宮澤賢治、風の世界

宮澤賢治の作品を彩る言葉と風を追って宮澤賢治の世界を訪ねよう。 賢治は風という言葉に何を託したか。風を描くためにどんな言葉を選んだか。 賢治は何を求めて風の中に身を置いたのだろう。 そこに少しでも近づきたくてページを埋めていく。
 
「風の又三郎」―「風野又三郎」―「ニルスのふしぎな旅」

  風を主題にした童話と言えば、「風の又三郎」でしょう。
風の吹きぬける岩手の自然の中に、突然都会から転校してきて去っていった転校生高田三郎と村の子供たちとの交流を描きこんだ作品です。この作品のもととなったものの一つが「風野又三郎」です。   

 

   「ここの下はハワイになってゐるよ。」なんて誰か叫ぶもの  もあるねえ、どんどんど        んどん僕たちは急ぐ  だらう。にわかにポーッと霧の出ることがあるだらう。お前たち      はそれがみんな水玉だと考えるだらう。さうじゃない、  みんな小さな小さな氷のかけらなんだよ、顕微鏡で見たらも  ういくらすきとほって尖ってゐるか知れやしない。そんな旅  を何日も何日もつゞけるんだ。 ずいぶん美しいこともある  し淋しいこともある。雲なんかほんとうに奇麗なことがある  (九月八日)   

 

 それから僕は少し南へまっすぐに朝鮮へかかったよ。あの途  中のさびしかったこ とね、僕はたった一人になってゐたもん  だから、雲は大へんきれいだったし邪魔もあんまりなかった  けれどもほんたうにさびしかったねえ、朝鮮から僕は又東の  方へ西風に送られて行ったんだ。海の中ばかりあるいたよ。  商船の甲板でシガアの紫の煙をあげるチーフメートの耳の処  で、もしもしお子さんはもう歩いておいでですよ、なんて云  って行くんだ。船の上の人たちへの僕たちの挨拶は大抵斯ん  な工合なんだよ、(九月九日)  

 

 これは「風野又三郎」のなかの、〈風野又三郎〉の言葉です。〈風野又三郎〉は風の精ですが、風として旅する過程で、人間の子供のように、三回も〈さびしい〉とつぶやきます。さらにいえばこれだけ〈さびしい〉という言葉を多用するのは賢治の童話では珍しいことです(注1)。三例とも、美しい風景とともに語られます。又三郎はほかに感情を表すのは大循環を達成した喜び一例のみ、進んでいくための苦痛などの感情も、広い世界を制圧した、という気持ちもありません。
  「風野又三郎」が、書かれたのは大正十三(一九二四)年二月以前といわれます。岩手県や長野県には広く言い伝えられている風の神〈風の三郎〉がありました。〈風野又三郎〉はその伝説の風の精が子供の姿で子供たちの前に現れ、〈大循環の風〉に乗って旅したことを得意げに話します。
 〈大循環の風〉は大気還流―地球上の大気の大規模な循環―で、赤道で温められた大気の上昇と、冷たい両極付近の大気の下降によって生まれ、地球の自転の影響によって、東西方向の六の還流となります。当時農学校で気象学を担当していた賢治が気象学を教えるために書かれたかもしれない、と言われ(注2)、〈大循環の風〉では、緯度と風の基本的な関係を、サイクルホールではコリオリの法則や、高気圧、低気圧の概念を明らかにしています。 さらに、「風野又三郎」には『ニルスのふしぎな旅』が投影されていると言われます。(注3) 
 この作品は1906年〜1907年に、スウェーデンのノーベル文学賞受賞者セルマ・ラーゲルレーヴによって第一部〜第二部(全五十五章)「自然や地理が学べる副読本」として書かれ、日本でも1918(大正7年)、第一部全二十二章が、大日本図書から、香川鐵蔵訳『飛行一寸法師』として出版されました。
 類似点は、まず主人公が伝説上の妖精によって小人にされたニルスと、伝説に由来する風の精〈又三郎〉であること、飛行をテーマにしている日付付きの物語であること、北行する旅であること、物語の背景の製材所、川岸が酷似することなどです。
 また第一章の、上空から見た整然と色分けされた畑の様子は、「グスコーブドリの伝記」の「沼畑」を彷彿とさせ、第五章の「鶴の運動会」は、「けだもの運動会」と共通するものがあり、第十八章の地上に住む人々の上空を飛ぶ雁への憧れは、「風野又三郎」の子供たちの上空への憧れという部分で共通しています。
 相違点は、「ニルスのふしぎな旅」が描くのは雁の背から見た地上のものであり「風野又三郎」は風の通るはるか上空から地上に近いところまでと広範囲です。 『飛行一寸法師』の国立国会図書館所蔵本標題紙には受付印〈大正7、2、7〉の日付があり、上京を繰り返して図書館へかよっていた賢治が読んだ可能性があります。
 また、賢治が関心を寄せていたメーテルリンクやタゴールがノーベル賞を受賞したのと同時代に、ラーゲルレーヴも受賞したことで、賢治の目が向けられたかもしれません。 
 得意げに知識を披露したり、気象台や観測所で自分の風力や風速が記録されることを喜んでいる無邪気な姿や、一人の子供として感情を持たせて描くことは、賢治のなかに〈ニルス〉という人間の子供の物語が存在したためではないでしょうか。 
 賢治は風という自然現象に子供の無垢、のびやかさを感じとって作品をイメージし、子供の広い世界への飛翔を願ったのでしょう。登場する地名が岩手山など身近なものか北極などグローバルなものまであることは、奥深い山村の子供が広い世界を感じ取ることの大切さ、それを実感できるものは風だ、と言いたかったのです。 
 さらに、たった一人で広い空間にいる〈さびしさ〉を描き込むことで、自然という大きなシステムのなかでは、風でさえその法則に従う弱いものである、ということを感じ取らせようとするものではないでしょうか。 
 賢治はのちにこの作品と、自然のなかの子どもたちを描いた「種山ヶ原」、「さいかち渕」とをまとめて、「風の又三郎」として結実させたのです。

 

注1小林俊子『宮沢賢治 絶唱 かなしみとさびしさ』勉誠出版  2011 
 2佐野嘉彦「地理教育および環境教育の立場からみた「風野又  三郎」」(『イーハトヴ自然学研究第2号』 イーハトヴ自然学研究グループ−岩手県立大学環境政策講座 2005、 3) 
3米地文夫「宮澤賢治「風野又三郎」とラーゲルレーブ『ニル スのふしぎな旅』」―空飛ぶ旅の物語と環境教育」(『イーハ トヴ自然学研究第3号』 イーハトヴ自然学研究グループ−岩 手県立大学環境政策講座 2006、3)  

 

 「風野又三郎」は『新校本宮沢賢治全集第九巻』、ちくま文庫『宮沢賢治全集第五巻』、「風の又三郎」は『新校本宮沢賢治全集第十一巻』、ちくま文庫『宮沢賢治全集第七巻』などで読めます。 

 

 詳細は『宮沢賢治 絶唱 かなしみとさびしさ』勉誠出版20 11 参照








永野川―残された小さな自然とビギナー探鳥会

永野川は水源、鹿沼市粟野町を水源とし、栃木市を流れて小山市中里で巴波川に合流します。途中で伏流水も合流しているので、かなり澄んでいます。


栃木市泉川町で西から南に湾曲する所に北から赤津川が合流しています。ここには広い河川敷があり、永野川緑地公園として整備され、芝や桜なども植えられているほか、クルミやクワ、エノキ、クヌギ、ハリエンジュなどの大木は残されています。さらに水辺には、小規模ですがヨシ原があり周囲には草むらが残っています。さらに周囲には太平山に続く山林、水田など多様な環境に囲まれています。


私のフィールドは、ここを中心にして、下った薗部町二杉橋、赤津川をさかのぼった野中町平和橋付近までの往復です。


野鳥は年間を通して60種を観察できました。渡り途中のコムクドリ、ノビタキなど身近では珍しい鳥たちも観察できることがあります。


植物も公園内の土手には、オドリコソウ、ハナウドなどもあり、エノキはアサギマダラの食草でもあり繁殖も見られるかもしれません。


公園にはトイレや集会施設もあり、安全なので、冬季2回、夏季1回、日本野鳥の会栃木主催の初心者向け探鳥会が開かれるようになりました。会からはベテラン指導員さんが数名来て下さいます。


この会の楽しさは、いつも小中学生の参加があること、探鳥会は初めて、という方も多いことです。加えて人気のカワセミがほぼ100パーセント見られ、渡り途中のコムクドリや、カッコウ、夏鳥のオオヨシキリ、冬鳥のシメ、ベニマシコ、オオジュリン、クイナ、ワシタカではオオタカやチョウゲンボウなども見られるので、上級者の方も来られ、いつも目的を一つにする広い層の楽しい交流があります。


 


この少し残された自然は宝物ともいえるのですが、私がここを歩きはじめた13年前に比べると、様相は変わりつつあります。


特に、ここ数年、まず水害防止の名目で河川敷のみならず川岸まで、半数以上の広葉樹は伐採されました。それを追うようにここ2、3年、衛生上、防犯上の問題として、草むらが刈りとられるようになりました。


鳥の餌となる木や草の実が無くなり、身を隠し、営巣する場所をなくして、見えなくなった鳥もあります。木の実を食べるシメやウソも、草むらをすみかとしていたアオジやカシラダカ、キジもめっきり数が減り、コジュケイの声も聞こえなくなりました。また植物は、勢いのある外来種やクズなどが勢力を伸ばしています。


たしかに整備された公園は美しく安心と言えるかもしれません。しかし少し考え方を変えてみれば、こんな近くに自然のままの姿をみられることは、貴重です。人もまた生態系の一部として生きていることを考える場所ともなります。


また鳥は、一羽で年間三万匹の虫を捕食するといいます。鳥が減れば、その分増えた害虫を人間に影響も心配される農薬で対処しなければなりません。


きれいに刈られた芝生公園を望む声を説得するために、河川敷・川岸の一部を自然観察区域として指定して、そのままの状態を保全することはできないでしょうか。


そのコンセプトさえあれば、指定場所は、伐採は年一回夏の繁殖の終わった後のみにし、水害に関係のない場所には、実のなる広葉樹を植樹していくこともできます。そして台風のためすっかり弱ったヨシ原をもう少し復元しましょう。


これは私の個人的見解です。また私には専門知識はなく実行に移す力はありませんが、行政でその方針をご理解いただき、指針を作ってくだされば、協力することはいといません。


 


永野川緑地公園ビギナー探鳥会報告(2012、5、13)


もうすっかり夏の景色となりました。


何回か参加されている小学生とお母さん、探鳥会は初めて、でも鳥にはお詳しそうな男性、そのほかベテランさんも含めて15人ほどでした。


いつも沢山いるセキレイ類が少なく、カワセミにも会えませんでした。


キジがまだ刈られていない公園内の草地に多く見られ、また畑でゆっくりと砂浴びする姿を皆で楽しみました。


ツバメ、イワツバメはたくさん飛びかい、はるか上空を飛んでいたのはヒメアマツバメでした。


公園内の土手の法面には、日本固有種というオドリコソウが元気にきれいな花を付けていました。やはりここは一斉刈り取りは止めてほしいと思います。


 


鳥リスト


ダイサギ、コサギ、アオサギ、カルガモ、オオタカ、キジ、イカルチドリ、キジバト、コゲラ、ヒバリ、ツバメ、イワツバメ、ヒメアマツバメ、セグロセキレイ、ヒヨドリ、モズ、ウグイス、ホオジロ、カワラヒワ、スズメ、ハシブトカラス、ハシボソカラス


 


ビギナー探鳥会についてのお問い合せは


 日本野鳥の会栃木 (рO28―625−4051)まで


 


 


 








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