「リカバリー」とは、一般には「発達を伴う回復」の事です。 「何からの回復なのか?」というと、「統合失調症に代表される精神病などからの回復」を意味します。
私は、「リカバリー」を「旅からの帰還」と捉えています。
だから、世間には、「おかえり」と迎えてほしいのが本音です。
旅の土産話をしたいのです。しかしながら、土産物はないかもしれませんが・・・。
もう少し、比喩的な説明をさせていただくならば、それは、海底のどこかに潜っていって、海底世界を堪能し、地上へと再び戻ってくる感覚に似ているのではないでしょうか?それは、宇宙空間から地球に舞い戻ってくる感覚と言っても同じです。
私も、宇宙探索機の「はやぶさ」のように世間に迎え入れられたいと感じます。
統合失調症の当事者とは、日常の生活を送りながら、または、送れなくなりながらも、意識は、無意識を旅しているの状態ではないか、とも考えられる気がします。
そんな中にあって、帰りを待ってくれている人がいることに気がつくことが、帰る動機になるような気がします。
絶対的な孤独の意識をもってしまった当事者は絶望の只中にいます。 この病気は、孤独が生み出す病のような気がしています。
だから、支援する人は、戻ってくることをただひたすら待つ姿勢でいてほしいのです。
ただし、その間の絶えざる交信が必要になることは言うまでもありません。
それは、「はやぶさ」に対して常にそうであったようにです。
交信が途絶えても、再び、交信できるようになったように、支援者には、拙くてもコミュニケーションをとってほしい、と願います。
そして、社会には、そうした回り道をした人たちを受け入れるだけの「しなやかさ」を持ってもらいたい。
それは、旅を終えた人に対しても、旅の途中の人に対してもです。
是非、当事者が「愛のメッセージ」として解読することができる信号を送ってください。 当事者が「憎しみ、恨み、嫉妬のメッセージ」として解読する信号はいりません。
以上の事は、容易に実践できることではないですが、実践する必要があることは明白です。
さて、あなたは、当事者のリカバリーに対して何ができますか? |