アポロ行政書士事務所

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2010/07/31 22:18:02|お仕事
残業代不払いの話。
wikiで拾った記事

「若い人でも、残業代は要らないから仕事をもっと早くスキルを身につけてやりたい、土日でも残業代は要らないから出社したいという人がたくさんいる。
 しかし、経営者がしてもらっては困ると言っている。なぜなら出社されると残業代を全部払わなければいけない。
  家で仕事をするよりも、会社に来て色々な資料もあるし、これで自分が人よりも早く仕事を覚えて仕事をしたいんだと。それを今は仕事をするなと言っている。
 ホワイトカラーエグゼンプションの制度がないからだ。」

 もし、こんなやり取りがあったとしたら、麗しい限りだが、私の経験では、残業代の請求を、直属の上司が制限あるいは阻止する行動をとっていた。経営者が直接の責任を負わないで済むように、しかし、実際は組織的に残業代を払わなかった。一括請負であったためでもあろう。もちろん、業界の悪しき慣例で偽装請負だった。

 いつも終電で帰っていた。定期が使えない路線のほうだった。朝一番に出社する必要があった。鍵をあけるために。
 タクシー代を請求できないので、駅から30分から40分歩いて帰っていた。
 そんな奴は、その居住地域では、私ぐらいのものだった。

 私も、スキルを身につけたい、勉強したいと思っていたが、ほとんどスキルにならない雑務や作業をやらされて、それを長時間拘束するため、なんのスキルも得られなかった。

 睡眠時間が十分でなく、疲れがたまるため、土曜日は一日中寝ていた。日曜日は、買い物などの家事に追われた。

 なので、残業時間を、本当に勉強のための時間に費やせるのであれば、若い私は、それを、喜んでうけいれただろう。

 しかし、ホワイトカラーエグゼンプションの制度導入には、なお、疑問がある。

 残業時間ではなく、自分でその時間幅等も決められるぐらい自由な研修時間とでもして欲しい。研修時間だから、私なら残業代は放棄しただろう。

 確かに、仕事のできない新人に残業代を払うのは経営者にとっては不愉快に違いない。
 
 だからといって、スキルを得られない仕事を延々とやらされて、結局、仕事ができないから退職強要をしてやめさせるのは、どういうことなのか?

 従業員100人規模の小さな会社であるにもかかわらず、社長は働いている従業員の状況を把握できていなかった。従業員があちこちに散らばっていたことも原因ではある。

 元請けの管理者が初めに高圧的だったため、それ以来、口がきけなくなってしまった。(そして、その時、少し気が狂ってしまった。そして気が狂っていることに当時は気がつかなかった。)

 上司とのコミュニケーションが全く取れなくなってしまったのが、私の「失敗の本質」である。

 まあ、今思えば、私も脆弱すぎる精神のために、周囲も私を理解することは困難であったに違いない。

 こんなことになるのは、例外的であるべきだし、コミュニケーションが良好であれば、こうした悲喜劇は起こらない。

 若さは馬鹿さである。昔の私は、頭は良かったが、賢くはなかった。

 組織は、もっと柔軟で、融通が利き、良い意味でいい加減でもあるのだと知っている今の自分は精神的には強くなっている。

 難しいが、何らかの制度によって、経営者と従業員の両者の不幸は、互いにWin-Winの関係にできるだろう。

 そして、本来、制度とはそうあるべきだろう。

 ここからは余談になるが、少なくとも、この考察によって、自分が20代の時よりもだいぶ成長していることが確認できたことはうれしい。

 病気になった経験も、決して無駄にはしていない。

 誰も恨んだりしていないことは、とても快適である。

 むしろ、今は、出会った者すべてに感謝できていると思う。 

 確かに、自分の場合は、自分に結果の責任があったのであろう。

 久しぶりに過去を捉えなおして、経験したことの価値を理解できたようだ。

 私は、結局は運がいいのである。

 未だに生き残っていることは、それを証明しているのだ。

 結びに。

 途中で論旨が不明になったが、気持ちが軽くなったので、今日は、これでこの投稿はお終いにします。







2010/07/31 19:03:50|海がめ物語
スロー イズ ビューティフル の 時代
かつて、20世紀は、ファーストであることに価値を見出してきました。

何事にも、スピードが速いことが要求される時代でした。

ひるがえって、21世紀は、どうでしょうか?

どうやら、人々は、スローであることに贅沢を見出しつつあるように見えます。

「少なくとも、プライベートは、のんびり、ゆっくり、ゆったりと過ごしたい。」

そんな、願望ともため息ともとれる言葉が巷にあふれるようになって来ました。

その一方で、のんびり、ゆっくり、ゆったりとしか生きられない人達がいます。

この人達は、現在、スピードが要求される社会から排除されてしまっています。

でも、この人達も、仕事を得て、自立した生活を送る必要に迫られてしまいました。

そこで、のんびり、ゆっくり、ゆったりと仕事が出来る職場が必要となったのです。

「そんな職場を築けたらいいね。」

そうした何気ない一言に、集まっていた仲間が賛同して、協力し合い、存続させているのが、「和カフェ海がめ物語」という組織体です。


そして、「和カフェ海がめ物語」は「NPO法人海がめ」と提携して、「海がめ会」を構成しています。

「海がめ会」の今後の動きにも注目していってくださいね。







2010/07/30 20:56:00|研究
薬を服用する意義について。
 統合失調症を「治す」ことはできないと思います。

 しかしながら、「治る」ということはあると思います。

 結局、自然治癒力によって治ることはあると思います。

 しかし、その自然治癒力は非常によわよわしいので、治るまで時間がかかったり、病気に負けて、「悪化する」こともあり得るんだと思います。

 統合失調症の薬は、「病気を治す」ことはないと思います。

 では、服用することに、どのような意義があるんでしょうか?

 それは、風邪薬と同じように、治るまでに、脳や体の状態をとりあえずおちつかせることにあると思います。

 そして、悪化する確率をだいぶ下げる効果があると思います。

 私は、再発の確率を下げると思い、薬を服用しています。

 私は、医者ではありませんので、上記のことは、一人の患者の主観的な所感に過ぎないことを申し添えておきます。

 疑問・質問があれば、お医者さんに直接確認してください。

 よろしくお願いいたします。







2010/07/30 20:17:28|自己紹介
私の「mixiにあるプロフィール」を変更しました。
mixiのプロフィールをようやく正しく変更しました。

内容は以下のようになります。

35才の男性・既婚者です。元行政書士です。まだ、玉川大学の学生です。 (今期で退学する意向です。)

 栃木市で「NPO法人海がめ」の理事をしております。
 栃木市で「人権・福祉オンブズとちぎ」(任意団体)の副代表をしております。 栃木市で「栃木の若者の居場所」(任意団体)の仮代表を務めております。
 栃木市で「コンセルジュの集い」(任意団体)の代表をしております。

 栃木市の市民活動推進センター「くらら」をよく利用しています。
 ちなみに、第一期のくららの利用者協議会委員も務めていました。
 
 こんな経緯から、ボランティア業界では顔が売れています。

 吹上小学校→吹上中学校→志学館(1年)→栃木県立栃木高等学校普通科(中退)→大学入学資格検定試験合格→東進ハイスクール(1年)→産能大学(現:産業能率大学)・宇都宮ビジネス電子専門学校卒業

 千葉県浦安市に引っ越し、1年間、システムエンジニアとして勤務した。

 勤務地は、幕張、のちに、我孫子でした。

 体調不良のため地元に帰ってきて、約1年後の平成13年1月22日に統合失調症(旧:精神分裂病)と診断される。

 自傷他害の恐れもなく、早期に社会復帰を望んだためか、病院に入院することもなく、デイケアを利用することもなく、作業所を利用することもなく、現在に至っています。

 これまで、ほぼアルバイト収入だけで、過ごしてまいりました。

 アルバイト収入のほとんどは、資格取得費や本に化けました。

 両親が、家計の基礎的な支出を負担しております。(ありがたいことです。)

 碌な収入もありませんでしたが、平成21年1月30日に結婚しました。

 妻も同じ病気を患っております。

 今は、2人の子供を持ちたいと思えるような大人になりました。

 普通の幸せをつかみ取るために、挑戦の日々が続いております。

 では、みなさま宜しくお付き合いください。







2010/07/29 0:45:56|研究
同情するなら金をくれ。
NHKのハートネットTVを観て、考えたことです。

自殺者が減らないのは、第一には、経済的な問題だと思います。

労働者が資本家に「死んではならない。」と言われている状況を考察してみましょう。

恐らく、この言葉は、資本家にとって都合がいい言葉に過ぎません。

「死にたくなる」のは、十分な金銭が労働者に支払われていないことからきています。

無力な孤立した労働者が、巨大な資本家に一矢報いるために、自殺するのだと思います。

もちろん、こんな説明だけでは当てはまらない事例はいくらでも挙げらるでしょう。しかしながら、少数の反証する事例などを持ち出すことで、事の本質を隠してしまうことは無益です。

要するに、「労働分配率」が低いことが日本の高水準の自殺者数の主要因だと私は主張します。

平たく言えば、「金をくれ」と叫ばなくても、労働者に自動的に金が渡される仕組みが必要です。

日本人の所得が世界的に見て高いという議論は、日本の物価水準の高さを故意に忘れている欺瞞にすぎません。

要するに、生活に余裕がある、自由に使えるお金と時間があることが、幸福であることの第一条件だと、私は主張します。

個人の心理的な問題に過ぎないという心理主義は排除して、経済の問題としてもっと議論すべきでしょうね。

労働者に対して自己責任論を押し付けているのは資本家であることを理解できれば、自己責任論は、「資本家の無責任論」であることはすぐに理解できます。

私は、マルクス主義者ではありませんが、マルクス的な視点を忘却すると今の日本のようにロクな事にはならないことはわきまえているつもりです。