バス停まで何も考えずに歩きました。
足は棒のようになっていましたが、下山途中で攣った脹脛も何も無かったかのように治まっていました。 “バスが丁度出発直前で、止まって待っていてくれるかも”とか勝手な期待を膨らませてバス停を目指しました。
大きな駐車スペースのあるバス停の佇(たたずまい)が見えてきました。 残念ながら空想のバスは止まってはいませんでした。 急いで待合所のバスの時刻表に目を遣りました。 バスの最終時刻を調べます。 時計は3時55分。 休日は4時15分まで最終バスがあります。 処が平日の最終バスは、なんと3時50分!・・・ そんなバカな!・・・ 嘘でしょう!・・・ 何度も何度も時刻表に目を遣りました。 どんなに見つめても時刻表の数字は変化しませんでした。
如何すべきか、考えるまでも無く、本能的に身体が、足が動き始めました。 ハイブリッドバス専用の道を、小田代が原に向かって、戦場ヶ原の赤沼に向かって歩き始めていました。 菖蒲が浜に歩いた方が早いのじゃないか?という疑念はありましたが、ここを歩いていれば、もしかして、まだバスが通るんじゃないかと、微かな期待を寄せて歩き始めていました。 実際歩いて赤沼まで何時間かかるのか全く判っていませんでした。 幸いに雨は止んだままで、道路は湿っていましたが、身体が濡れる心配はありませんでした。
無心で歩いていると、鹿の親子が目の前の道路を早足で横切りました。 親鹿が林の中からジーッとこちらを覗いていました。 通り過ぎようとして、デジカメを取り出しパチリ。 上の写真左をクリックして頂くと、鹿の目が異様に光っている事にお気付きでしょう。 逃げようとはしませんでした。
もう既に歩き始めてから30分が経とうとしていました。 弓張峠の坂道に差し掛かった時、後の方から車のエンジン音が聞こえてきました。 白いトヨタ車(ダイナ?)のピックアップトラックでした。 思わず親指を突き出し、ヒッチハイクの合図。 若い運転手さんの運転する工事用のトラックは停車してくれました。 「最終バスに乗り遅れてしまったんですが、赤沼まで載せて行ってもらえませんか?」 なんの躊躇(ためら)いもなく、 「後ろの座席に乗ってください」 天の助け! まさに地獄で仏! 九死に一生です! 言葉数の少ない運転手さんに 「登山者で何もお礼に差し出す物がありませんけど」と云って財布からお金を出そうとすると 「そんな必要はありません」と一喝された。 「せめて、手の着けていない安曇野の水がありますので・・・」と云って受け取ってもらい、会社の近くの菖蒲が浜のバス停まで送って貰いました。 途中の小田代が原で久し振りに貴婦人(白樺の木)に逢いました。 12号、15号台風の後、朝日新聞栃木欄に“小田代が原に4年振りに水が貯まり、湖が出来て貴婦人が湖に優雅な姿を映しています”との記事が載っていました。 偶然にも車窓から、沼に佇む貴婦人を拝む事が出来ました。 残念ながらデジカメにまで気が及びませんでした。
とにかく菖蒲が浜のバス停まで来られたので一安心。 バス停の時刻表を覗くと4:25と5:30と記されていました。 時計は4時35分。 同じような状況がまたまた繰り返されます。 一時間待つか、歩くか、ヒッチハイクするか。 取敢えず歩きながらヒッチハイクを試みました。 何台か遣り過した後、ボックス型の黒のワゴン車がやってきました。 親指を立てて合図するも、やはり簡単に無視され、初老の白髪頭では誰も相手にしてくれないのか、と多いに経込んで仕舞いました。 でも偶然にもワゴン車の後ろにタクシーが来ていました。 ヒッチハイカーであるにも拘らず、停車してくれたタクシーに喜んで乗り込みました。 この際、有料タクシーでも何でも良いでしょう。 歌が浜まで1,970円。 運転手さんに千円札2枚を気前よく手渡しました。
運転手さん曰く。 「お客さん、ヒッチハイク出来なければ、歩いて赤沼まで2時間以上。赤沼で7時過ぎればバスもタクシ−も拾えず、歌が浜まで歩いて2時間近く。それを考えれば本当にラッキーでしたね。」 まさにその通り!
月参りと月命日のお墓参りは欠かさないにも拘らず、常日頃は神も仏も信じない私です。 でも今日は地獄で仏に出くわし、捨てる神あれば拾う神ありで、日頃の我が人生の相反する縮図?を見せられた一日となりました。
計画的な山登り 体力に応じた山登り 単独登山を避けた山登り
以上十分に反省し、肝に銘じて実践します。 出来る?かな?・・・
参考までに 本日の万歩計は26,056歩を指していました。 |