9月9日の豪雨被害から早1ヶ月、街中に傷跡は無数に残り、横山郷土館などは閉館されたまま。長寿庵他市内の避難所には未だご自分の家に帰れない避難者も多々おられる。
2日前に、山猿日記さんのブログに「太平山も豪雨被害」の記事が載っていて、立入禁止のアジサイ坂の倒木が道を塞いでいる痛々しい写真を拝見。思わず居ても立ってもいられなくなり、急遽S君を誘い10:30に車で現場を目指した。 立入禁止を無視して進入するのは気が引けたので、長谷川平顕彰碑の前に車を止め、ここからアジサイ坂にトラバースする山道を辿った。大曲駐車場から福松家東側に下る山道に合流するまで、幸いにこの道はほとんど被害はなかったようだ。 その分岐から4,50段木段を上に登り、アジサイ坂への分岐を左折して、大荒れの孟宗竹の竹林に足を踏み入れると大竹の他に針葉樹の倒木も目立った。だがアジサイ坂が近づくと、荒れ様が一筋縄ではなくなっていた。写真が提示できないのが虚しいが、大きな広葉樹が道を防ぎ、田村律之助翁の胸像が立っていた十坪程の斜面は土砂と倒木に埋め尽くされていた。
アジサイ坂まで倒木を跨いだり下を掻い潜らないと到達出来なかった。普段ならなだらかに綺麗に敷かれた石畳が、土砂と倒木に覆われてその判別がつかない。石畳の上に大理石のような大きな石が横たわっていたが、それが田村律之助翁の台座だと、直ぐに判別できた。土砂と倒木と一緒にアジサイ坂の石畳まで押し流されていたが、台座の上の胸像は近くには見当たらなかった。 此処から上を見上げると、大木が幾重にも折り重なって石畳の道を塞いでいた。六角堂の方を振り返ると視線に入るアジサイ坂は特段不具合はなく登山者が1人登って来た。古河市から来たその人は、今回の栃木市の被害の凄まじさに大変驚かれていた。
現場を見た限りでは、土砂と倒木を取り除くのには大型の重機が必要だろうし、復旧には相当な時間とお金がかかりそう。県立公園という柵(しがらみ)もあろうが、来年のアジサイ祭りまでに復旧の目処が立つよう、御上のお計らいを切に要望したい。 |