久しぶりの投稿です。
今回は、NHK教育テレビのとある番組に触発されて、思ったり考えたりしたことを書きます。
ところで、私は「子育て」の経験はありません。
経験を埋めるはずの専門知識も持ち合わせない「子育て」の門外漢でもあります。
つまり、子育てに関心のない世間に近い立場にはありますが、
これらのいわゆる世間と違うところは、「決して無関心ではない。」というところにあります。
子育ては「難しく」なっています。
人間は生物ですから、生物の本能が十分に働けば容易そうですが、
人間は、単なる生物である以上に「社会的な動物」なため、本能は機能しづらくなっています。
しかし、その社会的な動物が従っているその社会は「子育て」についての配慮が欠けています。
さらに、株式会社に代表されるひたすら利益を追求するだけの組織は、
そもそも従業員が子育てに従事することを想定していないような振る舞いをしがちです。
組織の都合にあわせられない者は、昇給・昇進を望めなくなっています。
従業員に選択肢は形式的に与えられていますが、実質的に選択の余地がなくなっています。
かように、賃金労働者の立場は弱いのです。
さて、我々は、「資本家に」というよりは、「資本に」思うがままにされているようです。
「資本」が真のプレイヤーであって「人間」が疎外された時代なんでしょう。
資本主義を乗り越えてでも、あるいは修正してでも「人間中心主義」に立たなければ、
人が人を生み育てなられない矛盾を社会が抱えたままになってしまいます。
それでいいのか?
育児の困難さとは、
日本的な資本主義の矛盾のひとつの現れであり、
もっとも重要で克服を急がなければならない社会的課題である。
と言えそうです。
補足
今回の記事は内容が不明確ではありますが、投稿することにしました。
読者に何らかの示唆が与えられることを期待します。
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