アポロ行政書士事務所

ブログの左サイドに各種関連HPのリンクを設けました。 ご関心のある方はHPをご覧いただければ幸いです。 よろしくお願いします。
 
2010/11/15 13:38:53|海がめ物語
「海がめ物語」のホームページ更新のお知らせ。
 「和カフェ 心の居場所 海がめ物語」のホームページを更新いたしましたので、ご報告差し上げます。

 左側の「和カフェ心の居場所海がめ物語」のリンクからアクセスできますので、是非、ご覧下さい。







2010/11/11 21:51:56|海がめ物語
「和カフェ海がめ物語」のホームページを作成しています。
 「和カフェ 心の居場所 海がめ物語」のホームページを作成しています。
 
 グーペを利用しています。
 
 リンクをこのブログにも貼りましたのでアクセスしてみてください。
 
 では、よろしくお願いいたします。







2010/09/10 1:05:30|海がめ会
仲間への弔いとして。
 久しぶりの投稿です。 

 今は昨日の晩、小さな通夜が、小規模な式場で、ひっそりと行われました。

 長らく透析に耐えてきた、私ども海がめ会の仲間が、9月8日に亡くなられたのです。実に、54歳と7ヶ月の生涯に幕を閉じました。

 9月9日から10日にかけての葬儀は、我々に知らされることなく進むところでしたが、何かの知らせか、関係者が、ちょっとした気遣いで電話をかけたところ、その方の訃報を告げられたのでした。

 その知らせは、すぐに、我々の仲間にも伝わり、伝えられた者から、躊躇われながらも、我々にも告げられたのでした。

 その場にいた者たちの反応は、人それぞれでしたが、私には、彼は、ようやく救われたんだなと思えてならなかったのでした。

 そのためか、式場に現れた者たちの中で、私だけが、涙を流すことなく、彼の通夜は、私にとっては、淡々と進行したのでした。

 私だけが、喪服を着ることなく出席した通夜でした。

 私だけは、悲しまないのでした。悲しめないのでした。
 
 故人には、ネガティブな感情を抱いていたからでも、無関心であったからでもなく、かといって、ポジティブな感情を抱いていたわけでもない私には、ただ、推移を観察すること以外に、何もできませんでした。

 私には、彼の人生に思いを馳せたときに、この死は、何かの救いであったような気がしてならないのです。

 安易な共感は、彼によって拒絶されている、と私は感じてしまったようです。

 それは、安易に共感しないことに共感しているということかもしれません。

 他者からは不幸としか思われなかった彼の人生の歩みは、彼にとっても不幸であったのか、むしろ幸福であったのか、それを確認する術は、もうなくなってしまいました。

 彼の死によって、私は、他者にも幸福であったと認められるような、幸福な人生を歩みたい、と再決断しました。

 そのために、人生の軌道修正をはかっているところです。

 では、ご冥福をお祈りしたいと思います。ありがとうございました。 

 

 

 

 

  

 







2010/07/31 22:18:02|お仕事
残業代不払いの話。
wikiで拾った記事

「若い人でも、残業代は要らないから仕事をもっと早くスキルを身につけてやりたい、土日でも残業代は要らないから出社したいという人がたくさんいる。
 しかし、経営者がしてもらっては困ると言っている。なぜなら出社されると残業代を全部払わなければいけない。
  家で仕事をするよりも、会社に来て色々な資料もあるし、これで自分が人よりも早く仕事を覚えて仕事をしたいんだと。それを今は仕事をするなと言っている。
 ホワイトカラーエグゼンプションの制度がないからだ。」

 もし、こんなやり取りがあったとしたら、麗しい限りだが、私の経験では、残業代の請求を、直属の上司が制限あるいは阻止する行動をとっていた。経営者が直接の責任を負わないで済むように、しかし、実際は組織的に残業代を払わなかった。一括請負であったためでもあろう。もちろん、業界の悪しき慣例で偽装請負だった。

 いつも終電で帰っていた。定期が使えない路線のほうだった。朝一番に出社する必要があった。鍵をあけるために。
 タクシー代を請求できないので、駅から30分から40分歩いて帰っていた。
 そんな奴は、その居住地域では、私ぐらいのものだった。

 私も、スキルを身につけたい、勉強したいと思っていたが、ほとんどスキルにならない雑務や作業をやらされて、それを長時間拘束するため、なんのスキルも得られなかった。

 睡眠時間が十分でなく、疲れがたまるため、土曜日は一日中寝ていた。日曜日は、買い物などの家事に追われた。

 なので、残業時間を、本当に勉強のための時間に費やせるのであれば、若い私は、それを、喜んでうけいれただろう。

 しかし、ホワイトカラーエグゼンプションの制度導入には、なお、疑問がある。

 残業時間ではなく、自分でその時間幅等も決められるぐらい自由な研修時間とでもして欲しい。研修時間だから、私なら残業代は放棄しただろう。

 確かに、仕事のできない新人に残業代を払うのは経営者にとっては不愉快に違いない。
 
 だからといって、スキルを得られない仕事を延々とやらされて、結局、仕事ができないから退職強要をしてやめさせるのは、どういうことなのか?

 従業員100人規模の小さな会社であるにもかかわらず、社長は働いている従業員の状況を把握できていなかった。従業員があちこちに散らばっていたことも原因ではある。

 元請けの管理者が初めに高圧的だったため、それ以来、口がきけなくなってしまった。(そして、その時、少し気が狂ってしまった。そして気が狂っていることに当時は気がつかなかった。)

 上司とのコミュニケーションが全く取れなくなってしまったのが、私の「失敗の本質」である。

 まあ、今思えば、私も脆弱すぎる精神のために、周囲も私を理解することは困難であったに違いない。

 こんなことになるのは、例外的であるべきだし、コミュニケーションが良好であれば、こうした悲喜劇は起こらない。

 若さは馬鹿さである。昔の私は、頭は良かったが、賢くはなかった。

 組織は、もっと柔軟で、融通が利き、良い意味でいい加減でもあるのだと知っている今の自分は精神的には強くなっている。

 難しいが、何らかの制度によって、経営者と従業員の両者の不幸は、互いにWin-Winの関係にできるだろう。

 そして、本来、制度とはそうあるべきだろう。

 ここからは余談になるが、少なくとも、この考察によって、自分が20代の時よりもだいぶ成長していることが確認できたことはうれしい。

 病気になった経験も、決して無駄にはしていない。

 誰も恨んだりしていないことは、とても快適である。

 むしろ、今は、出会った者すべてに感謝できていると思う。 

 確かに、自分の場合は、自分に結果の責任があったのであろう。

 久しぶりに過去を捉えなおして、経験したことの価値を理解できたようだ。

 私は、結局は運がいいのである。

 未だに生き残っていることは、それを証明しているのだ。

 結びに。

 途中で論旨が不明になったが、気持ちが軽くなったので、今日は、これでこの投稿はお終いにします。







2010/07/31 19:03:50|海がめ物語
スロー イズ ビューティフル の 時代
かつて、20世紀は、ファーストであることに価値を見出してきました。

何事にも、スピードが速いことが要求される時代でした。

ひるがえって、21世紀は、どうでしょうか?

どうやら、人々は、スローであることに贅沢を見出しつつあるように見えます。

「少なくとも、プライベートは、のんびり、ゆっくり、ゆったりと過ごしたい。」

そんな、願望ともため息ともとれる言葉が巷にあふれるようになって来ました。

その一方で、のんびり、ゆっくり、ゆったりとしか生きられない人達がいます。

この人達は、現在、スピードが要求される社会から排除されてしまっています。

でも、この人達も、仕事を得て、自立した生活を送る必要に迫られてしまいました。

そこで、のんびり、ゆっくり、ゆったりと仕事が出来る職場が必要となったのです。

「そんな職場を築けたらいいね。」

そうした何気ない一言に、集まっていた仲間が賛同して、協力し合い、存続させているのが、「和カフェ海がめ物語」という組織体です。


そして、「和カフェ海がめ物語」は「NPO法人海がめ」と提携して、「海がめ会」を構成しています。

「海がめ会」の今後の動きにも注目していってくださいね。