久しぶりの投稿です。
今は昨日の晩、小さな通夜が、小規模な式場で、ひっそりと行われました。
長らく透析に耐えてきた、私ども海がめ会の仲間が、9月8日に亡くなられたのです。実に、54歳と7ヶ月の生涯に幕を閉じました。
9月9日から10日にかけての葬儀は、我々に知らされることなく進むところでしたが、何かの知らせか、関係者が、ちょっとした気遣いで電話をかけたところ、その方の訃報を告げられたのでした。
その知らせは、すぐに、我々の仲間にも伝わり、伝えられた者から、躊躇われながらも、我々にも告げられたのでした。
その場にいた者たちの反応は、人それぞれでしたが、私には、彼は、ようやく救われたんだなと思えてならなかったのでした。
そのためか、式場に現れた者たちの中で、私だけが、涙を流すことなく、彼の通夜は、私にとっては、淡々と進行したのでした。
私だけが、喪服を着ることなく出席した通夜でした。
私だけは、悲しまないのでした。悲しめないのでした。 故人には、ネガティブな感情を抱いていたからでも、無関心であったからでもなく、かといって、ポジティブな感情を抱いていたわけでもない私には、ただ、推移を観察すること以外に、何もできませんでした。
私には、彼の人生に思いを馳せたときに、この死は、何かの救いであったような気がしてならないのです。
安易な共感は、彼によって拒絶されている、と私は感じてしまったようです。
それは、安易に共感しないことに共感しているということかもしれません。
他者からは不幸としか思われなかった彼の人生の歩みは、彼にとっても不幸であったのか、むしろ幸福であったのか、それを確認する術は、もうなくなってしまいました。
彼の死によって、私は、他者にも幸福であったと認められるような、幸福な人生を歩みたい、と再決断しました。
そのために、人生の軌道修正をはかっているところです。
では、ご冥福をお祈りしたいと思います。ありがとうございました。
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