さて、久しぶりの投稿です。
我々の多くは、雇われる生き方をせざるを得ないのですが、
諦めなければならない(明らかに見なければならない)
現実がたくさんあります。
1.日本では若者が経済的自立を果たすことは無理である。
2.日本では男性が結婚することは、経済的余裕のない場合は無理である。
3.日本では、男性が婚姻を継続することも、低賃金の長時間労働では無理である。
4.日本では、共働きで子供を養育することは、無理である。
5.日本では、低所得では、子供に十分に学歴を与えることは、無理である。
6.日本では、生活が破たんするような長時間労働に従事せざるを得ない。
7.日本では、健康を害するような長時間労働に従事せざるを得ない。
8.日本では、仕事からお金になる技術を得ることは難しい。
9.日本では仕事から喜びを得ることは難しい。
10.日本では、最低限の生活を営める老後すら築くことが無理である。
これに対しての反論は、
1.現実のネガティブな面ばかり見ているのではないか。
2.例外がいくらでも存在する。(幸せな家庭はいっぱいある)
3.私らの時代のほうがつらかった。
4.戦争を知らない。
こういう反論は、経験からしかものが言えない人たちの常套句です。
1.ポジティブかネガティブの心理的な問題ではありません。
2.例外を2、3集められたとして、全体的な傾向は覆りません。
3.つらかったでしょうがかなり報われています。
4.戦争について受動的に語るのは無責任ですね。
もう少し、
経済史的な立場で日本の近代史を知ることや、
経済理論の扱い方・統計学的な事実の扱い方などを知ってから
反論するなら反論してくださいね。
もちろん裏技的に生きるテクニックはありますが、万人向けではないので
ここでは、全体状況の問題解決には適していないので紹介しません。
すべてに「日本では、」とありますが、
海外なら通用する話ではない、ということを含意しています。
極めて、日本的な状況です。
そもそも社会的に資産が偏っていますから、幸せな人はいます。
自己の労働を商品にして生活しなければならない立場の人間、
つまり、日本のプロレタリアートは、こうした状況に直面しています。
政治は、プロレタリアートの視点で社会を観たくないのかもしれないが、
直視してください。
死ぬまで働き続けなければならない社会を幸福な社会と呼べますか?
働く人がほとんど報われていない社会を公正妥当な社会と呼べますか?
最後に。
幸福な社会を築くために政治がなければなりません。
だから、
多くの人が政治とかかわらなければいけないのかもしれませんね。
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