どうやら、本格的に執着を手放すことができたらしく、 随分、精神的に楽になった。 つまらないことで、気に病むことがなくなっている。
今日は映画を見に行った。 昼に、シネマハーヴェストウォークの映画館へ行った。 「いのちの停車場」を観た。
栃木市の風景が映画のシーンになっていた。 いい感じに撮ってくれていた。 ありがたい話だ。
金沢の話らしい。 金沢と比較されても、違和感がなかった。 素晴らしい。
ところで、新しいカウンセリングというのを着想した。 これまでは、ロジャース派が日本では幅を利かせすぎていたが、 私は、未だに、本物の傾聴を体験したことがない。
傾聴は私にとってはなんの役にも立ちそうにないし、 傾聴体験を得ずに、心理的に楽になることができた。 その方法は、自分の感情に気がつくことを通じてというよりは、 徹底的にロジカルな方法によってである。
やはり、傾聴を中心としたカウンセリングには限界があり、 本来的に、大人の女性にしか向いていない方法なのだろう。 傾聴が上手ければ、どんな人にも通用すると考える人もいるが、 そんな力量をもった人は殆どいない。いや、むしろ、存在しない。
大人の男性で、特に知性が高い場合は、 論理を徹底する方法のほうがメンタルの改善には効果がある。 もちろん、一時的には険悪な関係になるはずだ。
しかし、精神的な不回帰点を得るには、 論理で突き進む方法のほうが優れている気がする。
ところで、認知行動療法というのがある。 その力点は、行動を変えることで認知が変わることだ 認知が変わることで、心理状態が変わるのである。
ただし、認知を直接的に変えることもできる。 それは、対話を通じてである。
それは、カウンセリングというよりは、 心の問題のコンサルティングなのだろうが、 そのほうが、男性には向いているのだろう。
そのためのツールはいくつか考案できる。 それは、他の心理療法でもある程度、使われている方法だろう。 傾聴一辺倒を善としている日本では、物珍しいだけだ。
カウンセラーを名乗ることは今後もないが、 心理的コンサルタントなら、今後名乗るかもしれない。 であれば、資格を取得する必要はなさそう。 特に、民間資格はほぼ役に立たないので。
私が活動を始めれば私の方法がスタンダードになるだろう。 ただそれだけだ。 ではまた。 |