アポロ行政書士事務所

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2026/03/05 19:21:43|その他
第12話 宿命の人と遭遇する。
さて、
その日は珍しく夕方近くまで校門の近くにいた。
おそらく、
同級生とくだらない話をしていたからに違いない。

すると、校門の方へ歩いてくる女の子がいた。

ここは男子校なので、違和感があったのだが、まもなく了解した。

この学校には定時制もあったのだ。
普段、定時制を全く意識していない私には、
定時制には女子も登校してくるという当然の事実に
それまで思い至っていなかった。

ところで
男子校の生徒には女の子の登校シーンなどというのは
とても珍しいので、失礼ながらも眺めていたのだが、

突如として、頭の中を稲妻が走ったかの如く、直感が働いた。

俺は彼女と結婚する。

その言葉は、自分の言葉のようであって自分の発した言葉では決してない。
突然、何者かに告げられたに違いないのだ。

しかし、そのときの僕は冷静だった。

僕たちは、まだ未熟だ。お互いに成長してから再び会うことにしよう。

そのように頭の中で返答したのだった。

しかし、
僕の若いときの判断というのは大体、
根拠の薄い自分への自信からだから始末が悪い。

このとき、走り寄ってでも付き合おうと言えていたら、
どれだけ人生の歩みが違ってきていただろうか、と思うと
老いて我が身を振り返り本当に嘆かわしいかぎりだ。

ところで、タイトルは宿命の人。
宿命の人はあっさりと目の前を通りすぎていって、
お互いが再び会うことはなかった、などということはない。

その後も、何度も再接近するようになる。

関係はこのあとも続くのである。
そしてまた、ずっと続くのであろう。

どうも生まれる前からの約束らしい。
だから、二人の関係はわかる人にはわかるはず。

僕にはわかる。
自分のことについては、霊感は冴えているのだ。

本投稿は以上。
ではまた。







2026/03/03 21:33:10|その他
第11話 吹き零れが落ちこぼれる。
さて、高校受験の日である。
社会科の大問を1つまるまる落とした。

いままでそんなことは経験したことがないので
受験中にすっかり意気消沈してしまった。

同じ高校を受験したのはそのとき3人だったが
その一人の、不適時で不適切な発言があったため
いつもの精神状態を保つことができなかった。

得点を諦めなければ、合格できたようだが、
諦めることにした。

私は、それほどまでに1年間ぐらい休むことを欲していた。
中学時代の出来事は、ストレスでしかなく精神的に疲弊していた。

4月からは宇都宮にある高校受験のための予備校に通った。
私立高校を3年通うよりは、お金がかからないだろうという親の判断もあった。

一年後に無事に合格した。
父親が卒業した高校に入学することができた。

入学前にオリエンテーションがあるのだが、即座に失望した。
この高校で勉強しても、東京大学に合格することはないだろうことがわかった。
この高校は学生の成績を伸ばすような能力に欠けているのはすぐにわかった。

いままで口にしたことはないが、告白することにしよう。

私は、学校の授業さえ聞いていれば、
コンスタントに5教科で400点を越える成績をとれていた。

予習は、休み時間の5分間で教科書を読み、
復習はノートを一瞥するだけで終わり。
授業は真面目に聞いていた。
聞いていただけ。

それだけで、志望校へは合格する成績をとれていた。

従って、勉強するという習慣はなかった。
むしろ、周りの同級生に悪い気すら覚えていたので勉強しなかった。

まあ、中学の勉強など大人の目で見ればたかがしれているので
こんなことは起こりうることだが、実際、起きていた。

典型的な吹きこぼれだが、昔はギフテッドなどという言葉はない。
ほったらかしである。

ただ、そんな連中も集まる高校ではあるから、
その高校では並みの生徒ではあったのだろう。

もちろん、その当時、自分の知能指数が異常に高いことを
しっかり把握していたら、頑張ったかもしれない。

知っていれば頑張ったかもしれないが、知らないので頑張らないことになった。

この高校で、切磋琢磨しながら受験競争を勝ち抜こうなどと言う思いは
さらさらなかった。上に行くのは同級生に任せることにした。

そのため、私は、落ちこぼれることになった。
学年での全体の成績の順位は、下から1番目か2番目だったか。

校長クラスは知能指数を把握していたようだから、
私の成績不振に対しては、それなりに憂慮していたようだ。

ということで
吹き零れは、落ちこぼれたのである。

ではまた。

 







2026/02/27 19:21:05|その他
第10話 予言された職業
私のスピリチュアル体験談第10話です。

我々の日常的な判断においては、
未来は不確定的であるもの。
時には確率的ですらあるもの。

そして、
自分の将来は、自らの選択によって自分で決めるもの

こんな意識で過ごしていることが多いと思います。

ところが、
私の場合は、将来の選択枝がほぼありませんでした。

将来、どのような職業についているのか?
中学生の私は知ることを欲してはいませんでした。
むしろ、知りたくなかったです。

おそらく、知ることによって、可能性がひどく狭められるという
不利益を被ることとなりました。

その告げられ方がまず粗雑でした。
まずこのことに怒りを禁じ得ません。
当然の如く長年の恨みを抱くことになりました。

郵便局の配達の仕事に就く。
色々な職業に就く。
複数の仕事をしている。
司法書士みたいな仕事をしている。
車庫証明を扱うことになるから警察官だろう。
公務員には筆記は通るが面接でおとされる。
小説家になる。
コミュニティFMのパーソナリティになる。

いろいろ職業については予言されていました。
そして、小説家以外は既に実現しています。

いつごろ誰が何をどのような意図をもって言ったのか
いまだに記憶しています。
(トラブルを回避するために書き記すことは控えます。)

ところで、最終的には、私はどうなるのか?

このことは職業から離れますが
書き記しておくことにしましょう。

ユートピアで生きることになる。

この最後の予言があるため、生きてこられた側面もあります。

しかし最近は、こう考えています。

死ぬまで生きないと、人生を繰り返すことになりそうだが、
それはとても退屈そうだから死ねないな、と。

しかし、
私について詳細な予言があるのは、
この私の人生が何回か繰り返されていることを示唆しているようで、
不気味でなりません。

もっとも、神様は、
私に、最高の未来も最低の未来も、その間のいくつかの未来も用意していて、
どのシナリオを私が駆動させる行動をするのか、お試しになられているとも
感じるようになりました。

だから、これからはもっと気楽に生きることにしましょう。

第10話はこれでおしまい。
ではまた。







2026/02/26 21:03:02|その他
昨日と今日と明日も。
2月も末。

3月がとても忙しいので
今月中に終わらせることは
今月中に済ませてしまおうと、
昨日と今日とよく動いた。

もっとも仕事だけで忙しいわけではない。

昨日は、スマホで確定申告を済ませた。
ところが、減価償却計算書を別途出さなければならない。
今日、税務署に持参して提出してきた。
確定申告終了。

昨日の午前中は、精密検査のために下都賀病院へ。
急激に悪くなっているわけではないのでCTなどの検査は控えた。
来年、一定の数値を越えていたら、検査することになる。
午前中が終わり。

昨日の午後は、母のスマホをauからUQへ変更した。
30分とか1時間で終了した、午後4時になっていた。

夕方以降は、FPの継続研修講座を購入し、2科目を終了した。
ということで、昨日は終了。

今日は、FPの継続研修講座を午前中に2科目終了。
税務署にいってから、本を2冊購入し帰宅。
昼間は、少しゆっくりして、帰宅。
帰宅後、FP研修を終わらせた。
FP継続研修の単位取得申請まで終わらせることができた。

いくつかの連絡業務をこなしました。

在留許可申請関係が一件
農地転用関係の連絡が一件。
支部会の研修の申し込みが一件。
その他の連絡は明日以降にします。

そして、明日。
土地家屋調査士へ連絡
法人成年後見人の職員としてさくら市へ施設訪問
在留許可申請のための書類受け取りのためのお客様訪問。
午後はおそらく、申請作業になるでしょう。

明日の夕方以降は、
他の仕事のための予習と準備ができればいいですね。

暇があったら
土曜日は百条委員会の報告会に行き
日曜日は、プライベートに使いたい。
翌月曜日は、行政書士以外の仕事です。

その後は、怒濤の3月に突入です。

本日の報告は以上。
ではまた。







2026/02/23 21:37:52|その他
第9話 聖域。
思春期の心は何かと不安定だ。

ホルモンバランスが悪いなどと
ひと括りにされて説明されることもある。

中学時代は、何かと、精神的なストレスがあった。

チックの症状は運動で能力を発揮するには大きなブレーキとなったし
表舞台に立つような目立つことをすることからも、私を遠ざけた。

中学時代は、常に暴力を振るわれることを、意識していなければならなかった。

教師からの暴力もあるし、先輩からの暴力もある。
同級生からのいじめもあるし、突発的なケンカもある。
そして、言葉の暴力は常に存在していた。

こんな状況の中で、暴力を受けずに、暴力を振るわないためには、
私に手を出したら大変なことになりそうだ、というイメージが必要だった。

今では、この戦術が最適ではないことはわかるが、
他の政治的な動きをすることは今でも苦手なので仕方がない。

結果的に、誰も殴らずに済んだ。
私が、誰かを殴ったことがあると記憶していても、
それは事実ではない。イメージである。

そして、幸いにもいじめに合わずに済んでいる。

私の味方になる人はほとんどいなかったものの
いじめに対して、中立的な立場をとる人が圧倒的に多く、
嫌がらせをしてくるのは実質的には一人しかおらず、
そいつが広く支持を集めることはできなかったからだ。

ただ、教師から暴力を受けたことはある。
ひとつだけよく覚えている。
濡れ衣を着たことがあったのだが、そのときに思いきり殴られたのだった。

ただ、教師に殴られたことががきっかけで、
私の知能指数が天才水準にあることが一部に知られるようになった。

話を戻す。
嫌がらせをしてくる人間の私への粘着は酷かった。
次第に私の心は壊されていった。

私には心が壊された人の症状が出ていた。
と、言うなら、おとなしい表現だが、本当は違う。

されたことは症状による了解できないことではなく、単なる事実である。
何らかの方法があったはずだが、私にはわからない。

この辺で話を切ることにしよう。
ではまた、