雨にも負けず風にも負けず・蔵の街栃木

仕事を退き、第二の人生の山歩きを中心にした日常行動の紹介です。
 
2015/05/22 16:07:55|ギター
訪問演奏会            5月22日
2015年の初めての訪問演奏会は、3年前にも訪れたことのある
ケアサポートひまわりディサービスセンター
近所のWildRiverさんの車に便乗し1時に現地集合。1時20分から
YoungMountain女子の美声にのせてキーボードとギターの演奏。
総勢16名(指揮者とキーボーダー含む)の、ギターアンサンブルを
8曲披露。アンコールに応えて「ふるさと」を全員で合唱し、大変
愉しい演奏会でした。







2015/05/20 16:30:00|ボランティア観光案内
ボランティア観光案内       5月20日
本日の蔵の街探訪のお客様は虹の会(シルバー大学校中央校34期OB)の10名の皆様。
天気予報も夕刻傘マークが付いているが、日中は晴天が期待できそう。9:30に栃木駅北口集合で昼食時間を含め5時間半の余裕ある街歩き。駅前から旧例幣師街道を通り瀬戸河原公園前のヤドリギ(宿り木)と隠れた民芸工房に立ち寄り、片岡写真館に入館。歌麿通りの金魚湯から今回は乗船しないが船着場へ。120mの黒塀に沿って巴波川を歩き塚田歴史伝説館でお得な4館共通入館券(当館と岡田記念館、とちぎ山車会館、あだち考古館)を購入。
約40分、1,200坪の館内を電動ロボットの説明や蔵芝居を観ながら堪能して頂く。今回は充分な時間を頂き案内し甲斐があるが、猶もう少し時間に余裕があれば、もっと事細かに案内出来るのだが、お昼までの2時間半を有効に使う為、郷土参考館と蔵の街美術館は立寄らず山車会館へ。ここから蔵の街大通りを渡り、あだち考古館で広重の東海道五十三次他を愉しんで頂き、蔵の街観光館のこれぞ蔵の本骨頂、赤松の梁を説明し時間があれば神明宮に足を伸ばしたいのだが・・・  でも残念ながら考古館には回りきれず午後に廻す羽目に・・・
お昼は200年の歴史と蔵のある田中正造も何度か泊まった かな半旅館で宿懐石の彩御膳。ご好意によりご相伴に与かる。

午後からはあだち考古館からスタートし山本有三記念館、近龍寺前を素通りし、古久磯提灯店見世蔵を改装開館した とちぎ歌麿館へ。有三記念館の隣の理髪店ギンパリが彼の生家です。近龍寺には山本有三のお墓があり1月11日の命日には今でも供花とお線香が絶えない。墓碑は隣の群馬県在住の友人、土屋文明が記している。
歌麿館には現物と同じ大きさの高精密複製画「品川の月」と「吉原の花」が展示してあります。「品川の月」は現在首都ワシントンのフーリア美術館所蔵にて、元来掛軸ながら壁画仕様に調整。フーリアは米国政府にコレクションを追贈する際の条件として、フーリア美術館以外での作品の展示や反対に他からの展示目的での借用を禁止した。為に現在「品川の月」は日本にて本物を鑑賞する事は全く出来ない。市の複製画は1千万円近いお金をかけた素晴しい物であるが、劣化防止の為のアクリル加工が折角の絵の品格を落としてしまい至極残念。
「吉原の花」はコネチカット州、ハートフォードのワーズワースアセーニアム美術館所蔵。「深川の雪」は去年66年振りに再発見され、現在、箱根小涌谷の岡田美術館にて展示中。
この絵の複製画は未だ栃木に有りませんが、岡田美術館の快諾を得て近々1千万円の費用をかけ公開予定。この絵は掛軸仕様で通常の掛軸と違いその芯はかなり太く出来ています。この3作は栃木の豪商釜伊こと釜屋(屋号)4代目の善野伊兵衛が歌麿に依頼して描かせたと言われています。近江商人であった善野家は、栃木に釜喜、釜佐、釜伊の3家あり、そのうち釜喜4代目の善野喜兵衛を頼り歌麿が度々栃木を訪れていた。善野喜兵衛の名は歌麿の作品にも時々現れているようだが、喜兵衛には通用亭徳成という狂歌名があり、狂歌名・筆綾丸の名を持つ歌麿とは狂歌繋がりであった事が伺える。そしてその栃木滞在の中で喜兵衛の叔父で分家の釜伊初代であった善野伊兵衛が歌麿に三部作を描かせたという訳です。いずれも作者の落款はないが女性の着物の紋に善野家の家紋の九枚笹が描かれています。でも何故江戸で描かずに栃木なのか?当時18世紀後半は、老中・松平定信が発令した寛政の改革により出版統制が行われ、浮世絵は風紀を乱すものとして厳しい取締りを受けた。歌麿の重要なパトロンであった江戸版元の蔦谷重三郎は財産の半分を没収されるという重い罪を受け、1804年には歌麿自身も禁制の題材を描いた罪で捕縛され牢に投獄されたようです。こうした弾圧を逃れるようにして、善野喜兵衛を頼ったとのが実際のところのようです。
下野新聞栃木支局は往時とは異なりますが、明治11年栃木新聞(現下野新聞)だ創刊されると翌年には編集長になり紙面上で国会の設立を訴えた。明治13年栃木県議会議員になり、2年後に立憲改進党が結成されると直ぐに入党し県令三島通庸と議会で対立。自由民権運動の中で加波山事件に関係したとして明治18年逮捕されるも三島が異動により栃木県を離れると年末に釈放。明治23年第1回衆議院総選挙に栃木3区から出馬、初当選。その後は公害環境問題との戦いは周知の通りです。
4館共通券の最後の入管は岡田記念館。岡田家は代々岡田嘉右衛門を襲名し、現在の当主は26代目。町名も嘉右衛門町であり岡田代官屋敷の前を通る通りを嘉右衛門町通りと呼び、3年前の平成24年7月9日に国重要伝統的建造物群保存地区に栃木県下で初めて指定を受けた。ここの見所は翁島別荘です。2階建の何の変哲も無い何処にでもありそうな木造建築ですが、素材を活かした隅々に至る質素な中での贅沢は目を見張るものがあります。
油伝味噌も是非訪れて欲しい名跡です。栃木の町民文化が沢山鏤められています。小腹が空いたら味噌の3点セットがお勧めです。
栃木高校には登録有形文化財の記念講堂 講堂 記念図書館があるが中には入れません。栃高と中央小学校と旧市役所跡を取巻くお堀が県庁掘り。明治4年の廃藩置県により下野国は10の県が出来るが、その11月に栃木県と宇都宮県に大別され、明治6年に栃木県に統合され栃木町は県庁氏所在地となる。その敷地の周囲1kmに及ぶ堀が県庁堀として旧県庁跡地の唯一の遺構として残っている。廃藩置県の時、栃木近郊では唯一小大名の吹上藩が吹上県となり、栃木は日光県に組み込まれた。吹上藩は大名では無いのに藩主有馬侯の威光により中央で持て囃された。
横山郷土館は只今休館中。ほかにも歌麿の三部作を展示した定願寺や満福寺、栃木城址公園等がある。定願寺には、第2代横綱・綾川五郎次の墓がある。因みに栃木市からは第26代横綱栃木山も藤岡町出身で輩出。
他にもまだまだお見せしたい所が沢山あります。
旧市内を離れれば太平山や里山星野など大自然が満載。
出流山満願寺に見所食べ処がわんさか 藤岡地区の渡良瀬遊水地
岩舟地区のみかも山や岩舟山     大平地区のぶどう団地界隈大中寺、清水寺、晃石山
つがの里              西方ふれあいパーク皆
皆川城址              国庁跡 前殿
案内書には写真付きで載せたが、このブログでは容量が全く無く1枚の写真も載せられないのが残念です。







2015/05/17 22:01:04|ギター
NHK趣味の園芸とギター演奏会  5月17日
今朝8:30からNHKの趣味の園芸は栃木市の大柿花山からオーナーの娘さん、
大出英子講師が、園内でツツジについて取り上げていました。
5月1日に撮影に訪れたもので、それが放映されました。

9:50、旧市役所駐車場に集合し、今年入会したKさんの伝手でつくば市つく
ばカピオホールでの第13回ギターフェスティバルinつくばに直行。Kさんの
車に4人が同乗しAさんは結城から直行。11時過ぎに筑波山麓の蕎麦処・丸忠
で早昼をとり開演1時間前の12時に会場に到着。
9つの団体が3時間半に渡りギター演奏を繰り広げ、締めはプロの「クアトロ
・バロス」がアンコール曲を含め6曲を演奏。流石に指捌きと音色の違いに
圧倒され、久し振りに心が洗われた気分。







2015/05/14 14:36:08|
ナンジャモンジャとハンカチの木  5月14日
下都賀病院、とちの木病院、医師会病院の3つの病院が併合し、新生、とちぎメディカル
センターに生れ変わり、とちの木病院もとちぎメディカルセンターとちの木病院と名称
が変わった。本日はそのとちの木病院にての母の定期検診。
10時5分前に受付をすると直ぐに循環器内科から呼出がかかり、整形外科の診療も順調で
10時35分には全て完了。こんなに早く済むのは珍しい。アップル薬局で105日分の薬をい
ただくと、母とドライブ。娘の所の孫に会いに行こうと電話するが繋がらず、結局花を見
に粟野花農場に向かった。目指すはハンカチの木とナンジャモンジャの木。
去年は稲葉先輩と永遠の別れの直前に、花を見ながら一緒に舞台に上った演奏会のDVD
をテーブルの上で見ながらテラスで会食。その前は母とも、陽子さんともここで至福の一
時をあじわった事を思い出す。母もその事を覚えていてくれたようで、今日もナンジャモ
ンジャとハンカチの木の花を愛でた後で、テラスの木陰でパスタとパエリアのセットを、
スープやドリンクを其々違えて注文し、2人で料理全てをシェアリングして、束の間のプチ
贅沢を愉しんだ。
ハンカチの木は盛りが少し過ぎたようだが、新聞に掲載された為か、平日にも拘らず、お
客が絶える事が無かった。







2015/05/13 19:56:14|朝飯会
蔵の街空き家プロジェクト     5月13日
今朝の朝飯会の講師はとても若い30そこそこの、くららのマチナカプロジェクトを
主催する大波龍郷さん。
こんな若い人達が古い民家を改装し、嘉右衛門町の田中邸やとちぎ歌麿館として
開館した古久磯提灯店見世蔵(こくいそ ちょうちんてんみせぐら)、木村履物店他
使われてない空き家や空間を利用してプロの大工さんや建築家の指導を受け、漆喰
壁の張替えや改装の様子を、プロジェクターで映し出された動画、静止画を鏤めた
説明に高齢化少子化が進む栃木市も棄てた門じゃないと目を見張った。
蔵の街かど映画祭やサマーフェスティバル、秋祭り等のビッグイベントに高校生の
ボランティアの若者を巻き込んで、頑張っている様子に仰天。
我々観光ボランティアも後継者に頭を悩ませるが、彼ら若者達とタッグを組めば明
るい未来が見えてくる。故郷の若者達の為にも、もっともっと頑張らなくっちゃ!!








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