雨にも負けず風にも負けず・蔵の街栃木

仕事を退き、第二の人生の山歩きを中心にした日常行動の紹介です。
 
2014/04/27 21:32:00|
足尾の植樹           4月27日 
今年も連休前のこの時期になると足尾の植樹の季節がやってくる。
この間の新聞で、植樹から10年近く経った足尾の植林された山は間伐が必要になり、間伐された樹木からコースターなどを作り実行委員会が再利用に活用と言う記事が載っていた。
言われてみれば足尾の禿山もだいぶ修復されてきたことになる・・・ でもまだまだ道は険しい。大木に成らずとも地中にしっかりと根を張った木々に覆われ、初めて復元となす。

今朝はイーさんがTamaを載せて8時に遣ってくる訳なのにニュージィランド人の青年の姿はなかった。来月彼のご両親が訪日する為に、その準備に追われ、今日は急遽不参加。でも12日の大塚山に参加した時に、彼のカメラで写した、仲間が写っている写真を、員数分だけ、Tamaからイーさんが預かってきた。
ブロークンイングリッシュを使わずに済むのはありがたかったが、2人の旅は寂しいものだ。

1時間40分で親水公園の上の駐車場に着いたのが10時、開会式を終えゾロゾロと植樹場所に向かう一群の流れに合流し、登り口で20本近くの小楢の苗を受け取り、国土交通省が取付けたスチール製の急勾配の階段梯子1300段余りを上り詰める。標高差400mを登るのに30分以上を要した。去年は5,6本だった苗が今年は多過ぎやしないかと不審に思ったが、案の定、何人か先に植え終えた人が、数本を一纏めにして1箇所に無造作に植え込まれていた。
急斜面に、段々畑のように作られたほぼ畳一畳程の階段状の平地に、殆んど30cmの間隔で植樹しても、3分の1しか育たないと言われている。しかも不毛の地で風雪に耐えた木々が、7,8年もすれば密集状態になり、間伐される。木を植える手を休め、眼下に目を遣れば、今更ながら急峻な処に存在している自分に驚くばかり。まさにここは奥穂高の岩稜に匹敵する。

今回足尾で小猿に遭遇したが、他に植樹の現場の急峻な山道で、日本カモシカの屍を3箇所で見つけた。一つは登りの参道で、残り二つはは下りで背骨と肋骨と毛皮だけが無残にも晒されていた。

植樹を終えて会場に戻り、主催者から振舞われる豚汁をご馳走になる。帰り道すがらの登山は諦め、イーさんご希望の、粕尾峠から前日光牧場・横根山と古峰ヶ原・三枚岩の縦走コースを高原ハイウェーから案内し、続いて裏道を通り秋山川源流の五丈の滝前植物園を目指すも、途中倒木で林道が封鎖され、通過を断念し大越路トンネルに廻る。

此処からがお節介やきのメタボッコリの出番となり、星野の里に下りて、シークレットポイントに案内。五丈の滝前植物園と比べると面積は半分程だが、クマガイソウは咲き誇っていた。その前に此処は民家の竹薮と裏山なのだが、竹薮と裏山には、びっしりと絶滅危惧種のヤマブキソウが咲き誇っていた。そして裏山に登ると畳4畳と2畳程の山腹にクマガイソウがこれまた所狭しと花開いていた。家主のKさんいわく、「後2,3日すればもっと花が色づくでしょう」
イーさんと二人揃ってポカ〜ン!   星野にクマガイソウの群落があるなんて・・・!
思わず彼に一言「イーさん、奥さん意外には出来るだけ此処の場所を教えないで欲しい!」
そういうお前は、友達みんなに教えたくてうずうずしているではないか・・・
ご主人に礼を言い、何人かの友人をお連れしたいとお願いし、次なる大柿花山の前に、峠越えがかなわなかった秋山川源流を再度目指し、鍋山(三峰山)の南山麓をなめて仙波から五丈の滝前植物園に向かう。国道293号を廻るよりだいぶショートカット。
時間はPM3時前で、85歳の広瀬爺ちゃんが1人出迎えてくれた。耳が遠いので会話は少し不自由するが、何でも教えてくれる好々爺。16日に訪れた事を今回ははっきりと覚えていた。イーさんの為にラミネート加工されたクマガイソウの綺麗な写真入の名刺をおねだりするとこれも快く渡してくれた。    今週又来ると言い残して、次なる大柿花山に向かう。

つづく







2014/04/26 18:46:00|
介護認定の為の主治医健診    4月26日         
今日は介護認定審査の為の主治医の健診があり、とちの木病院からの意向で11:30に予約。
土曜日の所為なのか、待ち時間も少なく12時には終わって母はほっとしていた。午後からOさん宅で稲門懐メロバンドの練習があるので、お昼は丸亀製麺か、吉野家か迷ったが、母の一声で近くの吉野家で済ませることになった。

稲門懐メロバンドも、今回はY先輩も加わり、計4回の練習を重ねたが、この程度で5月5日11時半からの栃木駅前のドイツビール祭りのステージに立って演奏できるものやら・・・?
どっち道、超懐メロで若い人は聞き覚えがないだろうし、中高年だって、聞いた事がある程度のメロディが多いから、少々の音の狂いは無視しても然して気にする程の事もなかろう!

昨日もPCの不具合で、栃木ケーブルテレビのサポートグループのSさんにお世話になり、PCの動きがだいぶ軽くなり、立上がりも早くなったが、昨夜からブログを開こうとすると、「ネットに接続されていません」の画面が出てきて接続出来なくなってしまった。
昨日と連荘で栃木CATVにお願いすると、午後4時過ぎに訪問してくれる事になった。
いつもの事ながら、いとも簡単に直してくれた。機械音痴の小生にとっては大助かり。
栃木CATVに感謝!感謝!







2014/04/25 17:50:00|法事と月命日
健忘?それとも痴呆?
午後4時に歯科医院の定期検診に行き、治療管理表に日付を記入をしていて気付いたが、今日は妻と父の月命日。慌てて家に帰り母に草花を用意してもらい、夕暮れのお墓に向かった。
地震でもないのに、さぞかしお墓をガタガタ揺らし、妻と父が大騒ぎしているかも、と、恐る恐るお墓に伺ったが、幸いにも墓石が大揺れした様子はなかった。お墓にお花をあげ、お線香を燻らせ、何も語らずに黙礼して墓前の挨拶を済ませた。
5時はとっくに過ぎてたが、未だ陽の光は山陰に消え落ちてなかったのが、せめてもの救い。

11時にCATVの技術者のSさんが見えて、メールの不具合を見てくれた。だいぶ余計なものがインストールされているのも原因の一つらしく、必要以外のものは除去してくれた。
PCの立上り速度が速くなり、いつの間にかメール(Outlook)が繋がるようになっていた。
これで安心してPCに向き合えると喜んだのも束の間、夜になってPCを開きブログを開こうとすると「ネットにつながっていません」の画面!?
いち難去ってまたいち難。。。。ワイヤレスがOFFになっているようなのだが・・・どうしていいかわかりません。 また明日CATVに聴いてみよう。







2014/04/25 14:07:00|モンブランと稲門会
人との出逢い
4月23日(水)
10時過ぎ、庭に出てみると、花々が笑顔で挨拶を返し、柔らかな日差しが勿体無いような好天!
携帯で先輩に電話をかけると、直ぐには繋がらなかった。でも暫くして着信が入り、暇ならドライブ如何ですかと誘うと、これから遅い朝食を取るから、11時半からならOKとの返事。
その間に、過日サロンあゆみのKさんから28日にギター伴奏のお誘いがあり、今稲門懐メロバンドで練習している8曲と南部蝉時雨の歌詞カードを高齢者向けにA4版に大文字で一曲1枚で8組プリントの準備をし、待合わせまでの余った時間をギターの練習に当てた。
ギターケースに入れず剥き出しのままでボロギターも後部座席に放り込んで先輩の自宅に向かう。
「今日は体調がいいんだ。ところで今日はどこ?」の問いに「いつものようにミステリーツアー」と応え、北の方角にハンドルを切った。山々は白やピンクベージュの彩から針葉樹の濃い緑と落葉樹の萌えるような薄い緑にすっかり衣替えが進んでいた。国道293号の大柿花山、花之江の郷を横目に、大柿十字路を左に曲がり粟野街道を北進し3日前に母と来た医王寺を目指す。
数十年前に来た事は有ったらしいが、そのイメージとは違った、いくつもの分厚い萱葺きの屋根に覆われた荘厳な金道や仁王門、太子堂、講堂、唐門をシャッターに収め楽しんでくれた。
境内でご一緒した宇都宮からのご家族は、私と同年輩にみえたお父さんが末期癌で、奥様と娘さんが想い出作りに、1週間前のTVで観たこの寺を訪れたという。とても病人とは思えないほどしっかりしていた。丁度そこに出くわした鹿沼市の文化財巡回指導員の方に「このお寺には100歳に近い元気な住職のお母さんがいると聞いてましたが、お逢いできますか」と尋ねると丁寧に取次いでくれたが、当のご本人は出てこずにご住職が現れた。
境内を歩きながら「直径1mも有りそうな杉の大木の切り株が何十本もあり、何の為か知らんが、気に入らない」と唯一の不満を漏らしていた先輩が、ご住職に尋ねると、「萱葺きを守る為に風通しをよくした」という答えが返ってきた。さぞや材木代が懐に入ったのではと想像していた心を見透かしたかのように、「あれだけ大木を切っても、伐採費用と相殺すると改築造営のお金にはまわらなかった」そうだ。 医王寺の医の文字を壮んに気にしていた先輩が印象的だった。
ミステリーツアーの続きはまだまだ続き、次はこれまた母を連れてった粟野町の城山公園
ツツジが三日前よりかなり色付いてきた。桜も遅咲きのソメイヨシノや枝垂桜、ピンクの八重桜や鬱金桜(薄黄桜)が山を取り巻いていて、先輩も花々に囲まれてだいぶ心地よさそうだった。
続いて豊かな自然と美味しい食事が楽しめる花農場あわので花を楽しみながらの軽食。
名物のハンカチの木は未だ芽を吹いていなかったが、あと一ヶ月もすれば白いハンカチのような花を咲かせることだろう。なんじゃもんじゃの木も未だ正体を現していなかった。
コーヒーとケーキを頼み、イチゴのパイを2人でシェアした。先輩はちょっと疲れた様子だった。
粕尾峠への上り坂は、車酔いし易い九十九折の峠道。助手席の椅子を倒して空を観ていた先輩が「山の緑一杯の空気って、実にいいな1」って呟いた。「此処は標高800mを越えていますからね。峠のT字路を右に行き、前日光牧場にこれから向かいます。2年前の今頃は未だ道路に雪が張付いていたのに・・・」と言っていたそばから、道路脇に雪の塊が見え出した。でも大雪の今年の割にはだいぶ消えてしまっているようだ。
前日光牧場に着くと、道の駅も閉まっていて全く誰もいなかった。トイレから戻ると先輩がテラスに横たわっていた。だいぶお疲れのようで気分もよくないみたいだ。「ギターを弾いてくれない?」と言われ車の後部座席からギターを取り出し、誰もいない高原の牧場で「あなたのブルース」や「哀愁の街に霧が降る」の超懐メロを低く爪弾いていたら、だいぶ気分も回復してきた様子。一人の登山者が横根山の天辺から降りてきた。井戸湿原に寄って来たが花も人も何もなかったそうだ。暫くして宇都宮ナンバーの車が登ってきた。
ギターを弾いてのんびりしている我々を見て話しかけてきた。年金生活の手始めにドライブがてら古峰ヶ原に来たようで、赤城、袈裟丸山、鋸、庚申、皇海、男体、大真名子、女峰の山々を説明してあげると、男体山も宇都宮から見る形とだいぶ違うと驚いていた。
4時を過ぎると1000mを越える高原の風はかなり冷たい。早々に車で下りようとすると先輩は「古峰神社に行かないの」と質すので、「この時間だと帰りが遅くなるから今日はこのまま帰りましょう」と身を案じて断念させた。帰り路、思い川沿いの沢筋を縫う道路の脇の桜が実に見事だった。今が一番の盛りかと思う。

 







2014/04/24 22:46:04|その他
総会が終わり、やっと開放されたと思っていたのに・・・
来賓に5日前の選挙で再任された鈴木市長を迎えて、平成26年度の栃木市観光ボランティア総会がとちぎ蔵の街観光館2階の多目的ホールにて開催された。
10時からの総会も、どうにか無事終了し、この時点で2年間の役員の任期が終了した。
これからはお客様の案内に専念できると思っていたのに、新班編成の結果、2班になり、5月27日(火)の研修旅行の当番班として、早速、研修旅行を企画しなければならなくなった。
早々に研修目的地を幾つか決めて素案を2,3通り出さねばならず、総会後のかど半旅館での昼食会で、2班の5人の仲間で食卓を囲み会食しながら相談しることになった。
直近の役員会では加波山、雨引観音と板谷波山記念館、日動美術館等のコースと、山本有三の墓石に一筆を刻んだ土屋文明に因んで、高崎の土屋文明記念文学館を主体にしたコースを2つ挙げていたが、2班の大意は交通の便を考えると群馬がいいのではないかという結論になり、Oさんと小生でプランを作り今月中に提出し合意の上決定する事になった。
家に帰り、ネットで調べてみると土屋文明記念文学館は5月27日は火曜日で生憎の休館日。 振り出しに戻ってしまった。それでも2,3案を作らねばならない。
こうなったら徹底的に遣ってみようじゃないか・・・???


でも、その前に、今夜はギターの合奏練習日だ!







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