雨にも負けず風にも負けず・蔵の街栃木

仕事を退き、第二の人生の山歩きを中心にした日常行動の紹介です。
 
2017/06/05 15:23:27|癌との共存
通院して抜糸
9;45、弟に送って貰い病院で診察カードで受付し、第二外科へ。
ISH君の知り合いの磯先生が本日の担当になっていて、抜糸の後
今回の手術の経緯をレントゲン写真を基に説明していただく。

外来で1時間もかからずに診察が終了し駐車料金もゼロで済んだ。







2017/06/04 15:06:37|
突然の知らせ!
退院して4日目。まだお腹が痛むが傷口の膿はだいぶ治まって来た。
明日は抜糸する日なので今朝お腹のガーゼを真新しくした。
午前中に先輩KONさんから携帯に電話が入り、話を伺ってびっくり。
好好爺の旦那が21日に亡くなったと云う。80歳を超えた人の好い爺さんだった。
死因は何と屋根から落下事故。歳の割に元気だった事が如何やら仇になった様だ。
小生も半病人の体乍ら、居た堪れなくなり、お弟の隙を盗んで、昼過ぎに急遽
お焼香にお伺い。気の強いKON女子もさすがに憔悴しきっていた。

知り合いが また一人 消えていく・・・   我が身も遠からじ・・・







2017/06/01 19:57:08|癌との共存
急遽退院              6月1日
今回の肝臓手術入院はハプニングの連続。
当初1ヶ月の手術入院予定だったが、手術を2回に分けて行う予定に変更。しかし癌腫瘍の進行具合が想定外で開腹途中で閉じる羽目になってしまった。その為入院11日目で急遽退院に至った。

未だ傷口が痛み、傷口の一部から膿も出る為、お腹にガーゼを宛がっている。掘炬燵に入ると、出る時が苦しい。従って椅子に座ったままの生活。5日には抜糸で通院予定。
でもやっぱり我が家は良い。弟が母と愚兄の面倒を一手に引き受けてくれて助かる。







2017/05/22 11:11:11|癌との共存
2度目の手術で再入院
昨日pm3:00に盛岡の弟が今月二度目の帰省。新幹線で来るのかと思っていたら、明日の入院で、家族に手術の説明と承諾を得る為の立ち合いが午後4時頃に予定してあるので、時間がずれても帰りの時刻表を気にしないで済むように、単独で高速を使って来てくれた。
夕飯は外で食べようと母を誘ったが、「二人で食べといで」とあっさり断られた。すると彼が買い出しに行くと云って、イオンで食材を仕込んで夕食の用意をしてくれた。
夕飯時に古河の弟から電話があり、「お医者さんでも遣るもんだね」とこちらの様子を話すと、「それが普通で何にもしない兄貴が異常なんだよ」と一括された。



今日は直ぐ下の弟に病院に送って貰い、盛岡の弟は日中母に付き添い、ホームセンターで花を仕入れ母と庭いじりの予定とか。   こんな時ですから親孝行よろしくお願いします。
午後4時過ぎに弟達と長男が病院で医師と面会の手筈になっている。

10:30に第二外科の入院手続きをし、病室は教育医療棟11階の相部屋。手術は2日後の24日予定。

半年前の大腸のS状結腸癌手術の時は、退院日も予告されていたが、今回は部位も違い退院日も未定なので、難儀が予想されても、とにかく運を天に任せるしかありません。

ブログも当分投稿出来ません。元気に帰ってきますから、それまで暫くお待ちください。







2017/05/21 21:04:28|
曾孫に囲まれた母

昨日は今月末で93才になる母と
8月で2才になる曾孫の2女と今
年から幼稚園に通う長女の3人
のショット。
偶(たま)に来る曾孫達ながら、
どの曾孫が来ても姿を見るなり
母の背筋はピンと張り、自ずと
顔は綻ぶ。

今日は今日でまた別な曾孫が2
人母を取巻いてくれた。
一緒に同居していないから、た
だ傍にいるだけで、はしゃぎま
わるのを見ているだけで母の日
常の大いなる刺激になるのだろ
う。
なかなか1人1人の名前も覚えら
れない8人の曾孫達と今月は全て
会えたようだ。