ロックシップ・カンタービレ

六人家族のお父ちゃんが、自由なスタンスで日々の出来事や思った事をつづります。
 
2021/12/10 14:01:00|旅先
会津若松へ

セガレと親子鉄旅で会津鉄道会津線を北上しました。

途中、足湯が楽しめる藁ぶき屋根駅舎の「湯野上温泉」を過ぎ、そしてその先の「芦之牧温泉駅」では昔使っていたトロッコ車両が保存されておりました。そして二代目”猫駅長”の「らぶちゃん」が乗客をお見送りしておりました。(この駅、旧駅名は「上三依駅」でしたっけね)
楽しい駅がつぎつぎに現れていきますね〜。
我々の乗った真っ赤な会津鉄道AT₋751は快調に峠を下り、北上していきます。
うーん、登坂用にかなりエンジントルクが太い印象ですね。シフトチェンジの際に「ググン」という軽いシフトショックを感じます。
なんともバスみたいだなぁ・・・

そしてだんだんと家が増え人里に近づき、会津若松の街へと入っていきます。
途中西若松駅で会津鉄道の路線区間は終わり。
ここからはJR只見線の線路を走り、2駅先の終点「会津若松駅」に到着します。

会津若松はかつて上野発の特急「あいづ号」が3往復していた大きな駅で、JR磐越西線の主要駅で、スイッチバック式の線形になっています。
かつて蒸気機関車が牽引していた時代は、ここで機関車交換(カマ替え)をしたので好都合だったのでしょうね。
現代では進行方向が変わるため、郡山₋新潟の直通運転がし難いという結果となってしまっていますが、この区間を直通で乗り通す人は少ないのか、(東武柏駅のように)ずっとこのままなのでしょうね。

郡山方向は交流電化されていて電車が走りますが、新潟方向は喜多方までしか電化されていないため、ほとんどがディーゼルカーによる運行になっています。
そのため発着する列車は電車+気動車と多彩です。さらに観光シーズンには新津からSLもやってきます。
セガレも「新潟行」のドット柄アクセントの最新気動車GV−E400気動車を見てワクワクしていました。
これから新潟とは反対方向の郡山行の電車に乗ります。

時間が無くて、SL「ばんえつ物語号」を見られなかったのは残念でした。次は宿泊でゆっくり余裕を持って来ることにしましょう!







2021/12/09 6:04:59|旅先
会津の里から

末っ子坊主と二人鉄旅。
電車は会津鉄道線に入り、周りはますます雪深くなっていきます。
峠を下り出すと、線路が野岩線の時のような高規格ロングレールではなく、短い25mレールをジョイントした軌道になっています。
トトットトッ!トトットトッ!と、ごく軽くポウンポウン跳ねるような乗り心地になりました。
ジョイント音のリズムもまた旅情を駆り立ててくれますね。
やがて電車は終着駅の「会津田島駅」へ到着。
ここで今回の旅行のお目当てだった東武6050系とはお別れ。たっぷり乗り味を堪能できました。ご苦労様!!

ここから北方面は非電化区間となるため、ディーゼルカーに乗り継ぎです。
接続乗り換えまで時間があるため、いったん改札より出て待合室で待つよう案内がありました。

ふわっ!寒いなぁ!!
東北地方の山間部ですからね〜、冷える訳です。
それでも鉄分の濃い我々親子は屋外に出て、駅南に保存されている蒸気機関車のC11を見学しに一回りしてきました。
254号機か〜。新橋駅前の戦時型とは違ってボイラー上ドームがオリジナルの丸い形状なので汽車としての風格がありますね。(新橋のSLはドームが四角い箱になっています・・・東武に移籍した元真岡鉄道の325号機ももともと戦時型で箱ドームだったのですが、動態復活時にオリジナル形状へ改造されています)
これは後期型なのでボイラー横の水タンクが大型化されたので、タンク下端がキャビンの下端より下がり、ラインが揃っていないですね。その水タンクが山岳線走行時に揺動しないよう、ボイラーをまたぐように鞍型の補強金具が取り付けられています。
そして除煙板が門デフ化(上部のみに小型化)されているのは雪だまり防止による視界確保のためでしょうね。
また前照灯も光量の大きいシールドビームが装備され小型化されています。
原形をありがたがる機関車ファンの方には趣向をそがれてしまうところかもしれませんが、これは山岳線のカマの苦闘を物語っていますよね。その辺のところをセガレと共有出来て愉しかったです。

ここからは新潟トランシス製の真っ赤なディーゼルカーAT−751で会津若松を目指します。
会津マウントエクスプレスに充当されているデラックスな内装仕様の車両です。
座るとシートはフカフカ。リクライニングもついていて言う事なしですね〜!ラッキーでした。







2021/12/08 19:45:05|旅先
6050系は銀世界の野岩線を行く

末っ子坊主と東武6050系に乗っての二人旅。

電車はゆるゆると速度制限区間の多い東武鬼怒川線を走破し、野岩鉄道線に入っていきます。

野岩線に入ったとたん、電車は次々にトンネルに入り、山を貫いてぐんぐんスピードを上げていきます。
もともと、東武鉄道鬼怒川線と、国鉄会津線をつなげるための自治体肝入りの路線として計画された野岩線。
http://www.yagan.co.jp/

国鉄が清算され、北側の会津線も第3セクターの会津鉄道となった後に開通しましたが、極力山肌に沿うように路線を敷設する従来工法ではなく、自治体の支援を受けた大工事によってトンネルと鉄橋でなるべく直行するように両区間を結んだため、このような線形になったわけですね。

現在は「ほっとスパ・ライン」というペットネームを名乗っているようです。

感染症対策で多めに換気をしているため、トンネルの「耳ツン」が多少不快ではありますが、揺れは少なく乗り心地はとても良いですね。この6050系は多段抵抗制御(バーニア制御)なので、加速時の進段も滑らかでショックが無く、台車もダンパーの効いたエアサスペンションなので揺れ具合も自然でマイルドです。

鉄橋からの見晴らしもすばらしく、久々の電車旅に「旅に出て良かったなぁ」としみじみ思いました。

ありゃ!雪だ!
トンネルを抜けたら銀世界でした。

雪の山々を走っていくと、妙に警笛を吹鳴します。

何だろうね?あぁ!猿が線路上にいるんだ!

やがて電車は県境を越え、野岩線の最終駅である「会津高原尾瀬口」を越えて会津鉄道線へ。
雪の中をひた走ります。







2021/12/08 0:12:37|旅先
東武の快速電車6050系の力走を見守りながら

こんばんは。

先日の日曜日は、末っ子坊主と感染症に用心しながら3年ぶりに乗り鉄旅行をしてきました。

東武鉄道の快速用電車6050系が結構な勢いで廃車が進み、日光行の運用まで20400系に置き換えが進んでいることもあり、これはもう「近い将来、乗れなくなるかもしれない」と思いまして、思い出を残すべく北に向かう電車にとび乗りました。

栃木駅から「東武日光行」4両編成に乗り、下今市からは「会津田島行」の2両編成に乗りかえて、朝日を浴びながら鬼怒川の渓谷に沿って6050系の電車旅です。

かつて浅草発6両編成で運行していた時代、連結切り離しでそれぞれの行先が違っており、その乗客が乗り間違えないよう車内表示されていたサインボード(サボ)、そして昔の国鉄急行電車をほうふつとさせるような向かい合わせシート。
シート地は真っ赤でクッションもふかふかです。
旧国鉄の急行電車の車体を乗せ換えて作り、両毛線で走っていたかつてのJR107系の潰れたクッションとは出来が違いますよね。

もともと茶色い東武6000系をリニューアルした前期車は、すでにほとんど廃車されてしまってるので、今走っているのは新造された後期車ばかりですが、さりながらやはり抵抗(バーニア)制御の直流モーター車は先が短いようです。

これだけ旅客サービスの行き届いた優良車も無いものですけれどね〜。惜しいなぁ〜。
ラストに向けて力走を続ける姿を見守ってあげたいです。







2021/12/05 21:59:03|自動車ネタだったりする
パンクロックシップ

こんばんは。
先日、タイヤをスタッドレスに交換した後、ステアリングが左に取られる変調を感じたので「バルブの不調でエアが抜けてしまったのかなぁ?」と思いエアを充填しました。

しかし。
また翌日エア圧が減っていたので「これはスローパンクチャーだ」、と判断し、昨日明るい時間に点検しました。

あっ!!こいつだぁ!
タイヤ溝の奥に、何か金属の頭が見えました。

これじゃあ暗いところでタイヤ交換したのではわかりゃしないですなぁ。

ついてないなぁ・・・
しょげていても仕方ありません。
速攻で直さねば!



ということでコノヤロウを抜き取ります。

ずる、ずるずる、ずるるるる・・・
ながー。
こんなのが出てきやがった。
通勤距離が長いので、どこかで拾っちゃったんでしょうね。

BAL社製のパンク修理キットで直しちゃいましょう。
リーマーという錐(きり)にボンドを塗ってギシリギシリとねじりこみます。
そして修理材を挿入・・・
あ、修理材が切れている。買ってこなくちゃ。
う、売っていない!!
○インズにも○メリにも○ートアールズにも○ンセキにも・・・
ようやく平柳町のオートバックスさんで見つけて買ってこれました。
午前中の時間をほとんど無駄足で浪費してしまいましたね〜。
でもしっかり直すことができて何よりでした。
よきよき