アポロ行政書士事務所

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2010/07/20 21:49:29|研究
社会的な常識がよくわかりません。
 「社会的な常識がよくわかりません。」と問われると、私は、「私も社会的な常識がよくわかりません。」とお応えしています。

 確かに、子供の都合より大人の都合を優先させて、それがルールだと言い張っている大人のように、持てるものが持たざる者へとこれがルールだと言い張るために都合よく利用されている言葉が「常識」であるという側面もあります。

 しかし、そればかりではなく、ノンバーバルなコミュニケーションの洗練された行為として、世間一般の共通認識がなされているルールのようなものを「常識」と言っていることもあります。

 前者の行為は醜いですが、後者の行為は美しいと感じますね。

 したがって、前者のルールについては、逸脱しがちであり、後者のルールについては認識しがたいので身につけることが難しいのが、統合失調症者の主な傾向だと思われます。

 そのため、明文化された妥当なルールを身につけることに逃げている私です。

 こういう場合、言葉に敏感で言葉の記銘力が強い傾向があると自身で思われるならば、法律家を目指すのが一番かと思います。

 普通、世の中のルールを身につければ、平凡になれるはずですが、法律を学ぶことによって、変人になるのは、この国に住む者の不幸ですが、そんなことは気にしないで、強者になりましょう。







2010/07/15 20:42:57|研究
横町と横丁
ネットで調べてみたら「丁の字義には「出会う。行き交う」の意があります。」とあるので、「恋文‐など‐横丁」としたいと思います。







2010/07/15 19:29:18|海がめ会
恋文-など-横町
 とちぎ協働まつり2010でNPO法人海がめとして行うことを企画しています。

 今年の、とちぎ協働まつりのテーマは「つたえる」です。

 そのため、「つたえるの表現方法」を考えなければならない状況になりました。

 「だれかに何かの思いを伝えたい。」

 私は、その表現方法をべたに考えて、「宛先人に手紙を書くこと」といたしました。

 未だ、「案」の段階ですが、思いつくことを書き連ねたいと思います。

 コーナー名を「恋文‐など‐横町」とします。

 「恋文横町」というのが昔、本当に実在していたらしいです。残念ながら、今は存在していません。栃木市でもありませんが、このアイデアを少しパロディーにしてみました。

 「など」にご注目ください。

 何も、恋人にラブレターを書くだけではなくという意味で、「など」としています。

 例えば、

「頑張る自分をいたわる自分自身への手紙」

「結婚式以来の両親への感謝の手紙」
 
「喧嘩ばかりしている夫と妻がほんとうの気持ちを伝えあう手紙」

「亡くなった親友への哀悼の手紙」

「未練ある相手に本当のさよならを告げる手紙」

「寡黙な父親から、引きこもった息子への手紙」

「天国の夫への手紙」 

など、いろいろな「恋文など」があるという意味です。

 当日は、100人限定で、手紙を書いてもらうつもりです。

 絵手紙でもいいと思います。

 また、文章を書くのが億劫な方も多くいられるでしょう。

 代筆してほしい方もいらっしゃるかもしれません。

 そういう場合に、だれかと相談しながら、あるいは、私たちが話し相手になりながら、文章を作っていただこうと思います。

 作られた「恋文など」の発表などもできたらしたいと思います。

 そのための本人が了承できる情報開示レベルのリストをあらかじめ決めて、了解をとります。

 男女別で、「恋文会議‐こんなラブレターをもらいたい。」という題目の会議も開きたいです。

 できれば、「和カフェ海がめ物語」で閲覧できるようにしたいですね。もちろん、本人の許可を取得します。

 そうすることで、スローで贅沢な贈り物となりつつある「手紙」あるいは「郵便」という手段の価値の再発見ができればと思います。

 もちろん、参加者には、NPO法人海がめと海がめ物語の思いを伝えた手紙のようでパンフレットのようなものも配布したいです。

 傍らで、手芸品の販売をします。

 そして、寄付金も募りたいな、と思います。

 さて、詳細なタイムスケジュールを作る必要がありそうです。
  
 簡単な、アンケートも取りたいと思います。

 海がめ会のQ&Aや、恋文マニュアルなんかもできたらいいですね。

 あまり思いつくまま書いていると収拾がつかなくなるので、この辺で筆を置きますね。

 最後に、この企画を実現させたいので、皆様方、ご協力をお願いいたします。

 







2010/07/14 21:42:40|研究
経営学についてと大学への不満。
私が大学で専攻した科目は、「経営情報学」でした。

ちなみに、卒業したのは産能大学(現:産業能率大学)です。

私は、実学中の実学を学べたと思っていたのですが、

大学で得た知識というのは、実社会では本当に、ほとんど役に立ちませんね。

社会で通用しない知識を身につけてしまいました。

もっとも、大企業に就職していたりしていれば、あるいは、大企業のマネジャーの立場にあれば、役に立つかもしれません。

裏を返せば、中小企業に理論を適用させると、ほとんど裏目に出るようです。

したがって、理論を適用して一定の効果を期待するならば。大学で得た知識を180度転換する形で、中小企業の現場に応用することが必要です。

そう考えて、本を探して読んでみると、案外、中小企業の支援で効果をあげている方は、経営学の通説を否定していることが多いことに気がつくはずです。

 もっとも、もっと深く経営学を学んでいれば、こうした、中小企業には通用しないという不全感は払拭できるところもあります。

 例えば、ドラッカーを日本語訳でいいから全巻読んでおくとか、しっかり勉強していれば、少なくとも矛盾した感覚は減るような気がします。
 
 私は、不勉強で、大学の教科書を丁寧に読む程度しかしてこなかったので、不全感が払拭できません。

 私のような、サラリーマン家庭の人間は、経営学を学ぶのは社会人になってからで十分だと思います。

 ちなみに、産業能率大学は、社会人に対しての教育に力を入れているようです。

 学生のときにはもっと他の専門を磨くべきだと思いました。

 医者、弁護士、僧侶・牧師、技術者のいずれかになることを目的として、大学を選んだほうが正解でした。

 日本のガラパゴス化した大学の林立状態は学生にとっては、道を誤るにもっとも適した環境ですね。

 なので、変な大学に進むぐらいなら大学進学をしないという選択もやはり正しいのです。

 


 













2010/07/07 23:31:15|研究
リカバリーは前向きか?
 リカバリーは前向きか?

 確かに、そういう面があることは否めません。

 しかしながら、後ろ向きであっても、「底付き体験」がいずれはやってくるでしょう。

 人が後ろ向きでいられるのは、そう長い時間でもなさそうです。

 いかに奈落の底に見えようとも、底は確実に存在します。

 そして、底にいられるのもわずかの間だけかもしれません。

 実は、いずれ、世界と自分との間に変化が訪れるはずです。

 はっきり言うと、自分の世界観がいっぺんに一変するはずです。

 世界観が一変すれば、病気は当事者の意思にかかわらず、回復に向かっていってしまいます。

 なので、現実的な日常生活を送る準備をはじめざるを得なくなるのです。

 その準備は、しぶしぶの後ろ向きな感情で行うかもしれません。

 つまりは、前向きか後ろ向きかの議論は些細なことにすぎません。 

 そんなことよりも、世界観が一変することで、日常の些細な出来事にも幸せを感じ取ることができるようなったほうがいいと思いませんか?

 なにはともあれ、ご自身が、幸せであることを追求していただければと思います。