雨にも負けず風にも負けず・蔵の街栃木

仕事を退き、第二の人生の山歩きを中心にした日常行動の紹介です。
 
2017/06/16 20:28:11|
思い立ちミステリードライブ

傷口が治まってくると、母の世話をさて置き、例によって又々悪い癖が鎌首を擡げてくる。
8:40、SEO君とISH君に突然電話連絡し、一方的にご都合具合を問い合わせる。都合が付き大変ラッキー!

天気予報は日中腫れ一部にわか雨の旅行日和、二人にはいく先を告げなかったが、揃ったところで、「猛火の吉田山専修寺か新緑の塩原に行きたい」と告げ、勝手に塩原へとハンドルを切っていた。
その塩原も、佐貫観音から尚仁沢湧水地を散策し八方ヶ原越え と 那須塩原IC直行 と二通りあったが、ISH君の時間の都合でオーソドックスな後者に収まった。

先ずはダイレクトに 新緑の 竜化の滝 に赴いた。
長さ130m、3段に落ちる高さ60mの観爆台から望む滝
途中の森林を浄化する爽やかなフィトンチッドと、沢を覆い尽くす冷気が、訪れる者の心を和ませてくれる。

続いて1枚岩の絶壁天狗岩(高さ100m底辺幅50mの三角状岩塊)をボルダリングの聖地野立岩から仰ぎ見る。
天狗岩山上からの絶景は迫力満点、約20分で登れる。今回は足不自由、転倒怪我、病上りと三人三様で不登。

昼近いが、先を急ぎ小太郎ヶ淵茶屋の名物草団子で小腹を満たす。娘?さんが山菜みずなの漬物をサービス。
お茶のお変わりもいただきとても美味しかった。

そこから八方ヶ原に向う道を途中で右折、栃木百名山
富士山(新湯富士)1184mが脇に聳える大沼園地へ。

昼食は13:30と遅れたが千本松牧場でジンギスカン。
牧場に着いた途端、雷鳴が光り土砂降り。ラッキー!

いつもながらの思い付き旅行、それでも愉しかった。







2017/06/13 21:11:59|癌との共存
術後の日動活動開始
もはや梅雨時なので 春眠不覚暁 には時節が一致しないが 
昭和生れの猪も、やっと熊の冬眠ならぬ術後の安眠から覚め、
体力の回復に伴い、体がムズムズしだし凡悩?をやたら刺激。
早速今日から行動開始。
まず朝一で従兄弟の処(母の実家)に西方米を買いに出向く。
従兄弟夫婦と甥っ子の嫁さんに歓待され、何時も乍ら居心地
の良さに絆され、ついつい話が弾み2時間近くも長居をした。
帰路に気付いたが、肝心な代金も払わず帰宅してしまった。
電話で詫び序でに、近いうちに蔵の街の観光案内を申入れ。

午後は母の心配を振り切り、早速近所の精米所に出向いた。
母の心配とは、切腹のお腹で30sの米を運ぶ事について也。

過日見舞に来たHAS君から御母堂様の不幸を聞いた。小生の
病と重なり連絡しなかったとのこと。詳細は後で知るが、訃
報は半年前の12月中旬との事。不義理に只々申し訳なし。
母親同士が女学校の同級生だったこともあり、香典とは別に
柳屋で供養のお線香も用意してお焼香に伺う。

途中ボランティアルームに寄り、来月4日定例会の案内を得、
その足で観光協会の暖簾を潜り伝建地区研修の資料を頂く。

そんな事で、やっと家から離れ充実した一日になった。







2017/06/11 14:48:33|
思い掛けない近くて遠い友の来訪
手術後19日、退院してから11日目。 傷口もだいぶ治まり、痛みも感じなくなった
が、まだ今までの様に外に飛び出し遊ぶ気にはなれない。
午前中思い掛けない訪問者が見えた。NOG君とHAS君、市内に在住の高校の同級生。
HAS君とは街中で何度か擦違っていたが、NOG君とは久し振りの出逢いだった。
近くて遠い友、つい懐かしく嬉しくなって、機関銃のように一方的に話しまくって
しまったが、心落ち着くひと時だった。

午後は久し振りに錦着山に登ってみた。
意外に簡単に登れて一安心したが、流石に息切れがきつかった。







2017/06/09 17:01:59|太陽の陽子と和さん
梅雨入り時の絵手紙
2日前に梅雨入したのに一滴も雨が降らない。
童謡『雨』の歌詞には「雨が降ります雨が降る。
遊びに行きたし傘は無し」とある。
傘が無くても遊びに行ける状態なのに、まだ十分
に体の自由が利かず、家の中にいるもどかしさ。

陽射しが眩しい昼下がり、カーテン越しに郵便屋
さんの姿。ポストに陽子さんから絵手紙が届いた。

一服の清涼! この時期を彩る紫のホタルブクロ
が意地らしい。







2017/06/08 10:10:10|
母の定期検診 TMCとちのき    6月8日
昨日関東地方も梅雨入り宣言が出された。昨日も今日も曇天。

9時45分に母を TMCとちのき の整形外科に連れ出す。
母は相変わらず元気だが、耳はだいぶ遠く成って来たようだ。

1日に退院して以来1週間が経つも、自由に動き回れず家浸り。
車の運転は何とか出来るが、重い物は持てず体をねじるのも
きついがそうも云っていられない。

抗癌剤治療から遠ざかり、味覚障害から少し解放されたのが
救いだ。味の間隔が戻り、3度の食事がとても美味しい。