雨にも負けず風にも負けず・蔵の街栃木

仕事を退き、第二の人生の山歩きを中心にした日常行動の紹介です。
 
2014/11/22 22:22:00|
この時期に桜と紅葉を同時に花見A 11月22日

桜山を降りて下久保ダム下流の三波石峡からジェットコースター気分の急坂を登り、くの字に曲がった重力式コンクリートの下久保ダムの上を渡り、埼玉県の城峯公園に向かう。
此方の方が冬桜も紅葉も奇麗だった。展望台からは眼下に下久保ダムと神流湖、その先の山並みを手繰ると桜山の山頂が浮かんでいた。
ヤマキ醸造の 直売と喫茶「糀庵」 にて昼食。本当は離れの豆冨会席「紫水庵」を利用したかったが、3連休で賑う観光シーズン中は予約無しでは無理とのこと。
神川から皆野経由で長瀞に回り岩畳の紅葉も愉しむ。
国道140号沿いの阿佐美冷蔵金先本店のかき氷の話をしたら、暖簾が下がっているから寄ってみようと女性陣の要望が有り、Uターンして店に入った。
この寒いのにかき氷!  でもお客は結構入っていた。冷たい物が苦手なKさんはシロタマあんみつを注文。
思い切ってトライしたものの、ラフランスのシロップ付きの1人前のかき氷を3人でシェア。それでも十分な食べ甲斐があった。こんな季節でも営業している事を知って、本日一番の収穫だったかも・・・?
国道140号の寄居の先の、スイーツと薔薇の庭園が楽しめる「花園フォレスト」と お隣の道の駅はなぞのに立寄って本日の旅の締め括り。

道の駅を出るとPM4:00を廻っていたが、まだこの日の旅には続きがあった。途中でKさんが家に連絡し、旦那さんが手打の田舎蕎麦を打ってPM6:00までに用意して待っていてくれるとのこと。その味は周知で太鼓判!
当然の事ながら期待通りに本物の味、美味だった。

去年、奥利根・谷川岳・新潟塩沢町を旅した時に、このメンバーで又行こうと約束したとおりに実現したボランティア仲間の旅。今回も好天に恵まれて、朝から晩まで、全てが充実した楽しい愉しい1日でした。

早朝山登りの件は、朝寝坊してしまい残念ながら断念。でも7時迄永野川の土手を歩き4,500歩確保。桜山を登り城峰公園を歩いたりで最終的に万歩計は13,122歩。







2014/11/22 22:00:00|
この時期に桜と紅葉を同時に花見@ 11月22日
去年新潟県南魚沼市塩沢町の雁木造りの町に班研修に行った仲間4人と、今日は群馬県藤岡市鬼石町の桜山と埼玉県児玉郡神川町の城峯公園に、冬桜の花見と紅葉見物。
7:30出発で東北、北関東、関越、上信越高速道を乗り継ぎ藤岡ICを降り鬼石の7,000本の冬桜が咲き誇る桜山公園へ。
@山頂直下 ピンクの山茶花赤い椿と冬桜と紅葉を背景に。
AB日本庭園の池に紅葉と冬桜が映える小春日和。
C満開の冬桜。







2014/11/21 21:52:00|観光ボランティア協会
江戸とつながる川の道       11月21日
観光ボランティア2班の班研修の名目で9時出発。10時から約2時間の観覧に宇都宮の栃木県立博物館に4人(1名不参加)で行ってきました。
江戸とつながるの道 ―近世下野の水運― と題した企画展【10月11日〜11月24日】で舟運(しゅううん)の街・栃木に所縁(ゆかり)のある興味深く楽しみにしてた展覧会でした。
観光ボランティア協会副会長のTさんが、事前に協会を通して打診していてくれたので入館料も免除され、我々4名の為に学芸員が終始付き添って丁寧に解説していただきました。
近世下野の水運について、鬼怒川・思川・巴波川・那珂川などの河川が利根川・江戸川を通じて江戸と繋がっていた様子がよく解りました。特に那珂川を利用した黒羽藩などは那珂川・涸沼・北浦・利根川・関宿を経て、江戸川から江戸との舟運を開いていた事実には度肝を抜かれました。黒羽から陸路で栃木の部屋河岸や小山の乙女河岸を利用した方が距離も時間も費用も少なくて済むのにと咄嗟に思いました。でも学芸員の方の話を伺うにつれ、人で1俵、馬で2俵、小鵜飼舟で15〜110俵、部賀(都賀)舟で30〜150俵、高瀬舟で200〜1,200俵も運べた事を考えるとむべなるかなと合点がいきました。
巴波川の都賀(部賀)舟も・あんな小船で・と高を括っていましたが当時としては一番の大量輸送手段だった訳ですね。しかも当時の高瀬舟に至っては船頭と水主(かこ=船頭以外の船の乗組員)の2人で400俵を運べたそうです。下野の河川から江戸に運ばれた米は専ら浅草御蔵に運ばれたそうで、木材は深川の木場、その他の物資は小網町に集積されたそうです。
河岸についても巴波川では平柳河岸が最深端で遡航終点(そこうしゅうてん)河岸。部屋河岸、新波河岸、乙女河岸などは船の荷を積替える所で中請積換(なかうけつみかえ)河岸として区別されていたようです。
栃木の街は、巴波川の舟運で開け、河岸の起源は元和年間 (1615〜1623)の頃から日光社参の御用荷物を輸送したといわれ、江戸からの上り荷物は、日光御用荷物をはじめ、塩・鮮魚類・ろう・油・黒砂糖・干しいわしなどが、江戸川〜利根川〜思川を経て、栃木の河岸に陸揚げされ、栃木からの下り荷物は、木材・薪炭・米・麦・麻・木綿・野菜・たばこ・猪鹿の皮・石灰・瓦など。
明治になっても舟運は衰えませんでしたが、鉄路の敷線が致命的になったようです。鉄路の最大の影響は橋、鉄橋の敷設だったそうです。江戸時代には5街道を始として川を越える方法には、橋、船渡し、徒渉(かちわた)しの三つの方法があり、急流の川は徒渉し、水深が深い川は船渡しで橋は限られた所にしかなかったようです。橋が出来るまでは舟は必要欠くべからざる交通手段でした。
ところが鉄路では何が何でも鉄橋が必要になり、物資も大量に運べて鉄路と橋の便利性が認識されるようになりました。橋の為に舟運が衰退したといっても過言ではないでしょう。

当時の古地図や古文書が130点以上も展示され、1〜2時間ではとても観切れないし、また学芸員の方のガイドが無かったら、これほど価値のある見学は出来なかったと思います。


当初の予定では時間が余ったら、宇都宮城跡や大谷石の地底湖探索などに足を延ばす予定でしたが、内容の深い博物館鑑賞で正直疲れてしまいました。
お昼は宇都宮鹿沼インター近く、正式には鹿沼市上石川の土用亭まで足を伸ばした。
仲居さんが10年も前の現役時代の小生を覚えていてくれたのにはビックリ。
ゆったりとした食事を楽しみ、帰路大柿花山に寄る。ボランティア仲間で大柿花山が初めての人もいて、園主の大出(おおいで)さんと逢い、奨められて山茶花の道コースを散策。
結果的には凄く内容の濃い研修となりTさんに感謝。16:30帰宅解散。


所で山登りの県は15日の秋祭りと同じ要領でクリアしました。朝5時半に電池切れのヘッドランプを修復(結果的には未使用)し、6時に随身門から登山開始。晃石山往復の約8,500歩。
博物館と花山をたっぷり歩いたので、最終的には13,312歩をクリア。
でも明日はもっと問題!







2014/11/20 21:48:01|ギター
寒い一日             11月20日
今日は底冷えの曇り空で寒い一日だった。大曲駐車場から青入山往復。
だいぶ紅葉の色付も艶やかになってきた。PM2:30晃石山頂の気温は8℃。
日中で一番気温が上がる時間帯なのに、朝晩以外では久々の一桁留り。

体質的に大汗かきで、いつも山に登る時は背中の上から下にタオルを
通し、背筋を垂れる汗を防ぐのだが、今日の登山ではあまり汗もかかず
シャツの汗ばみも、殆んど感じなかった。    万歩計は12,044歩。

23日のサークル演奏会の為のギターの練習はいよいよ総仕上げ。
“君をのせて”“太陽がいっぱい”“北の旅人”“夜明けのスキャット”
アンコール曲用に“りんご村から”の5曲のギターアンサンブル。
今回は演奏時間も短いし演奏曲もポピュラーな曲が多いので助かる。
指揮者の適切な指導もあり、演奏する方も弾くのがかなり楽だ。

明日からの行動は連続で予定が入っていて、山登りの継続が厳しくなる。
夜明け前にヘッドランプ使用で登れば、全てクリア出来るのだが・・・
予定より3時間前に朝起きられるか如何が真骨頂。 全て、意志の問題。







2014/11/19 19:47:05|
七五三
孫の七五三。

今朝は孫二人が七五三の正装で爺婆を表敬訪問

カメラが悪いのか? 爺の写真の腕が悪いのか?

折角お披露目に来た孫の写真がこのていたらく?

おのこは金の閉息を振り回して遊んでいるし

めのこはそっぽを向いたままでちっともカメラの

方を向いてくれないしし・・・


まぁ! そんなものでしょう・・・







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