アポロ行政書士事務所

ブログの左サイドに各種関連HPのリンクを設けました。 ご関心のある方はHPをご覧いただければ幸いです。 よろしくお願いします。
 
2026/03/08 7:54:26|その他
第15話 株を買わなかった。
大学時代の話である。

私は1995年に大学に入学した。
Windows95が販売された年だ。

マッキントッシュは、OSのシェアを著しく下げていた。
アップルは存亡の危機であると、噂されていた。

もちろん、周りの学生も同意見だった。
しかし、私だけが見方が違った。

アップルは、ハードウェアとソフトウェアを組み合わせて
まったく新しい製品を作ることができるのがつよみなはず。

そんな仮説を持ちながら、普段読まないマックファンという雑誌を
本屋で立ち読みした。

すると、スティーブジョブズが復帰してくるのがわかった。
そして、新製品を投入することも知った。

アップルは復活する。ジョブズが帰ってくるからだ。

それが私の結論になった。

そのときである。

頭の中で、3億円を手に入れることについての打診があった。

3億円と言う数字は、サラリーマンが40年勤めあげて
成し遂げることができる稼ぎであることの認識はあった。

当時の私は、働いて手に入れることができるものだと、たかをくくっていた。
だから、頭の中の申し出を断ってしまった。

やはり、根拠の薄い自信からの愚かな判断により退けたということだ。
若いとはたいがい愚かなものである。

そのお知らせの中身はおそらく次のようなものだった。
簡単に言えば、アップルの株を買え、ということだ。
50万円なり100万円分ぐらい買え、ということだ。

ところで、その当時、その金額で購入していたらいくらになっていたか。
3億円とか4億円になっていた。

人生、一気にイージーモードになるところであった。

ところが、

ハードモードの人生が魂の成長を促すだろうとずっと勘違いしていた私は、
ここでも甘い申し出に飛び付くことができなかった。

とっとと生活費の問題は解決して
好きなことをして暮らすべきだった、と今にして思う。

大きな金は若いときに掴んでいてこそ、価値があるのだ。

ということで、アップルの株を買わなかった。
もっとも、その当時、株を購入できた時代だったのかよくわからない。

本投稿は以上。
ではまた。
​​​​







2026/03/07 7:49:00|その他
第14話 大学に進学することに。
さて、

すっかり捨て鉢になり
大学に行くのはやめて、
専門学校の門を叩くことにした。

宇都宮にある専門学校である。
東武線を使えば自宅から通うことができる。

すでに通算で2浪しているので
専門学校に2年通っても、卒業時は22才である。
そんなことも考慮していた。

ところがである。
その年にその専門学校は4年大学併修コースを新設していた。

まだ、募集中である。
親父が飛び付いてしまった。

高校受験レベルの入学試験を受けて、無事に合格する。
晴れて大学生となった。

本学は神奈川県にある。
神奈川県だが、それほど開けてはいなさそうなところだ。

そのため、本学に移籍することもできたのだが
結局、4年間、宇都宮に通うことになった。
そのため、宇都宮分校の卒業生ということになる。

実質的には通信制の大学を卒業したようなものだったが
昼間制の大学の卒業証書を手にいれるために通ってしまった。

今にして思えば、通信制を選ぶべきであった。
通信制であっても、学歴としては学士に違いないのだった。

そして、私に学歴はほとんど必要がなかった。
中途半端な学歴は、通用しない時代でもあった。

経営情報学部経営情報学科を卒業した。

後に行政書士になる私にとっては適切な学部選択である。
当時の私にとっては、そんなことは知る余地がない。

どうやら行政書士になることは、
人生の予定に組み込まれていたらしい。

他の道へ行くことが実質的に閉ざされ、
予定の実現が半ば強制された形となった。

私の表面的な意思は、無意味なのである。
歩くことになっている道に戻されるのだ。

行政書士の資格は確かに、ライスワークとしては適切な選択であった。
食っていくためだけなら、解決したようなものだった。

就職氷河期世代ど真ん中に生まれた私にとって
この資格は、雨宿りのためのささやかな軒先となっていたのである。







2026/03/06 21:25:01|その他
第13話 高校から大学入学まで
私は、暗記は苦手である。

いわゆる棒暗記というのが苦手だ。
意味もわからないことは覚えることが全くできない。

とくに、日常会話的に近い台詞については、
全くといっていいほど正確に覚えることが難しい。

もちろん、何回も繰り返せば覚えることはできる。
しかし、その回数は相当な数になってしまう。

成績がいい人というのは、暗記力があるのだと、誤解されているが
それは違うのだと思う。

もろもろの脳力が総合的に継続的に駆使された結果は
単純に記憶の量を測ればわかるものらしい。

さて、私の高校の成績は地の底をはうかの如くであった。
この高校は、私の成績の向上に関しては、なんの助力にもならなかった。

不登校ぎみでもあったため、退学をした。
退学をした年に大学入学資格検定試験を受験して無事に合格した。

高校をやめたら元気になった。
ダンベル体操などの結果、トータルで10キロ痩せることができた。

その年に、茨城にある図書館情報大学を受けたが、落ちた。
受験をした理由は、本を読むことが好きだったことがあり、
また、楽しかったつくば万博の思い出が強かったからだ。

再受験のため、埼玉にある予備校に通った。

この頃は、見た目はどこかのアイドルのようで、
歩いているだけで女性から注目されていたのがわかった。

しかし、受験は数学に力を全くいれなかったのがたたり不合格になった。

同じ大学の後期試験は小論文であったが、
出題された出典に不気味さを感じたため、
絶望と腹立たしさのため、原稿用紙に文字を書きなぐることになった。

出典は「清貧の思想」であった。

この出典に関して、やはり中学時代に示唆があった。

誰が言ったのかは、覚えている。
どんな意図があったのかはわからない。

「清貧の思想」の本は家にあった。
誰かが、購入するように母に薦めたのだ。
家にあったので、私もその当時読んでいるのではないか。

その本を出典とした出題であった。
だから、非常に動揺したのである。

おそらく、そんな経緯がなければ、
素直に小論文を完成させて合格していただろう。

まったく、私の心をかってに覗いておいて、
私のこころの本質については、
なんの配慮もない連中だ。
いや、むしろ、よくわかっているから、
最小の作用で最大のダメージを与えることを、
いとも簡単にするのだな。

しかも、なんの躊躇いもなくだ。

まともな大学に通えなかったことで地元栃木から出るのが難しくなった。

しかし、それは正解であっても消極的な評価である。
実は、神様は私を地元から離したくないらしい。
これが、正解であり、積極的な側面としての評価のようだ。

地元で会わなければならない人ややるべきことが多すぎたのである。
しかし、それはまた別の機会にお話することにしよう。

本投稿は以上。
ではまた。​​​​​​​

 







2026/03/05 19:21:43|その他
第12話 宿命の人と遭遇する。
さて、
その日は珍しく夕方近くまで校門の近くにいた。
おそらく、
同級生とくだらない話をしていたからに違いない。

すると、校門の方へ歩いてくる女の子がいた。

ここは男子校なので、違和感があったのだが、まもなく了解した。

この学校には定時制もあったのだ。
普段、定時制を全く意識していない私には、
定時制には女子も登校してくるという当然の事実に
それまで思い至っていなかった。

ところで
男子校の生徒には女の子の登校シーンなどというのは
とても珍しいので、失礼ながらも眺めていたのだが、

突如として、頭の中を稲妻が走ったかの如く、直感が働いた。

俺は彼女と結婚する。

その言葉は、自分の言葉のようであって自分の発した言葉では決してない。
突然、何者かに告げられたに違いないのだ。

しかし、そのときの僕は冷静だった。

僕たちは、まだ未熟だ。お互いに成長してから再び会うことにしよう。

そのように頭の中で返答したのだった。

しかし、
僕の若いときの判断というのは大体、
根拠の薄い自分への自信からだから始末が悪い。

このとき、走り寄ってでも付き合おうと言えていたら、
どれだけ人生の歩みが違ってきていただろうか、と思うと
老いて我が身を振り返り本当に嘆かわしいかぎりだ。

ところで、タイトルは宿命の人。
宿命の人はあっさりと目の前を通りすぎていって、
お互いが再び会うことはなかった、などということはない。

その後も、何度も再接近するようになる。

関係はこのあとも続くのである。
そしてまた、ずっと続くのであろう。

どうも生まれる前からの約束らしい。
だから、二人の関係はわかる人にはわかるはず。

僕にはわかる。
自分のことについては、霊感は冴えているのだ。

本投稿は以上。
ではまた。







2026/03/03 21:33:10|その他
第11話 吹き零れが落ちこぼれる。
さて、高校受験の日である。
社会科の大問を1つまるまる落とした。

いままでそんなことは経験したことがないので
受験中にすっかり意気消沈してしまった。

同じ高校を受験したのはそのとき3人だったが
その一人の、不適時で不適切な発言があったため
いつもの精神状態を保つことができなかった。

得点を諦めなければ、合格できたようだが、
諦めることにした。

私は、それほどまでに1年間ぐらい休むことを欲していた。
中学時代の出来事は、ストレスでしかなく精神的に疲弊していた。

4月からは宇都宮にある高校受験のための予備校に通った。
私立高校を3年通うよりは、お金がかからないだろうという親の判断もあった。

一年後に無事に合格した。
父親が卒業した高校に入学することができた。

入学前にオリエンテーションがあるのだが、即座に失望した。
この高校で勉強しても、東京大学に合格することはないだろうことがわかった。
この高校は学生の成績を伸ばすような能力に欠けているのはすぐにわかった。

いままで口にしたことはないが、告白することにしよう。

私は、学校の授業さえ聞いていれば、
コンスタントに5教科で400点を越える成績をとれていた。

予習は、休み時間の5分間で教科書を読み、
復習はノートを一瞥するだけで終わり。
授業は真面目に聞いていた。
聞いていただけ。

それだけで、志望校へは合格する成績をとれていた。

従って、勉強するという習慣はなかった。
むしろ、周りの同級生に悪い気すら覚えていたので勉強しなかった。

まあ、中学の勉強など大人の目で見ればたかがしれているので
こんなことは起こりうることだが、実際、起きていた。

典型的な吹きこぼれだが、昔はギフテッドなどという言葉はない。
ほったらかしである。

ただ、そんな連中も集まる高校ではあるから、
その高校では並みの生徒ではあったのだろう。

もちろん、その当時、自分の知能指数が異常に高いことを
しっかり把握していたら、頑張ったかもしれない。

知っていれば頑張ったかもしれないが、知らないので頑張らないことになった。

この高校で、切磋琢磨しながら受験競争を勝ち抜こうなどと言う思いは
さらさらなかった。上に行くのは同級生に任せることにした。

そのため、私は、落ちこぼれることになった。
学年での全体の成績の順位は、下から1番目か2番目だったか。

校長クラスは知能指数を把握していたようだから、
私の成績不振に対しては、それなりに憂慮していたようだ。

ということで
吹き零れは、落ちこぼれたのである。

ではまた。