アポロ行政書士事務所

ブログの左サイドに各種関連HPのリンクを設けました。 ご関心のある方はHPをご覧いただければ幸いです。 よろしくお願いします。
 
2011/11/29 3:03:37|その他
すべての歴史教科書を検定外にせよ。
こんばんわ。

小林宙です。

今回のテーマは、「歴史教科書はすべて検定外にせよ。」です。

その大前提となる命題は以下の通り。

○公教育は、宗教、政治、文化に対しては、中立である必要がある。

この命題は、一般には受け入れられていません。私独自の見解です。

一方で、

○宗教、政治、文化を無視しては、社会を認識することは難しい。

ですから、以下の結論を得ます。

○宗教、政治、文化に対しては、個人が個別に選択できるようにすることが必要だ。

補足すると、政治、宗教、文化は、いずれも芸術活動であり、したがって、自らが自発的に学習すればよい、というのが私のスタンスになります。つまり、生涯学習の分野ということです。

私は、政治、宗教、文化という芸術の領域で、個性を培い、天才性を育てればよい、と考えます。

そもそも、天才性は、自律的に学習することによって培うものであって、高度な教育を受動的に受けるだけでは、卓越性を身につけることはできても、才能を開花させることはできないと考えます。

したがって、

○公教育では、天才性を育てることはできないし、してはいけない。

ということになります。

○学校のカリキュラムは、ナショナル・ミニマムを追求し、基礎力の養成に心血を注ぐことが期待されます。

ところで、「社会科」という科目は必要でしょうか。
私は、「社会科」は、公教育に於いては、必要ないと考えます。
特に、「歴史」は科目としても存在してはならないと考えます。

○「歴史」は「政治」にすぎません。つまり、芸術活動の一環です。したがって、自発的な生涯学習によって研究され、知識を獲得・整理すれば十分だと考えます。

○教育の世界に現実の政治が関与するようになることは、避けなければなりません。「歴史教科書」は、政治的な関与を受けすぎています。

○歴史教科書は、「物語」の域を出ません。どうしても存続させたいならば、国語に吸収合併されてしまえば十分でしょう。

○検定は、検閲ではないことは明らかにされていますが、検定自体が、行政が採択するものであれ、結局は、政治が関与しているとしか言えない状況です。

○どの教科書を観ても、内容が政治的な意味合いをたぶんに含んでいる以上は、「新しい歴史教科書をつくる会」が発行するものだけを検定外とするのは、不公平だと思います。

よって、結論としては、「すべての歴史教科書は検定外とする。」というのが妥当であります。

以下は、蛇足です。

法律家にとっては、法律を理解するにあたっては、歴史を参照することが条文の存在意義を理解する上でとても役に立ちます。

したがって、「法律家のための日本史、世界史」というのは、法律を深く理解するために必要なので、こういった研究・出版が望まれます。







2011/11/19 20:47:54|その他
TPP参加後の未来
こんばんは。

小林宙です。

今回のテーマは、「TPP参加後の未来」です。

私は、「近代国家(=国民国家)」の終わりの始まりと認識しています。

2011年11月11日夕刻の事実上のTPP参加決定をもちまして、近代国家として存立できる保障はなくなりました。

日本は、アメリカによる実質的には傀儡政権といえる現内閣によって、米国に併合されたとも言えます。

日本は、国家体制的には、フィリピン化するでしょう。

国内経済的には、おそらく、ニュージーランド化するでしょう。

福祉国家的な制度は、ことごとくアメリカを標準とするようになるでしょう。(アメリカの福祉制度については、私の力では情報収集できません。)

では、TPP参加によって、傷がつかないかもしれない経済分野というのはあるでしょうか?

福祉の分野は小泉構造改革によって、いち早く改悪されましたので、現状のマイナーチェンジですむかもしれません。

ただし、入管法が大きく変われば、介護福祉士は、外国人が多くを占めることになるかもしれません。

社会福祉士や精神保健福祉士などのソーシャルワーカーは、地位が向上するかもしれません。

心理カウンセラー系の資格も国家資格化するかもしれません。

他に、長期的に観れば、農業は生き残るでしょう。

短期的には、農業は法人化し大規模化しますね。JAは相対的に地位を低下し、構成員の減少に歯止めがかからなくなるでしょう。

しかしながら、30年もすれば、短期的に増加した株式会社などは、ほとんど農業から撤退してしまうに違いありません。

30年後には荒れた農地を再び個人が耕すようになるでしょう。

30年後には、国力が大幅に低下してしまいますので、農産物を外国に依存することができなくなるでしょう。また、人口の増加によって、輸入できる食べ物がなくなっているものと思われます。

つまり、地球規模の人口増加による農産物の輸入の困難と日本の国力が低下することによる購買力の低下によって、皮肉なことに、農業は経済的に自立できるようになるでしょう。

30年後には、野田総理の言ったとおりの原風景である、貧困農業国家が成立していることは十分に考えられます。

したがって、これからは、福祉×農業でやっていくしかないと思われます。

ちなみに、巨大資本は、外国に全て逃げていってしまいます。

「ノアの箱舟」のとは、「多国籍企業」のことです。

多国籍企業に所属していない多くの日本の住民は、経済津波に飲み込まれてしまうということです。

産業の空洞化は、TPP参加によって加速することはあっても、減速することはないでしょう。

産業界がTPPを賛成する理由のひとつは、歴史的な円高を利用した、国際優良企業との合併や優良資産の買収がとてもやりやすくなるためだと思われます。

以上は、TPP参加後に起きる最悪に近い予測シナリオですので、参考になれば幸いです。

また、後日、別の形で、TPP参加後の将来予測をしてみたいと思います。







2011/11/08 22:09:21|研究
TPP参加に反対する。
TPP(環太平洋パートナーシップ協定)参加に明確に反対する。

テレビや新聞の報道に騙されてはならない。

私は、日本農業協同組合を擁護するためにTPP反対を表明するのではない。

日本の農業分野は、その他の産業のあらゆる分野を個別撃破する計画を実行するための最初の矢面に立っている分野に過ぎない。

今は、農業(第1次産業)と製造業(第2次産業)の対立が表面化しているなどと、論点そらしもはなはだしい。

農業の次は、製造業、その後に、サービス業に代表される第3次産業を潰していくことを計画しているのは、火を見るより明らかである。

行政サービスも当然下がるし、社会保障はアメリカ並みになるだろう。

全て、アメリカの計画通りに事は運ぶのだ。

TPP参加により、ますます主権在民ではなくて、主権在米となり、結局は、全ての国民が米国に隷属することと等しい。

残念ながら、現在の報道はジャーナリズムとイコールではない。

ジャーナリズムを復権させるために、電波利権を剥ぎ取り、本当の民主主義を取り戻そう。

これは、擬似民主集中制の日本国へ、一日本国民からの挑戦状です。













2011/10/16 18:19:24|自己紹介
高部真友美さん。
こんばんは。

お久しぶりです。

小林宙です。

本日、栃木市の市民活動推進センターに行きました。

そこで、栃木県南地域を中心にスピリチュアル・カウンセリングをされている高部真友美さんが、知り合いの知り合いとして、来ていました。

最近、プライベートでいろいろな事が起きてしまいましたので、近くの喫茶店に行って、鑑定をしていただきました。

現在、未来、過去の順番で診ていただきました。身体の不具合についても診ていただきました。

今回は、主に手相を中心に診ていただきました。

現在の状態をずばり当てられてしまいました。

今はまだ、あまり詳しくは書けない事を、あっさりと見抜かれました。

なので、信じることにしました。

早速、将来について鑑定していただきました。

自分の好みのタイプを詳細にずばりと当てられてしまいました。

IT関係に行ったほうが良いとも言われました。

実は、就職を狙っている会社も当てられてしまいました。

税理士に向いているかどうかも鑑定していただきましたが、時々刻々と確実に変わっている現在の環境では、変化についていくことが難しくなるでしょうとも言われました。

過去についても診てもらいました。

20代に、非常に孤独だったことを当てられてしまいました。

25、6才の頃に、倒れている事も当てられました。

バイクに乗っていたことも見抜かれました。(郵便局の配達の仕事で、です。)

全体的な性格もはっきり当てられました。

身体については、内臓系で、胃と肝臓、十二指腸が炎症していることや、心臓が危ない事等を当てられてしまいました。  持病があって、睡眠薬のほうの薬が最近あっていないことも当てられてしまいました。

他にも沢山、当てられてしまいましたが、ここでは、書けません。

あえて書きますが、将来は、幸せな家庭を築いています、と言われました。

これは、確実に当たっていることを祈りたいと思います。












2011/09/18 21:29:13|人生をデザインする会
「私らしさ」の呪縛。
こんばんは。

人生を考える会の小林宙です。

今日は、宇都宮のアミークスで開かれた、摂食障害についてのフォーラムに行ってまいりました。

そこでの話を聴いた後に、私の考えを以下のように整理しました。

1.我々は生物の一種である。

2.我々は、性的に男性かあるいは女性である。(例外はあるが、話を簡単にするために男性と女性とに分ける。)

3.我々は、子どもから大人になる。(子どもと大人の区別は、近代以降に発生したらしいが、現代でも有効な区別と認める。)

おそらく、これらの信念体系に疑義をはさんだ場合、結果として我々は、何らかの障碍を持つに至る。

これらの前提の下に「私らしさ」について、検討してみよう。

たびたび、「私らしさ」は「男らしさ」や「女らしさ」を否定する。

「男らしさ」や「女らしさ」は「大人らしさ」でもあるので、「私らしさ」は、「子どもらしさ」と等しくなる。

ここで、「私らしさ」は一見「多様性」をもっているように見えるが、包括的には「大人らしさ」への拒否を意味している。

さて、我々は生物の一種であるため成長する。

つまり、性的に成熟し、やがて死ぬ。

この生物の必然に抗おうとすると何が起きるのか?

つまり、いつまでも「子どもらしさ」を保持しようとするとどうなるのか?

それは、生物としては不自然なため、やがて病気になる。それから症状が固定して障碍になる。

私は、誕生し、養育され、性的に成熟し、友人や恋人を持ち、結婚し、子どもを産み、育て、大人になるまで見守ること、こうした一連の出来事は、「エゴ」ではなく、「人間の業」であると考える。

私は、「人間の業」に抗うことを「エゴイズム」と定義したい。

しかしながら、20歳で子どもを産み、40歳のときに孫が生まれたとしたら、私は、その後の人生の一定期間を「私らしさ」の追求に当ててもいいのではないかと考える。

つまり、「個性化」を追及するのは、「人生の正午」と呼ばれる40歳を超えてからのほうが健全だろうと考える。

人生を80年とするならば、40歳以降に「私らしさ」を追及しても残り人生の半分を費やすことができるということだ。

人間の寿命が延びているのだから、「私らしさ」の追及が大きなテーマになるのは分かる。

しかし、それは、若い世代に押し付けるべき価値観ではない。

40代以降の人間の課題を、それ以前の世代の課題にしては酷というものだろう。

必要なことは、世代ごとに課題を検討できるようにすることだと思います。