アポロ行政書士事務所

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2026/02/19 20:21:11|その他
チック症状
私のスピリチュアル体験談もまもなく中学時代を扱います。

が、その前に、
小学生の高学年の時になった病気について触れておきます。

私は、チック症になりました。
この症状は40才近くになるまで続きました。

症状は、新しい薬を飲みはじめてから、ようやく収まりました。
今も、服薬を続けています。
服薬をしている限りは、症状が出ません。

私の症状はこうです。
椅子に座っている状態から立ち上がるときに
左半身の自由が一時的に効かなくなるのです。

まず左足を動かすことができません。
左腕が曲げられた状態でしばらく動かせません。
左の顔面がひきつって歪んでしまいます。
一定の意識状態が経過するまで、次の動作に移れません。

このような症状があるため
必然的に職業の選択は限られることになりました。

きっかけは、炎天下での負荷のかかった運動でした。

授業なのか部活なのか、負荷の大きい陸上の練習をしたあと
休憩をしていたのですが、意識が朦朧としました。

その意識が朦朧とした時間は短いものでしたが
その後に、チックの症状がでるようになりました。

その症状について、当時、知っていた友達は、ただのひとりきりでした。
ひとりの近しい友人にだけは打ち明けていたのです。

症状については、同級生には黙っていました。
いじめに繋がることは容易に想像できるからです。

したがって、気がつかない人が圧倒的に多かったです。
感染する病気ではないので、黙っていても倫理的な問題になりません。

ただ、この黙っておくという意思決定は早期に撤回すべきでした。

学生時代は何とはなしにやり過ごすことができましたが
社会人になってから間もなく隠しきれなくなりました。

そんな症状がでることになってから
怒濤の中学時代がはじまるのです。

本投稿はここまで。
ではまた。







2026/02/18 13:04:37|その他
文明と文化を区別しよう。
「グローカル」という言葉があります。

地球規模で考え、ローカルに行動するという意味がもとの意味です。

ところで、

文明の展開とは、技術を進歩させ、進歩した技術を展開すること。
その結果、安全・快適・便利な生活を実現することを目的としています。

そのため、グローバルに展開してもいいはずです。
標準化や画一化をしていくことが、必要とされるでしょう。

一方、文化とはなにか?

文化とは本質的には遊びのことです。
しかしながら、それはいろいろな制度を産み出してもきました。

時と場所を区切り、閉じられた領域で、その場のルールにしたがって行動する
これが、遊びの本質です。

したがって、本質的に、ローカルな事象でしかなく
グローバルな展開には馴染みません。

文化にとって肝心なのは個性であり、
そこでは、多様性が重んじられることになります。

まとめると、

文明は標準化や画一化が要求されるのに対して
文化は多様性を要求されるのです。

したがって、
文化を画一化の方向で展開すべきではないし
文明に多様性を求めることはおかしいのです。

故に、文明と文化はしっかりと区別すべきです。

文明と文化の取り扱いの混乱が​、世界的に生じているのが
今の、世の中かもしれません。

冷静な分析が必要なときですね。

本投稿はここまで。
ではまた。​​​​​​







2026/02/16 19:27:49|その他
スピ談第7弾:万博の帰り道。
時は、1985年。
この年は、つくば万博がありました。
私は小学5年生だったと思います。

子供の頃の最大の良い思い出です。
ものすごく楽しみでしたし、楽しかった。
人気のパビリオンには何時間も並ばねばなりませんでした。

この万博には親父も仕事を休んでくれたため
開催期間中に3回も訪れることができました。
父と母と私と弟の4人で行くのが常でした。

さて、その頃は、栃木市とつくば市の間に広い道路はなかったようです。
今の時代なら、地図も見ないでたどり着くことができますが、
その頃は地図が必要でした。

さて、ここからが本題です。

ある日の万博の帰り道でした。

母の運転する車で帰宅しているのですが、
いっこうにどこにも着かないのです。
辺りは、ほぼ真っ暗。月明かりと車のライトだけが光を放っています。

母が、ハンドルを右に左にしている様子がありません。
すなわち、真っ直ぐに、真っ直ぐにただ進んでいくのです。

どうも様子がおかしい、と感じた私は、怖くて泣きわめく寸前です。

なにしろ、真っ直ぐ進むだけの運転をして、
約2時間も経過しているのですから。

とうとう泣きわめいた頃だったでしょうか。
突如としてロードサイドにお店を見つけることとなりました。
どうやら酒屋さんのようです。

というのも、親父が一人でそのお店に入っていって、
もう少し走れば大丈夫だよ、という話を店主に聞いてきたのでした。
お礼に、お酒を購入していた気がします。

その店をでて、車で少し走ると、いつのまにか街中にいました。

時空のずれ、を体験したのでしょうか。

当時でも、つくば市から2時間近く走ってくれば、
栃木市にはほぼほぼ到着しているはず。

そんな不思議な体験をしました。

今となっては、どこにその酒屋があったのか、確かめようもありませんし、
その酒屋の店主は本当は何者だったのか、知りたくなってしまいます。

いや、知らないほうがいいのかも。

後年、
電車に乗っていたら、異世界に連れていかれそうになりましたが、
それはまた別の機会にお話いたしましょう。

本日はこれまで。
ではまた。
 







2026/02/15 8:23:47|その他
はてなの告白
スピリチュアル体験談第6弾です。

小学校低学年のときのエピソードはいくつかありますが
残念ながら、スピ談はありません。

小学校3年生のときだったか4年生のときだったか。

好きです、と女の子に告白されました、と、一応、言っておきましょう。

どんなシチュエーションだったのか?

まもなく授業が終わろうとしている時間帯です。
確か、国語の教科書を順番に読んでいっている時でした。

そのとき、不意に告白の言葉を受けました。
少し考えましたが、断るのは男らしくないと思ったのでしょう、
告白を受け入れて、こちらからも好きです、と答えました。

時は過ぎ、何となく近しい関係になりました。
もっとも、幼すぎて付き合うなどという関係にはなりませんでした。

ただ、その子の周りの女の子たちは気を揉んでいて、
一回くらいは集団でデートらしきことをした記憶があります。

そんなこともあったのですが、5年生とか6年生のときには
相手から別れを告げられ、別れることになりました。

さて、後日、知ることになるのですが
彼女は告白していない、ということらしいのです。

もちろん、私から告白した事実はありません。

つまりは、どちらも先に告白していないのです。
しかし、私は、告白の言葉を確かに耳にしているのです。

この言葉がなければ、
お互いを意識することはなかったはずですが、
今にして思えば、神様からの配慮が働いた結果なのでしょう。

このときの神様の意図はいまだ謎のまま残されていますが、

人生は謎解きです。

しばらくは「?の告白」として記憶しておきましょう。

この記事はここまで。
ではまた。
 







2026/02/14 20:35:12|その他
栃木市の魅力。
スピ談は一休み。

今朝の新聞は、栃木市のお試し移住施設が人気という記事でした。

これに関連して、記事を投稿します。

といっても、栃木市にはこんな魅力があります!とは言いません。

実は、栃木市の周辺自治体には魅力があります。
生活者視点で周囲の自治体を見てみましょう。

○壬生町、下野市
 栃木市内から車で30分程度の距離に大学病院があります。

○小山市
 栃木市内から駅があるところまで30分程度です。
 新幹線駅です。ロブレの駐車場は使いやすいです。

○佐野市
 栃木市内から車で40分くらいでしょうか。
 佐野ラーメン、佐野プレミアムアウトレット
 宮脇書店とTSUTAYA書店には、本好きには都合がよいです。

○宇都宮市
 栃木市内から車でだいたい1時間くらいですね。
 餃子の街ですね。野外イベントの多い街でもあります。

○鹿沼市
 栃木市内から車で40分くらいでしょうか。
 屋台彫刻のでる祭りばかりではありません。
 シウマイの崎陽軒の創業者の出身地ですね。

○日光市
 栃木市内から車でおおよそ1時間20分ぐらいでしょうか。
 東照宮で有名です。

○足利市
 栃木市内からはおおよそ1時間20分程度の距離です。
 足利フラワーパークはイルミネーションでも有名です。

○上三川市
 栃木市内からおよそ1時間程度でしょうか。
 福田屋インターパークがあります。

ということで、栃木市を中心とした栃木県南地域は車で移動できれば
生活利便性は高いです。物価も安いです。

茨城県も群馬県も埼玉県にも近いし、
東武線の特急を使えば、東京にも楽に行けます。

ところで
今後の移住政策は、周辺自治体と広域で連携して
魅力をアピールすることも考えていく必要がありそうです。

本日はこれまで。
ではまた。