アポロ行政書士事務所

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2026/03/10 8:15:45|その他
第16話 就職する。
大学4年の一年は、大体就職活動で終わった。

学業成績は、もちろんダントツだったが、就職活動ははかどらなかった。
偏差値の高い大学ではないので、大学名では通らない。

地元で就職しようとせず、そのため学校の力も借りなかった。
東京の会社に就職しようとしていたためだ。

はっきりいって、なんの伝もないので苦戦したのである。

年末近くになって、
たまたま新聞に掲載されていた合同的な求人広告を見て
行ってみることにした。

消費者金融やら、制服の制作会社など、いまいちな会社が集まるなか
採用担当が大人としてかっこよかったところに履歴書を送ることにした。

そこが、東京に本社を置くシステムエンジニアの会社であった。

第一種、第2種と情報処理の国家試験を合格していたことが効いて
とんとん拍子で社長面接まで行った。

社長面接のとき、この社長ではダメだと直感したが、
年も押し迫っていたため、内定をお断りしなかった。

なぜ、東京にこだわったのか。
いままでの経緯から、地元に対して不信感しかないためだ。

また、
予言されていない職に就くことで、
やはり未来は不確定的であり、
個人の自由な意思によって選んでいけるのだと、
信じ直すことができるはずだった。

つまり、
自分の人生に対する信頼感を取り戻すという意味合いがあったのである。

ところがである。
やはり道は塞がっているのだった。

本投稿はこれまで。
ではまた。







2026/03/08 7:54:26|その他
第15話 株を買わなかった。
大学時代の話である。

私は1995年に大学に入学した。
Windows95が販売された年だ。

マッキントッシュは、OSのシェアを著しく下げていた。
アップルは存亡の危機であると、噂されていた。

もちろん、周りの学生も同意見だった。
しかし、私だけが見方が違った。

アップルは、ハードウェアとソフトウェアを組み合わせて
まったく新しい製品を作ることができるのがつよみなはず。

そんな仮説を持ちながら、普段読まないマックファンという雑誌を
本屋で立ち読みした。

すると、スティーブジョブズが復帰してくるのがわかった。
そして、新製品を投入することも知った。

アップルは復活する。ジョブズが帰ってくるからだ。

それが私の結論になった。

そのときである。

頭の中で、3億円を手に入れることについての打診があった。

3億円と言う数字は、サラリーマンが40年勤めあげて
成し遂げることができる稼ぎであることの認識はあった。

当時の私は、働いて手に入れることができるものだと、たかをくくっていた。
だから、頭の中の申し出を断ってしまった。

やはり、根拠の薄い自信からの愚かな判断により退けたということだ。
若いとはたいがい愚かなものである。

そのお知らせの中身はおそらく次のようなものだった。
簡単に言えば、アップルの株を買え、ということだ。
50万円なり100万円分ぐらい買え、ということだ。

ところで、その当時、その金額で購入していたらいくらになっていたか。
3億円とか4億円になっていた。

人生、一気にイージーモードになるところであった。

ところが、

ハードモードの人生が魂の成長を促すだろうとずっと勘違いしていた私は、
ここでも甘い申し出に飛び付くことができなかった。

とっとと生活費の問題は解決して
好きなことをして暮らすべきだった、と今にして思う。

大きな金は若いときに掴んでいてこそ、価値があるのだ。

ということで、アップルの株を買わなかった。
もっとも、その当時、株を購入できた時代だったのかよくわからない。

本投稿は以上。
ではまた。
​​​​







2026/03/07 7:49:00|その他
第14話 大学に進学することに。
さて、

すっかり捨て鉢になり
大学に行くのはやめて、
専門学校の門を叩くことにした。

宇都宮にある専門学校である。
東武線を使えば自宅から通うことができる。

すでに通算で2浪しているので
専門学校に2年通っても、卒業時は22才である。
そんなことも考慮していた。

ところがである。
その年にその専門学校は4年大学併修コースを新設していた。

まだ、募集中である。
親父が飛び付いてしまった。

高校受験レベルの入学試験を受けて、無事に合格する。
晴れて大学生となった。

本学は神奈川県にある。
神奈川県だが、それほど開けてはいなさそうなところだ。

そのため、本学に移籍することもできたのだが
結局、4年間、宇都宮に通うことになった。
そのため、宇都宮分校の卒業生ということになる。

実質的には通信制の大学を卒業したようなものだったが
昼間制の大学の卒業証書を手にいれるために通ってしまった。

今にして思えば、通信制を選ぶべきであった。
通信制であっても、学歴としては学士に違いないのだった。

そして、私に学歴はほとんど必要がなかった。
中途半端な学歴は、通用しない時代でもあった。

経営情報学部経営情報学科を卒業した。

後に行政書士になる私にとっては適切な学部選択である。
当時の私にとっては、そんなことは知る余地がない。

どうやら行政書士になることは、
人生の予定に組み込まれていたらしい。

他の道へ行くことが実質的に閉ざされ、
予定の実現が半ば強制された形となった。

私の表面的な意思は、無意味なのである。
歩くことになっている道に戻されるのだ。

行政書士の資格は確かに、ライスワークとしては適切な選択であった。
食っていくためだけなら、解決したようなものだった。

就職氷河期世代ど真ん中に生まれた私にとって
この資格は、雨宿りのためのささやかな軒先となっていたのである。







2026/03/06 21:25:01|その他
第13話 高校から大学入学まで
私は、暗記は苦手である。

いわゆる棒暗記というのが苦手だ。
意味もわからないことは覚えることが全くできない。

とくに、日常会話的に近い台詞については、
全くといっていいほど正確に覚えることが難しい。

もちろん、何回も繰り返せば覚えることはできる。
しかし、その回数は相当な数になってしまう。

成績がいい人というのは、暗記力があるのだと、誤解されているが
それは違うのだと思う。

もろもろの脳力が総合的に継続的に駆使された結果は
単純に記憶の量を測ればわかるものらしい。

さて、私の高校の成績は地の底をはうかの如くであった。
この高校は、私の成績の向上に関しては、なんの助力にもならなかった。

不登校ぎみでもあったため、退学をした。
退学をした年に大学入学資格検定試験を受験して無事に合格した。

高校をやめたら元気になった。
ダンベル体操などの結果、トータルで10キロ痩せることができた。

その年に、茨城にある図書館情報大学を受けたが、落ちた。
受験をした理由は、本を読むことが好きだったことがあり、
また、楽しかったつくば万博の思い出が強かったからだ。

再受験のため、埼玉にある予備校に通った。

この頃は、見た目はどこかのアイドルのようで、
歩いているだけで女性から注目されていたのがわかった。

しかし、受験は数学に力を全くいれなかったのがたたり不合格になった。

同じ大学の後期試験は小論文であったが、
出題された出典に不気味さを感じたため、
絶望と腹立たしさのため、原稿用紙に文字を書きなぐることになった。

出典は「清貧の思想」であった。

この出典に関して、やはり中学時代に示唆があった。

誰が言ったのかは、覚えている。
どんな意図があったのかはわからない。

「清貧の思想」の本は家にあった。
誰かが、購入するように母に薦めたのだ。
家にあったので、私もその当時読んでいるのではないか。

その本を出典とした出題であった。
だから、非常に動揺したのである。

おそらく、そんな経緯がなければ、
素直に小論文を完成させて合格していただろう。

まったく、私の心をかってに覗いておいて、
私のこころの本質については、
なんの配慮もない連中だ。
いや、むしろ、よくわかっているから、
最小の作用で最大のダメージを与えることを、
いとも簡単にするのだな。

しかも、なんの躊躇いもなくだ。

まともな大学に通えなかったことで地元栃木から出るのが難しくなった。

しかし、それは正解であっても消極的な評価である。
実は、神様は私を地元から離したくないらしい。
これが、正解であり、積極的な側面としての評価のようだ。

地元で会わなければならない人ややるべきことが多すぎたのである。
しかし、それはまた別の機会にお話することにしよう。

本投稿は以上。
ではまた。​​​​​​​

 







2026/03/05 19:21:43|その他
第12話 宿命の人と遭遇する。
さて、
その日は珍しく夕方近くまで校門の近くにいた。
おそらく、
同級生とくだらない話をしていたからに違いない。

すると、校門の方へ歩いてくる女の子がいた。

ここは男子校なので、違和感があったのだが、まもなく了解した。

この学校には定時制もあったのだ。
普段、定時制を全く意識していない私には、
定時制には女子も登校してくるという当然の事実に
それまで思い至っていなかった。

ところで
男子校の生徒には女の子の登校シーンなどというのは
とても珍しいので、失礼ながらも眺めていたのだが、

突如として、頭の中を稲妻が走ったかの如く、直感が働いた。

俺は彼女と結婚する。

その言葉は、自分の言葉のようであって自分の発した言葉では決してない。
突然、何者かに告げられたに違いないのだ。

しかし、そのときの僕は冷静だった。

僕たちは、まだ未熟だ。お互いに成長してから再び会うことにしよう。

そのように頭の中で返答したのだった。

しかし、
僕の若いときの判断というのは大体、
根拠の薄い自分への自信からだから始末が悪い。

このとき、走り寄ってでも付き合おうと言えていたら、
どれだけ人生の歩みが違ってきていただろうか、と思うと
老いて我が身を振り返り本当に嘆かわしいかぎりだ。

ところで、タイトルは宿命の人。
宿命の人はあっさりと目の前を通りすぎていって、
お互いが再び会うことはなかった、などということはない。

その後も、何度も再接近するようになる。

関係はこのあとも続くのである。
そしてまた、ずっと続くのであろう。

どうも生まれる前からの約束らしい。
だから、二人の関係はわかる人にはわかるはず。

僕にはわかる。
自分のことについては、霊感は冴えているのだ。

本投稿は以上。
ではまた。