さて、子供は幸せだ。 なぜか。 それは、感情をそんまま表現するからだ。
生活する中で常に喜怒哀楽を感じているわけだ。 ネガティブとされる感情もポジティブとされる感情も 特に分別なく体験しているのである。
実は、これが大人になるとなかなかできない。 おそらく、知識が邪魔をしているのである。 知識が感情的なエネルギーに変な制御をしてしまう。
大体、大人になってからである。 幸せになりたいなどと願うのは。 子供はちがう。 幸せの只中にある人間はいま幸せであることにすら気がつけないのだ。
大人になってからわかることだが、 子供のころは、本当に幸せでしかなかったのだということだけだ。
もちろん、子供といえども成長過程にあるわけで、 思春期になると、途端に内向的になり不幸せになったりする。
性的なエネルギーが活発になってしまうことも、 自分の行動を抑制することが常に正しいことだと認識させられてしまう原因だ。
もし、思春期に、友人たちと性的な話題を避けるような関係しか 築けないのであれば、大人になった後に、精神的に苦しむことになるだろう。 もっと、性的な話題も素直な気持ちに沿って表現できるようでありたい。
さて、怒りの感情はなぜあるのか。 もちろん、私見になるが、それは、自分らしさと関わっている。 実は、人が何に怒りを感じるのかは、意外に共通していない。 だから、なにに怒りを感じるかによって、自分が何を大事にしているのか 自分の怒りと対話すれば分かってくるのである。
怒りを感じないということは、 私は何を重要な価値としているのか分からなくなるのである。 そして、だいたい怒りのエネルギーを拒絶している場合、 ポジティブなエネルギーとされる喜びや楽しい感情もなくなる。
感情の起伏が少ないということは一見、大人になることに見えるが、 実は、幸せであることからは遠ざかっているのである。
まず感情があるべきなのだ。 その後で、自分の認識に気がつきたければ気がつけばいい。 そして、問題とするならば、認識・認知を変えればいい。 ここで認識とは自己認識のことである。 もし、自己認識を幼いと判ずるならば、もっと社会に適合的な 自己認識に修正すればいい。 ただそれだけだ。
ただ、感情を失ってしまうと、きっかけもつかめないので、 自分を変える事はできない。 もちろん、変えるとは、 もっと自分らしく振る舞えるようになるということだ。 それは、人間関係の調整ということも含むものであっていい。
怒りは表現したほうがいい。 内向させないほうがいい。 内向すると鬱になるから。 聞く話だと、がんになったりもするらしい。
では、怒りをそのまま表現できるかと言うと、むずかしい。 人間関係が簡単に壊れてしまうだろうから。
しかし、自分が怒りがあっても我慢するばかりではいけない。 だから、上手く表現するという方法があるだろう。
その方法は、各人が上手く編み出していくのがいいだろう。 怒りの表現であってもそこは個性を発揮できるといいですね。
まとめると、怒りは、自分とはなにかに気がつくためには、 必要な感情なので、もっと怒りを感じていいし、表現してもいいですが、 表現するなら賢く表現できたらいいですね、ということでした。
最後に、カウンセリングの場で怒りを誘発させるような カウンセラーがいたとしたら、案外、優秀かもしれませんよ。 なぜなら、お客さんをお客さんとして扱ってないからです。 それって、変な話、正しいのです。
気持ちよくさせるだけがカウンセラーの仕事ではない。 まあ、ウケない話だからこのへんでやめましょう。
本日はこれまで。 ではまた。 |