雨にも負けず風にも負けず・蔵の街栃木

仕事を退き、第二の人生の山歩きを中心にした日常行動の紹介です。
 
2011/10/01 23:55:00|月参り
赤トンボと曼珠沙華

今朝は昨日の疲れからか、8時まで寝ていました。

慌てて置きだして、仏壇のお水とお茶を用意してお線香をあげ、太平山に直行。
いつもの6時頃と違い、この時間帯では神社境内に駐車する車の数はかなり少なかった。
神棚の幣束も11個目となり、来月で全部埋まります。


昨日、社山の山中を登攀中、岩に集(たか)った赤トンボを写しました。
どんなに傍に近付いても決して逃げませんでした。


今日、陽紀ちゃんが来てくれて、母を探しに行った時、近くの
畦道で曼珠沙華の群落を見つけました。
近くにこんなに群生しているなんて全く気が付きませんでした。


どちらも秋の風物詩ですよね。







2011/10/01 20:11:00|栃木百名山
社山、黒檜岳登山から奈落の底A    9月30日
バス停まで何も考えずに歩きました。

足は棒のようになっていましたが、下山途中で攣った脹脛も何も無かったかのように治まっていました。
“バスが丁度出発直前で、止まって待っていてくれるかも”とか勝手な期待を膨らませてバス停を目指しました。

大きな駐車スペースのあるバス停の佇(たたずまい)が見えてきました。
残念ながら空想のバスは止まってはいませんでした。
急いで待合所のバスの時刻表に目を遣りました。
バスの最終時刻を調べます。
時計は3時55分。
休日は4時15分まで最終バスがあります。
処が平日の最終バスは、なんと3時50分!・・・
そんなバカな!・・・
嘘でしょう!・・・
何度も何度も時刻表に目を遣りました。
どんなに見つめても時刻表の数字は変化しませんでした。

如何すべきか、考えるまでも無く、本能的に身体が、足が動き始めました。
ハイブリッドバス専用の道を、小田代が原に向かって、戦場ヶ原の赤沼に向かって歩き始めていました。
菖蒲が浜に歩いた方が早いのじゃないか?という疑念はありましたが、ここを歩いていれば、もしかして、まだバスが通るんじゃないかと、微かな期待を寄せて歩き始めていました。
実際歩いて赤沼まで何時間かかるのか全く判っていませんでした。
幸いに雨は止んだままで、道路は湿っていましたが、身体が濡れる心配はありませんでした。

無心で歩いていると、鹿の親子が目の前の道路を早足で横切りました。
親鹿が林の中からジーッとこちらを覗いていました。
通り過ぎようとして、デジカメを取り出しパチリ。
上の写真左をクリックして頂くと、鹿の目が異様に光っている事にお気付きでしょう。
逃げようとはしませんでした。

もう既に歩き始めてから30分が経とうとしていました。
弓張峠の坂道に差し掛かった時、後の方から車のエンジン音が聞こえてきました。
白いトヨタ車(ダイナ?)のピックアップトラックでした。
思わず親指を突き出し、ヒッチハイクの合図。
若い運転手さんの運転する工事用のトラックは停車してくれました。
「最終バスに乗り遅れてしまったんですが、赤沼まで載せて行ってもらえませんか?」
なんの躊躇(ためら)いもなく、
「後ろの座席に乗ってください」
天の助け!
まさに地獄で仏!
九死に一生です!
言葉数の少ない運転手さんに
「登山者で何もお礼に差し出す物がありませんけど」と云って財布からお金を出そうとすると
「そんな必要はありません」と一喝された。
「せめて、手の着けていない安曇野の水がありますので・・・」と云って受け取ってもらい、会社の近くの菖蒲が浜のバス停まで送って貰いました。
途中の小田代が原で久し振りに貴婦人(白樺の木)に逢いました。
12号、15号台風の後、朝日新聞栃木欄に“小田代が原に4年振りに水が貯まり、湖が出来て貴婦人が湖に優雅な姿を映しています”との記事が載っていました。
偶然にも車窓から、沼に佇む貴婦人を拝む事が出来ました。
残念ながらデジカメにまで気が及びませんでした。

とにかく菖蒲が浜のバス停まで来られたので一安心。
バス停の時刻表を覗くと4:25と5:30と記されていました。
時計は4時35分。
同じような状況がまたまた繰り返されます。
一時間待つか、歩くか、ヒッチハイクするか。
取敢えず歩きながらヒッチハイクを試みました。
何台か遣り過した後、ボックス型の黒のワゴン車がやってきました。
親指を立てて合図するも、やはり簡単に無視され、初老の白髪頭では誰も相手にしてくれないのか、と多いに経込んで仕舞いました。
でも偶然にもワゴン車の後ろにタクシーが来ていました。
ヒッチハイカーであるにも拘らず、停車してくれたタクシーに喜んで乗り込みました。
この際、有料タクシーでも何でも良いでしょう。
歌が浜まで1,970円。
運転手さんに千円札2枚を気前よく手渡しました。

運転手さん曰く。
「お客さん、ヒッチハイク出来なければ、歩いて赤沼まで2時間以上。赤沼で7時過ぎればバスもタクシ−も拾えず、歌が浜まで歩いて2時間近く。それを考えれば本当にラッキーでしたね。」
まさにその通り!

月参りと月命日のお墓参りは欠かさないにも拘らず、常日頃は神も仏も信じない私です。
でも今日は地獄で仏に出くわし、捨てる神あれば拾う神ありで、日頃の我が人生の相反する縮図?を見せられた一日となりました。

計画的な山登り
体力に応じた山登り
単独登山を避けた山登り

以上十分に反省し、肝に銘じて実践します。
出来る?かな?・・・

参考までに
本日の万歩計は26,056歩を指していました。







2011/10/01 18:19:02|栃木百名山
社山、黒檜岳登山から奈落の底@    9月30日
今日の登山の最大の収穫は、山を甘く見るなと云う事を再確認出来たことでした。
週末が天気が良くないと云う事で、急遽思い立った社山と黒檜岳登山。
天気予報では午後3時に傘マークになっていましたが、それまでには余裕の下山の積りでいました。
天気は不安視していたのですが、良い意味で予想が外れ、昼過ぎまで陽が照っていました。
社山も期待通りの素晴らしい山で、山頂登頂までは全て順調でした。

早昼の後、何の躊躇も無く、黒檜岳に縦走を決行したのですが、其の瞬間から歯車が狂い始めました。
まず、コースが釈然とせず、不安を抱えた縦走の始まりとなりました。
道らしからぬ岩の重なった低木樹林帯の暗い道をやっと抜けだし、笹原に飛び出してほっとしたのも束の間、踏み跡の定かでない藪漕ぎが始まりました。
でもなんとか、踏み跡を辿り、二山三山と峰越えをしたのですが、直登か巻き道か見定められず、間違って獣道(巻き道)を選択してしまいました。
途中までは確かに笹藪が窪んでいて、歩けたのですが、いつの間にか道が失せてしまいました。
気が付くと尾根から40〜50m下を歩いていました。
慌てて尾根に戻ろうと、低い笹原を這い上がろうとしても、笹に足を捕られ、足が滑り思うように上に登れません。
足の疲れも然ることながら、笹を必死に掴んで這い上がろうとした両腕もパンパンに張ってしまいました。
200m位のトラバース迷い路を脱出するのに30分以上の時間を費やしてしまいました。
その間の心理的な疲労と肉体の疲労は相当に応えました。
行けず戻れずの心理状態でした。
唯一の支えは、時間がまだ昼前だったので、足さえ動けば何とかなる、という思いでした。
何とか尾根の登山道の踏み跡を見出したものの、その足取りはブレーキが懸かったままの状態で、踏み出す足の重い事、重い事。

上の左の写真は重い足を引きずって通過した後の笹原です。
こんな写真を公表するのも侘しい限りです。
ここの笹原は結構背丈がありました。
窪んだ道筋が幾つか見えると思いますが、その筋が登山道と獣道とゴッチャになっています。
中央の写真はこれから進もうとする熊笹で覆われた登山道です。
いくらか窪んだ処を目安に歩いて行きます。
その下に倒木や岩があっても、接触したり躓くまでは気付きません。
パウダースノーを掻き分けて飛び散らす新雪スキーとは違い、笹藪を藪漕ぎする太股には、かなりの負荷も懸かります。
この時の頭の中は後悔の念でいっぱいでした。
1人で山に来た事。
地図も持たず計画性も無かった事。
“一日2山は無理”を学習しきれなかった事。
でも引き返すにしても4時間以上かかるだろうし、このまま縦走して千手ヶ浜に辿り着けば何とかなるだろうと、淡い期待を込めて先を目指しました。

やっとの思いで足を引き摺りながら、黒檜岳の山頂に到達した時には何の感激もありませんでした。
只々オートタイマーで記念写真を撮り、下山するのみの考えしかありませんでした。

時計は2時を廻っており、無心で山を下る事に集中。
その時点では4時までに千手ヶ浜に付けば、遊覧船か、ハイブリッドの無公害バスに乗れる事を信じて・・・

処が最悪の事態に遭遇する羽目になってしまうのです。
途中ぱらつきだした雨対策は完全に無視して、フルスロットルで下山しました。
山頂から1時間40分で、上の写真右に映っている千手ヶ浜の黒檜岳分岐まで下り終えました。
時計の針は3時40分を指していました。
早足で走るように湖畔を歩きました。
浜の船着き場まで行くと、売店は閉まっていて、遊覧船の就航は7月31日までとなっていました。
頭の中で描いていた空想のシャボン玉が一つ、音も無く弾けて仕舞いました。
仕方なしに次のシャボン玉を探しに千手ヶ浜のバス停を目指しました。

to be continued







2011/10/01 16:13:04|栃木百名山
黒檜岳(1,976m)栃木百名山A     9月30日

黒檜岳は栃木百名山の18座。
18座と云う事は栃木百名山の中では18番目に高い山です。

結果から先に申しますと、黒檜岳は二度と登りたくない山です。
自分の体力を見計れないで、元来一日2峰は無理なのに強行してしまい、性懲りもなく後の祭りの反省会。
道に迷ったり、雨が降ってきたり、バスに乗り遅れたりと、悪条件が重なり、社山が素晴しかったのに反比例して好対照な憂鬱に思える山でした。

でも冷静に振り返れば、素人の私には理解しえませんが、玄人受けする山なのかもしれません。
日光の山にあっては、決して人気のある山ではないのでしょう。
登山道も十分に整備されているとは思えません。
高山から始まり、黒檜岳、社山、半月山、茶の木平と、健脚登山者の中禅寺湖畔を取り巻く縦走コースの中に存在する一座なのでしょうか。

山頂一帯はなだらかで木々に覆われた見晴らしの良くない山。
頂上も樹林帯の中にあって、写真の様に際だったピークのない、特徴の無い山。
2時丁度にやっとの思いで辿り着きました。
社山から3時間も掛ってしまいました。
この時点で心配事が二つ。
一つは空模様。
日が陰って来て、今にも雨が落ちてきそうな風向き。
もう一つは時間の問題。
千手ヶ浜までどのくらいの時間で下れるのか・・・

疲れた体に鞭打って、休憩も取らずに下山開始。
最初はなだらかな樹林帯コースが、段々勾配がきつくなり、道も荒れていて倒木が目立ってきた。
恐れていた天気も、葉を叩く雨音が囁くように耳元に届く。
樹林帯の山道は夕刻の暗さを醸し出す。
孤独が背中を追い掛けてくる。
雨具も取り出さず、追立てられるかのように一心に山を下る。
変化の無い下りを予想していたのに、予想外の展開で登山道は楽には通してくれなかった。
道が整備されていなくて、先日の台風の影響なのか、かなり荒れており、倒木や土砂が道を塞いでいた。
足が攣って来た。
でも休むわけにはいかない。

この後、不安が的中、奈落の外に落とされる結果が待ち受けていた。







2011/10/01 14:31:01|栃木百名山
黒檜岳(1,976m)栃木百名山@     9月30日

社山の山頂にておにぎりをたいらげ、11時に下山開始。
下山道は、元来た道ではなく反対方向だが道が判りずらい。
岩と木々を這うように、目印のテープだけを頼りに山を下る。
シラビソの樹林帯をやっと抜けだし、振り返ると、登りの時は穏やかに見えた社山が、逞しい山容に変わって見えた。
そしてこの時点では、黒檜岳の山頂に立った後は、来た道を引き返すか、千手ヶ浜から阿世潟まで10qの湖絆沿いの道を歩こう等と、地獄への道とも知らず、途方もない事を考えていた。

写真の奥に見える黒檜岳は遥か彼方だったが、手前の山の笹原に覆われた稜線は、高低差も然程感じず、比較的に歩き易そうに思えた。  でもそれが甘かった。
ここまでの笹原は、踏み跡がしっかりと付いていたので歩き易かったが、この先の笹原は背丈も伸びて、踏み跡と獣道の区別が付き辛くなっていた。  地図も持たずの単独登山。
案の定、獣道に迷い込み30分の時間のロスとケチの付き始め。
獣道迷走の様子は追って別に掲載します。

社山から黒檜岳への縦走の山並みは、先ず、緑の絨毯に覆われた様な笹原の多い事に気付かされました。
その笹も鹿が食むのか、背丈はあまりありません。
それと根本を残して朽果てた、至る処に見られる枯木の殺伐とした風景です。
全ては足尾銅山の鉱毒の影響から来るのでしょうか。
人災の齎す自然への影響が、良否に渡って考えさせられます。

振り返れば社山が大分離れたように見えました。
時計を見ると12時少し前でまだ1時間も経っていません。
この時点ではまだまだ順調でした。

今日の登山は、帰りのヒッチハイクで、ピックアップのトラックに拾ってもらうまで、誰一人として人には出会いませんでした。
かっこ良く云えば、中禅寺湖西岸を貸切で満喫したのです。
ウィークデイと天候の関係で、誰も訪れていないのでした。







<< 前の5件 [ 1891 - 1895 件 / 2006 件中 ] 次の5件 >>  << 最新の記事へ >>