本日、2つ目の投稿です。
突然ですが、当事者研究をしてみます。
というのも、
明日、当事者研究をデモンストレーションしてくれ、
という依頼がありましたので、応じることにしました。
当事者研究の紹介はこの投稿ではしません。
では、早速、当事者研究を始めたいと思います。
さて、現在、抱えている問題は何か?
などと、問われて、即答できる人は少ないと思います。
それは、単に幸福だからという場合は多くないでしょう。
多くの場合、問題が見えていないだけなのではないでしょうか?
こういう場合、不愉快だが人に指摘されたことがあるか、
思いだしてみることが必要です。
私は、職場の上司に「人に興味を持て」と言われたことを思い出しました。
その時は、派遣会社で、派遣さんを管理する上司の補佐という立場でした。
なので、人に興味を持つことが高度に求められる仕事ではあります。
しかし、私は、そうした要求に十分に応えることができず、
その職場を去ることになりました。
さて、人の悩みのすべては人間関係の悩みである、
などと主張する精神分析家がいますが、
確かに、
人間関係が少なければ、それだけ心を煩わせることは少ないでしょう。
「人にあまり関心を抱かない」ことは、
心の平穏を保つにはメリットが見いだせるということです。
しかし、それは俗に塗れない生き方をしていることと同じです。
出家している僧侶なら、そんなあり方も許されるかもしれません。
が、俗に塗れてもなお心の平穏が保たれる人でなければ、
多くの人に認められる存在にはなれないのではないでしょうか。
人間関係からの逃避するのではなく、
より良い人間関係を築くことを諦めないこと、
そのほうが、ポジティブな生き方だと思います。
つまり、人間関係を最低限に抑えることで心を安定させるのではなく、
十分に満足できる人間関係を築きながらも心の安定を築くことこそ、
問題解決の状態像だろうと、考えます。
これまでは、人間関係を極力避けることで、こころの平安を保ってきました。
もっとも、お金を得なければ生きていくことはできませんから、
職場の人間関係を上手く保つことぐらいのことは、できていました。
(直近の職場では、通用しませんでしたが、ここでは例外扱いします。)
友達を持つこと、恋人を持つことについてはどうか?
こうした課題はただ惰性で生きている人間にとっては必要ありません。
私は、惰性で生きてきていますから、課題として認識していません。
しかし、より良く生きようとするなら、今後は課題であるはずです。
もっとも、現在でも友達がいないわけではありません。
しかし、今の友人関係には満足できないところがあります。
現実の友達関係というのは、対等であることは少なく、
とかく支配従属関係に陥りやすい気がします。
こうした支配従属関係に満足する人たちは実際は多い。
なぜなら、共通の敵を叩くという目的でまとまることができれば、
直接的に敵と対峙することは避けられるからです。
こうした集まりは、多く見られますが、お互いを手段とみなし、
決して目的としていない関係です。
味方かもしれませんが、友達ではないでしょう。
味方は裏切ることもあるし、そもそも敵の手下であるかもしれません。
結局、周りは敵だらけなのではないか、という不安に陥りかねません。
こんな状態であれば、味方を見出すことができません。
より良く生きることを実践することができず、当然、経験値を増やすことが
できないでしょう。いつまでも未熟なままです。
このような罠に落ちた実存について、適切な名前(自己病名)を考えます。
「周りは敵だらけ不安症候群パーティを組めないRPG勇者タイプ」
ここまでで、ようやく自己病名をつけるところまでたどり着きました。
次の投稿では、RPG勇者タイプの実存が辿りがちな人生シナリオを
検討してみたいと思います。
ではまた。
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