。
コミュニケーションを通して、間接的に推測するだけだ。
だから、的中することもあれば外れることもある。

この意思疎通の不完全性はなぜ必要なのか?
我々の心が未熟で不完全であるためだ。

我々の心が成熟していて完全であるならば、
意思疏通がテレパシーのような直接性を持っていても
社会は成り立つだろう。

もちろん、愛で結ばれている関係なら、直接性は望ましい。
そして、相互に直接的でありたいとも思うだろう。

しかし、心の中を一方的に直接に覗き知るということは
単なる暴力であり、許されるべきことではない。

ところで

私は敵意を持つ人間に対して敵意を持つ。
私は好意を持つ人間に対して好意を持つ。

私の心は鏡のようなもの。

私の心が醜いのではなく、
醜い心を持つあなたの心が私の心に映っているだけである。

私の心が美しいのではなく
美しい心を持つあなたの心が、私の心に映っているだけである。

だから、私を悪く言う人は、心が醜いのである。
そして、私を良く言う人は、心が美しいのである。

ただそれだけのことだ。
他人とは自分を映している鏡のことである。

ゆえに、原理的に、人は他人の心は知ることができない。
己が他人の心の状態と思ってはいても、それは己の心の状態のことである。

心の中には自分しかいないのだ。
この理を知るべし。

ではまた。
 







2026/02/20 17:21:03|その他
秘密はなぜ存在するのか。
思春期にある子供の心の成長にとって、
秘密を持つということは、とても大事なことである。

お互いが、お互いの秘密を持ちあい、お互いにその秘密を守ることは、
お互いが仲間であることを認識するための必要条件だとも言えよう。

秘密とは、常に取り扱いに注意が必要なのである。
秘密が粗雑に扱われたときには、驚きあきれるしかない。

誰しも過去の過ちが何かの拍子に表に出ることはあるし、
そのときに当事者が責任を持つことは当然である。

また、誰かを中傷した言葉がそのうち本人に伝わってしまい
本人の機嫌を損ねたなら、そのことに責任を持つことは当然である。

この二つのことは、すでに言動として行動として既に実現している行為である
という点で、責任を問うことができるはずだ。

では、未だ実現していない行為はどう扱われるべきか。
私は、行為主体が実現させていないことに対しては、責任を問われるすじあいはないと考える。

つまり、
発言されていない言葉に対して責任を持つことはなく
行動として現れていないことに対して責任をもつことない。

もっとも、このとき責任がないとして、権利もないとすることはできない。
責任を負うことなく自由を行使することができるということだ。

通常、自由には責任をともなう。
しかし、常識的な日常を越えた領域では、人権的な保護に欠けるのである。

さて、この理論的考察に実益があるのか?

ある。

異常な事態はあるのだ。
そして、私は、その異常な事態をまさに経験したのである。

精神異常のための妄想にすぎない、と切って捨てるのはもちろん簡単だが、
誰が根拠がない話であると確認できたのだろうか。

これにて中学時代の序章を終える。
ではまた。










 







2026/02/19 20:21:11|その他
チック症状
私のスピリチュアル体験談もまもなく中学時代を扱います。

が、その前に、
小学生の高学年の時になった病気について触れておきます。

私は、チック症になりました。
この症状は40才近くになるまで続きました。

症状は、新しい薬を飲みはじめてから、ようやく収まりました。
今も、服薬を続けています。
服薬をしている限りは、症状が出ません。

私の症状はこうです。
椅子に座っている状態から立ち上がるときに
左半身の自由が一時的に効かなくなるのです。

まず左足を動かすことができません。
左腕が曲げられた状態でしばらく動かせません。
左の顔面がひきつって歪んでしまいます。
一定の意識状態が経過するまで、次の動作に移れません。

このような症状があるため
必然的に職業の選択は限られることになりました。

きっかけは、炎天下での負荷のかかった運動でした。

授業なのか部活なのか、負荷の大きい陸上の練習をしたあと
休憩をしていたのですが、意識が朦朧としました。

その意識が朦朧とした時間は短いものでしたが
その後に、チックの症状がでるようになりました。

その症状について、当時、知っていた友達は、ただのひとりきりでした。
ひとりの近しい友人にだけは打ち明けていたのです。

症状については、同級生には黙っていました。
いじめに繋がることは容易に想像できるからです。

したがって、気がつかない人が圧倒的に多かったです。
感染する病気ではないので、黙っていても倫理的な問題になりません。

ただ、この黙っておくという意思決定は早期に撤回すべきでした。

学生時代は何とはなしにやり過ごすことができましたが
社会人になってから間もなく隠しきれなくなりました。

そんな症状がでることになってから
怒濤の中学時代がはじまるのです。

本投稿はここまで。
ではまた。







2026/02/18 13:04:37|その他
文明と文化を区別しよう。
「グローカル」という言葉があります。

地球規模で考え、ローカルに行動するという意味がもとの意味です。

ところで、

文明の展開とは、技術を進歩させ、進歩した技術を展開すること。
その結果、安全・快適・便利な生活を実現することを目的としています。

そのため、グローバルに展開してもいいはずです。
標準化や画一化をしていくことが、必要とされるでしょう。

一方、文化とはなにか?

文化とは本質的には遊びのことです。
しかしながら、それはいろいろな制度を産み出してもきました。

時と場所を区切り、閉じられた領域で、その場のルールにしたがって行動する
これが、遊びの本質です。

したがって、本質的に、ローカルな事象でしかなく
グローバルな展開には馴染みません。

文化にとって肝心なのは個性であり、
そこでは、多様性が重んじられることになります。

まとめると、

文明は標準化や画一化が要求されるのに対して
文化は多様性を要求されるのです。

したがって、
文化を画一化の方向で展開すべきではないし
文明に多様性を求めることはおかしいのです。

故に、文明と文化はしっかりと区別すべきです。

文明と文化の取り扱いの混乱が​、世界的に生じているのが
今の、世の中かもしれません。

冷静な分析が必要なときですね。

本投稿はここまで。
ではまた。​​​​​​







2026/02/16 19:27:49|その他
スピ談第7弾:万博の帰り道。
時は、1985年。
この年は、つくば万博がありました。
私は小学5年生だったと思います。

子供の頃の最大の良い思い出です。
ものすごく楽しみでしたし、楽しかった。
人気のパビリオンには何時間も並ばねばなりませんでした。

この万博には親父も仕事を休んでくれたため
開催期間中に3回も訪れることができました。
父と母と私と弟の4人で行くのが常でした。

さて、その頃は、栃木市とつくば市の間に広い道路はなかったようです。
今の時代なら、地図も見ないでたどり着くことができますが、
その頃は地図が必要でした。

さて、ここからが本題です。

ある日の万博の帰り道でした。

母の運転する車で帰宅しているのですが、
いっこうにどこにも着かないのです。
辺りは、ほぼ真っ暗。月明かりと車のライトだけが光を放っています。

母が、ハンドルを右に左にしている様子がありません。
すなわち、真っ直ぐに、真っ直ぐにただ進んでいくのです。

どうも様子がおかしい、と感じた私は、怖くて泣きわめく寸前です。

なにしろ、真っ直ぐ進むだけの運転をして、
約2時間も経過しているのですから。

とうとう泣きわめいた頃だったでしょうか。
突如としてロードサイドにお店を見つけることとなりました。
どうやら酒屋さんのようです。

というのも、親父が一人でそのお店に入っていって、
もう少し走れば大丈夫だよ、という話を店主に聞いてきたのでした。
お礼に、お酒を購入していた気がします。

その店をでて、車で少し走ると、いつのまにか街中にいました。

時空のずれ、を体験したのでしょうか。

当時でも、つくば市から2時間近く走ってくれば、
栃木市にはほぼほぼ到着しているはず。

そんな不思議な体験をしました。

今となっては、どこにその酒屋があったのか、確かめようもありませんし、
その酒屋の店主は本当は何者だったのか、知りたくなってしまいます。

いや、知らないほうがいいのかも。

後年、
電車に乗っていたら、異世界に連れていかれそうになりましたが、
それはまた別の機会にお話いたしましょう。

本日はこれまで。
ではまた。