アポロ行政書士事務所

ブログの左サイドに各種関連HPのリンクを設けました。 ご関心のある方はHPをご覧いただければ幸いです。 よろしくお願いします。
 
2010/07/04 16:29:11|研究
集団的自衛権について。
 多数のプレイヤーが、互いの勢力を均衡させることで保たれているために平和の状態であれば、おそらく集団的自衛権の行使は正義に適うだろう。
 アメリカの軍事的覇権が突出している現在の国際関係の状態があり、それを覇権国が存在していると見なすならば、集団的自衛権の行使が正義に適うかどうかは、わからない。問題が複雑になるからだ。
 複雑すぎて分からないならば、集団的自衛権の行使には慎重であるべきだろう。
 
 







2010/07/04 1:28:08|研究
質問に応える講師になる。
 思えば、私は、「先生に質問をする」ということをしてこなかった。

 学生時代の私は、一方的に講義の話を聞くだけで終わっていたように思う。

 しかしながら、「質問する」という行為は、とても大事なコミュニケーションの形式だということに、今は、気が付いている。

 コミュニケーションは、双方向が望ましいのは明らかだ。

 思えば、教師から、質問することを促されることはなかった。

 だから、質問をする習慣が十分に身についていないのではないだろうか。

 そして、質問することを自重してしまっていないだろうか?

 自分で考えて、自分なりの解答を出すことを偏重しすぎていないだろうか?

 少なくとも、私は、若いころには、自分で判断しすぎるきらいがあった。

 自分の判断が批判としかとられないこともあった。

 ところで、先生は、生徒の質問に真摯に応えることが、基本的でもっとも重要な仕事ではないだろうか?

 それ以上の機能を求めることはばかばかしい気がする。

 大人の目から見れば、先生は、完璧な人間ではない。

 だから、完璧でないことを知っているならば、先生を「完璧でない」と批判することはおかしい。

 先生も成長していく存在にすぎない。先生を育てるのは、周りの人間である。そして、その中で、もっとも重要な存在が「生徒」ではないだろうか?

 先生は、生徒から多くを学ぶことができているだろうか?

 そうした謙虚さを身につけているだろうか?

 先生は、自分の専門知識でさえ十分でないことは、知っているのだろうか?

 わからないことには、分からないと応えることができているだろうか。分からないからと、ほったらかしにしないで、自分の宿題として文献を漁ったり、専門知識にもっと明るい人に尋ねたりをできているだろうか?

 すなわち、真摯に生徒に向き合っているだろうか?

 権威で、生徒を黙らせていることに気が付いていないのか?

 生徒が成長する姿をみることで、教育することに対しての情熱を維持できていないだろうか?

 これらの事を深く反省して起こすべき行動は一つのように思われる。

 生徒が、自由に、たくさんの質問をぶつけることができるような環境を作ることだ。

 そして、生徒の素朴な質問に応えることが、自分を磨くことになるはずだ。

 以上の考えに共感し、実践する教師が増えることを祈る。

 少なくとも、私は、以上の事を実践する。

 この実践が、世界を少しでもましにすることを信じて。

  

 

 


 

 

 







2010/07/03 22:20:54|研究
「宗教」についての私の研究。
 「宗教」は「性」を中心に扱っている。したがって、「人間の攻撃性」を、それはテーマにしている。

 宗教は、「人間関係」の中で、「敵対関係」を扱う必要のためにある。

 敵対関係の中で、宗教は、殺したり殺されたりが生じる関係であるため、生命と死について二次的に考える。

 行為としては、「矢で標的を射ること」に相当する。

 そのため、副次的に「瞬間」を意味するようになったと思われる。

 あらゆる瞬間で物体は「静止」している。

 「静止」している状態を人の行為とすれば「休息」となる。

 また、「死」は、「動かない状態」として、理解されうる。

 また、「不動の一者」は「神」と呼ばれることもある。

 ここに至って、宗教は「神」について思考するようになるのだろう。

 

 

 
  







2010/07/01 21:44:17|海がめ会
海がめ会について。
 「海がめ会」の名称は、現在、「特定非営利活動法人 海がめ」と「和(なごみ)カフェ 心の居場所 海がめ物語」を総称しています。

 どういう由来があって、「海がめ会」なのでしょうか?

 このような質問をよくされます。

 正式な説明は他にありますが、ここでは、多くの世代に理解できるような説明を試みたいと思います。

 以下、説明です。

 「この世の中には、のーんびり、ゆっくり、ゆったりとしか、生活できない人たちがいます。そうした人たちが一つの処に集まって、お互いに相談しながら、のーんびり、ゆっくり、ゆったりと暮らしていけるようにしたいと考えました。そのことを多くの人に伝えたいために、のろまとされがちな「海がめ」を私たちの会のシンボル(象徴)にして会の活動をしています。」


 雷が鳴ってきたので、途中で説明が中断します。よろしくです。



 
 







2010/07/01 21:25:27|海がめ会
プロボノ
 海がめ会には、プロボノが必要であることを、「クローズアップ現代」を観ながら感じていました。