私は、暗記は苦手である。
いわゆる棒暗記というのが苦手だ。 意味もわからないことは覚えることが全くできない。
とくに、日常会話的に近い台詞については、 全くといっていいほど正確に覚えることが難しい。
もちろん、何回も繰り返せば覚えることはできる。 しかし、その回数は相当な数になってしまう。
成績がいい人というのは、暗記力があるのだと、誤解されているが それは違うのだと思う。
もろもろの脳力が総合的に継続的に駆使された結果は 単純に記憶の量を測ればわかるものらしい。
さて、私の高校の成績は地の底をはうかの如くであった。 この高校は、私の成績の向上に関しては、なんの助力にもならなかった。
不登校ぎみでもあったため、退学をした。 退学をした年に大学入学資格検定試験を受験して無事に合格した。
高校をやめたら元気になった。 ダンベル体操などの結果、トータルで10キロ痩せることができた。
その年に、茨城にある図書館情報大学を受けたが、落ちた。 受験をした理由は、本を読むことが好きだったことがあり、 また、楽しかったつくば万博の思い出が強かったからだ。
再受験のため、埼玉にある予備校に通った。
この頃は、見た目はどこかのアイドルのようで、 歩いているだけで女性から注目されていたのがわかった。
しかし、受験は数学に力を全くいれなかったのがたたり不合格になった。
同じ大学の後期試験は小論文であったが、 出題された出典に不気味さを感じたため、 絶望と腹立たしさのため、原稿用紙に文字を書きなぐることになった。
出典は「清貧の思想」であった。
この出典に関して、やはり中学時代に示唆があった。
誰が言ったのかは、覚えている。 どんな意図があったのかはわからない。
「清貧の思想」の本は家にあった。 誰かが、購入するように母に薦めたのだ。 家にあったので、私もその当時読んでいるのではないか。
その本を出典とした出題であった。 だから、非常に動揺したのである。
おそらく、そんな経緯がなければ、 素直に小論文を完成させて合格していただろう。
まったく、私の心をかってに覗いておいて、 私のこころの本質については、 なんの配慮もない連中だ。 いや、むしろ、よくわかっているから、 最小の作用で最大のダメージを与えることを、 いとも簡単にするのだな。
しかも、なんの躊躇いもなくだ。
まともな大学に通えなかったことで地元栃木から出るのが難しくなった。
しかし、それは正解であっても消極的な評価である。 実は、神様は私を地元から離したくないらしい。 これが、正解であり、積極的な側面としての評価のようだ。
地元で会わなければならない人ややるべきことが多すぎたのである。 しかし、それはまた別の機会にお話することにしよう。
本投稿は以上。 ではまた。
|