男鹿岳は日本3百名山に選ばれた山で、他に県内では荒海山、高原山、太郎山、袈裟丸山が載ってます。因みに日本百名山には白根山、男体山、皇海山、那須岳。日本2百名山には帝釈山、女峰山。
栃木百名山の中で難易度ベストファイブは@男鹿岳、A大佐飛山、B皇海山、C錫ヶ岳、D荒海山。その理由はアプローチが長く、藪漕ぎの山で、この時期を外すと登頂困難。まさにその通りの山でした。 下野新聞社の栃木百名山ガイドブックには経験者向、日帰り10時間20分、標高1777.1m。深山で秘境の趣のする静かな山とあります。
気を引締めて、朝4時に栃木発。西那須野塩原ICから一旦福島県に入り、南会津町田島に向かい、栗生沢集落から林道を水無川沿いに南進。登山口の栗生沢ゲート(進入禁止の大看板あり)に6時半に到着。既に先着5台の車が駐車していた。ナンバープレートが多彩だ。富山、倉敷、秋田、富士山、福島。後から愛知と宇都宮。とちぎナンバーは我々だけ。栃木県では薮漕ぎの登り辛い山のイメージだが、3百名山の為に我々の想像以上に人気が高いのだろう。6:40登山開始。大川峠までひたすら8kmの林道歩きが続き、まだ所々雪が残り落石や崩壊で荒れた林道を2時間15分で到達。 8:31大川峠から栗石山1701mへの薮漕ぎの始まり。期待通り?の登山道。踏み跡とマークを注意しながら1mを越すチシマザサ(根曲がり竹)と格闘。登っていくうちに段々左手に雪庇が現れ、踏み跡も薮を避けて雪の上に続いてた。聞きしに勝る薮山だ。 途中で山全体が真っ白になり、アイゼンを着ける。今年になって3度目だ。相棒も今年始めてアイゼンを履く。相棒はこれまではスパイク付きの長靴で対応していたのだ。栗石山の山腹の雪庇の上で後ろを振り向くと、那須連峰の山々の雄大な眺めが眼前に飛び込む。白笹山、南月山、茶臼岳、朝日岳、三本槍岳、大峠の後ろに甲子旭岳、流石山、大倉山、三倉山と那須の山々が続く。栗石山山頂は視界はよくないが、少し西に移動すると、目の前に男鹿岳1777.1m(写真)、その右手に荒海山、日光連山(丸山、赤薙、女峰、帝釈)、大真名子、小真名子、太郎、白根、燧ヶ岳、会津駒ヶ岳、飯豊連峰、磐梯山、吾妻連峰等などが見渡せた。 秋田からきた年配者と途中ですれ違う。懐かしい秋田弁が耳に心地いい。彼もスパイク付きの長靴で登山していた。その直後倉敷からきた70歳位の人が、北の真っ白い山々を指して、“日本アルプスですか” と聞いてきた。“東北の山々です”と応えると、関東の山に馴染みが無いので、そう見えたらしい。そのくらい素晴らしい北の雪山展望だった。
男鹿岳には11:11到着。出発から4時間31分。富山からみえた70歳を越す白髭の老人が先客でビールを旨そうに飲んでいた。スキー大好き人間で、日本と世界を又に駆けた匆々たる山男だった。 それにしても目の前に広がる那須連峰のパノラマビューが素晴らしかった。昼食を取り、メールを打ち12:06までかなりの時間、山頂の景色を愉しんだ。我々の直ぐ後に到着した今市の青年と栃木百名山の話で和む。彼も90座をクリアしたそうだ。鬼怒沼山の話に及び、財布紛失の話になると、そのブログ見たことが有るとの返事。その一言で全く赤の他人なのに急に親しみを覚えた。 12:06分に出発し、順調に雪の斜面を下る。先に下りた富山のご老人はアイゼンの無い登山靴を滑らせてストックグリセードで降りたようだ。でも一本、沢筋を間違えて右に降りて行った。ガイドブックにも右に行かないように注意書きがあった。我々もその後を辿ってしまった。そして最大の不幸は、途中で踏抜きに足をとられ左膝の靭帯を伸ばしてしまったことだ。足を引き摺りながら左に左にとトラバースし、何とかマークを見つけ、元の登山道に戻れた。 でも足は思うに任せない。歩く分には痛みは感じなかった。でも膝から下は意のままにならず、足を引きずりながらの下山。 大川峠に13:25 駐車場には15:45 の到着だった。足を引きずった割には下山時間は3時間37分。山頂の55分の休みを入れて9時間3分の山旅は大変有意義で充実したものだったが、膝の捻りが気がかり。 家に帰って盛岡の弟(泌尿器科の医師)に質すと、1年間は山は無理だとつれない返事。 連休中で医者に直ぐに見てもらえないし、さて果て困ったものだ。 大佐飛もそうだったが、男鹿岳も山深い薮漕ぎの難山なので、登山者は誰もいないだろうと思っていたのに、山好きには人気の3百名山で登山者が多いのにビックリ! 万歩計は32,458歩でした。
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