雨にも負けず風にも負けず・蔵の街栃木

仕事を退き、第二の人生の山歩きを中心にした日常行動の紹介です。
 
2014/03/14 22:03:00|
栃木の山野草探索         3月14日
昨日は雨の予報が外れ、夕方から夜にかけて降られたが、それまでは全く降られずだった。
それに引き換え、今日は日中晴れの予報なのに、参加者が9時半に我が家に集合した時には、ぱらぱらと頬に落ちてくるものを感じた。本当に天気が回復するのか疑念が過ぎった。
今日は小山のwolfさんから、予てより要望のあった星野のセツブンソウの探索で、相棒のスーさん、横浜からのnoripiご夫妻と佐野のKさんと計6人。スタート時点ではワイパーがちょっぴり必要な状態で、目指す目的地近くの鍋山(三峰山)は、山頂近くが雲に隠れていた。
花大好きな人達なので、まず都賀町の栃木植物園、大垣花山を目指すが、折角なので近くの花之江の郷まで足を伸ばす。中には入らず駐車場でUターンし、大垣花山に向かうと、思った通り今日は無人だった。入場料をボックスに納め、ノートに名前を記帳し、しばし人のいない遊歩道を散策。
続いて梅沢町の華蔵寺に向かう。実は華蔵寺のセツブンソウは昨年、wolfさんから教えてもらったのだが、今回はもう一つ素晴らしい情報を教えてもらった。そのお陰でセツブンソウの集中群落を見出せた。でも去年よりは花が小さくて茎も短いようだ。
GOSAROの裏庭(進入禁止)を覗き、その2軒上隣の農家の福寿草、自然村のザゼンソウなどをみて、昨日は休みで陽子さんと暖簾を潜れなかった大越路に向かう。noripiさんも4度目の正直とか! ここは蕎麦で有名なのに、中華やどんぶり物の品揃えも豊富です。
1時間以上も待たされた事もあったのに、今日は珍しく全く待たずに席につけた。

午後は御嶽山神社と究極の四季の森でザゼンソウを見届け、本日の目的を達成した後、奥様からの要望もあった、歌麿の肉筆画の三部作の内の「品川の月」と「吉原の花」の高精細複製画が展示してある、先月2月10日から福田屋百貨店跡に改装転居した栃木市役所に向かう。
その前に途中の栃木インターチェンジ近くの吹上町、伊吹山善応寺に寄道。ここに自生する「さしもぐさ」は1961年に市の天然記念物に指定され、「しめじが原」は1961年、「伊吹山」が1977年にそれぞれ栃木市の史跡として指定されている。

伊吹山は『美濃(みの)と近江(おうみ)との境なる山にはあらず下野なり』([坤元 儀](こんげんぎ))と記されているように、東国の歌枕として知られ、平安時代以降多くの歌人に詠まれてきた名所です。[下野國誌]には、往時から、特にここに自生する七葉の艾(よもぎ)をもって製した『もぐさ』は薬効があると記されている。現在は、伊吹山善応寺(勝道上人開山)の 観音堂一帯を指す地名となっています。

古文書にも載り、市の史跡にも認定されているものの、円仁の誕生地が岩舟町と壬生町に二分され、天台宗総本山の比叡山延暦寺もどちらにも認定していないと同じように、私的にみても確定認証にはいたっていないようにおもわれます。

市役所の歌麿の絵には興味を持ってもらえたようで、例によってサービス精神旺盛になり、ついでに蔵の街大通りから、山車会館、蔵の街美術館、横山郷土館、旧栃木市役所別館、県庁堀と案内して廻りました。皆さんサゾヤお疲れになった事でしょう!

明日は渡良瀬遊水地のヨシ焼き! 天気よ頼むぜ! 無風がありがたい!







2014/03/13 18:23:00|太陽の陽子と和さん
セツブンソウと、ぎごっちないホワイトディ
今朝風呂を沸かそうとしたら、お風呂の給湯のパネルの電気が全く点かなくなってしまっていた。
近所のウィスタ薗部店に連絡すると担当のYさんが9時半頃、調べに来てくれるという。
今日は予定があり、出かける前に会えるといいが・・・
お天気予報は朝9時から深夜まで傘マークが横並び。でもNHKのあさイチが始まる頃、東窓に朝日が差してきた。予報が外れた!ありがたい!と喜んだのも束の間、かすかに覗いていた青空が瞬く間に薄雲に覆われ、陽の光が遮断された。
今日は久々に太陽の陽子さんに会える日なのに・・・   まぁ此れも良しとしよう!

でも、なんとなんと10:00〜13:00まで、雨には全く振られずにすんだ。
「昔は雨女だったんだけれど・・・  今日は晴れてはいないけど、晴れ女に変わったのかな?」
そりゃそうでしょう。あなたは太陽の陽子さんなのだから・・・!

大垣花山で1年振りにオーナーの大出(おおいで)さんに会い、今年の花の様子を伺う。だいぶ木が雪で折れたり、花も1週間以上遅れていて、手入れが行き届いていないとの事。
華蔵寺、四季の森、自然村、御嶽山神社と周り、大越路に向かうと途中の山がだいぶ荒れていた。雪で多くの木が枝や幹をへし折られていた。行き着いた先の大越路は今日は木曜でお休み。

四季の森のセツブンソウが絵になっていた。花の白い萼片と小さな黄色い花びらがくっきりと浮きでていて、凛とした可憐な花の希少植物としての人気度がしのばれる。
名残雪を背景にしたセツブンソウは12枚の萼がつき、アマチュアカメラマンの羨望の的。苦労してプロデュースしたカメラマンを拝み倒して1枚取らせていただいた。  写真クリックしてみて!!
もひとつおまけに、花と華のハナ比べも如何なものかと・・・嫌がる陽子さんに窮屈な姿勢を・・・

ホワイトディ・イブのひと時でした。

今回からギターの合奏練習は全て新しい曲になり楽譜もバッチリ預かっているけれど、本日も練習の為の自宅練習が不十分のまま参加。毎年の事ながら、難しい曲に関しては曲全体をCDで聴いても、パート部分が全体と結びつくまでにどうしても時間がかかってしまう。  もっともっと練習???







2014/03/12 14:25:30|朝飯会
企業戦士の海外赴任話       3月12日 
今朝の朝飯会の講話は「観光ではわからない海外事情」のタイトルで小生と同年代のT森戸さんの台湾、中国、マレーシア、インドと夫々の赴任先に纏わるいろいろな話を、プロジェクターを用意、パワーポイントを使用して、地図や写真を鏤(ちりば)めての解説で、旅行者では知りえないような、実に楽しく興味深い経験談を聞かせていただいた。
中国の赴任先での生々しい実情や、メディアコントロールによる抗日デモの過剰報道、1党独裁の規制による国民感情の実態、など事細かにまるで大学の講義を聴くような感覚で聞き入った。聴く方は夢中になって、話す方も準備万端、充分な資料を整えてきたで、マレーシアの途中までで持ち時間終了になってしまい、最後まで聞けなかったのが残念だった。この続きは次回のスピーチに繰り越していただき、聞かせて貰いたいのが拝聴者の総意。

帰り際に、NHK「深川の雪」について2.3の人との話が広がり、実は66年振りの絵の出所が、どうやらもともと栃木の地元に有ったという確信的情報も・・・  注目に値する。  
ボランティアの心得として、裏付けの無い情報に断定は禁物ながら、NHKの論調からも、いろいろな事が推し量れるようだ。また 歌麿の高精細複製画の掲示場所も注目されよう。
立ち話に夢中になり、9:30からのボランティア定例会に遅刻しそうになって、慌ててサンルートを飛び出し第一駐車場を経て、観光物産館2階の定例会の会場の蔵座敷に向かう。

25年度最後の第6回定例会、庶務役員として2年間の庶務担当として最後の締め括りの定例会。4月の総会で役員が改選され、新役員が仕事を引き継ぐ事になる。観光協会の職員も変わり、新旧担当者が出席、4月の太平山さくらまつりの当番表の任意作成や、4,5月の土曜日曜の東武クーポンの栃木駅当番を決めていった。
2月10日に市庁舎も移転したばかりだし、4月5日には岩舟町と栃木市の合併を控へ、20日には市長選挙と市議会議員の同時選挙があり、ここのところ市の職員も大変だ、と思う。
役員改選の件では、6組の班からお一人ずつ選考委員を選び、この定例会の後、既存役員1名立会いの元、新年度の役員を推挙していただき来月の総会で信任の許諾を得る手順。

残り2回の臨時役員会と総会を恙無く遣り過ごし、次の役員に引渡しを無事済ませれば、ボランティア役員としての総務担当の仕事は完了。 そしたら 今年は山に専念するぞ!!







2014/03/11 22:33:44|法事と月命日
気忙しい一日           3月11日
今朝はゆっくり朝寝坊! 8時半に起きて居間に行くと母が一人で朝食を取っていた。
特別な予定のない日なのだが、午前中はPCと格闘し明日のボランティア定例会の準備。
昨年4月から2月迄の、月別個人別ボランティア実績の集積と、曜日別月別の実績比算出。
ボランティア活動のアンケート養子の作成、4月4日〜13日迄の太平山さくらまつりの担当者割当確認表、東武クーポン栃木駅担当者表を作り、11時に栃木市観光協会に出向く。
コピーをお願いしている間に、Oさんと5日のNHK歴史秘話ヒストリアの歌麿の『深川の雪』の放送について話が弾む。あの放送のお陰で、8日9日の週末は500人近いお客様が市役所4階の『品川の月』・『吉原の花』に群がり、急遽高精細複製画の3月中の土日祝日特別公開に踏み切ったという。お陰で先月23日(日)の観光案内の時に、市役所を訪れたら日曜閉庁で絵を見られなかった苦情を言いそびれてしまった。

帰り道、郵便局ではがきを購入。午後から5月で6年目を迎える亡父の七回忌の手配。
お寺さんには亡祖母の17回忌と合わせて既に頼んであり、会席の場を鰻の釜屋に決めた。
今回は身内だけの質素な法事に決め、高齢の父母の兄弟(叔父伯母)も呼ばないと決めた。
郵便受けに封書が届いていた。宮城さんから過日湯河原での懇親会の集合写真入りだった。
宮城さんも含め、長島班の数名に懇親会のお礼の手紙を書き、法事の通知と一緒に出す。
実は長嶋班の人に出したはがきはセツブンソウの絵付。去年ボランティアをしていて山好き花好きのお客様から手書きの節分草のポストカードを頂き、それに書いてポストに入れた。

すると花が恋しくなって、車を南に進めていた。三毳山のカタクリの里にカタクリの花を確かめたくなっていた。此処2,3年行っていない所為もあった。駐車場には何の縦看板も無かった。軽トラが一台、林道途中に止まっていた。植木屋さんらしい看板が書かれていた。山中でその人を見つけた。立小便を済ませたところだった。
3月15日からカタクリの里の有料駐車場が開始するらしい。その為に林道整備中とのこと。
カタクリはやっと葉株を出した所で、日中になればちょっぴり花が見られそう。アズマイチゲの白い花が恥ずかしそうに閉じてる群落を教えてもらう。これも日が当れば花開くとか。
カタクリの里の入り口の水芭蕉もちょっぴりイジケタ白い花を見せてくれた。
noripiさんwolfさんには、カタクリの里から最高峰の竜ヶ岳229mを越えて花センターまで軽登山で歩いて貰おうか。または西口広場のハーブ園から万葉庭園の案内もいいかも。
それとお二人に取って置きのボケ寺もいいかもしれない。ボケ封じの観音様がある梅花山成就院というお寺で別名花寺。三毳山から北の方に10分位の処で、きっとお似合いでしょ!?

こんな風で、いつの間にか日が暮れてきた気忙しい一日でした。
 







2014/03/11 20:20:00|東日本大震災
あれから3年、3.11  すでに13年、9.11
21世紀になって映画のCG加工のような非現実的な映像が二つ、TVに映し出された。それが9.11の航空機による4つの同時多発テロであり世界貿易センタービルと国防総省本庁舎がターゲットになり今も生々しい映像が脳裏に焼きついている。
もう一つが、3.11の東日本大震災の地震発生後の大津波の映像だった。創造に絶する津波が大堤防を乗り越え家や車を流し、電柱や木造家屋をなぎ倒し、逃げ惑う人や車を飲み込み、大きな船が陸地に押し上げられた。想像を絶する光景だった。

あれから13年、同時多発テロ事件はだんだん我々の記憶から遠ざかり、風化されつつある。
今日で3年になる東日本大震災は、これからどのように受け継がれていくのだろうか。

震災当時のたけしの言葉に、こういう大変な時に一番大事なのは「想像力」じゃないかって思う。今回の震災の死者は1万人、もしかすると2万人を超えてしまうかも。テレビや新聞でも、見出しになるのは死者と行方不明者の数ばっかりだけど、この震災を「2万人が死んだ一つの事件」と考えると、被害者のことをまったく理解できない。 じゃあ、8万人以上が死んだ中国の四川大地震と比べたらマシだったのか、そんな風に数字でしか考えられなくなっちまう。それは死者への冒涜だ。 人の命は、2万分の1でも8万分の1でもない。そうじゃなくて、そこには「1人が死んだ事件が2万件あった」ってことなんだ。
本来「悲しみ」っていうのはすごく個人的なもので、被災地のインタビューを見たって、みんな最初に口をついて出てくるのは「妻が」「子供が」だ。 一個人にとっては、他人が何万人も死ぬことよりも、自分の子供や身内が一人死ぬことのほうがずっと辛いし、深い傷になる。残酷な言い方をすれば、自分の大事な人が生きていれば、10万人死んでも100万人死んでもいいと思ってしまうのが人間なんだ。  そう考えれば、震災被害の本当の「重み」がわかると思う。2万通りの死に、それぞれ身を引き裂かれる思いを感じている人たちがいて、その悲しみに今も耐えてるんだから。   まさに然り!個々ありきから始まる・・・







<< 前の5件 [ 1466 - 1470 件 / 2006 件中 ] 次の5件 >>  << 最新の記事へ >>