アポロ行政書士事務所

ブログの左サイドに各種関連HPのリンクを設けました。 ご関心のある方はHPをご覧いただければ幸いです。 よろしくお願いします。
 
2010/06/30 20:24:22|アクセス記録
5位にランキングされました。
ようやく、ブログが5位にランキングされました。一つの目標が達成されました。しかし、ほんの少しだけの間だけの5位だと思います。そういえば、ツイッターでも、栃木市で5位にランキングされています。今後ともよろしくね。







2010/05/06 23:09:12|家の出来事
防犯パトロール。
 自治会で持ち回りの地区内パトロールに行ってきました。

 外に出ている子はいませんでした。

 連休疲れで、家で休んでいるのだろうと、思われます。

 小中学校の同級生ともうひとりの方と回りました。

 中学の同級生で付き合いのある奴は、お互いあまりいないようす。
 
 5月9日は、初申神事なので、早起きすることになっています。

 公民館のカギは、次の係りのお宅に渡してもらいました。

 ありがとうございました。

 







2010/05/05 22:19:09|妻と。
ゴールデンウィークを振り返る。
 今年は、50年ぶりに、晴天に恵まれたゴールデンウィークでした。

 親父が、5月3日に那珂港におふくろに連れられていく予定でしたが、当日になって、混むから嫌だという話になり、計画が流れました。

 したがって妻と私は、親父の計画のために、実質的に、4日間の休日をフルに活かすべく、遠出をすることはできませんでした。

 初日は、鎌倉に行きました。湘南新宿ラインを船橋で下車し、東海道線に乗り換え、隣の藤沢駅から、のりおり自由の切符を手に、江ノ電に乗りました。

 2日目は、5月3日の紙婚式でしたが、佐野ラーメンを食べに、佐野に行っただけに終わりました。佐野には、遠くから車で来る人が目立ったのが印象に残っています。

 3日目は、黒磯駅の周辺にある2か所のカフェに行きました。

 4日目は、市内でパスタのランチをいただきました。

 したがって、ゴールデンウィークというより、日々の休日を楽しんだだけという感じになりました。

 来年は、長期連続休暇らしく、遠出をしたいです。

 明日から仕事に戻ります。

 気持ちを切り替えて、また日常をスタートさせたいと思います。







2010/05/04 20:16:56|妻と。
黒磯へ日帰りカフェランチ。
 本日は、黒磯駅から歩いて行けるカフェでランチを楽しみました。

 車で行き、JR宇都宮駅近くの24時間で上限1000円の駐車場に止め、黒磯駅まで約50分間、電車に揺られました。片道950円也。

 今回は、かつて行ったことのあるカフェに参りました。

 先ず向かった先は、那須「ホリデー」です。

 ちなみに、このお店は、多くの精神障害者が働いています。

 ランチビュッフェを注文し、たらふく野菜をいただきました。1500円也。妻は、ゴマとシナモンのフレンチトーストをいただきました。500円也。

 次に、少し道に迷いながらも、1988SHOUZOに参りました。

 ここでは、私は、スコーンのセットでミルクティーを注文し、妻は、かぼちゃのプリンをいただきました。前者は、1050円也、後者は420円也。

 駐車料金は1000円でした。

 今回は、2人で1万円を切る日帰り旅行ができましたね。

 おしまい。
 







2010/05/03 22:47:41|研究
本日のツイート:憲法について。
 日本国憲法は、世界史の流れから必然的に生じてきたものだ。世界遺産とみなしてもいい。今日は、憲法記念日。戦後のこれまで、憲法はその理念に基づいての運用が十分でなかった。憲法改正の前に運用の見直しが必要だ。

 憲法を含めて一義的な解釈や一律の運用を可能とする法律はできません。なぜなら、憲法の解釈を支えているのは、憲法の文言だけではなくて、背景となる国際関係や社会像・国家像が,論理学でいうところの「大前提」にあるからです。

 いわば小前提となる憲法の条文の文言と、結論としての憲法解釈から推定される、いわば大前提となっている社会モデルや国家モデルは、現実をモデル化したものとは言い難い。いわば虚構である。しかし、その虚構は、未だ明文化されたことはなさそうだ。

 一方、現実は多様にモデル化することができる。何を是とし、何を是としないかが、個人を尺度として相対的に決まるためだ。具体的には、イズムやイデオロギーの形で表れていると、私は考える。

 いわば、整合的な虚構の数だけ整合的な憲法解釈はありうるわけだが、憲法条文体系が安定的である限りは、無制限で恣意的な憲法解釈は生じない。ゆえに、社会秩序が保たれやすくなるメリットがある。裏を言うと、社会を激変させたければ、先ず、憲法を改変させる必要がある。

 まず、虚構間の対話が必要である。そして哲学的に正しいより洗練された虚構を練り上げる必要がある。ある未熟な虚構が優越するたびに憲法を改変していると、現実に生活している我々は、そのつど生活やモラルの基準を変えていかなければならなくなる。

 哲学的に洗練された社会・国家モデルは、今のところ存在していないようだ。もし、存在していたら、私たちは、憲法を一義的に解釈できるはずだ。

 日本国憲法は、Constitutionとしての体をなしている。未熟な国家観と社会モデルに基づいている憲法解釈とその運用のために、国民が欺かれ、ずさんな憲法というイメージが流布されているだけだ

 あるべき国家観に基づいて判断された条文の解釈・運用が実現して初めて、個々の条文の是か非かを国民が主体的に判断できるのではないだろうか。その期はまだ熟しているとは到底言いがたい。

以上。 

編集後記。
 こうして、改めて並べてみると、論理的に首尾一貫していないところがあることに気づく。まだまだ、法律の勉強が足りないな。