アポロ行政書士事務所

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2017/01/29 20:34:45|ライフデザイン
雇われる立場の人間が諦めること。
さて、久しぶりの投稿です。

我々の多くは、雇われる生き方をせざるを得ないのですが、

諦めなければならない(明らかに見なければならない)

現実がたくさんあります。

1.日本では若者が経済的自立を果たすことは無理である。

2.日本では男性が結婚することは、経済的余裕のない場合は無理である。

3.日本では、男性が婚姻を継続することも、低賃金の長時間労働では無理である。

4.日本では、共働きで子供を養育することは、無理である。

5.日本では、低所得では、子供に十分に学歴を与えることは、無理である。

6.日本では、生活が破たんするような長時間労働に従事せざるを得ない。

7.日本では、健康を害するような長時間労働に従事せざるを得ない。

8.日本では、仕事からお金になる技術を得ることは難しい。

9.日本では仕事から喜びを得ることは難しい。

10.日本では、最低限の生活を営める老後すら築くことが無理である。

これに対しての反論は、

1.現実のネガティブな面ばかり見ているのではないか。

2.例外がいくらでも存在する。(幸せな家庭はいっぱいある)

3.私らの時代のほうがつらかった。

4.戦争を知らない。

こういう反論は、経験からしかものが言えない人たちの常套句です。

1.ポジティブかネガティブの心理的な問題ではありません。

2.例外を2、3集められたとして、全体的な傾向は覆りません。

3.つらかったでしょうがかなり報われています。

4.戦争について受動的に語るのは無責任ですね。

もう少し、

経済史的な立場で日本の近代史を知ることや、

経済理論の扱い方・統計学的な事実の扱い方などを知ってから

反論するなら反論してくださいね。

もちろん裏技的に生きるテクニックはありますが、万人向けではないので

ここでは、全体状況の問題解決には適していないので紹介しません。

すべてに「日本では、」とありますが、

海外なら通用する話ではない、ということを含意しています。

極めて、日本的な状況です。

そもそも社会的に資産が偏っていますから、幸せな人はいます。

自己の労働を商品にして生活しなければならない立場の人間、

つまり、日本のプロレタリアートは、こうした状況に直面しています。

政治は、プロレタリアートの視点で社会を観たくないのかもしれないが、

直視してください。

死ぬまで働き続けなければならない社会を幸福な社会と呼べますか?

働く人がほとんど報われていない社会を公正妥当な社会と呼べますか?

最後に。

幸福な社会を築くために政治がなければなりません。

だから、

多くの人が政治とかかわらなければいけないのかもしれませんね。





 







2016/12/24 18:36:57|その他
簿記を学んでみませんか?
さて、

大した理由もなく、県外に引っ越しをしていて、

居住を続けているものの

年度末までには帰郷することにしています。

当然ながら、

「地元に帰ってからは何して生計を立てようか?」

という命題にぶつかります。

そこで、

「簿記の学習支援をする。」

このことからまず一歩を踏み出そうと、思いました。

もちろん、これ一本では、生活費を稼ぐには心許ないので、

次々と事業展開を図る所存ではあります。

まあ開業第一弾として決めていることです。

日商簿記の学習支援をしてみたいです。

3級取得1ヵ月コース(週1回 4回完結) は 18,900円也

2級取得3カ月コース(週1回12回完結) は 56,700円也

としたいと、思います。

3級は10時間、2級は30時間の学習で、

簿記検定受験の基礎固めができるようになります。

演習の時間は設けますが、基本となる問題で基礎固めをさせていただきます。

演習時間は2倍から3倍の時間が必要になるでしょうが、

それは宿題などとして自主学習していただきます。

「継続して学習できれば簿記2級を取得するのには、200時間ぐらいしかいらない。」

と、私は思っています。

もちろん、「私の指導の下に学習すれば」という条件付きです。

ご興味のある方がいれば、コメントください。

では、よろしくお願いいたします。








 







2016/12/17 20:10:51|その他
生産性。
さて、

「日本人の生産性は、欧州に比べてだいぶ低い。」

という事実が、最近、政治の世界でも指摘されている。

なぜ、生産性に差が出てくるのか?

私なりに考えてみると、こうだ。

「日本では生産性を上げることによって報われることが少ない。」

これに尽きるのではないか。

自営業者なら生産性を上げることに意識が行くはずだ。

なぜなら、短時間で仕事が片付くということは、

自由な(仕事に使ってもいい)時間を確保できることや、

自分の時間単価を上げることにつながるからだ。

しかし、日本の非正規労働者は違うだろう。

多くの中小企業で働く正社員も「名ばかり正社員」だから同類だ。

生産性を上げたところで、自分の仕事が増えるだけである。

仮に人の2倍の能力で2倍の時間働くことにしてみよう。

この人は、4倍の給料をもらえるのだろうか?

2倍の時間を働いているのだから、少なくとも2倍にはなるだろう。

しかし、能力を向上させたことによる分配はほとんどない。

つまり、生産性を上げる動機づけが大変弱いのだ。

むしろ、長い時間働くために生産性を下げることになりかねない。

それに、低賃金のために長時間労働をしなければ、

必要生活費を賄えない状況にあっては、

なおさら、生産性を下げることを重視することになるだろう。

なぜ、こんなことになるのか?

それは、日本に時代に合った労働組合がないからである。

私の考えは、こうだ。

「生産性の向上を条件に合理的に労働者に分配せよ!」

これが、当たり前だがなかなかできないのが、

日本の労働組合だと、私は思っている。

日本は企業内労働組合が基本である。

従業員に経営情報を開示したらいいじゃないか。

それに基づいて話し合えばいい。

現行法では、労働組合を作るのには2人いれば十分なのだから。

大体、出世したいと考える人が減っているのだから、

「連帯」すればいいんじゃね。

能力2倍にして、16時間ではなく8時間働こうよ。

能力を3倍にして、「老後」あるいは「リタイア後の生活」を

確保しようよ。

働く日本人の能力が落ちているのではなく、

仕組みのまずさが、まず前提にあるんだよ。

ちゃんとやれ、日本!

そして、やっちゃえ日本!












 







2016/12/12 17:52:42|その他
資本主義について。
さて、

「働かざる者食うべからず。」

という言葉があります。

この言葉は、寄生地主(ブルジョア)に対して、

プロレタリアートから放たれた言葉であることを忘れないでください。

決して、働けない者は生きてはいけないという意味ではありません。

子供は働かなくてはいけないでしょうか?

高齢者は働かなくてはいけないでしょうか?

病人や障がい者は、働かなくてはいけないでしょうか?

家庭で子供の世話をしている人は、働かなくてはいけないでしょうか?

家庭で高齢の親の世話をしている人は、働かなくてはいけないでしょうか?

一方で、

寿命によって死を迎えるためには、

死の直前まで働かなくてはいけないでしょうか?

ここで挙げたすべての疑問に「働かなくてはいけない。」と回答するのは、

資本主義を手段と考えずに目的とする人たちですね。

「MAD資本主義者」と呼びましょう。

私は、すべてにNOと応えます。

「幸福な社会を築くための手段の一つが資本主義である。」

と考えます。

だからと言って、私は、急進的な社会主義者や共産主義者ではありません。

もちろん、独裁主義者でもありません。ファシストでもありません。

政治的には民主主義がいいのです。

そのため、日本の既存の政党を皆目支持していません。

誤解がありませんように。

では、

これだけは言って締めくくりましょう。

人々はなんのために働くのでしょうか?

それは、長期的・大局的には、

「だれもが働くことなく暮らすことができる社会を築くため」

です。

そして、短期的・微視的には、

「今後、働かなくても十分に暮らしを営むことができる日を迎えるため」

です。

これは、仕事の定義から、自然と導かれることです。

「仕事とは、将来、その仕事をなくすことを意図して行う行動体系のこと」

です。

つまり、仕事がなくならないのは仕事をしていないことと同義です。

くれぐれもその仕事することを自己目的化しないことですね。

あなたは、いつ仕事をリタイアするつもりですか?

もっとポジティブに言い換えるなら、

あなたは、いつ自由を手に入れるつもりですか?













 







2016/12/09 19:05:36|蔵の街ライフデザイン
ブログ閉鎖を撤回しました。
皆さんにお知らせです。

このブログを閉鎖する必要がなくなりました。

ありがたいことです。

そこで、これまで以上に継続して投稿しようと思います。

つまり、ブログ閉鎖の撤回を宣言いたします。

なにはともあれ、

今後とも、ご愛顧いただければ嬉しいです。

では、よろしくお願いします。