雨にも負けず風にも負けず・蔵の街栃木

仕事を退き、第二の人生の山歩きを中心にした日常行動の紹介です。
 
2017/10/06 13:28:00|にっぽん百名山
木曽駒ヶ岳A
木曽駒ヶ岳登頂下山までは、弱者に基準を合わせて登山したので、疲れが殆どでなかった。
昨日抗がん剤治療から退院したばかりで体力も充分でないのに、足取りは極めて軽かった。
全く疲労感が無く、久々の山に浮かれ、UENさんを残し宝剣岳にも登ろうと提案していた。
でもSEO君もおり、結局一人で登る破目になる。登頂は無事達成するも次の行動が大失態。

UEN女史SEO君は先に八丁坂をおりて、ロープウェー駅にて待つ約束を取り付けて、登頂後に急いで追いかける手筈になっていた。往復50分足らずで宝剣岳を下り、急げば途中で追いつけるかもと先を急いだのが第一の間違い。宝剣岳山荘脇の道標べを見間違えて、反対側の駒飼の池に降りる沢道を下ってしまったのだ。周りの山の気配が少しおかしいとは想ったが、早く追付きたい一心で下山のスピードを上げた。30分くらい経った時にコースが違う事に気付いたが、でもこの下で千畳敷カールに合流すると勝手に思い込んでいた。たまたま下から登って来た3人組のパーティーに尋ねて、完全にコースを外れていることに気付く。
先に降りた二人に携帯で連絡しようとするも、山中での携帯の繋がりが悪く何度も連絡したがうまく繋がらない。やっと繋がってもすぐ切れる。最終のロープウェーの運行時間は午後5時。まだ1時間半あると思っていたが。30分下りた登山道は登り返すのに1時間はかかる。今まで順調だった体力が落ちてきて、足の疲労と膝の痛みが激しくなってきた。コースを間違ったという後悔のストレスと、心の不安が疲労度を倍増させる。昨日病院で指摘された血圧が170前後とかなり高い結果だったことも頭をよぎった。何とか稜線まで戻ると時間は既に4時30分を超えていた。普段ならともかくこの状態では30分ではロープウェー駅までは戻り切れない。
もは何をしても時間迄に戻れない事態に直面し、やっと繋がった携帯で、自分は乗り遅れても山頂駅のホテルに泊まるから、二人は運行時間内にロープウェーで麓に下り、最悪 麓で宿をとるなり、何らかの対策を立てて欲しいと、繋がり辛い携帯で最低限の行動依頼を促した。
乗越浄土から八丁坂を下るのは難儀だった。普段なら30分で下りられる坂に1時間以上も要した。
下り始めると直ぐに「カールの麓からロープウェーの最終時刻は5時です」とアナウンスが聞こえてきた。これで麓のバスターミナル駐車場までの下山は完全にアウト。
5時半すぎると辺りは少しずつ色を失ってきた。十五夜の真ん丸お月さんが南ア甲斐駒ヶ岳の山上に大きな赤オレンジ色で照り映えていた。しかし優雅な風情を楽しむゆとりはまったくなく、必死に歯を食いしばり一歩一歩登山道を下りて行った。途中何度も携帯をいじるが繋がらず、山頂駅にも連絡することが出来なかった。辺りはだいぶ暗くなっていたが月明りで足元は確かだった。
6時前にやっとロープウェー山頂駅に到着。
既に駅はロックされていたが、ホテルの売店にやっと辿り着き、フロントに向かった。







2017/10/06 12:10:00|にっぽん百名山
木曽駒ヶ岳@            10月5日 
天気予報では10月5日は日中晴天ながら6日は降水確率70%。6日に木曽駒ヶ岳に行く予定
になっていたが、急遽5日に変更になりISH君は芋掘りの都合で行けなくなってしまった。
今回の旅は千畳敷カールの草紅葉と木曽駒ヶ岳一帯の紅葉見物が主体なのでお天気優先。

朝3:30栃木出発の予定だったが、前夜に睡眠導入剤を服用した為にUENさんが来た時には熟睡中。その所為で出発が30分延びてしまった。SEO君を拾い、東北道、圏央道、中央道で一路駒ケ根へ。菅の台バスセンターに着くと7:45発しらび平ロープウェー駅行きのバスに、行列が出来ていた。乗ろうとしたが満車で一バス見送った。お天気は朝の内は曇ながら、雲が高く視界は極めて良好。

しらび平から山頂駅までの64人乗りロープウェーでは絶景を満喫した。渓谷を縦に裂く大小の滝や岩壁にシラビソやコメツガに交じりダケカンバの黄葉やナナカマドやもみじの紅葉が錦秋をキャンパス一杯に彩っていた。でもゴンドラ内は身動きが取れず、写真は1枚も撮れないのが残念だった。

ロープウェーを降り千畳敷カールに飛び出すと、眼前に岩山の岩稜が迫って来た。いつ見ても素晴らしい光景だ。急に寒さで体が震えた。気温は4℃。上着を6枚も重ね着して寒さを防いだ。

今回は景色を見る為に来た筈だったが、時間も早いし折角なので、少し歩こうと千畳敷カール内の登山道をトレッキングした。千畳敷カールを横切り八丁坂迄歩いて、食事は歩き疲れた地点で食べる事に決め、この坂を行けるところ迄行こうと意見が一致し、乗越浄土までゆっくりチャレンジ。

なんと3人とも標高2858mの乗越浄土迄意外と簡単に登り切ってしまった。稜線上の宝剣岳山荘前のベンチで待望の朝食にありつく。景色は満点で途中から陽も差してきて最高の登山日和。こんなロケーションで食べる食事は何を食べても最高で饒舌に尽くし難い。右手に宝剣岳2931m、カールの中腹に赤い屋根のロープウェー駅があり、駒ケ根の平地の先に南アルプスの山々がデンと鎮座している。鋸岳、甲斐駒ヶ岳、仙丈ケ岳、北岳、間ノ岳、農鳥岳、その上に富士のお山がくっきりと浮かんでいる。ここ迄の南アは登頂済みの山が多いが、その先は未登頂の山ばかりで塩見岳、小河内岳、荒川岳、赤石岳、聖岳、上河内岳、茶臼岳、光岳と果てしなく稜線が浮かんでいる。

食事を済ませ、山小屋の有料トイレを借りて出発の準備を整えると、3人が目指すのは木曾駒ヶ岳。
せっかく日本百名山の中央アルプス木曽駒ヶ岳に来たのに登らないのは勿体ないと気持ちが急変。

先ず木曽駒ヶ岳の前に鎮座する中岳2925mを踏破し、山頂に木曽側と伊那側それぞれの駒ヶ岳神社が存在する木曽駒ヶ岳2956mに登頂。体力差のある3人がまさか一緒に登れるとは思ってなかったので頂上制覇は感無量。然もここからの景色は独立峰の御岳山や乗鞍岳、槍ヶ岳と穂高連峰の北アルプスの峰々、妙高高原や美ヶ原、霧ケ峰、遠くに浅間山と秩父連山、手前に北八ヶ岳の蓼科山から南八ヶ岳の赤岳や横岳の岩峰と、お天気に恵まれた最高のシチュエーション。

帰り道は中岳に再登頂するのも難儀に思い、前回遭難者が出て通行禁止になっていた中岳を迂回するトラバース道を選択。一部険しい岩場の処もあったが、無事乗越浄土に帰って来た。

ここから本日の大失態が始まる。







2017/10/04 18:32:04|癌との共存
独協医大第一外科外来抗癌治療    10月4日
抗がん剤治療の方法が変わってから3度目(通算18回目)の
抗がん剤治療だが、今迄は入院治療だったのに、今回は初
めての外来日帰り治療。
療法を変えた最初(8月1〜3日)は薬の副作用で下痢が激し
く、往生したが、前回から副昨用を及ぼす抗癌剤の点滴を
一品減らしたお陰で副作用はなくなった。
8:30に第一外科の外来受付を済ませ、採血と採尿の検査の
後、体重、体温、酸素、血圧を測った。血圧の数値が異常
に高く、最初は上は200下は105と看護師さんも驚く数値。
何度は状況を変えて計り直し156迄さがった。原因はここ
1週間血圧を下げる薬が切れていて飲まなかったことと抗癌
剤ゼロ―タの副作用にあるらしい。
11時15分から教育医療棟5階の外来化学療法室で、抗癌剤
アバスティン他の点滴を90分注入して12時45分に終了。

以外に早く終わったので、明日の準備に余裕ができた。







2017/10/01 22:18:02|月参り
大町寄席
朝、少し寝坊してしまう。7時半に弟を誘い太平山神社に月参り。
神社の境内まで車で登るので全く歩かず仕舞い。
幣束と榊の木2束を授かり、家の神棚に奉納してから、母と3人で朝食。
今回は弟にとって墓参りと月参りが同時に運よく出来た。
午前中に古河の弟も合流する。
12:13栃木駅発、小山から新幹線で仙台乗換で盛岡に帰って行った。


午後2時から第19回天狗連の寄席 大町寄席。
漫談、マジック、落語「授業中」、腹話術、落語「西行」、紙切り、
取り は 古今亭志ん丸師匠 の「演歌師匠よもやま話」 

最初の岩船亭服地の漫談がとても面白かったが、やはりプロの落語は
歯切れがよく間とテンポがすならしかった。







2017/09/30 23:22:00|響きの森
弟を退屈させない為に
昨夜、お台場の学会から特急きぬ帰省した弟は、改札口迄出迎えに来ていた母の姿を見てびっくりしていた。母は母で栃木駅構内の変化を疲れると云いながらも愉しんでたようだ。

昨日お手伝いした永野山荘で、今日は鹿肉のカレーパーティを開くという。弟が居るので、参加の返事を有耶無耶にしていたが、弟も付合うと言ってくれたので参加することにした。
NAGさんに弟と2人で参加したいと連絡すると午後1時頃来て欲しいと連絡があった。

そんな時、1ヶ月以上も前の8月18日の円通寺施餓鬼会の施餓鬼引取不実行を思い出した。
時間に余裕があったので、お寺に行く前に途中の岩下の新生姜ミュージアムに寄ってみた。
円通寺で住職の奥様に連絡していた施餓鬼2本を引取り、川連のお墓に行ってお墓参り。

1時に永野山荘に着くと、昨日手入れした川沿いの緑深い土上に張ったテントの中の素朴なテーブルを囲み、NAG、 KAT、 NON、 SUZのお馴染みメンバー4氏が顔を揃えて居た。
他にもう1人スーツ姿の紳士が「響きの森で前にお逢いしましたよね」と声を掛けてきた。
NAGさんの音楽友達で、絵もセミプロの腕を持つ四国松山の田中熊一氏の記憶力に仰天。
似顔絵を描くので、人の特徴を捉える能力に長け、顔の輪郭を一目で覚えているらしい。

栃木の奥深き沢沿いの里山と東北のそれとを比べても、然程変わりはないかもしれないが、ここに集いし故郷の見知らぬ野人達は、弟にとっていい刺激になると思い、雄東の1升壜を
手土産に弟を紹介し、ビールとワインと日本酒と緑茶パーティが始まった。
少しアルコールが回ったところで、夢を即決即断で実現化しようとするNAGさんに、改装中の永野山荘の室内外を直々に案内してもらう。広いテラスと屋根付きテラスラウンジ、調理室に直結の8人かけの正方形の和食テーブル、オーベルジュの寝室。オーナーの夢を疑問視していた弟も、奇想天外な着想と発想に耳を傾けているうちに納得出来たようだ。田中氏もユニークな人で弟はここでの出逢いを喜んでいた。

途中大柿花山のOHOさんも加わった。相変わらず元気な好好爺、花大好き花咲か爺さん。

夜の市内のムジークの集りにも誘われたが、残念ながらギターの練習がありそれは断念。