アポロ行政書士事務所

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2016/12/17 20:10:51|その他
生産性。
さて、

「日本人の生産性は、欧州に比べてだいぶ低い。」

という事実が、最近、政治の世界でも指摘されている。

なぜ、生産性に差が出てくるのか?

私なりに考えてみると、こうだ。

「日本では生産性を上げることによって報われることが少ない。」

これに尽きるのではないか。

自営業者なら生産性を上げることに意識が行くはずだ。

なぜなら、短時間で仕事が片付くということは、

自由な(仕事に使ってもいい)時間を確保できることや、

自分の時間単価を上げることにつながるからだ。

しかし、日本の非正規労働者は違うだろう。

多くの中小企業で働く正社員も「名ばかり正社員」だから同類だ。

生産性を上げたところで、自分の仕事が増えるだけである。

仮に人の2倍の能力で2倍の時間働くことにしてみよう。

この人は、4倍の給料をもらえるのだろうか?

2倍の時間を働いているのだから、少なくとも2倍にはなるだろう。

しかし、能力を向上させたことによる分配はほとんどない。

つまり、生産性を上げる動機づけが大変弱いのだ。

むしろ、長い時間働くために生産性を下げることになりかねない。

それに、低賃金のために長時間労働をしなければ、

必要生活費を賄えない状況にあっては、

なおさら、生産性を下げることを重視することになるだろう。

なぜ、こんなことになるのか?

それは、日本に時代に合った労働組合がないからである。

私の考えは、こうだ。

「生産性の向上を条件に合理的に労働者に分配せよ!」

これが、当たり前だがなかなかできないのが、

日本の労働組合だと、私は思っている。

日本は企業内労働組合が基本である。

従業員に経営情報を開示したらいいじゃないか。

それに基づいて話し合えばいい。

現行法では、労働組合を作るのには2人いれば十分なのだから。

大体、出世したいと考える人が減っているのだから、

「連帯」すればいいんじゃね。

能力2倍にして、16時間ではなく8時間働こうよ。

能力を3倍にして、「老後」あるいは「リタイア後の生活」を

確保しようよ。

働く日本人の能力が落ちているのではなく、

仕組みのまずさが、まず前提にあるんだよ。

ちゃんとやれ、日本!

そして、やっちゃえ日本!












 







2016/12/12 17:52:42|その他
資本主義について。
さて、

「働かざる者食うべからず。」

という言葉があります。

この言葉は、寄生地主(ブルジョア)に対して、

プロレタリアートから放たれた言葉であることを忘れないでください。

決して、働けない者は生きてはいけないという意味ではありません。

子供は働かなくてはいけないでしょうか?

高齢者は働かなくてはいけないでしょうか?

病人や障がい者は、働かなくてはいけないでしょうか?

家庭で子供の世話をしている人は、働かなくてはいけないでしょうか?

家庭で高齢の親の世話をしている人は、働かなくてはいけないでしょうか?

一方で、

寿命によって死を迎えるためには、

死の直前まで働かなくてはいけないでしょうか?

ここで挙げたすべての疑問に「働かなくてはいけない。」と回答するのは、

資本主義を手段と考えずに目的とする人たちですね。

「MAD資本主義者」と呼びましょう。

私は、すべてにNOと応えます。

「幸福な社会を築くための手段の一つが資本主義である。」

と考えます。

だからと言って、私は、急進的な社会主義者や共産主義者ではありません。

もちろん、独裁主義者でもありません。ファシストでもありません。

政治的には民主主義がいいのです。

そのため、日本の既存の政党を皆目支持していません。

誤解がありませんように。

では、

これだけは言って締めくくりましょう。

人々はなんのために働くのでしょうか?

それは、長期的・大局的には、

「だれもが働くことなく暮らすことができる社会を築くため」

です。

そして、短期的・微視的には、

「今後、働かなくても十分に暮らしを営むことができる日を迎えるため」

です。

これは、仕事の定義から、自然と導かれることです。

「仕事とは、将来、その仕事をなくすことを意図して行う行動体系のこと」

です。

つまり、仕事がなくならないのは仕事をしていないことと同義です。

くれぐれもその仕事することを自己目的化しないことですね。

あなたは、いつ仕事をリタイアするつもりですか?

もっとポジティブに言い換えるなら、

あなたは、いつ自由を手に入れるつもりですか?













 







2016/12/09 19:05:36|蔵の街ライフデザイン
ブログ閉鎖を撤回しました。
皆さんにお知らせです。

このブログを閉鎖する必要がなくなりました。

ありがたいことです。

そこで、これまで以上に継続して投稿しようと思います。

つまり、ブログ閉鎖の撤回を宣言いたします。

なにはともあれ、

今後とも、ご愛顧いただければ嬉しいです。

では、よろしくお願いします。

 







2016/11/09 19:11:59|ブログ管理記録
ブログ閉鎖のお知らせ。
久しぶりの投稿です。

このたび、ケーブルテレビのインターネット契約を解除するため、

このブログを閉鎖する運びとなりました。

多年の間、皆さんにご愛顧いただきました当ブログですが、

ついに、お別れの日が来てしまいました。

残念です。

ですが、また、別の場所でお会いできることを願っています。

では、これまでありがとうございました。

これからも、よろしくお願いいたします。







2016/10/19 16:41:36|蔵の街ライフデザイン
市役所のアンケートを返信した。
今日は、暇であった。

仕事が休みなのだ。

そのため、市役所からのアンケートにもすぐに返信することができた。

今回は、男女共同参画社会についてのアンケートだった。

市役所は無作為抽出しているようだから、

たまたまアンケートの該当者になったようである。

そもそも、男女共同参画とは何か。

率直にいってよくわからない。

どうやら、「日本社会は男社会である。」という前提を鵜呑みにしないと、

議論が進まないようだ。

この前提がすでに疑わしい。

確かに、政治の場では男性が意思決定権を牛耳っているのではないか、と思わせるところはある。

職場でも「ガラスの天井」は、確かにあるかもしれない。

だが、ひょっとしてそれぐらいしか残っていないのではないかな。

もっとも個別の事例には事欠かないので、もっと大きな問題を提起したい。

男女共同参画の実際的な問題点

以下で、私の持論を展開することにしよう。

○男女共同参画の旗印のもと、どんどん出世していった人たちには、女性たちにとっては「憧れ」の存在であっても、多くの女性にとって「私は、ああはなれない。」という諦めの気持ちにさせるだけで、「私も後に続くぞ」という意欲を掻き立てることはなかった。

多くの女性は、憧れの女性を敬して遠ざけており、自ら保守的な地位にとどまることを良しとしている。

○そもそも女性にとって「保守的な立場」は居心地が良い。

保守的な立場にいることで得られるベネフィットを手放したくないため、無理に男性に対して片意地を張るようなこともしません。

○社会的地位のある女性の思考が、結果的に「男性化」している。

女性らしい視点を議論にぶつけることで活性化するはずの場が、結局、自らの男性化によって、沈黙している。

このことは、うがった見方をすれば、男性に上から引っ張ってもらうことによって「さらに出世したいの?」と人に思わせます。

○これまでの日本のフェミニズムが、「小娘の屁理屈」でしかなかった。

これはなかなか気が付けないのかもしれませんが、日本のフェミニストはデマゴーグに過ぎず、人気だけがあるのでした。
小娘のようなわがままを通すことだけに執心している思想など、だれも継承しません。

○男性学が確立していない。
これまでのフェミニズム程度に偏った思想であっても、女性学と同様の存在感を示せなかったのは、大きな痛手ではなかったか、と考えます。

少なくとも、対話が成立する程度に、男性の女性理解や女性の男性理解が進み、共通理解が確立しないと、何も深まらないでしょう。

男女共同参画の仕事もゼロベースで考えたり、これまでの経緯を振り返り、反省するところは反省していただかないと、これ以上は何も進まないでしょう。

もう、何十年も同じ議論をしているのでは、仕事をしているとは言えませんからね。

では、お疲れ様です。