雨にも負けず風にも負けず・蔵の街栃木

仕事を退き、第二の人生の山歩きを中心にした日常行動の紹介です。
 
2013/06/26 20:30:40|家族
長男の新築祝い晩餐会       6月26日
家族が正月意外に久々に集まった。長男の家の新築披露を兼ねたパーティ。
子供が4人、孫も4人。何時の間にか家族も増えていた。今日は子供のバッチ(ナポリ)と孫のバッチ(病院)が居ないが、婆ちゃんも含め11人が揃った。
大勢はいいことだ。人が集まれば楽しくなる。孫がもっと増え家族が多くなる可能性は高い。
もしかして爺の子供が増えたり?して・・・でもこれは有り得ないか?!・・・
この年でも、山に対する体力と気力は年相応に十分あると思うが、欲望は未だしも性欲と生殖機能は遥か昔に萎えてしまった・・・かも
若い人達を前に、こんな事を考えていたら可笑しくなって笑い出した。

老人よ! 決して萎えるな! 大志を抱け!







2013/06/25 18:18:01|法事と月命日
月命日の日にノートPC届く    6月25日 
今日は自治医大病院に送迎を頼まれていたが9時過ぎに、娘から旦那様の都合がついたのでキャンセルの電話。用件が無くなったので息子に電話して母の真っ白になった白髪の髪染めを頼むと、午後1時頃に空きがあると返事が返ってきた。早昼を食べて出かけようとすると宅急便でレノボのノートPCが届いた。開封もせず其の侭にして母を息子の美容室に送り届けた。車中で今日は月命日だと気付く。花をどうしようかと考えていたら母から“梅雨時は切花は2,3日しか持たないんだから家に咲く紫陽花でも充分だよ。それと暑いので草取りはよしといた方がいいよ”とアドバイスが入った。家に帰り花を用意し、川連の共同墓地に向かうと、雑草は思いの外蔓延っていなかった。目障りな雑草だけは押さえておいた。
2時半に母を迎えに行くと、例によって店の前の歩道の植込みの草むしりをしている母の姿があった。“今日は暑いからやめとけよ”ともいえず、しばし母を手伝い店の周りの雑草取り。
白髪が消えた母は普段より10歳位若返っただろうか。幾つになっても母は女なんだと実感!。草取りで一仕事終わした母は心地よさそうに助手席に座ってご機嫌!
“山田によってかき氷食べよう”と促すも“家に帰って冷たいもの飲みたい”と拒否されてしまった。“かしこまりました。婆ちゃん〜!”

パソコンは息子か弟に頼んで出来るだけ早く、取り替えなくっちゃと他人任せ・・・
でも今までの起ち上がりの苛苛は少しは解消されるのだと・・・期待してる・・・







2013/06/24 19:19:01|登山
さらば!愛しき登山靴!
3年間履いていた登山靴、日本と栃木の百名山を目指して百五十座以上の大小の山に挑んでくれた登山靴、薄汚れて靴底はツルツルになり、ボロボロになったわが愛する登山靴が、靴の中まで擦り切れて、足裏にあたりこのままでは使用できなくなってしまいました。
修理して履き続ける事も選択肢の一つですが、靴が滑って危険度が増し、足裏に肉刺(まめ)が出来やすく昨日もそうだったのですが使い勝手が極めて悪くなってしまいました。今日その靴を持って山専門の店でなく、イオンのABCマートに行ってきました。その靴はABCマートオリジナルのホ―キンソンの登山靴だったのです。価格も1万円足らずと安いのも魅力ですが、何といっても履きなれた靴で足に馴染んでいたので同じものがあれば2代目もそれにしようと決めていたのでした。店員さんに聞くと、モデルは同一ですが少しバージョンアップしたものが直ぐに見つかりました。靴の大きさを合わせてもらい即購入。履きなれた愛しき靴は、店員さんに頼み店で処分して貰う事にしました。愛しき靴よ!さらば!

店にいる間も、右手の前腕の筋肉と藪漕ぎで傷が出来た処が痛み、気になったので、はこのもりクリニックの皮膚科で見てもらうことにした。医師にヤマダニの事を尋ねると何ら心配はいらない。これは単なる傷口の化膿で直ぐによくなるとの診断で取敢えず一安心。

スーさんが遊びに来た。もう少し体力をつけないと、1週間後の7月1日からの北岳、間の岳、農鳥岳の縦走、2.5qと日本一長い標高3000m上の稜線歩きはきついかも知れない。







2013/06/23 23:23:23|栃木百名山
荒海山、快晴なのに途中で断念   6月23日 
荒海山登山中に今年初めてお目にかかったギンリョウソウ 葉緑素を持たず別名幽霊草とも呼ばれる

当初予定では5月13日が登頂予定日だったのに、今日まで延び延びになってしまった。
理由は簡単、痛めた足の所為であり、はたまた天気の所為で日延になった。
ここのところの雨で登山道はだいぶ荒れていそう。もともと藪漕ぎ覚悟の登りづらい山だ。
相棒が以前に登った事のある福島県と栃木県の県境の山、荒海山1580.4m(日本三百名山)を今日は上三依からチャレンジ。
この山は太平洋と日本海の分水嶺であり、男鹿川から鬼怒川と注ぐ一方、阿賀野川のそのまた源流、荒海川の源(みなもと)となるこの山を福島の人達は荒海山と呼び、栃木の人達は太郎岳と呼ぶ。実際山頂は2つあり、二等三角点は山頂から東北東約90mに位置する東峰でそこが太郎岳。
本格的に登山を意識して2年、たったの2年の経験で、まだまだ未熟だが、残雪の山でアイゼンやピッケルを使い、雪上の藪漕ぎ回避を経験。地図を頼りに踏み跡とマークを辿り、時には自分達でピンクのマークを付けながら登る。こんな経験が相棒の手解きのもと、積み重ねられた一年だった。

上記のようなブログになる筈だったのに、朝7:15から登り始め16:20入山沢林道の車止め、頭上高圧線鉄塔を望む駐車スペースに駐車しておいた車に9時間もかけて戻った末の、登頂断念報告になった。過去に天候の都合で未踏になった山は幾つか有るが、晴天なのに山頂直前で諦めた山は今回が初めてだった。
でも不思議に悔しい気持はまったくなかった。本来荒海山は北側の福島県の八総鉱山口から登るのが本ルート。相棒もそのルートで登頂していた。今回は相棒の発案で南側の上三依芝草山登山口のそのまた奥から登るルートを選択した。
PCのネットで調べると何人かの方々がトライしてて、登り口からの踏み跡とマークは少ないが急登と藪漕ぎがきつい割には、福島県からよりも短時間で登れると記してあった。
相棒と“短時間”に魅力を感じ、このルートを選んだのだが山の神様は二人に微笑んではくれなかった。登山口から30分も行った処に芝草山北登山口と太郎岳登山口の看板が有ったが、2〜300mも進むと薄い踏み跡は残っていてもペンキやテープのマークは全く見当たらず。取敢えず沢の奥まで突き進んだが手掛かりが見つからず、一旦引き返し、ルートの手前で最奥と思えるマークの処から直登を試みた。急斜面の樹林帯で踏み跡は殆ど無く、斜面は落葉などで登山靴が沈む程、柔らかくて滑り易く、斜面に這いつくばるような急登の連続だった。
急登を凌ぎ切れば、やがて荒海山に続く稜線に出て、稜線は踏み跡があると書かれてたのに、稜線に出ても人の通ったような踏み跡は見つからず。右手には芝草山の山容が眼前に、左奥には荒海山の山頂が樹林帯を通してよく見えた。天気も良く位置関係は逸脱する事はほぼないと確信してた。
頑張って頑張って聴きしに勝る藪漕ぎを何度も繰り返し、荒海山に対峙する無名峰山頂に何とか辿り着いた。登り始めて4時間以上経っており、クタクタだったので相棒に頼み11時過ぎにそこで昼食にした。でも疲れきってて食欲はなく、本音は纏まった休憩時間が欲しかったのだった。少し食べた方が良いと促され、コンソメスープを流し込みパンをほんの一口だけ食べた。今日の登山は体調はいいのに何故かいつもより疲れやすく息が直ぐに上がってしまうのだった。リュックが重い所為もある。北岳を目指す準備で水を4Lリックに詰めていたのだ。でもそれよりも急登とヘビーな藪漕ぎに体力を消耗させられてしまったのだった。
それとこの時点で、既に山頂についてる時間なのに、完全にルートを間違えた事に気付いてても、この難儀な道を引き返すのにはやたらに抵抗があるし、頑張って山頂に辿り着けば、下山は正規ルートを辿ってもっと楽なルートで下れると思っていた。まだまだ時間の余裕も有ったし、然したる不安はなかった。
昼食後藪漕ぎがなおも続く稜線を辿っていくと急に谷に落ち込んでしまい、目指す荒海山は右手奥に通り過ぎていた。地図をみ返すと完全にコースを外れていた。時計は12:30、ここで目の前、否、左手に荒海山の全容を手が届くくらい真近かに拝みながら、二人して登頂を断念した。
相棒はこのコースを勧めた事を詫びていたが、文句を言う積りはまったくなかった。何故ならこのコースを選んだ事に最初から何も反対していなかったから。結果論で失敗に文句は言えても何の足しにもならない。それよりも無駄といえば無駄だったかもしれないが得難い貴重な模擬遭難を経験できた。
その一つが藪漕ぎの実体験。若い時に日本アルプスを歩きまくった相棒でさえ、今回の壮烈な藪漕ぎは全くの初体験だったと語ってた。藪漕ぎといえば、千島笹、熊笹、根曲がり竹の藪漕ぎが一般的。特に根曲がり竹の藪漕ぎが厄介なのは皆さんご存じでしょう。笹竹類は細い芯の先端に葉があるだけで掻き分ければ容易に前進で来るが、今回はそれよりもっと凄まじい厳しい藪漕ぎを経験した。高さ1〜2m程の幼木が密生した翌檜(あすなろ)と、枝が奇妙に曲がりくねった身の丈ほどの石楠花の藪漕ぎは笹以上に厄介だった。それ以上に大変だったのはヤマグルマ。ヤマグルマの場合は総じて眼前の視界を阻み絡みついた屈強な枝は両腕で掻き分けても頭部・首・胴体・両脚に巻き付き、全身の自由な移動確保が大変で、たった一歩を踏み出すのが容易ではない。結局枝の上に体を浴びせ、その上に立って突き進むより対応がなかった。この対応に相当な時間と体力を消耗し、両腕の疲労極度になった。
それと、鳴き始めがゲロゲロと蛙の声のようなエゾハルゼミ、ウグイスやツツドリなどの野鳥の囀り、更に二人の必死な息づかい、麓の谷から聞こえてくる清流のせせらぎの音。これぞまさに静寂と神秘と恐怖の三つ巴の極致であり局地だった。
下りでも一筋、峰を間違えて入山沢ダムの上流側の沢に降りてしまい、その沢に沿って下ろうにも岩が滑り危険で、再度尾根を目指し急な岩肌をよじ登るが、体力も限界で大難儀。一つ間違えば滑落もあり得ると思うと、痙攣した足を拳で叩いてマッサージを施し、必死に鞭打ち極度の緊張の連続だった。高さ18mの入山沢砂防ダムに辿り着いた時には、心底助かったと思った。その場で下を向いたまま呼吸を整え、しゃがむ事も忘れ10分以上も立ちすくんでいた。
山頂に立てなかったのは悔いが残るが、こんな道なき藪漕ぎ登山を、延々9時間のあわや遭難?かと脳裏を過ぎるような登山を、体験出来たのだから大満足でした。一時は本当に遭難して帰れなくなるのではと心配。単独行で幾多の体験を積んだ相棒も、流石に一人だったらパニクっていたかもしれないと白状していた。帰りの林道で、荒海山のこのルートは二度とチャレンジしないと言いきった相棒ですが、今月中に小生の為に福島県からのルートでまた付き合って貰います。
今日は両足が攣ったり痙攣したり、足の疲れもさる事ながら両腕もパンパンになり、握力は殆ど無くなっていた。
万歩計は12,952歩。庚申山の3分の1しか歩いてないのに急登と道なき藪漕ぎ登山で疲労困憊し心身ともに滅茶苦茶に疲れた。だから帰りの運転は初めて相棒に代わって貰った。半袖の両腕は藪漕ぎで傷だらけになって痛々しい。
大袈裟にいえば九死に一生を得た山旅だった。







2013/06/22 12:24:48|
産まれて来てくれて ありがとう!
10日前の6月13日(木)に4人目の孫が産まれました。
我が家では父の代から3代に渡り4〜5人兄弟が続き、そのうち男の子は必ず3人いました。従兄弟や甥っ子姪っ子も、母方を除けば極めて少ないのに、我が孫に限っては4人中3人が女の子です。私の孫の代になって如何して女の子が多くなったのでしょうか・・・

ところで孫が産まれると成人するまで月掛け積立を始めるのが我が家の爺婆のシキタリです。年金生活者の立場に立つと嬉しいやら大変やらですが、家族の将来の為に役立つ事なら喜んで・・・
でも万が一孫が二桁にでもなったなら、これは大変な事になりますね。
でもその時は孫の為に食うものも食わずに生活を切詰めればメタボも直る?事だろうし
Que sera seraでなんとかなるでしょう!

産まれてくれてありがとう!
これから爺も頑張るぞゥ〜!







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