雨にも負けず風にも負けず・蔵の街栃木

仕事を退き、第二の人生の山歩きを中心にした日常行動の紹介です。
 
2012/10/07 19:01:05|法事と月命日
1周忌と7回忌 の法事
今朝は生憎の雨模様。
母の用意してくれたいつもの大好きな朝食を済ませ、朝風呂で身を清め、先週クリーニングされた、礼服を着こみ小雨の中を出かけました。
親戚のお爺ちゃんの7回忌とおばあちゃんの1周忌でした。
ご自宅で執り行われた法事の後、お坊さんの法話があり、死後の遺族の法要のあり方や喪明けの意味や仏に対する接触の説明がありました。
近年は七七忌、1周忌、3回忌、7回忌、13回忌くらいまでで、法事の回数が減っているそうです。
亡くなる人もあれば、生まれいずる人もあり、加わる家族もあり、親族や家族の構成も時代と共に移り変わっていくものなのですね。
可愛がってくれた曾お祖母ちゃんのことを、2歳にならんとする曾孫は果たして覚えていてくれるのでしょうか・・・







2012/10/06 23:12:04|太陽の陽子と和さん
なかよし4人組の為の下見ドライブ    10月6日

今日は半年ぶりの出会いがありました。
朝のレンドラの「おひさま」で主演を演じたの太陽の陽子さんと和さんの同姓同名のコンビの復活です。
それと云うのも、今月末に予定しているなかよし4人組の年に一度の旅行の下見ドライブなのです。
空模様は最悪に近い雨模様でしたが、幸いに傘は無用でした。
ここで下見の様子を語ってしまうと、残りの二人に旅行の内容が判ってしまうので多くは語れませんが、でも、郷土を案内したい栃木県民として、見どころの一部を出来る限り紹介したい郷土愛に駆られた衝動と心意気を抑える事が出来ませんでした。

取敢えず、東北道を北に走り那須塩原ICで降りました。
お昼の食事処を探索しました。お弁当も考慮し、3.4ヶ所を彼女に紹介しました。当日の決定権を陽子さんに任せる為です。
続いて塩原の観光名所巡りです。塩原道の駅から大きな吊り橋のもみじ大橋と、その先の回顧(みかえり)の吊橋回顧の滝
次に竜化の滝を案内したかったのですが、生憎の空模様でその道筋は諦めました。代わりに天狗岩@野立岩を案内しました。
@の写真で陽子さんが、何故、嬉しそうに万歳のポーズをとっているのかは説明を省きます。
次に向かったのが小太郎が淵でした。当日ここに来るか来ないかは他の名所旧跡を含め、陽子さんの判断次第です。
それから源三窟(げんさんくつ)逆さ杉Aに向かいました。
木の葉石 ( このはいし )・ 化石園は時間の都合で省略です。
続いて塩原自然研究路・大沼園地に向かいました。ここには栃木百名山の一つ、塩原富士山1184mがあります。
塩原新湯温泉は、栃木県那須塩原市(旧国下野国)にある塩原温泉郷の一つの温泉で、塩原温泉古町より有料道路日塩もみじラインを車で約10分ほど登った高原山(鶏頂山)系の富士山の麓標高約1000mに4軒の温泉旅館があり、富士山は今でも活火山とされる高原山の証となる水蒸気を噴出しています。

塩原を一巡りした後、日塩もみじラインの途中の駐車場で、陽子さんが用意してくれた手作りのお弁当をご馳走になり、もう一つの目的地、奥日光に向かいました。
今朝の朝日新聞の栃木版に写真入りで載っていた、小田代が原の草紅葉に触発され、戦場ヶ原と金精峠の紅葉を楽しみに標高1400mの世界を期待して行ったのですが、ほんの奔りしか錦秋を楽しめませんでした。
金精道路の途中、標高1628mの地点からの、男体山と草紅葉の戦場ヶ原Bの写真ですが 残念ながら、鮮やかな赤黄の奥日光の紅葉は未だ始まったばかりで、錦織りなす山岳紅葉は望めませんでした。
日光の紅葉は、中旬頃に戦場ヶ原迄降りて来て、下旬にはいろは坂まで下ると思います。今年は暑さの関係で、色鮮やかな紅葉が見られるのか、余り期待は出来ませんが、塩原といろは坂はうまくすれば紅葉が見られそうです。

夕方5時から栃木駅前でドイツビールまつりがあり、いつもの3人組が集まって飲む約束があり、3時にいろは坂を下り、彼女を家まで送って4時半に栃木に着きました。駅まで約30分弱の道程を歩いて、10分遅れで二人と迎合出来ました。ドイツビ-ル3本を飲みほして、家まで千鳥足で何とか辿り着きました。

本日のモデル(勝手に掲載)の陽子さん、大変有難う御座いました。美味しかったお弁当と楽しい会話と森林のフィタンチットのお陰で、日頃の気分転換とリフレッシュが出来ました。

因みに栃木駅迄の往復を含め、万歩計は11,152歩でした。 









2012/10/03 22:21:03|にっぽん百名山
ぶらり山旅・妙高山2454m       10月3日

昨日は時々日が射す時もありましたが、殆どガスっていて遠景は望めませんでした。山小屋で一夜を明かした昨夜は深夜には雨、今朝も早朝から霧模様で早朝出発に気が殺がれました。
黒沢池ヒュッテに泊った山人22名は、それでも殆どの人が5時半頃までに小屋を出て行きました。最後になった我々が5時50分でした。相変わらずの霧で妙高山頂は外輪山の大倉乗越からも望めませんでした。
でも8:04妙高山2454m山頂に立った時@には、一気に山頂の視界が開け、北は柏崎の米山さんから日本海、東は野尻湖と斑尾山、高妻山の右手には白馬の3筋の雪渓、雲の上に鹿島槍や北アの高峰など意外な遠景が望めました。
山頂からの写真で、手前に妙高の外輪山、その奥に昨日登った火打山とその先には煙を吐いた焼山Aの姿も現れました。
山小屋で同宿の山岳ガイドさんが意気投合し、山頂でも丁寧に説明してくれて、その後も景色に見とれて山頂で1時間近くも時間を潰してしまいました。
でも、不思議な事に我々が去った後、山はガスに覆われて、あの素晴らしい景色も消えてしまいました。とてもラッキーな時間でした。
下山道で燃えるようなナナカマドBに出くわしました。後の山がガスで薄れているのがお判りかと思いますが、もう遠景は望めませんでした。
先週の奥穂から比べれば山も低いし、少し侮っていましたが、結構妙高は急登もあり、昨日も9時半から5時まで7時間半、今日も5時50分から2時まで約8時間と結構歩かされた山でした。
山頂で送ったメールがなかなか発信されず50分近く遅れてしまいました。こんなことは今までなかったことでした。
通常はアルプスや上信越の山々は山頂からは殆どメールが届きます。便利になりましたね。

本日の万歩計は26,017歩。二日間で50,000歩の山旅でした。







2012/10/03 22:14:00|にっぽん百名山
ぶらり山旅・錦秋の火打山2462m    10月2日

今から出発です。
お天気がいいことを願ってます。
このブログは帰ってから書き加えます。10月2日5:41:05

10月3日PM6時に帰ってきました。
妙高の山々は錦秋に染まっていました。

10月2日9:00長野道妙高ICで降りて笹ヶ峰登山口に到着。
9:30登山開始、視界は40〜50m先は見えるがガスが濃い。
笹ヶ峰登山口--黒沢出会--富士見平--高谷池--天狗の庭
--火打山--天狗の庭--茶臼山--黒沢池ヒュッテのコース。
スタートが遅かったので上記のコースを辿り、火打山2462mに登頂したのは2時46分になってしまいました。山頂では幾らか視界が開け妙高山雲間にちらほら姿が見えました。
でも途中の、高谷池や天狗の庭の幾つもの池塘が点在する高原湿地帯の草紅葉や、青い灌木や熊笹の緑にナナカマドの赤とカエデやダケカンバの黄色織りなす紅葉は、太陽の光が届かず、輝きが今一にも拘わらず、ハイカーの眼を楽しませてくれました。
火打山から天狗の庭に下りる途中で、不器用に飛び立つ雷鳥が眼に入りました。5m位先の灌木の中に入ってしまい、カメラに収めることは出来ませんでしたが、上半身が冬毛の白に変わりつつある若い取りでした。
火打山からは必至で今日の宿泊予定の黒沢池ヒュッテに急ぎましたが、到着した時刻は夕闇迫る4時55分。5時半からの夕食に辛うじて間に合いました。
このヒュッテのオーナーは往年のプロスキーヤー植木毅(75歳)との事。食堂に飾ってあった山岳スキーの写真の話題から、話が進み、三浦雄一郎や杉山進、札幌オリンピックの柏木や片桐の名前が挙がり、今でも妙高を中心に親子で山スキーを教えているとの事。ビックリしました。

今回の火打山で深田久弥の日本百名山は40座になりました。今年に限って言えば10座目です。
万歩計は24,433歩でした。







2012/09/30 20:04:00|
観光ボランティア案内と朗読コンサート 9月30日
今朝は9時から、観光バス2台でさいたま市の自治会の皆様70名が蔵の街観光にお見えになりました。
IさんとYさんと3人で3班に手分けして、11時(実質10時半)までのボランティア観光案内。
幸いに台風の影響もなく好天(薄曇りの観光日和)に恵まれて、あだち好古館、山本有三記念館、山車会館、蔵の街美術館、横山郷土館、市役所第二別館、県庁掘、巴波川、幸来橋、塚田歴史伝説館、片岡写真館、五つ蔵、蔵の街大通りを約1時間半でご案内しました。

午後からは大平町図書館で2時からの朗読コンサートに母と二人で出かけてきました。
〜〜語り人稗田遼子が語る大平民話 〜〜
語り人は母の姪っ子の娘さんで稗田遼子さん。
母が8月の栃木市の広報で見つけて、今日の来る日を楽しみにしていました。
黒の落ち着いた着物姿での最初のお話(語り)は『田植え地蔵』でした。「まんが日本昔ばなし」の第15巻第五十八話に出てくるこのお話は栃木市大平町の下高島に伝わるお話だそうです。
静かな落ち着いた口調の一言一言の語りに、感情を込めて表現する声のトーンに思わず聴き惚れてしまいました。最初は語り人の表情を見ながら聴いていましたが、途中からは眼を閉じて語りから導き出されたイマジネーションの世界に没頭して聴いていると、情景が増幅されて趣が一層鮮明に導き出されるような気分になってきました。言葉に導かれて、思わず笑顔し、涙する様な感銘を受けました。
朗読コンサートの表題にも有るように、朗読の後にトークを入れて、年若い美しい女性の語り人の心意気を知ることが出来ました。休憩を挟んで後半第二部のお話は『分福茶釜』でした。館林の茂林寺に拘わるお話で、テレビで見聞きした市原悦子の「まんが日本昔ばなし101」とはまた違った趣で聴き惚れました。
帰り際に図書館入口で学芸員の計らいで一緒に写真を取らせて戴きました@

帰り道、すっかり気分の高揚した母は、まっすぐ家に帰らず、まずベイシアモールのカインズホームにより、花ポットを20鉢買い込みました。続いて川連の東武線脇のホテイアオイを見学Aし、日ごろから親しい仲子さんの家に突然お邪魔し、台風の影響で雨が迫る5時までお喋りして、充実した午後を満喫しました。
昨日のお見舞いと長嶋さん宅の訪問とこの二日間は充実した母だったと思います。
張り切り過ぎて、二日間の疲れが少し心配ですけれど・・・







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