雨にも負けず風にも負けず・蔵の街栃木

仕事を退き、第二の人生の山歩きを中心にした日常行動の紹介です。
 
2013/09/29 1:18:10|モンブランと稲門会
地域交流フォーラム        9月28日
暇に任せて、足利市民プラザで行われた母校の地域交流フォーラム及び平成25年度栃木県支部総会に参加してきました。
第一部  大学案内・説明会と父母懇談会、個別面談(教学・就職・進学)
     マンドリンクラブの演奏会
第二部  講演会 「大学のさらなる発展を目指して」        鎌田 薫  総長
         「会社法を学ぶ −−会社は誰のモノなのか−−」 川島いずみ 教授

支部総会に参加するのが目的だったのでマンドリンの演奏会と講演を聞き、懇親会に参加。

総長は、2032年の創立150周年記念にむけて WASEDA VISION 150 を講話の中で語っておられたが、その時まで生きていれば85歳・・・
ここはひとつその時まで生きていられるように努力してみる・・・か・・・

懇親会で、大胆にも鎌田総長と1対1で話す機会ができ、社会科学部川島いずみ教授の講話の中に、30年前法学部の学生として鎌田教授の民法の講義を受けたという話をネタに、総長のお年を聴くとなんと23年生まれで1年浪人した小生と同学年、つまりは法学部の同級生。思わず “月とスッポンですね” に、とんでもないと謙遜の総長と2人して大笑い。
懇親会の仕上げは居残ったマンドリンクラブの現役女子学生の伴奏で、平成23年卒の宇都宮稲門会所属の元応援団員にガクラン姿でエールを切ってもらい紺碧の空と都の西北の大合唱。

懇親会では今日は運転手なので飲めなかったがPm9:30栃木に帰って、シュールでいつもの3人プラス稲葉先輩の同級田村さんの4人でホルンとギターとカラオケで飲み直し。
午前様になり代行で帰って目下ブログ更新中。


               







2013/09/25 17:28:39|法事と月命日
郷土の歴史            9月25日
今年の秋のお彼岸は今日までず‐っと家に閉じ籠っていました。
22日(日)だけは東武鉄道のクーポン利用者の為に栃木駅に出向いたが、生憎お客様はゼロ。
小山の姪っ子に男の子が生まれたとか、子供達が孫を連れてお墓詣りついでに遊びに来たとか何かしらあったが、お天気同様に平穏なお彼岸でした。でも今朝は雨でした。

お彼岸のお墓参りは長男夫婦に任せ、今日は1ヶ月振りの月命日のお墓参り。花を用意していた母が久々に同行しました。お墓は綺麗になっていましたが、母の来るのを待ち構えていたかのように砂利石の合間に雑草がちょっぴり蔓延って・・・  5分位で綺麗になりました。
母から珍しくドライブしようと声がかかりました。行く当てもなく大平の葡萄団地に向かい、馬不入山の山麓を横切り清水寺(せいすいじ)に向かいました。曼珠沙華(ヒガンバナ)と薄(ススキ)と竹藪のコントラストが雨上りの薄靄の林道に静寂と愁秋を醸し出していました。こんなドライブも素敵だね・・・と母の声。

昨日は久々に相棒が訪れて、録画してある百名山ビデオを見ながら10月9日の朝飯会の講話の事に話が及んだ。講話日には、本来ならば栃木百名山を達成して話を進められたはずだったが、残念ながらいまだ相棒の体調不十分で99座のままで未達成の話をすることになってしまった。山には単独でも登りたい衝動に駆られたりもするが、でも、ここまで世話になった相棒抜きの百名山は考えられないし、絶対二人一緒の到達しか考えられない。当日もできれば相棒にも協力してもらうつもりだし、朝飯会にも参加してもらうつもりでいる。

そんな相棒が持ちかけた、郷土の歴史に関する講話を午後から大平のふるさとふれあい館に聞きに行った。講師は同級の東明寺住職の三上亮順。演題は故郷の磯山と諏訪神社。
大平中の南東、永野川右岸に聳える標高51mの岩山は懐かしい想い出の山だ。その中腹にある諏訪神社は藤原秀郷が建造したと伝えられる。、古代から近代にいたる大平町の歴史を紐解いてくれた話は大変面白かった。話の後、歩いて磯山に登るはずだったが、雨足が強くなり散策は中止になってしまったのが残念だった。










2013/09/15 16:16:16|
尚仁沢探索と敬老         9月15日
昨夜塩沢からの帰り道の車中で、今日の尚仁沢逍遥の中止を打診しました。
家に帰って天気予報を再確認するも、よくなる兆しは全くなく、潔く断念しました。
今朝は朝から強い雨音が聞こえ断念したことが大正解になりました。
いずれ日延べして再チャレンジがあるかと思います。

お昼にハーちゃん一家がやってきました。
肉のふきあげで昼食会。朝の内強く降ってた雨が昼前から止み出し晴れ間が出てきました。
お店が混んでいて、1時間近く待たされましたが、敬老をお祝いして貰ったお祖母ちゃんはハーちゃんと一緒に外食出来て大喜びでした。







2013/09/15 12:12:12|観光ボランティア協会
班研修V・三国街道 塩沢宿・牧之通り
11時に水上道の駅を出て、高速で水上ICから石打塩沢ICに向かい、11時半にIC傍の魚野の里に昼食の為に寄った。注文したのはご当地名物のへぎ傍。この時点で塩沢宿・牧之通りはボランティア仲間に如何写っているのか不安だった。

約束の午后1時前に塩沢宿に着いてしまい、車で塩沢宿を一回りした。
一回りして鈴木牧之記念館の駐車場を使わず、青木さん(青木正雄商店)ちの店先に車を止めた。直ぐに中から旦那さんと奥さんが出てきた。トイレを借りたいO氏を先頭に家の中に通してもらう。
奥さんが開口一番「今日は如何いう訳か、いろんな酒が用意してあるのよ。実はね昨日地元の銘酒『八海山』の大奥様に呼ばれて、幻の原酒も頂いてきたのよ」と5人の席が用意されていたテーブルにお酒を注ぎ始めた。お土産に持ってきた栃木の地酒、雄東と杉並木が擦れてしまった。
私もサプライズのおもてなしにびっくりしたが、仲間の4人もこの歓迎にはだいぶ驚きの様子!
青木さんご夫妻の歓待に、栃木ボランティア面々の乗りが良く、運転手の誰かさん以外は、忽ちほろ酔い気分に。それでも飲めない人の為に『麹だけで造ったあまざけ』が振舞われ、これも大人気になりました。しかしそこで慌てて、お酒と会話が盛り上がる中、酒酔い人が出来上がる前に町中案内を奥様に催促せざるを得ませんでした。

O氏がスケッチブックを片手に、いの一番に外に出て行き、我々は奥さんの後ろに従い町中案内をしてもらう。O氏はお気に入りの場所に位置取りすると忽ちデッサンンに没頭した。
塩沢宿の最初に案内されたのは青木酒造、続いて当地の名家、中島屋商店。このお店には4度目の訪問になる。旦那様が町おこしの中心的な人物で奥様が行動的なお方。
座敷内に飾られた繊細で、今では高価な塩沢紬の説明や、高輝高齢の鈴木牧之が描かれている掛軸。他にTVの“開運!なんでも鑑定団”に出場し中嶋誠之助氏に100万円の値踏みで鑑定してもらった中国伝来の花瓶壺。奥の素晴らしい中庭庭園など歴史を重ねた風情が素晴らしかった。他にも同行の2人の女性が大喜びして抱きかかえていた木喰が印象的でした。
恥ずかしながら木喰《もくじき 1718年(享保3年)- 1810年7月6日(文化7年6月5日)は、江戸時代後期の仏教行者・仏像彫刻家》 については全く無知でした。
日本全国におびただしい数の遺品が残る、「木喰仏」(もくじきぶつ)の作者で、木喰五行上人、木喰明満上人などとも称する。特定の寺院や宗派に属さず、遊行僧(ゆぎょうそう)の典型であり、日本全国を旅し、訪れた先に一木造の仏像を刻んで奉納した。
木喰の作風は伝統的な仏像彫刻とは全く異なった様式を示し、ノミの跡も生々しい型破りなものである。日本各地に仏像を残した遊行僧としては、木喰より1世紀ほど前の時代に活動した円空がよく知られるが、円空の荒削りで野性的な作風に比べると、木喰の仏像は微笑を浮かべた温和なものが多いのも特色である。
その木喰のレプリカが座敷内に飾られていて、奥の仏座に鎮座する本物の木喰と、絆の糸で結ばれている(県からの指導で本物を守る為)のですが、本日に限り木喰に記載されているご先祖様の御命日が9月16日と直近の為、特別にご当主様のお計らいで本物の御開帳を許してもらい、ボランティア女性が木喰仏を抱かせて頂いた。なんかご利益がありそうな雰囲気が、お二人のお顔に浮かんできたような・・・!!!
青木さんの奥さんと町の人達が昵懇なので、我々は特別に歓待されているようでした。
それからも通りに面した幾つかのお店に案内していただきました。信用金庫や郵便局も塩沢宿の雁木造りの町に融合した建物になっており、土曜休業の為、中に入店できませんでしたが、町おこしと行政の一体感が感じられました。

八海山の発売元で、麹だけでつくったあまざけを購入、お屋敷の中の幾つもある屋敷蔵の見学、勝海舟直筆の掛軸や福沢諭吉の書が無造作に飾られているのが驚きだった。
青木さんの家に戻るとスケッチを終えたO氏が、横になって寝込んでいた。
青木さんの旦那を交えて、奥さんの用意した手作りの肴で、酒盛りが始まった。
O氏のスケッチの出来栄えが話題になり、その絵を全員が鑑賞。その場の雰囲気で、お世話になったお礼に、プレゼントしてはということになってしまった。
折角丹精込めて描いた絵だったのですが、喜んで貰えるならと、ご本人も納得し、その場で贈呈となり、さらに話題が広がり新潟の美味しいお酒を酌み交わし束の間の宴が盛り上がりました。

塩沢のみなさん、特に青木さんご夫妻のおもてなしに感謝し、次には是非にも栃木訪問を懇願し、予想以上に楽しかった研修旅行の体感をみやげに、三国街道魚沼の地を後にしました。
感謝!感謝!











2013/09/14 22:22:22|観光ボランティア協会
班研修U・奈良俣ダム
奈良俣ダムのロックヒルのダム堰堤に仲間を導き、お二人のお嬢様に、この大きな堰堤を歩いて降りる事をお勧めすると、二人とも躊躇いの表情。20分も懸からないですよと促しても素知らぬ顔。
男衆もだれも乗ってこない。せっかくここまで来てこんな大きなロックヒルダムの体験をより深く刻むためにもとのおもてなしの行為も全く通用せず・・・

やはり、先月TVで報じられた通り、奥利根の水源はだいぶ干上がっていた。谷川岳一ノ倉沢に行く予定だったので、最深部の八木沢ダムには行かなかったがたぶん同じだろうと思った。

車でトンネルを潜り、ロックヒルダムの下まで回り、改めてダムの大きさを認識した4人の感想
“やっぱり、歩かなくてよかった・・・???”
やっぱり普通のおじさんおばさんだったようだ・・・

この後もO氏の快適な運転で国道291号線まで下り、右折して湯檜曾の温泉街から土合、天神平ロープウェイ駅絵と向かう。途中嫌な予感・・・
マチガ沢、一の倉沢へと続く国道291号線が通行止めになっていた。
後に水上道の駅の情報センターで確認すると、今年から道路開通期間中も、マイカーは完全規制になり、リムジンタクシーのみの通行になったらしい。
情報不足で一の倉沢行きはあきらめざるを得なかった。この時点で計画挫折の落胆の気持ちは大きかったが、みんなの声、塩沢に早く行こうよ!が何とか支えになった。







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