アポロ行政書士事務所

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2016/11/09 19:11:59|ブログ管理記録
ブログ閉鎖のお知らせ。
久しぶりの投稿です。

このたび、ケーブルテレビのインターネット契約を解除するため、

このブログを閉鎖する運びとなりました。

多年の間、皆さんにご愛顧いただきました当ブログですが、

ついに、お別れの日が来てしまいました。

残念です。

ですが、また、別の場所でお会いできることを願っています。

では、これまでありがとうございました。

これからも、よろしくお願いいたします。







2016/10/19 16:41:36|蔵の街ライフデザイン
市役所のアンケートを返信した。
今日は、暇であった。

仕事が休みなのだ。

そのため、市役所からのアンケートにもすぐに返信することができた。

今回は、男女共同参画社会についてのアンケートだった。

市役所は無作為抽出しているようだから、

たまたまアンケートの該当者になったようである。

そもそも、男女共同参画とは何か。

率直にいってよくわからない。

どうやら、「日本社会は男社会である。」という前提を鵜呑みにしないと、

議論が進まないようだ。

この前提がすでに疑わしい。

確かに、政治の場では男性が意思決定権を牛耳っているのではないか、と思わせるところはある。

職場でも「ガラスの天井」は、確かにあるかもしれない。

だが、ひょっとしてそれぐらいしか残っていないのではないかな。

もっとも個別の事例には事欠かないので、もっと大きな問題を提起したい。

男女共同参画の実際的な問題点

以下で、私の持論を展開することにしよう。

○男女共同参画の旗印のもと、どんどん出世していった人たちには、女性たちにとっては「憧れ」の存在であっても、多くの女性にとって「私は、ああはなれない。」という諦めの気持ちにさせるだけで、「私も後に続くぞ」という意欲を掻き立てることはなかった。

多くの女性は、憧れの女性を敬して遠ざけており、自ら保守的な地位にとどまることを良しとしている。

○そもそも女性にとって「保守的な立場」は居心地が良い。

保守的な立場にいることで得られるベネフィットを手放したくないため、無理に男性に対して片意地を張るようなこともしません。

○社会的地位のある女性の思考が、結果的に「男性化」している。

女性らしい視点を議論にぶつけることで活性化するはずの場が、結局、自らの男性化によって、沈黙している。

このことは、うがった見方をすれば、男性に上から引っ張ってもらうことによって「さらに出世したいの?」と人に思わせます。

○これまでの日本のフェミニズムが、「小娘の屁理屈」でしかなかった。

これはなかなか気が付けないのかもしれませんが、日本のフェミニストはデマゴーグに過ぎず、人気だけがあるのでした。
小娘のようなわがままを通すことだけに執心している思想など、だれも継承しません。

○男性学が確立していない。
これまでのフェミニズム程度に偏った思想であっても、女性学と同様の存在感を示せなかったのは、大きな痛手ではなかったか、と考えます。

少なくとも、対話が成立する程度に、男性の女性理解や女性の男性理解が進み、共通理解が確立しないと、何も深まらないでしょう。

男女共同参画の仕事もゼロベースで考えたり、これまでの経緯を振り返り、反省するところは反省していただかないと、これ以上は何も進まないでしょう。

もう、何十年も同じ議論をしているのでは、仕事をしているとは言えませんからね。

では、お疲れ様です。

















 







2016/09/20 18:59:22|蔵の街ライフデザイン
これからの学習塾のかたち。
さて、私が考える「これからの学習塾のかたち」(アウトライン)を紹介しよう。

基本軸は、「授業しない、教えない」に尽きる。

こうした基本軸をもった学習塾は、すでに存在している。

インターネットで調べればわかるので、ここでは例示しない。

では、こうした塾は何をすべきなのか。

以下、列挙していきたい。

○生徒に学習の仕方を教える。
 問題の解放テクニックを教えるのではない。
 自分で主体的に学ぶ能力を身に着けるのが目的である。

○生徒と共に学習プランを立て、実行を支援し、適切にチェックする。
 個人のPDCAが回るようにし、学習を習慣づけする。
 必要な学習量を制するには、
 計画的な消化計画とその実行が必要であるからだ。

○自律的な生活習慣を身に着けてもらう。(家族と協力する。)
 家庭の中で、しっかりと役割をもって家事機能をこなしてもらう。
 良い生活習慣がないと、良い学習習慣を身に着けることはできないため
 また、勉強ばかりの生活習慣は長続きしないためでもある。

○生徒に適切な問題集と参考書を適時に提供する。
 学習塾のオリジナルな問題集にこだわらないほうがいいだろう。

○生徒同士のコミュニティを作る。(コミュニティづくりにかかわる。)
 ライバル争いにしないことが肝心。協力し合える仲間づくりが必要です。
 勉強することによる孤立や孤独感を払しょくするためです。

○提供する学習参考書については精通していること
 教えられないから教えないのではなく、教えられるが教えないのである。
 この信頼感がないと講師役に誰もついてきません。
 
○学習相談のみにこだわらず、生活相談や心の悩みなどに幅広く対応する。
 心にわだかまりがあっては、何も目指すことはできません。

○双方向的な対話型の授業展開なら行ってもよい。
 あくまで、従来型の授業や教え方を踏襲しない方針はなんら変わらない。

まあ、こんなところか。

案外、普通なんじゃないかな。

でも、これがなかなか理解されない。

既存の学習塾サービスに慣れ切っている消費者に説明するのは難しいです。

では、今日はこれまでにいたします。

お読みいただき、ありがとうございました。








 



 

 







2016/09/13 23:09:43|研究
教育とは。
「教育」とは何か。

文部省的には「生きる力を育むこと」らしい。

教育の目的は、学習者の「知徳体を養うこと」だから、

その目的は「真善美の追及」である。

これは「全人教育」であって、別名「リベラルアーツ」である。

こうした考えには、おおむね賛成だ。

だが、どう具体化するの?

この問いには応えていないようにみえる。

結局、自分で考えるしかなくなるのだ。

そこで、自分で考えてみることにしよう。

すると、これが難しいのだ。

考えれば考えるほど、なんの正解にも達することがないことに、

気が付かされる。

いろいろな知識や情報を集めて整理整頓したところで、

何もわかった気がしない。

つまり、だれより深く知りうるが、

かといって、教育について「知りたる者」になりえていない。

結局、「無知の知」に辿り着かざるを得なくなった。

つまり、私は、「哲学する者」に過ぎない。

つまり、私が、教育に携わるとしたら、

「哲学する人格」として、生徒と接すること以外に、

教育者として誠実なありかたはないだろう。

そのため、私は、本質的には行政でしかない公的な学校の先生になろうとは

強く思わなかったのではないか。

つまりは、「私塾の塾長」のほうが、私には合っているのだ。

しかし、自分の考えは、ひょっとすると「斬新」すぎて、

周りの理解は容易に得られないのではないか、と思われる。

理解がなければ、賛同者もなく、経営も立ち行かない。

そのため、まだ「塾」を立ち上げることに躊躇している状態だ。

だが、ちゃんとコンセプトをまとめてプレゼンを行いたいとも思う。

時間が欲しいな。

発表できる形にまとめたら、追って報告したい。

ではまた。
















 







2016/07/04 7:55:21|蔵の街ライフデザイン
投票してきた。
7月10日

参議院選挙がある。

今度の日曜日だ。

だが、この日はレジャー旅行のために、投票所に足を運ぶことはできない。

そのため、事前に投票を済ませる必要があった。

そこで、いわゆる「期日前投票」という制度を利用した。

この制度を利用したことは今回が初めてであった。

何も特別なことはなかった。

もっとも、送られてきたはがきに住所氏名等の記述と当日に投票できない理由を選んでチェックする必要はあった。

投票所もいつもの場所ではなく、指定された場所ではあった。

だが、ただそれだけのことである。

ところで、私には支持政党はなく、

栃木県の3人の候補者に対して、対して関心はない。

だが、比例は「支持政党なし」とし、候補者は「該当者なし」とでも

するのが論理的帰結かもしれない。

だが、今回の参院選の争点は、

「憲法改正の発議を可能とさせるか、あるいは防ぐか。」

にある。

年金原資を利用した上げ底の株価操作政策(=アベノミクス)は、

これまでに生活を改善できなかったし、今後も期待できない。

金融政策と財政政策は、

エンジンの空ぶかしに似ていて、効果を期待できない。

成長戦略を政府は主導することはできない。

なぜなら、成長戦略は民間の課題であり、政府の課題ではないからだ。

つまり、経済政策の評価は決着がついていて本来は争点にできない。

話を戻す。

国会の憲法改正発議後には国民投票があるが、

国民投票法に基づけば、改正へのハードルとしては、大変低いのだ。

だから、憲法改正によって、

「この国のかたち」を全く変えてしまうことを避けたいなら、

今、その意思表示として、今回の投票権を行使する必要があるのです。

以上のように考え、今回、投票しています。

さて、あなたなら、どう考えて今回の投票しますか?