今日は、暇であった。
仕事が休みなのだ。
そのため、市役所からのアンケートにもすぐに返信することができた。
今回は、男女共同参画社会についてのアンケートだった。
市役所は無作為抽出しているようだから、
たまたまアンケートの該当者になったようである。
そもそも、男女共同参画とは何か。
率直にいってよくわからない。
どうやら、「日本社会は男社会である。」という前提を鵜呑みにしないと、
議論が進まないようだ。
この前提がすでに疑わしい。
確かに、政治の場では男性が意思決定権を牛耳っているのではないか、と思わせるところはある。
職場でも「ガラスの天井」は、確かにあるかもしれない。
だが、ひょっとしてそれぐらいしか残っていないのではないかな。
もっとも個別の事例には事欠かないので、もっと大きな問題を提起したい。
男女共同参画の実際的な問題点
以下で、私の持論を展開することにしよう。
○男女共同参画の旗印のもと、どんどん出世していった人たちには、女性たちにとっては「憧れ」の存在であっても、多くの女性にとって「私は、ああはなれない。」という諦めの気持ちにさせるだけで、「私も後に続くぞ」という意欲を掻き立てることはなかった。
多くの女性は、憧れの女性を敬して遠ざけており、自ら保守的な地位にとどまることを良しとしている。
○そもそも女性にとって「保守的な立場」は居心地が良い。
保守的な立場にいることで得られるベネフィットを手放したくないため、無理に男性に対して片意地を張るようなこともしません。
○社会的地位のある女性の思考が、結果的に「男性化」している。
女性らしい視点を議論にぶつけることで活性化するはずの場が、結局、自らの男性化によって、沈黙している。
このことは、うがった見方をすれば、男性に上から引っ張ってもらうことによって「さらに出世したいの?」と人に思わせます。
○これまでの日本のフェミニズムが、「小娘の屁理屈」でしかなかった。
これはなかなか気が付けないのかもしれませんが、日本のフェミニストはデマゴーグに過ぎず、人気だけがあるのでした。 小娘のようなわがままを通すことだけに執心している思想など、だれも継承しません。
○男性学が確立していない。 これまでのフェミニズム程度に偏った思想であっても、女性学と同様の存在感を示せなかったのは、大きな痛手ではなかったか、と考えます。
少なくとも、対話が成立する程度に、男性の女性理解や女性の男性理解が進み、共通理解が確立しないと、何も深まらないでしょう。
男女共同参画の仕事もゼロベースで考えたり、これまでの経緯を振り返り、反省するところは反省していただかないと、これ以上は何も進まないでしょう。
もう、何十年も同じ議論をしているのでは、仕事をしているとは言えませんからね。
では、お疲れ様です。
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